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小さくなるから愛してね
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三雲幸弥が部活を辞めると言い出した。
キャプテンの佐藤銀司の胸に広がったのは、怒りよりも驚愕だった。確かに三雲は口数が少なく冷めていて、協調生に欠けているような気もしなくもないが、バスケは上手いしスタメンだ。何より、三年間欠かさず練習に参加していた。三年生メンバーの中で、休まず練習に出ていたのは銀司と三雲だけなのだ。高校最後の大会、ウィンターカップまで当然出場するものと信じていた銀司にとって、三雲の退部申告はまさに青天の霹靂だった。
「な、な、な、なんでだッ……」
「受験に専念したいから」
相変わらずクールな男だ。顔色一つ変えずに言った。
「受験って……お前、内部進学じゃないのか?」
「……内部進学だけど」
「なら良いじゃねえかッ」
三雲はふいっとソッポを向いた。鼻が、高い。
「もう決めたんだよ」
「ダメだッ、納得できんッ!」
まだ四月。三年に上がったばかりだ。これから俺たちの時代が始まるというのに、なぜ辞める。
「何か不満があるなら遠慮なく言ってくれッ! お前のグッズを売ったことか? 確かにアクリルスタンドはやりすぎた。すまんッ」
私立高校と言っても、部費は限られている。顔の良い三雲は貴重な収入源だった。
「それと俺が辞めるのは関係ない」
「ならどうしてッ……」
「なんだって良いだろ。とにかく明日から練習には出ない」
じゃあな、と部室を出て行こうとした三雲の腕を、咄嗟に掴んだ。
「まだ、話は終わってないぞ……」
両肩を掴み、くるっとこちらを向かせた。
「俺は辞める。お前に何を言われても、この気持ちが変わることはない」
「だから、理由を教えてくれよっ……せっかくお前の弟も入ったのに、どうして辞めるんだよッ……」
三雲はサッと目を伏せた。長くてサラサラの前髪が白い肌に影を落とす。
「三雲っ……俺は、まだお前とバスケがしたいっ……お前は違うのか?」
クールな男が、これには答えられずに押し黙った。ほら、本音ではバスケを続けたいのだ。銀司の両手に力がこもる。
「何か、理由があるんだな? だったら俺に言ってみろ。お前がバスケを続けられるよう努力する。お前には助けられてばかりきたからな。今度は俺がお前を助ける番だッ!」
三雲は顔を上げた。猫のようなアーモンドアイが、珍しく潤んでいる。そんなに思い詰めていたのかと、銀司は胸が詰まった。
「三雲……」
三雲の顔が、急に迫ったかと思うと、唇が重なった。
え……
キスされた……と理解した途端、カーッ、と頭のてっぺんまで熱くなった。
三雲が離れる。瞠目する銀司に三雲はにっこり殺人級の笑顔をお見舞いすると、「こんなので驚いてるようじゃ、無理だよ」と言った。
「へ?」
放心する銀司を置いて、三雲は去っていった。
「この野郎ッ……」
時間が経つにつれ、銀司の怒りは膨れていった。その瞬間は驚きで気が回らなかったが、ファーストキスを奪われたのだ。
「イケメンだからってな、人の唇奪って良い理由にはなんねえからなっ! つかなんだよ『驚いてるようじゃ無理』って! 驚くに決まってんだろうがッ!」
帰宅後、どうにも怒りが治らなかった銀司は三雲のアクリルスタンドを引っ張り出し、それに怒りをぶつけていた。高さ15センチ。制服versionだ。
「なんで俺の初めてのキスがお前なんだよッ! 返せッ! 俺のファーストキス返せッ!」
「ちょっと何やってんだっ!」
このこのっ、と胴を突いているところを、姉に見られてしまった。銀司には二つ離れた姉と妹がいる。
「ああっ、それ三雲くんのアクスタっ! 勝手に私の部屋入るんじゃないよっ!」
女子プロレスラーのような恰幅のいい姉が、銀司目掛けて猛突進してくる。
銀司は素早くソファの裏手に回った。紋所のようにアクリルスタンドを姉に突き出す。
「よく見ろっ! これは制服バージョンっ! 地区大会応援に三回以上参加しなければ手に入らないレアアイテムだッ!」
姉が目を見開く。銀司はフフと嘲笑った。
「それ、今年は一般発売するんだろうね?」
銀司は肩を落とした。「それがな……」と神妙に言って、ソファに戻る。
「あいつ、辞めるとか言ってんだ」
「ええっ!」
姉は驚いた後、仏頂面で言った。
「そんなのばっか作ってるから、嫌気がさしたんじゃないの」
「俺もそう思ったんだが、どうもそうじゃないらしい」
「じゃあ何さ?」
「知らねえよ。だから困ってんだ」
こんなので驚いてるようじゃ、無理だよ
銀司は無意識に己の唇を撫でていた。いつか好きな人と付き合えた時……いや、自分を好きになってくれる女なら誰でも良いという諦めの境地に銀司はいた。発育の良い銀司は小学生で既に170センチを超え、女子はおろか、男子からも恐れられていた。デカい上に、目つきもすこぶる悪いのだ。告白などしようものなら熊に遭遇したような反応をされる。そんなだから、中学、高校はひたすらバスケに明け暮れた。女なんて興味ありません! というふうに。
でも本当は人並みに恋愛してみたい。女子と手を繋いだり、もちろんキスもしてみたい。それが……
「どうしてお前なんだよおっ」
銀司は見た目に似合わずピュアだった。ファーストキスも、告白場所も、大事にするタイプだ。
「あんた主将でしょ。引き留めなよ」
「引き留めたに決まってんだろ。でもこいつ、もう決めたことだからって聞く耳持たねえんだ」
「それをなんとかするんだよ」
「うるせえっ、俺だって今日聞いて混乱してんだよッ!」
しかもキスされた。大事な大事なファーストキスだ。そりゃ、お前はイケメンだし、モテるし、キスくらいなんてことないだろうけど……
「うう……やっぱり許せんッ」
相手を女に置き換えたら、あいつの行為は許されざる横暴だ。……いや、イケメンだから許されるのかもしれない。むしろ喜ばれるのか? だが俺は許さんッ……
「俺だって……」
銀司はアクリルスタンドを呪いの藁人形のように握りしめた。
「俺だって……お前の初めてを奪ってやるからな……」
「初めて」の具体的な案はない。初めてならなんでもいい。とにかくあいつの初めてを奪いたい。ピュアな銀司に「男同士のセックス」は思い浮かばなかったが、それを聞いていた姉は「あんた……」と青ざめていた。
キャプテンの佐藤銀司の胸に広がったのは、怒りよりも驚愕だった。確かに三雲は口数が少なく冷めていて、協調生に欠けているような気もしなくもないが、バスケは上手いしスタメンだ。何より、三年間欠かさず練習に参加していた。三年生メンバーの中で、休まず練習に出ていたのは銀司と三雲だけなのだ。高校最後の大会、ウィンターカップまで当然出場するものと信じていた銀司にとって、三雲の退部申告はまさに青天の霹靂だった。
「な、な、な、なんでだッ……」
「受験に専念したいから」
相変わらずクールな男だ。顔色一つ変えずに言った。
「受験って……お前、内部進学じゃないのか?」
「……内部進学だけど」
「なら良いじゃねえかッ」
三雲はふいっとソッポを向いた。鼻が、高い。
「もう決めたんだよ」
「ダメだッ、納得できんッ!」
まだ四月。三年に上がったばかりだ。これから俺たちの時代が始まるというのに、なぜ辞める。
「何か不満があるなら遠慮なく言ってくれッ! お前のグッズを売ったことか? 確かにアクリルスタンドはやりすぎた。すまんッ」
私立高校と言っても、部費は限られている。顔の良い三雲は貴重な収入源だった。
「それと俺が辞めるのは関係ない」
「ならどうしてッ……」
「なんだって良いだろ。とにかく明日から練習には出ない」
じゃあな、と部室を出て行こうとした三雲の腕を、咄嗟に掴んだ。
「まだ、話は終わってないぞ……」
両肩を掴み、くるっとこちらを向かせた。
「俺は辞める。お前に何を言われても、この気持ちが変わることはない」
「だから、理由を教えてくれよっ……せっかくお前の弟も入ったのに、どうして辞めるんだよッ……」
三雲はサッと目を伏せた。長くてサラサラの前髪が白い肌に影を落とす。
「三雲っ……俺は、まだお前とバスケがしたいっ……お前は違うのか?」
クールな男が、これには答えられずに押し黙った。ほら、本音ではバスケを続けたいのだ。銀司の両手に力がこもる。
「何か、理由があるんだな? だったら俺に言ってみろ。お前がバスケを続けられるよう努力する。お前には助けられてばかりきたからな。今度は俺がお前を助ける番だッ!」
三雲は顔を上げた。猫のようなアーモンドアイが、珍しく潤んでいる。そんなに思い詰めていたのかと、銀司は胸が詰まった。
「三雲……」
三雲の顔が、急に迫ったかと思うと、唇が重なった。
え……
キスされた……と理解した途端、カーッ、と頭のてっぺんまで熱くなった。
三雲が離れる。瞠目する銀司に三雲はにっこり殺人級の笑顔をお見舞いすると、「こんなので驚いてるようじゃ、無理だよ」と言った。
「へ?」
放心する銀司を置いて、三雲は去っていった。
「この野郎ッ……」
時間が経つにつれ、銀司の怒りは膨れていった。その瞬間は驚きで気が回らなかったが、ファーストキスを奪われたのだ。
「イケメンだからってな、人の唇奪って良い理由にはなんねえからなっ! つかなんだよ『驚いてるようじゃ無理』って! 驚くに決まってんだろうがッ!」
帰宅後、どうにも怒りが治らなかった銀司は三雲のアクリルスタンドを引っ張り出し、それに怒りをぶつけていた。高さ15センチ。制服versionだ。
「なんで俺の初めてのキスがお前なんだよッ! 返せッ! 俺のファーストキス返せッ!」
「ちょっと何やってんだっ!」
このこのっ、と胴を突いているところを、姉に見られてしまった。銀司には二つ離れた姉と妹がいる。
「ああっ、それ三雲くんのアクスタっ! 勝手に私の部屋入るんじゃないよっ!」
女子プロレスラーのような恰幅のいい姉が、銀司目掛けて猛突進してくる。
銀司は素早くソファの裏手に回った。紋所のようにアクリルスタンドを姉に突き出す。
「よく見ろっ! これは制服バージョンっ! 地区大会応援に三回以上参加しなければ手に入らないレアアイテムだッ!」
姉が目を見開く。銀司はフフと嘲笑った。
「それ、今年は一般発売するんだろうね?」
銀司は肩を落とした。「それがな……」と神妙に言って、ソファに戻る。
「あいつ、辞めるとか言ってんだ」
「ええっ!」
姉は驚いた後、仏頂面で言った。
「そんなのばっか作ってるから、嫌気がさしたんじゃないの」
「俺もそう思ったんだが、どうもそうじゃないらしい」
「じゃあ何さ?」
「知らねえよ。だから困ってんだ」
こんなので驚いてるようじゃ、無理だよ
銀司は無意識に己の唇を撫でていた。いつか好きな人と付き合えた時……いや、自分を好きになってくれる女なら誰でも良いという諦めの境地に銀司はいた。発育の良い銀司は小学生で既に170センチを超え、女子はおろか、男子からも恐れられていた。デカい上に、目つきもすこぶる悪いのだ。告白などしようものなら熊に遭遇したような反応をされる。そんなだから、中学、高校はひたすらバスケに明け暮れた。女なんて興味ありません! というふうに。
でも本当は人並みに恋愛してみたい。女子と手を繋いだり、もちろんキスもしてみたい。それが……
「どうしてお前なんだよおっ」
銀司は見た目に似合わずピュアだった。ファーストキスも、告白場所も、大事にするタイプだ。
「あんた主将でしょ。引き留めなよ」
「引き留めたに決まってんだろ。でもこいつ、もう決めたことだからって聞く耳持たねえんだ」
「それをなんとかするんだよ」
「うるせえっ、俺だって今日聞いて混乱してんだよッ!」
しかもキスされた。大事な大事なファーストキスだ。そりゃ、お前はイケメンだし、モテるし、キスくらいなんてことないだろうけど……
「うう……やっぱり許せんッ」
相手を女に置き換えたら、あいつの行為は許されざる横暴だ。……いや、イケメンだから許されるのかもしれない。むしろ喜ばれるのか? だが俺は許さんッ……
「俺だって……」
銀司はアクリルスタンドを呪いの藁人形のように握りしめた。
「俺だって……お前の初めてを奪ってやるからな……」
「初めて」の具体的な案はない。初めてならなんでもいい。とにかくあいつの初めてを奪いたい。ピュアな銀司に「男同士のセックス」は思い浮かばなかったが、それを聞いていた姉は「あんた……」と青ざめていた。
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