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3章
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しおりを挟む凰訝兄様の弱点、それは彼の婚約者であると、雛恋は説明してくれた。
「あの美貌のにぃさまの顔に反応しないのよ!もうにぃ様のプライドはズタズタ、絶対に落とす!って自棄になっている内に夢中になりすぎて、掌の上で踊らされてる状況なの!彼女の前だと狂人もただの人よ」
そう力説する彼女の言葉がにわかに信じられなかった。
だって、血を浴びる事で、生きてることを実感するような男なのだ。それが女性に翻弄されるなど、あるのだろうか?
しかしほどなくして宇麗は、その現場に遭遇してしまった。
それは毎日の日課にしている散歩の時間での事。
中庭に並んで佇んでいる二人の男女に遭遇したのだ。
「なんだ、宇麗じゃないか?」
一人は件の兄である。そしてもう一人、彼の横に寄り添うようにしていたのが
「この方が宇麗様ですのね?はじめまして、旻 珠音と申します」
さらりと流した黒髪が揺れる、人形のように白くて華奢な女性は、完璧に整った礼を取って、かわいらしく笑った。
そんな彼女の肩を抱いて、兄が宇麗を珠音に紹介すると共に、「彼女は俺の婚約者だ」と嬉しそうに言うものだから、脳裏に雛恋の言葉がよみがえってきた。
「良かったら、ご一緒にお茶でもいかがでしょうか?」
珠音からそんな風に誘われてしまって、断ることもできず半ば強引にお茶の席に座ることになってしまった。
兄はと言えば、彼女との二人の時間に思いがけず宇麗が入り込んでしまったので少々複雑そうな顔をしていた。
そんな婚約者の様子に気づいているのか気づいてないのか、珠音は宇麗の経歴に興味深々で質問攻めをしてくる。
お願いだから、兄さまを少しかまってあげて!!
みるみる機嫌が下降していく様子の兄に気が気ではない。
そこへ丁度、兄の部下達がやってきて、手持無沙汰になっている兄は彼らを相手に軽く剣術の稽古を始めてしまった。
剣術のことは宇麗にはよくわからないが、それでも兄が随分な手練れだという事はよくわかった。そして彼の部下たちもしかり。
「ふふふ」
そんな彼らの姿を見ながら茶を飲んでいた珠音が柔らかく笑う。その視線は、きちんと兄を追っている。
「拗ねちゃって可愛いでしょう?」
かわいい?え、何が?
一瞬何のことを言っているのか理解できなくてぽかんと珠音を見れば、彼女は肩を竦める。
「凰訝様です。狂犬がかまってかまって~って尻尾を振って、相手にしてもらえなくてションボリ拗ねる様が可愛くてつい意地悪してしまいますの」
その言葉を聞いて、宇麗は一歩下がりたい気分になった。
狂犬を手なずけている、この人の方がすごいんじゃぁ、、、。
だいたい、皇子であり、あれほどの美貌で、狂人という二つ名をもつ兄を犬に例えられるなんて。
途端に彼女が猛獣使いのように思えてしまう。
ひとしきり部下たちと剣を交えた兄は、しばらくすると満足したのか、戻ってきた。
「私、そろそろお暇を、この後授業がありますので」
入れ替わるように立ち上がって、二人に礼を言う。
兄の横で、珠音はニコニコと笑って、「また一緒にお茶をいたしましょう」と言ってくれた。
そして兄は「俺の居ぬ間に仲良くなり過ぎるなよ」と妹にまでヤキモチを焼いている始末だ。
彼は数週間後にはまた前線に戻って海賊討伐の指揮につくのだという。
去り際にチラリと二人の姿を盗み見れば、珠音がなだめるように兄の膝に手を置き、寄り添っている。
兄の顔が嬉しそうに綻んでいるのを見て。なるほど、これが掌の上で転がされてるという事かと理解した。
うん、珠音様、恐ろしい人。
しかしそれ以外にも宇麗の心には引っかかるものがあった。
いいなぁ、好きな人と添い遂げられるなんて。幸せなんだろうなぁ。
脳裏に浮かんだ男の顔を、宇麗は首を振って打ち消した。
最後に会話を交わしたのはもう数か月前のことだ。
諦めなければと思うのに。なかなか忘れられなくて、痛む胸を押さえて俯いた。
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