2 / 12
2
2
それから、その講義では彼、フェイラル・フォア・ヘルツォークは決まって僕の隣に座るようになり、一緒に講義を受け、その次の時間は自然とというかなんというか、一緒に過ごすようになった。
フェイラルは同じ学年の他学部だった。さすがに同じ学部なら、僕も彼のことを知っていただろう。彼はとても目立つから。
連絡先も交換して、昼飯も一緒に食べたりするようになった。
フェイラルと友人になって、女の子から話しかけられることが増えた。
彼を紹介して、とか、今度一緒に遊びましょう、とか。そんな中、一人の女の子から、連絡先を書いたメモを渡されて、というより押し付けられた。
なんとなく、嫌だな、気が重いな、と思いつつ、フェイラルにメモを差し出した。
「あの……僕と同じ専攻の女の子が、君と仲良くなりたいみたいでさ……これを渡してと頼まれて」
フェイラルは、すごく困った顔してメモを受け取った。
「そうだな……次、もしこういうことあったら、好きな人がいるから受け取れないと言っていたと、断ってもらっていいかな?」
「ああ、そうなんだね! ほんとうに、ごめんなさい! 明日、ちゃんと言って返してくるよ」
僕は、メモをフェイラルの手から取り返した。
フェイラルは、こういうことが多いのだろう。美男子には美男子のわずらわしさがあるのだろう。僕は軽率だったと反省した。
そうか、フェイラルには好きな子がいるのか。
ホルセに彼とは少し話しただけ、と言ったのに、フェイラルと過ごす時間は想定外に増えていった。
フェイラルも僕も、アルビオンでは留学生の異邦人だったことも、気安かった。
彼とは、一緒に学食行ったり、買い物に行ったりする間柄になった。同じ講義を取ったりもする。
予習復習に忙殺される合間を縫って、息抜きに、演劇を見に行ったり、博物館に行ったり、近場ではあるが外で遊ぶようにもなった。
彼といると、すれ違う人みんな、フェイラルに視線が吸い寄せら、続いて隣の僕を見て眉をしかめる。もしくは、僕なんて隣にいないみたいにフェイラルしか見ない。面白いくらいに。
極めつけの美形のロタール貴族の子息と、ぱっとしない僕が一緒にいるのは、自分でも変な取り合わせだと思わなくもないが。
僕は、見た目は地味で野暮ったくて、かわいくも、かっこよくもないが、実のところオメガである。
抑制剤を飲んでいても、発情期は少々熱が出て、だるくてぼうっとしてしまう。今回は特に駄目だった。講義も上の空、教授の話は右から左へ素通りしていった。
講義が終わったのにぼんやりしていると、隣に座っているフェイラルが心配して、僕の火照った顔をのぞき込んでくる。
「どうしたの? 顔赤いよ?」
顔が近い。嫌だなと思うのは、僕がそれにどきっとしてしまうことだ。
僕は、フェイラルに友情ではない、邪な感情を抱いてしまっている。恋愛感情として、フェイラルが好きだ。
彼は、貴族だけど全然偉ぶったところがない。彼は、ただのニコラウの僕が無価値ではないと思わせてくれる。
でも、彼には好きな子がいる。彼と親しくなった僕は、少ししつこく、彼の好きな子の情報を聞き出していた。
どんな子か聞き出して、自分が彼に惚れているのがどんなに馬鹿げているか確認しようと思ったのだ。
黒髪のショートで、背は高いほう。同じ大学で、気が合うけど、ちょっと話せない事情で、付き合うのは難しい子、らしい。それ以上はどんなに聞いても教えてくれない。
フェイラルが付き合えないとは、一体どんな子なのだろう。一体どんな事情があって告白すらできないのだろう。どこかの婚約者のいる王女だとか、もしくは宗教上の問題だとか、そういうことだろうか。
フェイラルも苦しい恋をしているらしい。
「家に帰った方がいいよ」
そうかもしれない。こくりとうなずいて僕がふらりと立ち上がると、彼が僕を支えてくれた。
「……ごめん」
「危ないから送ってくよ」
たしかに一人で安全にアパートまで帰れそうになかった。
「いや……ホルセに……」
ホルセの今日の講義の予定はどうだったろうか。回らない頭でどうにか思い出そうとしていると、フェイラルがきっぱりと言った。
「いや、私が送るよ」
それもそうか、ホルセも同じ大学生なのに僕の世話を優先させてはかわいそうだ。
フェイラルには申し訳ないが、僕は彼の申し出に甘えることにした。
フェイラルは、僕のアパートまで付き添って送ってくれた。
背が高くてすらっとしているが、僕が寄りかかったぐらいじゃ全然ぐらつかない。それに、温かくて、いい匂いがする。
ああ、好きだ。優しい。すごく、好き。胸がどうしたって、どきどきしてしまう。フェイラルを好きになったって苦しいだけなのに。
彼は部屋に着くと、僕の靴を脱がせて、ベッドに寝かせてくれた。
「ごめん、ありがとう」
「いいよ。何かあったら連絡して。すぐ来るから」
そう心配して言ってくれる。
「うん、ありがとう。でも、大丈夫だよ。ホルセもいるから」
「ニコ……ホルセって、君の、何?」
突然聞かれて、どう答えようかと思う。僕はアンブロジオ家の人間としてしか見られなかったので、普通の友人がいない。
だからホルセとの関係は他から見ると奇異なのかもしれない。
「友達だよ」
「それなら、私に頼ってくれてもいいだろう?」
「うん、ありがとう」
なんで、僕なんかにこんなに良くしてくれるんだろう。
「よく休んで。遠慮なく、連絡して」
そう言って、フェイラルは帰っていった。
僕は彼が帰ると、ベッドの下にしまってあったディルドを引きずりだして、彼のことを思って自らを慰めた。
「フェイラルッ……あっ、ああッッ! んんッッ!!」
幾度も絶頂を迎えて、衝動がおさまると、罪悪感が酷い。本当に、自分のことが嫌になる。
その後、フェイラルは僕の部屋の玄関ドアに、飲物だとかゼリーだとか、風邪薬だとかを下げておいてくれた。
これ以上好きにならせて、どうしようと言うのか。
それから、その講義では彼、フェイラル・フォア・ヘルツォークは決まって僕の隣に座るようになり、一緒に講義を受け、その次の時間は自然とというかなんというか、一緒に過ごすようになった。
フェイラルは同じ学年の他学部だった。さすがに同じ学部なら、僕も彼のことを知っていただろう。彼はとても目立つから。
連絡先も交換して、昼飯も一緒に食べたりするようになった。
フェイラルと友人になって、女の子から話しかけられることが増えた。
彼を紹介して、とか、今度一緒に遊びましょう、とか。そんな中、一人の女の子から、連絡先を書いたメモを渡されて、というより押し付けられた。
なんとなく、嫌だな、気が重いな、と思いつつ、フェイラルにメモを差し出した。
「あの……僕と同じ専攻の女の子が、君と仲良くなりたいみたいでさ……これを渡してと頼まれて」
フェイラルは、すごく困った顔してメモを受け取った。
「そうだな……次、もしこういうことあったら、好きな人がいるから受け取れないと言っていたと、断ってもらっていいかな?」
「ああ、そうなんだね! ほんとうに、ごめんなさい! 明日、ちゃんと言って返してくるよ」
僕は、メモをフェイラルの手から取り返した。
フェイラルは、こういうことが多いのだろう。美男子には美男子のわずらわしさがあるのだろう。僕は軽率だったと反省した。
そうか、フェイラルには好きな子がいるのか。
ホルセに彼とは少し話しただけ、と言ったのに、フェイラルと過ごす時間は想定外に増えていった。
フェイラルも僕も、アルビオンでは留学生の異邦人だったことも、気安かった。
彼とは、一緒に学食行ったり、買い物に行ったりする間柄になった。同じ講義を取ったりもする。
予習復習に忙殺される合間を縫って、息抜きに、演劇を見に行ったり、博物館に行ったり、近場ではあるが外で遊ぶようにもなった。
彼といると、すれ違う人みんな、フェイラルに視線が吸い寄せら、続いて隣の僕を見て眉をしかめる。もしくは、僕なんて隣にいないみたいにフェイラルしか見ない。面白いくらいに。
極めつけの美形のロタール貴族の子息と、ぱっとしない僕が一緒にいるのは、自分でも変な取り合わせだと思わなくもないが。
僕は、見た目は地味で野暮ったくて、かわいくも、かっこよくもないが、実のところオメガである。
抑制剤を飲んでいても、発情期は少々熱が出て、だるくてぼうっとしてしまう。今回は特に駄目だった。講義も上の空、教授の話は右から左へ素通りしていった。
講義が終わったのにぼんやりしていると、隣に座っているフェイラルが心配して、僕の火照った顔をのぞき込んでくる。
「どうしたの? 顔赤いよ?」
顔が近い。嫌だなと思うのは、僕がそれにどきっとしてしまうことだ。
僕は、フェイラルに友情ではない、邪な感情を抱いてしまっている。恋愛感情として、フェイラルが好きだ。
彼は、貴族だけど全然偉ぶったところがない。彼は、ただのニコラウの僕が無価値ではないと思わせてくれる。
でも、彼には好きな子がいる。彼と親しくなった僕は、少ししつこく、彼の好きな子の情報を聞き出していた。
どんな子か聞き出して、自分が彼に惚れているのがどんなに馬鹿げているか確認しようと思ったのだ。
黒髪のショートで、背は高いほう。同じ大学で、気が合うけど、ちょっと話せない事情で、付き合うのは難しい子、らしい。それ以上はどんなに聞いても教えてくれない。
フェイラルが付き合えないとは、一体どんな子なのだろう。一体どんな事情があって告白すらできないのだろう。どこかの婚約者のいる王女だとか、もしくは宗教上の問題だとか、そういうことだろうか。
フェイラルも苦しい恋をしているらしい。
「家に帰った方がいいよ」
そうかもしれない。こくりとうなずいて僕がふらりと立ち上がると、彼が僕を支えてくれた。
「……ごめん」
「危ないから送ってくよ」
たしかに一人で安全にアパートまで帰れそうになかった。
「いや……ホルセに……」
ホルセの今日の講義の予定はどうだったろうか。回らない頭でどうにか思い出そうとしていると、フェイラルがきっぱりと言った。
「いや、私が送るよ」
それもそうか、ホルセも同じ大学生なのに僕の世話を優先させてはかわいそうだ。
フェイラルには申し訳ないが、僕は彼の申し出に甘えることにした。
フェイラルは、僕のアパートまで付き添って送ってくれた。
背が高くてすらっとしているが、僕が寄りかかったぐらいじゃ全然ぐらつかない。それに、温かくて、いい匂いがする。
ああ、好きだ。優しい。すごく、好き。胸がどうしたって、どきどきしてしまう。フェイラルを好きになったって苦しいだけなのに。
彼は部屋に着くと、僕の靴を脱がせて、ベッドに寝かせてくれた。
「ごめん、ありがとう」
「いいよ。何かあったら連絡して。すぐ来るから」
そう心配して言ってくれる。
「うん、ありがとう。でも、大丈夫だよ。ホルセもいるから」
「ニコ……ホルセって、君の、何?」
突然聞かれて、どう答えようかと思う。僕はアンブロジオ家の人間としてしか見られなかったので、普通の友人がいない。
だからホルセとの関係は他から見ると奇異なのかもしれない。
「友達だよ」
「それなら、私に頼ってくれてもいいだろう?」
「うん、ありがとう」
なんで、僕なんかにこんなに良くしてくれるんだろう。
「よく休んで。遠慮なく、連絡して」
そう言って、フェイラルは帰っていった。
僕は彼が帰ると、ベッドの下にしまってあったディルドを引きずりだして、彼のことを思って自らを慰めた。
「フェイラルッ……あっ、ああッッ! んんッッ!!」
幾度も絶頂を迎えて、衝動がおさまると、罪悪感が酷い。本当に、自分のことが嫌になる。
その後、フェイラルは僕の部屋の玄関ドアに、飲物だとかゼリーだとか、風邪薬だとかを下げておいてくれた。
これ以上好きにならせて、どうしようと言うのか。
あなたにおすすめの小説
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
そう思って、失恋の悲しみを猫カフェで埋めていたある日のこと。
僕は“彼“に出逢った。
その人は僕に愛を教えてくれる人でした。
失恋の先にある未来では、僕は幸せになっているのかな。
三年分の涙を飲み込んで離婚を決めた私に、今さら愛してると言わないでください
まさき
恋愛
「別れてください」
笑顔で、声を震わせずに、澄花はそう言った。
三年間、夫の隣に立ち続けた。残業続きの夫を待ち、不満を飲み込み、完璧な妻を演じた。幼なじみの麗奈が現れるまでは、それが愛だと信じていた。
嫉妬も、怒りも、とうに泣き尽くしていた。残ったのは、静かな決意だけだった。
離婚届を差し出した翌朝、夫・誠は初めて泣いた。
――遅すぎる。三年分、遅すぎる。
幼なじみに夫を奪われかけた妻が、すべてを手放す覚悟をしたとき、夫はようやく目を覚ます。泣き終わった女の強さと、取り戻せないものの重さを描く、夫婦の崩壊と再生の物語。
オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない
子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」
家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。
無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。
しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。
5年後、雪の夜。彼と再会する。
「もう離さない」
再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。
彼は温かい手のひらを持つ人だった。
身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。
【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話
雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。
一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
過労で倒れかけの騎士団長を「カツ丼」で救ったら、なぜか溺愛され始めました。
水凪しおん
BL
王都の下町で、亡き両親が残した小さな食堂をたった一人で切り盛りする青年、ルカ。
孤独な日々の中で料理だけを生きがいにする彼の店に、ある冷たい雨の夜、全身を濡らし極限まで疲弊した若き騎士団長、レオンハルトが倒れ込むようにやってきた。
固形物さえ受け付けないほど疲労困憊の彼を救うため、ルカが工夫を凝らして生み出したのは、異世界の食材を組み合わせた黄金色の絶品料理「カツ丼」だった。
その圧倒的な美味しさと温もりに心身ともに救われたレオンハルトは、ルカの料理と彼自身に深く魅了され、足繁く店に通うようになる。
カツ丼の噂はまたたく間に王都の騎士たちや人々の間に広がり、食堂は大繁盛。
しかし、その人気を妬む大商会の悪意ある圧力がルカを襲う。
愛する人の居場所を守るため、レオンハルトは権力を振るって不正を暴き、ルカもまた自らの足で立つために「ルカ商会」を設立する決意を固める。
美味しいご飯が傷ついた心を癒やし、やがて二人の絆を「永遠の伴侶」へと変えていく。
胃袋から始まり、下町の小さな食堂から王都の食を支える大商会へと成り上がる、心温まる異世界お料理&溺愛ファンタジー!
大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ
喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺はただ、
いちご狩りに誘われただけだが。
なのに──
誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に
なぜか俺が捕まって食われる展開に?
ちょっと待てい。
意味がわからないんだが!
いちご狩りから始まる
ケンカップルいちゃらぶBL
※大人描写のある話はタイトルに『※』あり