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エピローグ
最終話 その日々は夢のように
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教会は万雷の喝采に包まれていた。
彼女は赤いカーペットの上を歩いていた。隣を歩くのは恩師である石蕗。石蕗は泣きそうな顔をグッと堪えて前を見ていた。
足は軽やかに。それでいて力強く。彼女の人生を表しているかのようだった。誰もがその姿に釘付けになる。誰もがその姿を見て頬が緩む。涙腺が緩む。
まだ始まって間もないというのに涙を流す人の数は半数を超えた。それは彼女の人生を知っているから。それ以上に――彼女が好かれているからに他ならない。
最前列で拍手をするは最愛の親友である光。そして命の恩人である弦之介だ。
光は始まる前から泣いていた。笑顔で見よう。そう決心した――のも過去のこと。彼女が入場してきた時点で涙が水溜まりを作っていた。
弦之介は相も変わらず。涙は流していないが、心から祝福している。彼女のことも。彼女の夫のことも。――この夫婦が送るであろう幸福に満ちた未来にも。
石蕗の役目はこれにて終わった。大人は大人らしく。『もう少しこのままがいい』という気持ちをグッと堪えてフェードアウトする。
さて――ここからが本番だ。神父の前に立つのは――最愛の夫。
自分のことを思っててくれた。自分のために命を賭けてくれた。自分のために傷ついてくれた。自分のために叫んでくれた。
全てが自分のためと思うのは少々過剰だろうか。――違う。全部、全部。やってきてくれたことは全部自分のためだったと。彼女は胸を張って言うことができる。
この人だけじゃない。光も。弦之介も。石蕗も。喜久も。海琴も。官寺も。菫も。陸も。萩花も。みんな自分のために戦ってくれた。
もう怯えるだけの少女じゃない。ありふれた言い方だが、死んだ人たちの分まで。彼女は頑張り続ける。生き続ける。幸福になり続けるのだ。
そして今度は。自分がみんなを守れるように。強くなるのだ。もっと強くなるのだ。それで死んだ後に――みんなに誇れる自分になるのだ。
2人は向かい合う。神父の言葉が横から聞こえてくる。
――汝、この者を妻として迎え入れ、 良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、 病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで、妻を想い、妻のみに添うことを誓いますか?
――誓います。
――汝、この者を夫として迎え入れ、良き時、悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで、夫を想い、夫のみに添うことを誓いますか?
――誓います
わざわざ言葉になどしなくても。この2人なら。この2人なら生きていける。
時には喧嘩もするだろう。ぶつかることもあるだろう。――それでいい。そうして2人は幸せになっていくのだから。
――では誓いのキスを。
夫はベールをめくる。――白いベールから現れた顔は。やっぱり。いつ見ても綺麗だった。
本当に色々あった。大変だった。ここに来るまでは大変な道のりだった。
――そのご褒美がこれだと言うのなら。頑張った価値は十分あったな。
彼女は小さな世界に閉じこもっていた。閉め切った世界の中で座っていた。そこには風など吹いておらず、そこには明かりなどついておらず、そこには暖かさなどなかった。
泥に塗れて。
雨に濡れ。
闇に包まれて。
汚濁に沈み。
腐臭を嗅ぎ。
悪意に突き刺されながら。
彼女はひっそりと生きていた。死ぬことも許されず。かといって、生きることも許されず。
小さな小さな世界でひとりぼっちになろうとしていた。ノックをしても反応しない。体を揺さぶってもこちらに向かない。
「私が1人になれば誰も死なないの」
彼女はそう言った。
「私は幸せになっちゃいけないの」
彼女はそう言った。
「私は――」
彼女はそう言った――。
愛する女性がいた。とても守りたくなるような、暖かい人。近くにいるだけで幸せな気分になる。『俺が幸せにしなきゃ』と思えるような人だ。
彼女は女神のように優しい。それでいて美しい。誰からも愛される。誰からも好かれる。幸せになれる素質を持っていた。
好きな物はラーメン。嫌いな物はさつまいも。特技はボーリングで、苦手なものはゴキブリ。
どこまで行っても彼女は『ごく普通の女の子』だ。なんの罪もない。当たり前に幸せを感じるべき人だ。
なのに彼女は泣いていた。『死にたい』と言っていた。幸せでいいはずの彼女は。悪意によって笑わせてもらえなかった。
そんな彼女が今は誰よりも笑っている。誰よりも楽しそうに。誰よりも嬉しそうにしながら。
だから俺は聞いた。
「なぁ時雨。――幸せか?」
「――うん!」
彼女は赤いカーペットの上を歩いていた。隣を歩くのは恩師である石蕗。石蕗は泣きそうな顔をグッと堪えて前を見ていた。
足は軽やかに。それでいて力強く。彼女の人生を表しているかのようだった。誰もがその姿に釘付けになる。誰もがその姿を見て頬が緩む。涙腺が緩む。
まだ始まって間もないというのに涙を流す人の数は半数を超えた。それは彼女の人生を知っているから。それ以上に――彼女が好かれているからに他ならない。
最前列で拍手をするは最愛の親友である光。そして命の恩人である弦之介だ。
光は始まる前から泣いていた。笑顔で見よう。そう決心した――のも過去のこと。彼女が入場してきた時点で涙が水溜まりを作っていた。
弦之介は相も変わらず。涙は流していないが、心から祝福している。彼女のことも。彼女の夫のことも。――この夫婦が送るであろう幸福に満ちた未来にも。
石蕗の役目はこれにて終わった。大人は大人らしく。『もう少しこのままがいい』という気持ちをグッと堪えてフェードアウトする。
さて――ここからが本番だ。神父の前に立つのは――最愛の夫。
自分のことを思っててくれた。自分のために命を賭けてくれた。自分のために傷ついてくれた。自分のために叫んでくれた。
全てが自分のためと思うのは少々過剰だろうか。――違う。全部、全部。やってきてくれたことは全部自分のためだったと。彼女は胸を張って言うことができる。
この人だけじゃない。光も。弦之介も。石蕗も。喜久も。海琴も。官寺も。菫も。陸も。萩花も。みんな自分のために戦ってくれた。
もう怯えるだけの少女じゃない。ありふれた言い方だが、死んだ人たちの分まで。彼女は頑張り続ける。生き続ける。幸福になり続けるのだ。
そして今度は。自分がみんなを守れるように。強くなるのだ。もっと強くなるのだ。それで死んだ後に――みんなに誇れる自分になるのだ。
2人は向かい合う。神父の言葉が横から聞こえてくる。
――汝、この者を妻として迎え入れ、 良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、 病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで、妻を想い、妻のみに添うことを誓いますか?
――誓います。
――汝、この者を夫として迎え入れ、良き時、悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで、夫を想い、夫のみに添うことを誓いますか?
――誓います
わざわざ言葉になどしなくても。この2人なら。この2人なら生きていける。
時には喧嘩もするだろう。ぶつかることもあるだろう。――それでいい。そうして2人は幸せになっていくのだから。
――では誓いのキスを。
夫はベールをめくる。――白いベールから現れた顔は。やっぱり。いつ見ても綺麗だった。
本当に色々あった。大変だった。ここに来るまでは大変な道のりだった。
――そのご褒美がこれだと言うのなら。頑張った価値は十分あったな。
彼女は小さな世界に閉じこもっていた。閉め切った世界の中で座っていた。そこには風など吹いておらず、そこには明かりなどついておらず、そこには暖かさなどなかった。
泥に塗れて。
雨に濡れ。
闇に包まれて。
汚濁に沈み。
腐臭を嗅ぎ。
悪意に突き刺されながら。
彼女はひっそりと生きていた。死ぬことも許されず。かといって、生きることも許されず。
小さな小さな世界でひとりぼっちになろうとしていた。ノックをしても反応しない。体を揺さぶってもこちらに向かない。
「私が1人になれば誰も死なないの」
彼女はそう言った。
「私は幸せになっちゃいけないの」
彼女はそう言った。
「私は――」
彼女はそう言った――。
愛する女性がいた。とても守りたくなるような、暖かい人。近くにいるだけで幸せな気分になる。『俺が幸せにしなきゃ』と思えるような人だ。
彼女は女神のように優しい。それでいて美しい。誰からも愛される。誰からも好かれる。幸せになれる素質を持っていた。
好きな物はラーメン。嫌いな物はさつまいも。特技はボーリングで、苦手なものはゴキブリ。
どこまで行っても彼女は『ごく普通の女の子』だ。なんの罪もない。当たり前に幸せを感じるべき人だ。
なのに彼女は泣いていた。『死にたい』と言っていた。幸せでいいはずの彼女は。悪意によって笑わせてもらえなかった。
そんな彼女が今は誰よりも笑っている。誰よりも楽しそうに。誰よりも嬉しそうにしながら。
だから俺は聞いた。
「なぁ時雨。――幸せか?」
「――うん!」
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