星が降りそうな港町

Yonekoto8484

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親子からライバルへ

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上司に一緒に研修に参加してもらい,他の市町村で同じ職種の人がやっている仕事の事例を沢山見てもらったのに,その上司に裏切られ,時間割の空いている時間を全て中国語指導目的の学校訪問で埋められてしまった。

最初からそこまで信用していた訳ではないものの,ショックを受けたし,とても落ち込んだ。月一回の講演会のために生きているような心境だった。

上司の助手は,私の問題を理解してくれ,他の市町村でどのように活用しているのか情報収集もしてくれたのだが,私と同様に下っ端の立場の人間なので,私を助けたくても,権限はない。

私自身も,自分の状況を何とかしたいと思いながらも、どの手を打てばいいのか,誰に相談すれば話が通じるのか,よくわからずに手をこまねいていた。

そこへ,ある日,歌子から変な連絡が来た。彼女の知り合いの別の部署の市役所職員から,副町長が私の眼科医による診察に立ち合いたいと連絡が来ているという内容だった。「どう返事して欲しい?」と聞かれた。

私と副町長との関係は,決して親しくなく,知り合いと呼べるかどうかも,微妙なレベルのものだった。顔は知っていたが,話したこともなかった。それなのに,私の診察に立ち合いたいという?田舎ならではの話だと思った。

私ではなく,歌子に連絡がいっているというのも,おかしな話だった。保護者でも,何でもないのに…。

歌子には,「心配をしてくれているのはありがたいと言う感謝の気持ちを伝えつつ,断って。」とお願いした。

しかし,歌子は,おそらく自分が間に入っていることを負担に感じている気持ちをうまく隠せずに,歯に衣着せぬ言い方をしてしまったせいか,すぐに,「副町長の気持ちも察してください。」と相手の市役所職員に怒られ,喧嘩腰になってしまったようだ。

歌子は,正直すぎて,自分の気持ちを隠すのが苦手だ。そして,自分のためにならないことに時間を取られるのが,大嫌いだ。市役所職員とのやりとりが勃発しそうになり,すぐに,連絡先を伝えるから,自分で何とかしてくれと,私に丸投げをしてきた。

田舎ではなければ,自分のことだから,最初から私が対応していたはずだったから,丸投げされても,別に困らなかった。歌子が間に入ると,いつもややこしいことになる。

私が「副町長に心配をしていただき,感謝していますが,大人だから,なるべく自分のことは自分でしたいです。」と相手の顔も何も知らない職員に丁寧に伝えてみると,少しもキレられずに,「唐さんの気持ちがよくわかりました。」と返事が来ました。

(なんだ…簡単に断れたんじゃないか?歌子は,一体どういう言い方をしたのだろう?)気になったが,あえて聞こうとはしなかった。

ところが,市役所職員からメールがどんどん届く。次に届いたのが,「副町長をはじめ,私の部署の人はみんな,唐さんのことをとても大事に思っています。力を発揮できるように働けるようになって欲しいと思っています。」という文面だった。

(顔を合わせたことも、話したこともないあなたとあなたの同僚たちは,知らない私のことを大事に思っているんですか?それは,どうも。何を言っているんだ,この人!?)

「そういう風に思っていただいて,心強いです。ありがとうございます。」と返信した。

次に届いたのは,「井上さんの近くにいると,本来の業務を務めるのは,難しいかもしれないです。あの人は,外国人を利用しているだけです。助けていないです。」という内容だった。

歌子のことだ。歌子の苗字は,井上だ。

(ちょっと待ってよ。知らないあなたの言葉を信じて,毎日一緒にいる歌子を簡単に裏切ると思うか?何様のつもりだ,この人!?)

他に誰も話を聞いてくれない,助けてくれない時に,話を聞いてくれて,唯一私を助けてくれた歌子を簡単に裏切る訳がない。そう伝えることにした。

「井上さんは,外から見て,利用しているように見えるかもしれないです。しかし,彼女には,悪気はなく,利用しているつもりもありません。私が困っている時に,唯一助けてくれた人だし,私は彼女に感謝しています。」と送った。

返事は,「そうですね。確かに,井上さんがいなかったら,唐さんは,大変でしたね。そういう意味では,本当に頭が上がりません。」

(だろう?あなたは,その時,何もしなかったよ。大体,顔も知らないし。)

返事を打つ間もなく,すぐに次のメールが届いた。
「今度,中国の姉妹都市に訪問団を派遣することになっています。唐さんに,通訳として,同行していただくのは,可能ですか?同じ部署だったら,もっとお願いしやすいですが…体調のこともありますし,じっくり考えてからまたお返事ください。しかし,井上さんに,私からこの話があったことは,言わないでくださいね。」

このメールは,参った。

通訳がしたいに決まっている。通訳や翻訳の仕事をするつもりで,今の仕事で来日したし,挑戦したかった。このチャンスを逃せば,もうないかもしれない。

しかし,ここで,「行きたい」と答えてしまうと,歌子を裏切ることになる。それは,絶対にやりたくない。

自分を裏切るか,歌子を裏切るか…誰をも裏切りたくないが,どう返事しても,誰かを裏切ることになる。

困り果てて,当時,交際していた人に相談してみた。すると,答えが出た。

「私に何が仕事をお願いしたいのであれば,教育委員会に所属しているので,教育委員会を通していただけますか?」
こう返事すれば,話を肯定も,否定もせずに済む。誰をも裏切らなくて済む。

次の日に,教育委員会に依頼文が届いていた。上司に,「行きたい。やりたい。」と伝え,訪問予定期間中の学校訪問を,少し無理を言って,全部キャンセルしてもらった。

歌子には,全てを話すことにした。

市役所職員から訪問団派遣の話があったことも、歌子の悪口を言われたことも,洗いざらい話した。歌子は,激怒していた。

怒っているのは,一目瞭然なのに,
「怒っているの?」
と私が尋ねた。

歌子は,頷いた。

「私に?」
どうして私に怒るのか,理解できない。裏切らないように色々気をつけたのに…。

「いや,あなたじゃなくて,白藤さんに。」

私がやりとりをした職員は,白藤さんという人だった。歌子が彼女に怒るのは,仕方ないだろう。私に怒っていないようで,安心した。

「でも,どうして訪問団に同行することがあなたの本来の業務だというの?」
歌子が訊いた。

やっぱり,本当にわかっていないんだ,この人。私の仕事のことも,私の気持ちも,何もわかっていないんだ。白藤さんがいうように,私を利用しているかもしれない…。そう思った。

「…だって,通訳だから。」
私は,理解してくれていない歌子に対して,込み上げてくる怒りを抑えて,言った。

歌子は,腑に落ちない様子だった。後になって知ったことだが,これは,歌子が過去に,例の市訪問団に何度も参加していて,自分は通訳したいからだった。

私は,この時に確信した。歌子は,私の気持ちを理解していないと。

そして,私が中国行き訪問団の通訳者として同行することが決定した。歌子は,普通の市民として参加しないか?と誘われたが,これを断った。

歌子も奏も、「努めを果たしてきて羽ばたけ。」と私を見送ってくれたが,私には,わかっていた。

この時には,私と歌子との間にわだかまりができてしまっていたのだ。
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