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040 団体の掌握

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「ゆうくん、引き受けたのはいいけど何か手はあるの? いきなり飛び込んでリーダーになるのって大変だよ?」

「大丈夫さ。葵が傍にいてくれたらな」

「嬉しいなぁ、今の言葉。もう一回言って?」

「やだ」

「えー」

 悠人と葵は運動場に向かっていた。

「生徒は奴隷じゃないんだぞー!」

「「「奴隷じゃないんだぞー!」」」

 運動場では阿古屋たちが大声を張り上げている。

「喚くだけじゃ意味がない……というか逆効果だぞ」

 悠人は阿古屋に話しかけた。

「お! 霧島じゃないか!」

 阿古屋は最初、悠人を見て目を輝かせた。
 が、隣に立っている葵を見て険しい表情を浮かべる。

「教師に言われて仲裁に来たのか?」

 悠人は「違う違う」と笑った。

「その逆だ。俺はお前に賛同している。だから手助けに来た」

「手助け?」

 阿古屋は拡声器の電源をオフにする。

「見たところ抗議運動に慣れていないようだからな。正しい戦い方を教えに来た」

「頼もしいセリフだが、そういう霧島は抗議運動に慣れているのか?」

「ああ、これでも数年前にあったサントメ・プリンシペ民主共和国のデモに参加していた。もっと言えばそのデモにおいて三番目に大きい市民団体でブレーンを努め、政府に要求を呑ませたのが俺だ」

 驚くことにウソではなかった。

「サントメなんとかっつう国なんてねぇよ!」

 阿古屋は悠人が冗談を言っていると思った。

「それがあるんだな、ガボンの近くに」

「ガボンってどこだよ」

「地図で言うとコンゴの左だ。で、ガボンから海に出て真っ直ぐ進むとサントメ・プリンシペがある……が、いま大事なのはサントメ・プリンシペがどこにあるかではなく抗議運動についてだ。そうだろ?」

 話を戻す悠人。

「そ、そうだな」

「では本題に入るけど、阿古屋のやり方は手ぬるすぎる」

「ならどうすればいいんだ?」

「まずは持久戦に備える。こういう問題は一日じゃ解決しない。腰を据えて『こっちはいくらでも戦えるぞ』と示す必要がある。そのためには可及的速やかに押さえるべき点が二つある」

「二つ……」

「一つは美味いメシだ。メシの質は全体の士気に関わる。果物や野菜を自力で調達できるとしても、それを美味しく調理するのは大変だろ? いつも同じ献立では飽きるしな。ということで、優秀な調理スタッフが必要だ」

「そうか! それで!」

 阿古屋の目が葵に向く。

「その通り。だから家庭科部の部長であり俺の性奴隷もといセックスパートナーの葵を連れてきた。もちろん調理器具も確保してある」

「「「すげー!」」」

 阿古屋だけでなく、他の参加者も歓声を上げる。

「ゆうくん、『性奴隷もといセックスパートナー』って部分は言わなくてもいいのよ?」

 葵は顔から蒸気をモクモクさせて恥ずかしがる。

「いや、実績はアピールしないと意味がない」

 悠人は視線を阿古屋に戻した。

「もう一つは住居だ。知っての通り、教頭は以前、俺に本館と部室棟の出入りを禁止した。いざとなればそういう手を使ってくる可能性がある」

「……! たしかにそうだ!」

「まぁこれだけ人数が多いなら大丈夫とは思うが、そうした可能性に備えて住居も確保したい。ということで今、ダンス部のホープ兼俺の性奴隷もといセックスパートナーの西村美優と、皆もお世話になったであろうビッチビチの井上梨紗子が、アウトドア部と交渉してテントを調達している」

「マジかよ!」

 興奮する阿古屋。
 他のメンバーも「すげぇ!」と盛り上がる。

「拡声器を使って抗議するのはこうした下地を整えてからだ」

「すごすぎだろ霧島! マジで手慣れているじゃねぇか!」

「な? サントメ・プリンシペのデモで三番目に大きな市民団体でブレーンを努めただけのことはあるだろ?」

「ああ、全くだ! すげーぜ、サントメ・プリンシペ!」

「いや、すごいのは俺だ」

 悠人は労することなく阿古屋たちの心を掌握することに成功した。
 ここまでくればあとは簡単だ。

「じゃ、俺はこれで失礼するよ。抗議活動、頑張ってな」

「「えっ」」

 これには阿古屋だけでなく葵も驚いた。
 てっきりリーダーに立候補するものだと思っていたからだ。

「じゃあな」

 阿古屋に背中を向けて歩き出す悠人。

(ゆうくん、リーダーに立候補しなくていいの!?)

 葵は無表情を装いつつ悠人の隣を歩く。

「霧島、待ってくれ!」

 阿古屋が声を上げた。
 悠人は一瞬だけニヤリと笑ってから振り返る。

「どうしたんだ? 阿古屋」

「俺たちのリーダーになってくれよ!」

 なんと阿古屋からお願いし始めたではないか。

(この展開を読んでいたの!? ゆうくん、すごい……!)

 驚く葵。
 だが、彼女の驚きはまだ終わらなかった。

「いやいや、俺は遠慮しておくよ」

 なんとなんと!
 悠人は阿古屋のお願いを断ったのだ!

「え?」

 耳を疑う葵。

「お願いだ霧島! 俺たちに力を貸してくれよ! かつてのサントメ・プリンシペみたいにさ!」

 悠人が拒んでも阿古屋は折れなかった。
 他の生徒も「霧島、頼むよ」と頭を下げている。

(ゆうくんはこうなることまで読んでいたんだ! なんという読みの深さ……やっぱりすごい……!)

 いよいよ悠人が承諾する。
 ――と、葵は思ったのだが。

「そうは言っても俺は二年だぞ。こういうのは三年が仕切るものだと思う」

 またしても悠人は拒んだ。

(さすがに今のは承諾するべきじゃないの!? 阿古屋君たち、諦めちゃうよ!?)

 目をパチクリさせる葵。

「いや、霧島、お前が仕切ってくれ! これは遊びじゃないんだ! 俺たちは本気で現状を変えたいと思っている! そのためには学年がどうとか関係ねぇ! だからどうか……頼む!」

 阿古屋はその場で正座し始めた。

「おい阿古屋、何をしている?」

「これでダメなら土下座する!」

 言葉通り土下座を始めようとする阿古屋。
 それを見て他のメンバーまで地面に正座する。

「待て! 待ってくれ! 分かった! そこまで頼まれたら仕方ない! この件、俺が仕切らせてもらうよ!」

 ついに悠人が承諾した。
 阿古屋たちに頼み倒されてやむなく折れる形で。

(すごいよ、ゆうくん! 底知れない読みの深さ……!)

 葵は手品でも見ているような気持ちになった。

「本当か霧島!?」

「もちろん。阿古屋たちの熱い想いに心を突き動かされたよ」

 ウソである。
 悠人は最初からこの展開を想定していた。
 故に心が突き動かされるなんてことは全くない。

「よし! ここからは霧島がリーダーだ! みんな、いいよな!?」

 阿古屋は悠人の右手首を掴み、天高く掲げた。

「「「おー!」」」

 皆が拳を突き上げる。
 満場一致で悠人は抗議団体のリーダーに選出された。
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