星が降りそうな港町

Yonekoto8484

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クリスマス

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次のダンス練習の帰り際に,あるおばさんに声をかけられた。「わかる?私,山田よ!フェイスブック,ありがとう!」と素敵で明るい笑顔で言われた。フェイスブックで山田という人と繋がっているのは,知っていたが,山田というのは,彼女のことだとは知らなかった。顔にも,見覚えはなかった。でも,そう言う訳にはいかないので,笑顔で頷いて,これがこのおばさんとの最初で最後の挨拶になるとは,思いもよらずに,「よろしく。」と適当に挨拶をした。

知らない人でも、知っているふりをして,会話を合わせるのは,他所出身の田舎暮らしをする者にとっては,欠かせない技であることは,後になって知った。

私は,必要性に責められて,この技術を身につけ,どんどん高めて行った。経験を積んで,ある時,バスの車内で,あるおじいさんに声をかけられ,そのおじいさんが降りるまで,誰だか知らずに,三十分以上会話をしたこともある。おじいさんは,私の名前や,歌子と奏と付き合いがあることなど,私のことを色々知っていた。私がおじいさんのことを覚えていないことは,最後までバレなかった。自慢にはならないけれど,これはかなり高度な技だと思う。

外国人だと,たとえ言葉は交わさなくても,一度でも顔を合わせれば,相手に一方的に覚えられてしまうが,こちらとしては,みんななことをとても覚えられない。覚えるふりをするしかない時が多い。

一か月後に,歌子と一緒に歩いていると,急に言われたのである。
「今日は,ショッキングなことがあったの。」

「何が?」
と訊くと,

「知っているかな,ダンスの山田さんという人?田中さんのお姉さんだったけどね…亡くなったの。癌だった。」

これを聞いて,とても驚いた。確かに,山田さんは,私に「わかる?」と声をかけてくれたきりで,二度と顔を見ていない。発表会の打ち上げにも,来ていなかった。でも,亡くなったとは,驚きだった。それに,あんなに元気で素敵な笑顔の人が癌と闘病中だったとも,びっくりした。田中さんと山田さんが姉妹だということをこの時に初めて知った。

葬儀では,山田さんが最後に参加したダンスの発表会,つまり,私が山田さんの妹さんの足を踏んだ発表会の映像は,流れたらしい。一期一会という言葉をこの時から知っていたけれど,極端な例ではあるものの,こういうことなのかなと改めて思った。

ダンスメンバーで,クリスマスパーティーをすることになっていた。パーティーとはいえ,最初にみんなでお弁当を食べて,クリスマスソングを合唱してから,二時間踊り通すという時間割になっていた。ゆっくりしてお喋りをしたり、くつろいだりする時間はない模様だった。

それに、クリスマスソングを合唱するのに練習が必要だと考えたようで,クリスマスまで週一回の頻度で,ダンス練習とはまた別に,みんなで集まり練習することになった。歌の練習会場は,奏の自宅になった。集まってみると,練習が必要だと考えた理由がすぐにわかった。クリスマスソングをわざわざ英語で歌うことに挑戦することを決めたからだ。歌の練習は,ほとんど英語の発音練習で終わったのだ。

しかし,クリスマスパーティーは,最高に楽しかった。奏と歌子がギターを弾いて,みんなで歌ったのも,ヘロヘロになり足が崩れそうになるまで踊り続けたのも,爽快感があり,楽しかった。ぐったりするぐらい運動しているのに,楽しすぎて、踊り続けたい。そう言う気持ちになっていた。気持ち良い疲れに感じた。パーティーが終わってみると,疲れを通り越して,もう完全に放心状態だったけれど…。

年末年始は,休暇をもらったから,地元でゆっくり過ごし,英気を養うことにした。真夜中に日本を発ち、中国へ向かう飛行機に乗った私の頭の中は,新しく覚えたクリスマスソングがずっと流れっぱなしで,奏と歌子の笑顔は脳裏に焼き付いていた。日本を離れたくない。早くあの二人の元へ戻りたい。そう思いながら,余韻に浸っていた。
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