孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

香月みまり

文字の大きさ
42 / 75
3章

41

しおりを挟む

凰訝兄様の弱点、それは彼の婚約者であると、雛恋は説明してくれた。

「あの美貌のにぃさまの顔に反応しないのよ!もうにぃ様のプライドはズタズタ、絶対に落とす!って自棄になっている内に夢中になりすぎて、掌の上で踊らされてる状況なの!彼女の前だと狂人もただの人よ」


そう力説する彼女の言葉がにわかに信じられなかった。

だって、血を浴びる事で、生きてることを実感するような男なのだ。それが女性に翻弄されるなど、あるのだろうか?


しかしほどなくして宇麗は、その現場に遭遇してしまった。


それは毎日の日課にしている散歩の時間での事。




中庭に並んで佇んでいる二人の男女に遭遇したのだ。

「なんだ、宇麗じゃないか?」

一人は件の兄である。そしてもう一人、彼の横に寄り添うようにしていたのが


「この方が宇麗様ですのね?はじめまして、びん 珠音しゅおんと申します」

さらりと流した黒髪が揺れる、人形のように白くて華奢な女性は、完璧に整った礼を取って、かわいらしく笑った。

そんな彼女の肩を抱いて、兄が宇麗を珠音に紹介すると共に、「彼女は俺の婚約者だ」と嬉しそうに言うものだから、脳裏に雛恋の言葉がよみがえってきた。




「良かったら、ご一緒にお茶でもいかがでしょうか?」

珠音からそんな風に誘われてしまって、断ることもできず半ば強引にお茶の席に座ることになってしまった。

兄はと言えば、彼女との二人の時間に思いがけず宇麗が入り込んでしまったので少々複雑そうな顔をしていた。

そんな婚約者の様子に気づいているのか気づいてないのか、珠音は宇麗の経歴に興味深々で質問攻めをしてくる。

お願いだから、兄さまを少しかまってあげて!!

みるみる機嫌が下降していく様子の兄に気が気ではない。


そこへ丁度、兄の部下達がやってきて、手持無沙汰になっている兄は彼らを相手に軽く剣術の稽古を始めてしまった。

剣術のことは宇麗にはよくわからないが、それでも兄が随分な手練れだという事はよくわかった。そして彼の部下たちもしかり。



「ふふふ」
そんな彼らの姿を見ながら茶を飲んでいた珠音が柔らかく笑う。その視線は、きちんと兄を追っている。


「拗ねちゃって可愛いでしょう?」

かわいい?え、何が?

一瞬何のことを言っているのか理解できなくてぽかんと珠音を見れば、彼女は肩を竦める。

「凰訝様です。狂犬がかまってかまって~って尻尾を振って、相手にしてもらえなくてションボリ拗ねる様が可愛くてつい意地悪してしまいますの」

その言葉を聞いて、宇麗は一歩下がりたい気分になった。

狂犬を手なずけている、この人の方がすごいんじゃぁ、、、。

だいたい、皇子であり、あれほどの美貌で、狂人という二つ名をもつ兄を犬に例えられるなんて。


途端に彼女が猛獣使いのように思えてしまう。


ひとしきり部下たちと剣を交えた兄は、しばらくすると満足したのか、戻ってきた。


「私、そろそろお暇を、この後授業がありますので」

入れ替わるように立ち上がって、二人に礼を言う。

兄の横で、珠音はニコニコと笑って、「また一緒にお茶をいたしましょう」と言ってくれた。
そして兄は「俺の居ぬ間に仲良くなり過ぎるなよ」と妹にまでヤキモチを焼いている始末だ。
彼は数週間後にはまた前線に戻って海賊討伐の指揮につくのだという。



去り際にチラリと二人の姿を盗み見れば、珠音がなだめるように兄の膝に手を置き、寄り添っている。

兄の顔が嬉しそうに綻んでいるのを見て。なるほど、これが掌の上で転がされてるという事かと理解した。

うん、珠音様、恐ろしい人。

しかしそれ以外にも宇麗の心には引っかかるものがあった。

いいなぁ、好きな人と添い遂げられるなんて。幸せなんだろうなぁ。

脳裏に浮かんだ男の顔を、宇麗は首を振って打ち消した。

最後に会話を交わしたのはもう数か月前のことだ。

諦めなければと思うのに。なかなか忘れられなくて、痛む胸を押さえて俯いた。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。 だからこそ転生後に誓った―― 「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。 気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。 「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」 ――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。 なぜか気づけば、 ・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変 ・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功 ・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす ・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末 「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」 自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、 “やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。 一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、 実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。 「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」 働かないつもりだった貴族夫人が、 自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。 これは、 何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
※本編を加筆修正しますので、一旦一部公開とさせていただいています。 〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 ※本編を加筆修正する予定ですので、一旦一部公開とさせていただいています。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

処理中です...