孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

香月みまり

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4章

56 1日目 着々と

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「周殿、コレを」

至湧の肩を叩いて、客室に繋がる階段に向かう途中で、座長に呼び止められる。

彼はしばし緊張した面持ちで、何も言わずに数枚の紙を差し出してきた。



どうやら許可証と共に店主へ渡されたものらしい。店主も彼も、周と呼ばれる男が何者であるのかを知っている。

「すまないな」

座長に聞こえるだけの小さな声で礼を言ってそれを受け取ると、無愛想を装って踵を返す。

徐々に口元が緩むのをこらえて2階に上がり、客室に向かう。後ろをついて来る至湧の足音も急くような足取りだ。

無理もない。


部屋に入り、扉を閉じて施錠をすると、大股で部屋の中央に置かれた卓にその数枚の用紙を広げる。




そこに記されているものは、宮廷の見取り図と、警備予定表である。


「卓牙のやつ、気が利くじゃねぇか」

ククッと笑いを噛み殺していると、隣でそれを覗き込んでいた至湧も、おかしそうに頬を緩めた。

「まさかあの鼻垂れ小僧が将と呼ばれるとは感慨深いですね」

2人の中での壁卓牙は、10代前半のわんぱく盛りの頃のイメージが強い。

歳は翠玉と同じで、よく彼女と一緒に稽古を受けては、負かされていた。彼自身が偉大な老将の孫という血筋に産まれ、随分と背負うものも多かったはずだが、それでも曲がることなく真っ直ぐな性格は、兄貴分であった自分たちも気に入っていた。

そしてあの日、自分たちが追われて川に飛び込んだあの戦いの場に彼もいたのだ。
刺客の襲撃を察して、彼らに相対すると判断した時、咄嗟にまだ翠玉と同じ歳で若かった彼を巻き込みたくなくて、遠ざける判断をした。
当時の彼の技量では命を落とす可能性の方が高かったのだ。


しかし彼は、どうやらそれを理解していてずっと悔いていたらしい。

「殿下はきっと生きてどこかで時を待っている」そう信じて、武者修行を兼ねて旅をして回っていたというのだ。

そうして碧相南部に行き着いて、海賊討伐という自国では味わえない戦いに惹かれて傭兵としてたまたま志願した。

当初は三月ほど参加して異国の戰の匂いを味わえればいいと思っていたらしいのだが、そこで彼の前に現れた自分の指揮官が探し人だった。

傭兵の格好をした卓牙が、突然やってきて、縋り付いて号泣された時は、流石に驚いた。

彼には禁軍内で味方を増やしてもらう重要な役目を頼んだ。
もともと、軍を蔑ろにしている現皇帝に対する禁軍の不満は水面下で燻っているのは調べて知っていた。
禁軍は自分の古巣である。協力してくれる者もいくらかはいるだろうと踏んでいた。
だからこそ彼が目の前に現れたのは、蓉芭にとってはこれほどまでにないほどの行幸だった。


「近衛はやはり難しいな」
見取り図を眺めながら低く唸る。

「下手に近づくのも危険ですからね。近衛は昔から癒着の多い体質でしたし、蓉芭様が皇帝となれば、普段から相容れない禁軍の力が強くなる事は必至ですから、面白くはないでしょうね」 

同意するように、至湧が声を潜める。

「そうなると、やはり初動の勢いは必要だな
一気に要点だけを責めあげて、奴らに反撃の体制を取らせる前に片を付ける方がいい。皇帝とその子供達、特に男は押さえねばならんな」

「男子は3人でしたか?」

至湧の言葉に小さく頷く。


「どこにいるかは翠玉が探ってくれるだろう。それ次第で布陣を考える」

「そうですね。あぁあと皇太后も、ですか?」


不敵に笑って首を傾ける至湧に口角を上げて頷く。

「それは、どうやら翠玉がやりたいらしいからな。可愛い妹に強請られたら仕方ねぇ」
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