孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

香月みまり

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4章

54 1日目 昼②

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向かった先は小さな宿屋だ。

この国では顔が割れている自分と至湧は旅芸人の一座の用心棒という素性で入国している。

もちろん身分は碧相国で偽りのものを用意した。碧相国の都市部でも人気の旅一座で、宮廷にも出入りしている「月光」という団体に紛れた。

旅の一座ならば、風貌が多少おかしくても違和感がないのが、なによりもありがたい。


今だって、外を歩く時は変面師の格好で顔を隠しているし、至湧は狐の面をしている。

普段ならばこれほど異様な二人組は街中でも目立つものだが、お祭り騒ぎの雰囲気の中ではなんの違和感も無く溶け込めた。

時々通りすがりの子供にせがまれて変面のパフォーマンスができるくらいの技術は身につけているため、怪しがるものもいない。

宿に入り、戻ったことを座長に軽く声をかけて、階段を登り自室へ入る。

そこでようやく二人して面を取る。

「とりあえずは姫さまからの情報を待つ形ですね?」


「あぁ、そうだな。明日にはなんらかの連絡が来るだろうさ」

どうやら翠玉側はこの話が持ち上がるや否や、手の者を密かに清劉の後宮に潜ませたらしい。
今回の作戦は少数精鋭の短期戦、後宮をいかに早く制圧できるかが、鍵なのだ。

自分自身もかの後宮で育っている故に抜け道などは知っているものの、配置が変わっている可能性はある。

特に重要なのは、皇帝とその子供達、そして皇太后の居場所だ。

その辺りは翠玉が探ってくれるだろう。


「とにかく、3日後の式典までだな」

そう呟けば、寝台に腰掛けた至湧がゆっくり頷く。


「明日、宮廷に月光の者達が呼ばれていますから、手の者達を数名護衛として送り込みます。何か収穫があればいいのですが」

その言葉に、どことなく不安を感じて至湧を見る。


「まさか、、、」

こちらの懸念を察したのだろう、僅かに至湧が頬を緩めて肩をすくめる。

「いえ、流石に目立つので殿下にはご遠慮いただきました」


「了承したのか?」

あの、好奇心旺盛の塊が?どう言う風の吹き回しだ?
敵陣に潜入できるなんて絶好の機会にあの人が首を突っ込まないなんてそんなはずはないのだが。

こちらの意図を間違いなく汲んだらしい至湧が小さく頷く。


「えぇ、それよりもあの方は紫瑞しずいの勅使の方が気になるようです。
どうやらとう伯央はくおうもこちらに本日到着するとか」

妙に納得できる事情に、ついホッと息を漏らしてしまう。

「なるほど、ご自身の獲物を定めたか」


董伯央は北の大国、紫瑞国の宰相で策士と名高い。
先の戦で、凰訝がギリギリまで追い詰めたものを、逃げ切られてしまったのだ。
今まで狙った獲物は必ず仕留めて来た彼だ、董伯央を自身の手で仕留められる絶好の機会とあれば、確かに逃すことはないだろう。


とりあえずこちら側の戦いを、引っ掻き回されることはないらしい。


「しかし紫瑞もよく彼を出したものだ」

「先の戦で随分とかの国は窮地に立ちましたからね。清劉がこちら側についたら流石に厳しいです。なんとしてでも味方に引き込むために交渉するでしょうね。」

「ならば切れ者の董伯央しかいない、と言うわけか。まぁチャンスはチャンスだな。紫瑞から董伯央が居なくなれば、これほどありがたい事もない。そこは殿下に任せるしかないな」


こちらから何を言っても聞かないだろう、とにかく、作戦決行まで事を荒立てず、自身の素性を隠し通してもらわねばならない。

今回碧相側の特使は皇太子なのだ。
他国に名を馳せる狂人が密かに同伴していたと知られてしまったら、変に警戒をされかねない。

はぁっ、と2人で息を吐く。
その時は、もう目の前まで来ているのだ。

ここまで来たからには、何としてでも勝たねばならない。自分達の肩には多くの者たちの生命や思い、ひいてはこの大陸全土の将来的な安寧がかかっているのだ。

その時、部屋の外が俄かに騒がしくなり、誰かが急足で階段を駆け上がってくる音が響く。

ハッとして、反射的に互いに面を手に取ると、戸口の気配へ神経を集中させる。

ノックの音が部屋に響いて、「月光」の団員の年若い見習いの男が顔を出す。


「失礼いたします。あの、清劉の軍の者が宿泊者の身元の改に来ております。全員降りてくるようにとのご指示です」

どこか不安気な、青年のその言葉に至湧と2人視線を交わした。
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