孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

香月みまり

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2章

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本当に一瞬の出来事で、混乱するあまりに自分の頭が都合のいい夢でも見せたのではないだろうかと疑いたくなるほどの出来事で。

それなのに重ねられた唇の感触はやけに鮮明で。

次の瞬間には唇を押さえて、その場にへたり込みそうになる。その身体を、周がしっかりと支えて彼に凭れ掛かるようにされてしまう。

「妹にはこんなことしねぇよ」

ため息と共に、耳元で言われて、苓はぎゅうっと身を縮める。

いつもの優しく低い周の声が、異様に大人の男性の声に聞こえて、ぞくりと背筋をしびれさせた。

「っ、、、ずるいわ」

何とか絞り出せた言葉は、ひどくゆがんでいて、もうごまかしようもないほどに涙が溢れてしがみついた周の着衣を濡らしていた。


ぎゅうっと、抱き寄せられていた周の腕に力が入ったのが分かる。


「ごめん、、、でも、、おまえを、苓を巻き込みたくないんだ。本当はこんなことすら許されない」

今までとはずいぶん違う、苦し気な声音で、絞り出すように耳元で詫びられる。


「果てしなく長い道のりなんだ、お前の身の安全も確保してやれない。もしかすると巻き込んで命を危険に晒すかもしれない。それなのに、その目的すら達成できないかもしれない」

ぎゅうぎゅうと抱き込む力とは裏腹に、彼から紡がれる言葉は苓を明確に遠ざけようとする言葉で、そこで苓はようやく理解した。


「私が側にいることが、二人の邪魔になるのね?」

静かに聞けば、背中に回された周の手が、ゆったりと髪を撫でる。

「俺が、嫌なんだ。だから頼む」

優しい彼は絶対に邪魔だとは言わなかった。すべてが自分のわがままだと、そう苓に思わせるように言葉を選んでいるような気さえして。


その言葉が苓の頭の中を冷静にさせた。
同時に自分本位な言動で、周を困らせて彼を苦しめたことに自己嫌悪の気持ちが湧いてくる。

もう、苓からは何も言うことができなかった。




結局、周に手を引かれ互いに無言のまま、宿に戻った。


すでに戻っていた陸は、帰ってきた二人の様子を見て眉をしかめたが、それ以上何も言うことはなかった。






「ねぇ苓、もし周のことが好きなら諦めた方がいい、きっと君のためにならない」

その晩、周が湯あみに出たタイミングで、陸がようやく口を開いた。
宿に帰ってきてから、彼が何かを言いたそうにしていたのには気づいていた。 


「どういうこと?」

とくに驚きもなく、首を傾ける。彼に言われなくとも先ほど苓はそのことについて理解したつもりでいた。
どこかで諦めなければならないと決意したからこそ、陸から何かしら諦める要素になる事柄が聞けるのではないかと少し期待の気持ちもあった。

苓のどこか落ち着いた反応に、陸は少しだけ安堵したように、厳しい表情をわずかに緩めた。

「詳しくは、、、でもこれだけは言える。周と居ても、愛され抜くことはできない。」


ひゅっと喉を冷たく乾燥した空気通った気がした。

「それは、、、どういう」

陸もきっと周と同じような事を言うのだと思っていたから、彼の口から出てきた言葉はひどく意外だった。

「ごめん。これ以上は。でも女性として幸せになりたいと願うなら、周はだめだ」

困ったように一度だけ目を伏せて、それでも最後は、有無を言わせない陸の視線に、苓は「分かったわ」と頷いた。

彼の言わんとしていることの理由は全く分からないが、とにかく苓が彼らとこれ以上関わること自体が彼らに不都合になるらしい。

ならば、苓は今まで通り彼らの同行者として身の程を弁えて居ようと、心に決めた。

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