孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

香月みまり

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3章

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翌朝、柔らかすぎるベッドと軽すぎる布団、、そして高すぎる枕のおかげで苓は寝不足だった。

ようやくいい具合に眠りに落ちた頃、女官達にたたき起こされて、風呂に入れられマッサージやらパックやら化粧やらを施された苓は

なんの覚悟をする間もなく、謁見の間で父と言われる皇帝と対峙した。


顔を上げるように言われておずおずと顔を上げれば、玉座に座った男がじっとこちらを見下ろしていた。

どっしりとした中肉中背な体躯に整った顔立ちの中年の男だ。若い頃に痩せて居たのならなかなかの美丈夫だったのではないかと思う。
なるほど、だから色々なところに種を、、、と己の父であることも忘れて納得してしまった。



「夕の面影があるな、、、そうか農婦をしていたか、、、実に彼女らしいな」
そう言って目を細めた彼は、玉座を立ち上がって、ゆっくりと苓に近づいてきた。

碧相国という大国を統べる、近代まれに見ない賢帝と呼び声の高い皇帝が、跪く自分の前に来て膝をついた。

そうして苓の顎に手を添えると、もっとじっくり顔を見せろと持ち上げた。

「夕の事は片時も忘れた事はなかった。こんな立場で生きてきたからな、望んで手に入らぬものは珍しかった。
そなたという形がいたのなら、まだ余のあの頃の想いも報われた方かもしれん」

そう言って目を細めて、優しい眼差しで苓を見た皇帝は、うむっと頷いた。

「確か名は、苓とだけしかなかったな?」

そう聞かれて苓は頷く。

「生まれ育った村の子供は、一文字の子が多かったので、、、」

きっと母もそれに揃えたのだろう。そう言いたかったのだが、、父とは言え、皇帝相手にまともに声なんて出なかった。


「そうか、、、ならば名を付けようか、、、」

そう言って皇帝は、一度宙を見上げてそして、うんっと頷いた。

宇麗うれいにしよう。母のように美しく麗しく賢くなるように、、、と」

そう言って彼は自身の後方にいる書記官に、「間違いなく記せ」と命じた。

うれい

口の中で呟く。

母の字から一字取った名だ。苓が間違いなく自分と母の子であると皇帝が認めた、、、ということなのだろうか。

少しだけ切なげに目を細めた皇帝が、苓を見下ろしている。

「父としての最初の贈り物だ。どんなことを言われても、母の事を誇りに思え。お前の母は素晴らしい人だった。ここまで苦労したな、ゆっくり休みなさい、あとのことは心配するな。お前を不幸にはしない」

そう言って、ポンと苓の頭に手をのせた。まるで本当に父親が子供にするように優しく。

これには、そばに控えていた皇帝の側近たちが息を飲んだ。

彼が、自身の子供たちにこのように接するのは珍しいようだ。

それほど、苓の存在が彼にとっては嬉しいものだったと、、、そういう事なのだろうか。


いったいどれほど母さんはこの人に愛されていたのだろう。

おそらく、母はそれが分かっていたから、いざという時には、苓がここに来られるように仕向けていたのだ。


そう理解していると、皇帝は立ち上がって、玉座に戻る。

そろそろ退室を促されるのかと思い、もう一度頭を下げようと思った。


「ところで今年の農作物の出来はどうだった?」

「え?」

唐突何の脈絡もなく聞かれた言葉に、苓は一瞬意味を理解できかねて、つい間抜けな声が出てしまった。


そして玉座の上の皇帝を見上げれば、彼は書記官に記録を求めるように合図をしている。

えっと、、、これは庶民的な感覚を聞きたいという事なのだろうか?たしかに王都にいる皇帝が地方から来た者から直接状況を聞くという事が少ないだろうが、、、こんな小娘でいいのかと首をひねる。


「きょっ、、去年は苦しかったけど、今年は平均的かと。ただ、これから嵐の時期になりますから、それ次第です。収穫まで持ってくれればいいのですが」


しどろもどろになりながらも、村の大人たちがよくこぼしていた事を伝えてみる。
苓の話を玉座に肘をついて、静かに聞いていた皇帝は、ゆっくりと頷いた。

「ふぅん、、、まぁそうだろうなぁ。しかし平均的か、、、今年は東部が思わしくないから西部が頼みなんだがなぁ。
暮らしぶりはどうだ?」


まだ聞かれるのかと背筋に冷たいものが走る。だが苓を見下ろしている皇帝の瞳には明らかに何か得る物がないかという期待が混じっているような気がして。

「し、、、正直今年は苦しかったです。孤児を売ろうとするくらいには、、、あっ!」

そうして自身の言葉のまずさに気が付いたが、時すでに遅しだ。

「売られかけたのか?」

身を乗り出した皇帝に、仕方なくうなずく。


「はい、、、恥ずかしながら。でも、、、村長や、、良心的な人たちのおかげで助けられました。」

これで村に何かの咎があってはいけないと慌てる。苓を逃がしてくれた村長や関与していない村の人達に迷惑をかけるわけにはいかない。

「なるほどなぁ、、、そうした報告はなかったが、、、村単位では貧困差はあるのだろうなぁ。やはりもう少し目を行き届かせる制度が要るか、、、」


そう呟いて、皇帝は玉座に背を預けて考え出す。

どうやら、本当に地方の状況を知りたかっただけのようだ。

「すまないな、思いがけずいい情報をもらった。」

しばらく思案した後に、もう下がっていいぞと言われ、苓はようやく解放された。

謁見の間を出て、迎えの女官達と合流すると、どっと疲れがやってきた。

自分の父ながらよく分からない皇帝だった。
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