星が降りそうな港町

Yonekoto8484

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大喧嘩

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とうとう,歌子と大喧嘩をしてしまった。きっかけは、歌子からのメールだった。
「正直に言っていい?唐が中国語でコミュニケーションを取ってくれたら,私は唐を優先する。そうでなければ,他に色々やりたいことがあるから,そっちを優先する。」

私は、このメールがとてもショックだった。歌子は,ずっと私のことを「娘みたい」や,「切っても切れない関係」であるというふうに話して来たのだった。それなのに,このメールは何?

中国語の文章なら,何かの勘違いかもしれないと思えるが、日本語だから、歌子の本音を綴ったものだと判断するしかなかった。

私のことが好きじゃなかったの?これまでの全てが嘘だったの?「切っても切れない関係だから,信じ合いたいね。」や,「私には日本人の娘が二人,中国人の娘が一人いる。」と言いながら,ずっとこういう打算的な損得勘定で私を見ていた?私は,あなたにとって,ただの中国語を教えてくれる道具だった?役に立つから付き合っていただけだった?

それに,私は,歌子の中国語学習を沢山アシストしているつもりだった。メールのやりとりは,いつも日本語と中国語のごちゃ混ぜで,私は,お願いされた通り,歌子の中文の添削を毎回して来た。私の添削に対して,歌子が納得がいかないことが多くて,根拠となる文法の解説が必要な時もあった。私は,ネイティブだから,調べずに,文法を客観的に説明することが出来っこない。つまり,歌子の中文添削とその裏付けとなる文法解説には,計り知れないくらいの時間と労力を費やして来た。会話も,歌子が中国語で話そうとする時は,それを聞いて来たし,「この言い方は,だめかな?」などの質問にもわかる範囲内で対応して来た。

それなのに、歌子が私に対して,不満を抱いているようだった。私は,長文の返事を書いて,送ってから反省した。歌子は,長文のメールのやりとりが苦手中の苦手で,ある長さを超えると読まないことにしていることを思い出した。

電話することにした。話が長くてメールが長文になりそうな時は,いつも歌子とは電話で話すことにしている。その方が上手くいく。

歌子がすぐに電話に出た。
「今、酔っ払っているから,話したくない。」

そこで,電話を切ればよかった。しかし,早く歌子と話したくて,電話を切らなかった。さっき届いたメールの訳を尋ねてみた。話を聞いている限り,歌子の気持ちは,どうも,メール文に書いてあった通りのようだった。

すると,急に言われたのだ。
「あなたのような人は,いちいち何を考えているのか,気にしないといけないし,もう気遣いを通り越して無理して付き合っている。」

私は,この言葉がこれまで生きて来てかけられて来た言葉の中で,一番深く心に突き刺さった。歌子の言葉だと信じられなかった。

これまで一緒に過ごして来た時間は,一体何だった?これまで互いに交わして来た温かい言葉は何だった?歌子は,笑っていても,「あなたのことは娘みたいに思っているよ。」と言いながら,心の中で私を憎んでいたということ?

どう考えても,納得が行かなかった。しかし,歌子の言っていることが全部衝撃的すぎて,私からしたら意外すぎて,自分の気持ちが言葉にならなかった。言ったのは,
「私だって,歌子以外の人なら,とっくに縁を切っているよ。」

すると,歌子は,笑った。
「私も,そうよ。でも,あなたは憎めない性格だから,付き合っている。」
私も笑った。

さっき,「いちいち何を考えているか気にしないといけない」だめな性格だと言われたのに,今度は,「憎めない性格」だと言われて,訳が分からなかった。
「私の返事読んだ?」

「読んでいないよ。」

「やっぱり?長くなったから,これは絶対読んでくれないと思って電話にした…。」

「うん,よくわかっている。読まないよ。」

「しょうがないね。」
私がまた笑って言った。

「私は,人は要らないの。語学があるから。この人が役に立つとか,私の成長に繋がるとか,そういう人以外とは,付き合わないの。先が短いから,いろんな人との付き合いに時間をとられたくないの。

今,奏が一番大事な人だけど,彼と付き合っているのも,パソコンなどの知識が豊富で色々助けてくれるから。彼だって,これからどうなるかわからないよ。いつ縁が切れるかわからない。」
歌子が話し続けた。

歌子がここまで打算的で,冷たいことを当たり前のことのように,堂々と話せるところには,また驚いた。この言葉は,またグサッと来た。

「じゃ,私は,役に立たないということだね?」
と訊いてみた。

「いや,役に立つから付き合っているけど…。」

こうも言われた。
「あなたは,私のことを貪欲だと批判的に言うけど,そして,私は,語学に対しては,貪欲だけど,悪いことだと思っていないの。貪欲だから,今があると思っているの。

そして,本当は,あなたが一番我儘なの。自分では,気づいていないだろうけど…。人は,自分のことが一番見えていないのが普通だから。」

その貪欲こそが,私たちの関係を拗らせている真犯人だということに,歌子は気づいていないようだった。私は,気づいていたが,気づいたからと言って,無欲になれる訳ではない。歌子は,これまで中国語を勉強し,身につけようとした努力のおかげで,今があるとポジティブに捉えている。それなのに,私の同じ努力を我儘で意地悪だと非難する。

私だって,歌子が中国語を勉強して来たと同じように,これまで日本語を努力して,覚えて来たというのに,私のその努力と,必死で磨き,極めて来た力を活かしたいと思う気持ちが我儘だと言うのか?それは,酷く矛盾していると思った。

しかも,私は,本当は日本語力を活かしたいと思っているのに,歌子の組織の手伝いをし,中国語広場で中国語学習者の練習相手をし,シニア中国語サークルでも,みんなの中国語の練習相手をし,町の学校を全部回り,中国語を教えている。日本語を活かしている場は,文化教室だけだ。それなのに,一つでもそういう場があるのは,我儘だと貶される。

他方,歌子は,日本語を誰にも教えていない。中国語好きな仲間を集めるために,わざわざ組織を立ち上げ,中国語を学習するための事業を展開し,活動している。免許や資格もなく,母語でもないのに,自分の勉強のために,中国語の講師までしている。歌子の日々やっていることは,全て自分の学習のためだ。

私は,これ以上譲れないくらい,歌子に譲って来たし,これ以上譲るのは,まっぴらだ。そう思ったが,長い指摘をしても,聞いてもらえない。

「歌子も,自分のことは,あまり見えていないと思う。」
これだけ言い返すことにした。

会話がしばらくこのテンポで続き,ずっと笑いながら互いに「しょうがないなあ。」と呟いたりしていた。このやりとりをしながら,笑い合えるのは,不思議な絆で結ばれているということだと思った。腹が立って罵り出してもおかしくないのに…泣き出してもおかしくないのに…私たちは,何故か笑っていた。

ところが電話を切ると,歌子のことが切なく思えてくる反面,怒りが込み上げて来た。人をただのモノとしてしか見ていないと思った。

その日,何も言わずに,一晩寝てみたが,翌日になっても,怒りは少しもおさまらなかった。おさまるどころか,エスカレートして行った。

人をモノと思うのは,歌子の自由だ。そう思った。しかし,人に「娘みたいに思っている」とか言って,自分を信じるようにこそばゆいことを色々言い連ねて,モノにしてから,ある日,いきなり目の色を変えて,「あなたがこうしないと,もう付き合わないよ。」と冷たく突き放すのは,あまりだと思った。こういう付き合い方は,相手には大きなダメージを与える。心を弄び,惑わしている。反省するべきだ。そう思った。

そして、そう伝えることにした。これも,間違いだったのかもしれない。
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