うちのメイドは、只者ではありません。

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第一章

殿下について学びましょう

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「つまり、婚約破棄は出来ないということですね」

 自室に戻ってすぐ、リーナに詳細を説明したところ、さほど驚いた様子もなく溜息を一つ落として冷静な言葉をかけられました。

「ええ。私から婚約に異議を唱える事は、不可能だわ」
「ノブレスオブリージュがある以上、そうなりますね」
「てっきりもっと怒られるかと思ったけど、あまり驚いたりもしないのね?」

 淡々と冷静なリーナに、どこかこちらがソワソワしてしまう。そんなソワソワがなんだか落ち着かなくて、そのままリーナに質問としてぶつけてみました。

「殿下がお嬢様との婚約を破棄せずに望まれた以上、破棄するよりもお嬢様にどの様に幸せになって頂くかを考える方が先決と考えただけです」

 さも当たり前のことのように、リーナは私の幸せを願ってくれている。それがとても嬉しくて、私は本当に果報者なんだと思います。

「ですが幸せになって頂きたいからこそ、殿下について学ばなくてはなりません」
「殿下について?」
「左様でございます。殿下との接点がほとんどないのですから、私の知る物語の殿下について先ずはお伝えいたします」

 リーナの言う事はもっともで、殿下について私が知る事はほとんどない。アルディオール王国の第一皇子であること、その美しい容姿からいつでも話題の中心であること、ぐらいでしょうか。
 もう一つだけあるとしたら、社交界デビューの時エスコートして頂いたダンスが、とても上手だったと言うことだけ。
 十歳の私にとってのダンスはとても難しくて、シンディ先生にも匙を投げられる寸前でしたのに、殿下のエスコートは大人と変わらず完璧だった様に記憶しています。
と言うよりも、あの日の殿下を思い出そうとしても、ダンスが上手だったこと以外あまり記憶がないと言うのが正しいかもしれません。

「お嬢様は何か殿下についてご存知ですか?」
「私が殿下についてお話しできることなんて、何もないわ。社交界デビューの時のダンスが、あまりにも上手過ぎたことぐらいかしら?」

 あからさまに肩を落とす様に言えば、リーナがクスっと微かに笑むのが分かって、一緒に顔を見合わせて笑ってしまう。
 サーシャという可愛い妹がいるのは間違いないけれど、リーナは私にとって姉妹同然の存在。リーナからしたら手のかかる、かかり過ぎる妹でしょうけど。

「殿下は確かに物語の中でもダンスは評判で、サーシャ様とのダンスシーンは輝かしく描かれていました」

 一通り笑い終わると、冷静なリーナが顔を出した様に何かを考えているみたいです。

 私は殿下とサーシャのダンスを想像して、それは輝かしいのでしょうと、自分でも顔が綻んでいるのが分かります。
 ダンスが上手で、その見た目には王国内外から定評のある二人。そんな二人のダンス、想像するだけでも輝かしいです。

 公爵令嬢は殿下のお気に入りと言ったでしょうか、一度その物語を読んでみたいです。
 あまり読まないロマンスですが、殿下とサーシャのお話なら読めそうです。


「例えばお嬢様とサーシャ様の立場が入れ替わっているならば、お嬢様こそがヒロインという事になりますね」

 私が一人で物語を想像している間にも、リーナは色々と考えてくれていたみたいです。

「だとしたら何故容姿が反映されていないのか、殿下がサーシャ様をエスコートした事がないのも入れ替わっているなら有り得ない」

 リーナは難しい顔をさらに濃くして、何かをぶつぶつと呟いている。
 自分の知っている物語と、置かれた現実を整理しているのでしょうか。

「そういえばリーナ、殿下が物語で私を断罪にするまで嫌われた理由って、サーシャに対する態度だったのかしら?」
「左様にございます。ですがその他にも物語の中で、お嬢様がハウス公爵家の名を欲しいままに権力を振りかざすシーンもあったので、その全てを嫌っていたようでした」

 リーナが言う物語の中の私はとても酷い人間で、ルーベルト伯爵のような潔ささへも感じることが出来ない。
 お父様とお母様の教えがあるのに、何故ハウス公爵家の名を穢すような行いをしたのかしら。
そこにどんな理由があったとしても、許されないことだと知りながらも、やっぱりそんな人生を送った知りたいと思ってしまいます。

「リーナから見て物語の中の私と、私の共通することってあるかしら?」
 もちろん容姿以外でね、と付け加えればリーナは少し悩むように押し黙ってしまいました。

 まるで違うからなのか、それとも共通するところがたくさんあるからなのか。
どちらだったとしても、悩ませてしまう事には変わりないのでしょう。


「物語の中のお嬢様はいつも自信に溢れながらも、どこか寂しさを感じる人柄でした。
もしも共通するところがあるのなら、その寂しさを感じさせるところでしょうか」

 少しして口を開いたリーナからは、思いもよらない共通点をあげました。

「私は寂しさを感じさせているなんて、初めて知ったわ。
それに物語の中の私は自信があるのに寂しさを感じさせるなんて、愛を受け取るのが少し上手じゃなかったのね」
「お嬢様らしい発想ですが、この気付きは大きいかもしれませんね」

 、とは何を指しているのか分かりません。
私がそんなに大きな発見をしたとは、先程の会話からではとても思えません。

「愛を正しく受け取れていたら、断罪にはならなかったと信じたいわ」
「お嬢様はしっかりと愛を受け取って、どうかお嬢様であってくださいね」

 リーナの真剣な瞳は、その気持ち全てを感じ取れるようです。
こんな風に思ってくれるリーナがいて、どうして裏切る事ができるでしょう。

「殿下についても考えていたのですが、異なる事が多いので明日殿下がいらした時に、少しでも多くの情報を得られるように致しましょう」

 リーナとの作戦会議は、どこか小さい頃の大人には内緒のお話みたいで、ワクワクしてしまうのは秘密です。

「明日は一つでも多く、殿下について学ぶことを約束するわ」

 バッドエンドなるものを回避して、ハッピーエンドなるものを迎えるべく、ここからが本番です!
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