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第二章 到着した王都サンドイで
第五話 マーリル、チートだと思っていた時期もありました
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少し長いです。読みづらかったらすいません。
――――――――――
それは突然の出来事だった。
予兆は無かったのかと聞かれたらなかったとしか言いようがない。
いや、でも、今考えてみればもしかしたらあの出来事がトラウマになり、そうなった可能性も無きにしも非ず。ただ、元々そうだった可能性もあるのだが、今それを知る術はない。
露見してしまったのが今であり、それは事実だと言うことに他ならないのだ。
まさに青天の霹靂。寝耳に水とも言う。
「底辺のせーへき?」
「耳にみみず?」
違う。
「な、ぜ…………」
汚れてもいい恰好をだと言うのをいいことに、マーリルは両膝と両手を地面に付け解り易くがっくりと項垂れた。
底辺の性癖と事も無げに呟いたクルディルにも、耳にミミズと疑問符を浮かべながら気持ちの悪い事を言ったナイティルにもツッコミは入れられなかった。何故なら―――――
王都サンドイに到着し、すぐその日に登城したマーリルを待ち受けていたのはこの国の最高権力者との謁見と、小さな友との再会だった。
ウルの確認と『返上の儀』をサティア国で出来るのかの確認――勿論無理だった――を終えて、これからマーリルはどこに向かえばいいのか改めて考えなければならないという事実に行き当たった。
「国王様、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「申してみよ」
今回の国王は厳格バージョンらしい。ナイティルが乱入した笑い上戸な残念具合は見あたらない。
今謁見の間にいるのは国王陛下であるジルヴァと宰相のクルマリオ、そして近衛騎士たちと数人の重鎮たちそれにマーリルとディスト(保護者)だ。『ウル』が言うとおりここサティア国では返上の儀を行うことは出来ず、ならばと思いマーリルは口を開いた。
「僕、わたしがストロバリヤに行ける可能性はあるでしょうか?」
「それはサティアから、と聞いているのか?」
「はい」
年二回のストロバリヤとの交易は国からの代表と言ってもいい。それもストロバリヤに入国して好きに買い物できるという特典――商人に限らず護衛としていく冒険者もだ――もついているものだから、競争率は半端ではない。
各国から国の信用を得た者でしか行くことは出来ない。ならば、
「無理だな」
信用も信頼もないマーリルが『サティア国』の者としていくことは叶わないだろう。
「わかりました。ありがとうございま、」
「今はな」
「え」
此方からの用事は終わったとマーリルは退室の言葉でも述べようと思ったのだが、国王の話しはどうやら終わっていなかったようだ。
「お主、ナイティルとクルディルに魔法を教えたそうだな?」
ざわり。この場にいた人々の空気が一変した気がした。
「…………」
マーリルがすぐに言葉を返せなかったのには理由がある。
ずっと黙って成り行きを見守っていたマーリルの同行者――もとい過保護な保護者ディストから発せられる空気が一番変化したからだ。
「…………は、はい」
それでも国王を無視することは出来ないと言葉小さく返答したのだが、またも部屋の中のざわつきがおこる。
勿論、マーリルの斜め後ろに控えている鬼からの見えなくとも感じる怒気も強まった。
(こ、この部屋魔力使えないんだよね!?)
あまりにもあんまりなディストの怒気に縮み上がりそうになりながら、マーリルは国王から何を言われるのか戦々恐々としていた。
否、どちらかと言うと後から絶対にあるだろう、後ろの鬼からの説教のほうが恐ろしかったかもしれない。
「二人、いや王子たちに魔法を教えてみないか?」
「魔法を、ですか」
「そこで実績となればストロバリヤに行くことも出来るやもしれんぞ」
「え」
ストロバリヤに行くためには国の信を得なければならない。最低条件であり、何か起きれば国家間の問題に発展しかねないので当り前のことである。しかし何も信用があれば行けるかと聞かれればその答えは否、である。
ストロバリヤ魔法大国。
ここサティア国から二か月半ほど北上した位置にある閉ざされた国だ。それは国が自ら閉ざしているとも言えるのだが、場所的に閉ざされているとも言える国である。
まずここから国境線まで二か月かかるのだが、山あり谷あり魔物の巣窟を通り河を越えての過酷な環境を乗り越えて漸く国境線である海岸線に到着する。そうストロバリヤは島国なのだ。
しかし日本で言う北海道と本州ほどの距離よりも離れていない――うっすらと視認できるほど――ため、島国という認識も薄い。
潮の引きに合わせて魔法を使い海を割って徒歩で入国するそうだ。まさにモーゼの十戒状態なのだろう。当然のように言われてマーリルは戦慄した。誰も驚いていないので魔法とは画くも不思議な現象である。がくぶる。
厳しい入国審査をして――稀ではあるがここで弾かれる者もいるらしい――から更に半月掛けて王都まで進む。こうして漸く辿り着くことが出来るのだ。
最低限必要な戦闘力――護衛としての役割に加えて自らも守らなければならない――を言及していくと自ずと信頼足り得る地位を得ていた、という話だそうだ。何を言いたいかというと、要するに単純に強くなければストロバリヤに行くことが出来ないのである。
そんな話を聞いていたマーリルの後方から声が掛った。国王に。
「陛下、発言よろしいでしょうか」
「なんだディストよ」
「はい。マーリルは冒険者に登録はしていますが最低ランクのFです。指名依頼も出来ませんよ」
「先だってランクを上げて貰おうか」
「陛下、まさか参加させる気ですか」
「…………」
「ジルヴァ国王陛下……」
「……」
「……陛下、」
「ぶふっ!お前、何て顔してやがる」
最初の謁見を踏まえて視線を合わせないように気を付けていたマーリル――再び顎をガン見していた――は、国王の表情も勿論後方にいるディストの表情も窺い知れない。ただ、
「わかりました。話しは以上ですね」
何の話をしているかわからず、しかも自分に向けられた言葉ではないのに、マーリルの肩が勝手に震えるくらいの怒気は含まれた冷たい声だとはわかった。
「ディスト殿」
「後日もう一度謁見申請を出しますので御前失礼します」
「え、あの」
制止するような宰相クルマリオの言葉にも答えず、慇懃無礼と言ってもいいような態度で謁見の間を出ようとするディストから腕を引っ張られてつんのめる。
(こんな偉い人たちにもどうどうとしていても不敬罪にならないなんてSランクってすごいんだなぁ)
マーリルは相変わらず暢気だった。
暢気だったのはこれまでだったが。
「でぃ、ディストさん」
「黙って歩け」
「はい!」
城を出てからマーリルを置いていかんとするような速度で歩くディストを必死で追った。名前を呼んでもすげなく返され、寧ろ怒気を孕む声で言われればマーリルには従うしか手段はなかった。ようするにとても怖かったのである。
王城を出て、借りている宿に到着するとディストは小声で呟いた。
「サイレンス」
スチマの街で使われていた内緒話に最適なあれである。ということは―――――
「お・ま・え・は・な・に・を・し・たぁぁああああああああ!!!」
「あだだだだだだだだあだだだだあだ!!!」
説教再びであった。
▽
相変わらずの危機感皆無なマーリルは自覚するまでディストから(物理的な)説教を受けた。
唯でさえ『呼び人』や『ウル』を持っていると言った稀な渡り人であるのに、更に特異な魔法使いだと知れ渡ればそれこそわんさか要らぬ輩に目をつけられかねない。
マーリルの言い分としては城の中だからそんな変な人はいないだろうと思っての行動――以前にやはり何も考えていない、ということはディストには黙っていた――だったのだが、「城の中とはいえ安全だとは断言できない」とディストに言われてしまった。
サティア人が全て信用できる者ではないことに加え、他国の間者が入り込んでいることは公然の秘密だとか。害にならない限りはお互いの国に間者がいることは容認されているそうだ。表面化されていないだけでそういった水面下の争いはなくなることはない。怖い世界だ。
だから尚更気をつけろと言われたのだが、マーリルにその意識は薄い。何が常識外で何が常識内なのか知らないので当り前の話である。勉強しようと思う。
そうした出来事があったのが三日前の話である。
結局国王とディストの間でどのような話で、どういった話で落ち着いたのかはマーリルにはわからなかったが、クルディルとナイティルに魔法を教えることを、この世界の知らない常識を勉強するための教師をマーリルに付けることを条件に引き受けることとなった。
マーリルは魔法の事を知らない。無意識かで出来る物と出来ない物を選別して、出来そうな物を魔法として顕現しているだけなのだ。そこでそれを知識としてしることによりさらに魔力に意志を乗せやすくなるだろうと思われたため、魔法の教師――知識面においてもサティア国で右に出る者はいないと言われている――に師事し、ともに二人の王子殿下に教えていこうと言う話になった。
顔合わせを兼ねた指導は当初うまくいくものではないと思われた。
それもこれもこの世界で『魔法使い』というととても貴重な存在で、大変重宝されていたために矜持が高く扱いづらい人物が多かったからだ。
謁見があった次の日を休日にし、その次の日、つまり昨日から王城内にある訓練場――王族専用――に赴いたマーリルは一人の人物を紹介された。ちなみにディストはいない。別件があるそうだ。
名前はサツキリア=ウォル=タメーニ。名前の通り貴族である。
この世界いや、この国の貴族はミドルネームに『ウォル』が入る。国によって多少変わるが概ねこの概念が多いらしい。
(そう言えば悠莉も十莉もウォルが入っていたな)
ストロバリヤも同じらしい。
ちなみに男王族で『ウル持ち』であれば『ウルク』を、女王族であれば『ウルト』を、そして『ウルの返上』をしていれば『フォルク』『フォルト』になり、ウル持ちではない王族は『フォル』が付く事になっている。
正式な場でなければミドルネームを名乗ることはなく、苗字があれば貴族、という認識をされるらしい。
閑話休題。
サツキリアと名乗った女性は知識に秀でた魔法使いらしく、例に漏れずプライドの高い女性だった。ナイティルにマジックボックスは出来ないと宣言した教師で、それを覆したマーリルに興味を持ち自ら名乗り出たと言う。
(まぁ、好意ではないのは見て分かるけどね)
苦笑しながらマーリルはサツキリアを見た。
明るい茶髪を編み込んで頭部で括っている。鋭いこげ茶の双眸は自分に出来なかった王子殿下二人に魔法を教えた人物がどんな人柄なのか暴こうとしているのか。それともマーリルの秘密を暴き自らの地位の向上を計ろうと画策しているのか。何を考えているのかはわからないが、明らかに胡散臭そうな眼差しではあった。
「クルディル殿下に火の魔法を教えたそうですわね」
「はい」
「ナイティル殿下にもマジックボックスを教えたとか」
「はい」
女性が働くことは珍しく、特に侍女や女官という枠ですらない魔法使い――サツキリアは魔術師騎士団という団体に属しているそうだ――はさらに稀有な存在だ。サツキリアは特に少々特異な存在らしく王太子殿下――御歳成人したての15歳だ――の乳母も務めていたそうだ。
「わたくしの見立てではナイティル殿下はマジックボックスを使うには魔力量が足らなかったはずですわ。ただ覚えも早く魔力量の問題だけなら成長に従い増える魔力量で出来る筈でしたの。貴方何をしたの」
「え、と……」
「しゃきっとお話しなさい」
「はい!」
この手の教育ママは苦手である。
マーリルは悩む。というより、ディストからされた説教が頭を過り言ってもいいか悩んでいるのだ。もう遅い気がしないでもないが。
「省エネモードを、ですね」
「何ですかそれは」
もういいかぁー、と遠い目をしながらマーリルはナイティルにもした説明をサツキリアにもした。この教師はナイティルが言っていた通りマジックボックスをはじめ、クルディルにも魔法を教えているのだ。すぐに出来るようになるだろう。
そう思われていた。
「変わらないわね」
「変わらないですね」
クルディルに教えていた時と同じく、やはり目に見えないものをイメージする事は難しいようだ。特に元々の概念を打ち破って新たに似た魔法を使うことが難しいようだった。
「ちょっと貴方」
「はい」
「マジックボックスを使ってみなさい」
「は、はい」
マーリルはよくわからなかったが目の前で使われていれば魔力の動きで少しは何か掴めるかもしれないと思ったようだ。しかしここで露見したのはもっと別の、
「―――――っ!」
ナイティルと二人――本来のマジックボックスを知らないと言う意味での――で練習した時には気付かれなったマーリルの異質さだった。
マーリルは今まで通りマジックボックスから物――ベッコウ飴――を取り出しただけだ。勿論ここで隠す必要もないためにマジックバック経由ではなく、開いた掌の上にコロリと飴玉を転がした。
「それは、何ですの……」
「え、飴玉……」
(この世界飴ないの!?)
そんなことを内心思っていたマーリルだったが、サツキリアに指摘されたところは別の場所だった。
「それは本当に『マジックボックス』ですの?」
「え」
マジックボックス。それは魔力常時消費型の収納の魔法だ。そう、その名の通り魔法の『箱』なのだ。
本来のマジックボックスは出入り口を思い浮かべて開いた状態で、中に手を入れて収納されている物を取り出すのが一般的である。熟練してきた者は目の前でなくても手で触れている場所に出入り口を出現させることが出来るため、懐やポケットなどから出したように見せかけることが出来ると言う。しかしマーリルの使う物は根本から違う。
思い浮かべれば身体に触れているところからならどこでも出し入れできるのだ。そう、今口の中に転がっているベッコウ飴のように。
ナイティルに気が付かれた!
マーリルの口の中でもごもごしている物体を羨ましそうに見ている。
サツキリアは考え込んでいるのかブツブツ呟いて此方を見ていないようだ。
近くに居た王子殿下二人にそっと近寄り、ベッコウ飴をプレゼントした。二人の顔が笑顔になる。
相変わらず緊張感も危機感も皆無である。
漸く意識を此方に向けたサツキリアは笑顔の三人に訝しげな視線を向けたが、誰ひとりとして口を開かなかった――飴がバレる――ので、話を進めることにしたようだ。
「どうやら貴方の使う魔法は少し異質なものかもしれませんわ」
「へ」
「間抜けな声をお出しにならないで」
「はい……」
厳しい。
「とりあえず何が使えて何が使えないのか、それを確かめてみましょう」
「はい」
それが昨日の話である。
魔力量――マーリルの量の多さはまだ露見していない――の問題もある為、魔法の練習はある程度までに限られている。そのため昨日は今まで使ったことのある魔法を実践しながら説明しただけで終わった。
今日は使ったことはないが出来るだろう物を実践してみる予定だった。だったのだが、
「な、ぜ……」
はやくも問題にぶちあたってしまった。
クルディルに教えた通り火の魔法を使えるとみたサツキリアは、訓練場にある案山子に火の魔法をぶつける様に指示した。魔法は魔力を込めれば込めただけ威力が変わってきてしまうために気をつけるように言い含められながら行ったのだが、いくら火の玉を顕現しても案山子に飛んでいくことはなかったのである。
マーリルは他に風水土などの四代元素と呼ばれる属性を、比較的イメージしやすい玉魔法に変えて飛ばそうとしてみた。
魔力が属性を帯びて顕現はする。しかしいざ攻撃しようとすると魔力に戻り四散するのだ。
「な、ぜ……」
考えてみてもマーリルに理由はわからない。今までは魔力が意志を汲んでくれたために割と好き勝手に魔法を使っていたのだ。当然使えるものだと思っていただけにあまりに突然の出来事だった。
予兆は無かったのかと聞かれたら、なかったとしか言いようがない。
いや、でも、今考えてみればもしかしたらあの出来事がトラウマになり、そうなった可能性も無きにしも非ず。ただ、元々そうだった可能性もあるのだが、今それを知る術はない。
露見してしまったのが今であり、それは事実だと言うことに他ならないのだ。
まさに青天の霹靂。寝耳に水とも言う。
「底辺のせーへき?」
「耳にみみず?」
違う。
「な、ぜ…………」
マーリルは再び呟いた。
汚れてもいい恰好をだと言うのをいいことに、マーリルは両膝と両手を地面に付け解り易くがっくりと項垂れた。
二人の殿下の多いなる聞き間違いにもツッコミは入れられなかった。何故なら―――――
「攻撃魔法が……使えない!?」
―――ファンタジー世界の花形と言っても過言ではない『攻撃魔法』が、マリールには使えなかったからだ。
(異世界トリップ人はチートだと思っていたのにぃぃぃぃいいいいいい!)
マーリルは心の中で盛大に血の涙を流した。
――――――――――
先生に隠れてもごもご。学生時代を思い出します笑
お読みいただきありがとうございます!
――――――――――
それは突然の出来事だった。
予兆は無かったのかと聞かれたらなかったとしか言いようがない。
いや、でも、今考えてみればもしかしたらあの出来事がトラウマになり、そうなった可能性も無きにしも非ず。ただ、元々そうだった可能性もあるのだが、今それを知る術はない。
露見してしまったのが今であり、それは事実だと言うことに他ならないのだ。
まさに青天の霹靂。寝耳に水とも言う。
「底辺のせーへき?」
「耳にみみず?」
違う。
「な、ぜ…………」
汚れてもいい恰好をだと言うのをいいことに、マーリルは両膝と両手を地面に付け解り易くがっくりと項垂れた。
底辺の性癖と事も無げに呟いたクルディルにも、耳にミミズと疑問符を浮かべながら気持ちの悪い事を言ったナイティルにもツッコミは入れられなかった。何故なら―――――
王都サンドイに到着し、すぐその日に登城したマーリルを待ち受けていたのはこの国の最高権力者との謁見と、小さな友との再会だった。
ウルの確認と『返上の儀』をサティア国で出来るのかの確認――勿論無理だった――を終えて、これからマーリルはどこに向かえばいいのか改めて考えなければならないという事実に行き当たった。
「国王様、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「申してみよ」
今回の国王は厳格バージョンらしい。ナイティルが乱入した笑い上戸な残念具合は見あたらない。
今謁見の間にいるのは国王陛下であるジルヴァと宰相のクルマリオ、そして近衛騎士たちと数人の重鎮たちそれにマーリルとディスト(保護者)だ。『ウル』が言うとおりここサティア国では返上の儀を行うことは出来ず、ならばと思いマーリルは口を開いた。
「僕、わたしがストロバリヤに行ける可能性はあるでしょうか?」
「それはサティアから、と聞いているのか?」
「はい」
年二回のストロバリヤとの交易は国からの代表と言ってもいい。それもストロバリヤに入国して好きに買い物できるという特典――商人に限らず護衛としていく冒険者もだ――もついているものだから、競争率は半端ではない。
各国から国の信用を得た者でしか行くことは出来ない。ならば、
「無理だな」
信用も信頼もないマーリルが『サティア国』の者としていくことは叶わないだろう。
「わかりました。ありがとうございま、」
「今はな」
「え」
此方からの用事は終わったとマーリルは退室の言葉でも述べようと思ったのだが、国王の話しはどうやら終わっていなかったようだ。
「お主、ナイティルとクルディルに魔法を教えたそうだな?」
ざわり。この場にいた人々の空気が一変した気がした。
「…………」
マーリルがすぐに言葉を返せなかったのには理由がある。
ずっと黙って成り行きを見守っていたマーリルの同行者――もとい過保護な保護者ディストから発せられる空気が一番変化したからだ。
「…………は、はい」
それでも国王を無視することは出来ないと言葉小さく返答したのだが、またも部屋の中のざわつきがおこる。
勿論、マーリルの斜め後ろに控えている鬼からの見えなくとも感じる怒気も強まった。
(こ、この部屋魔力使えないんだよね!?)
あまりにもあんまりなディストの怒気に縮み上がりそうになりながら、マーリルは国王から何を言われるのか戦々恐々としていた。
否、どちらかと言うと後から絶対にあるだろう、後ろの鬼からの説教のほうが恐ろしかったかもしれない。
「二人、いや王子たちに魔法を教えてみないか?」
「魔法を、ですか」
「そこで実績となればストロバリヤに行くことも出来るやもしれんぞ」
「え」
ストロバリヤに行くためには国の信を得なければならない。最低条件であり、何か起きれば国家間の問題に発展しかねないので当り前のことである。しかし何も信用があれば行けるかと聞かれればその答えは否、である。
ストロバリヤ魔法大国。
ここサティア国から二か月半ほど北上した位置にある閉ざされた国だ。それは国が自ら閉ざしているとも言えるのだが、場所的に閉ざされているとも言える国である。
まずここから国境線まで二か月かかるのだが、山あり谷あり魔物の巣窟を通り河を越えての過酷な環境を乗り越えて漸く国境線である海岸線に到着する。そうストロバリヤは島国なのだ。
しかし日本で言う北海道と本州ほどの距離よりも離れていない――うっすらと視認できるほど――ため、島国という認識も薄い。
潮の引きに合わせて魔法を使い海を割って徒歩で入国するそうだ。まさにモーゼの十戒状態なのだろう。当然のように言われてマーリルは戦慄した。誰も驚いていないので魔法とは画くも不思議な現象である。がくぶる。
厳しい入国審査をして――稀ではあるがここで弾かれる者もいるらしい――から更に半月掛けて王都まで進む。こうして漸く辿り着くことが出来るのだ。
最低限必要な戦闘力――護衛としての役割に加えて自らも守らなければならない――を言及していくと自ずと信頼足り得る地位を得ていた、という話だそうだ。何を言いたいかというと、要するに単純に強くなければストロバリヤに行くことが出来ないのである。
そんな話を聞いていたマーリルの後方から声が掛った。国王に。
「陛下、発言よろしいでしょうか」
「なんだディストよ」
「はい。マーリルは冒険者に登録はしていますが最低ランクのFです。指名依頼も出来ませんよ」
「先だってランクを上げて貰おうか」
「陛下、まさか参加させる気ですか」
「…………」
「ジルヴァ国王陛下……」
「……」
「……陛下、」
「ぶふっ!お前、何て顔してやがる」
最初の謁見を踏まえて視線を合わせないように気を付けていたマーリル――再び顎をガン見していた――は、国王の表情も勿論後方にいるディストの表情も窺い知れない。ただ、
「わかりました。話しは以上ですね」
何の話をしているかわからず、しかも自分に向けられた言葉ではないのに、マーリルの肩が勝手に震えるくらいの怒気は含まれた冷たい声だとはわかった。
「ディスト殿」
「後日もう一度謁見申請を出しますので御前失礼します」
「え、あの」
制止するような宰相クルマリオの言葉にも答えず、慇懃無礼と言ってもいいような態度で謁見の間を出ようとするディストから腕を引っ張られてつんのめる。
(こんな偉い人たちにもどうどうとしていても不敬罪にならないなんてSランクってすごいんだなぁ)
マーリルは相変わらず暢気だった。
暢気だったのはこれまでだったが。
「でぃ、ディストさん」
「黙って歩け」
「はい!」
城を出てからマーリルを置いていかんとするような速度で歩くディストを必死で追った。名前を呼んでもすげなく返され、寧ろ怒気を孕む声で言われればマーリルには従うしか手段はなかった。ようするにとても怖かったのである。
王城を出て、借りている宿に到着するとディストは小声で呟いた。
「サイレンス」
スチマの街で使われていた内緒話に最適なあれである。ということは―――――
「お・ま・え・は・な・に・を・し・たぁぁああああああああ!!!」
「あだだだだだだだだあだだだだあだ!!!」
説教再びであった。
▽
相変わらずの危機感皆無なマーリルは自覚するまでディストから(物理的な)説教を受けた。
唯でさえ『呼び人』や『ウル』を持っていると言った稀な渡り人であるのに、更に特異な魔法使いだと知れ渡ればそれこそわんさか要らぬ輩に目をつけられかねない。
マーリルの言い分としては城の中だからそんな変な人はいないだろうと思っての行動――以前にやはり何も考えていない、ということはディストには黙っていた――だったのだが、「城の中とはいえ安全だとは断言できない」とディストに言われてしまった。
サティア人が全て信用できる者ではないことに加え、他国の間者が入り込んでいることは公然の秘密だとか。害にならない限りはお互いの国に間者がいることは容認されているそうだ。表面化されていないだけでそういった水面下の争いはなくなることはない。怖い世界だ。
だから尚更気をつけろと言われたのだが、マーリルにその意識は薄い。何が常識外で何が常識内なのか知らないので当り前の話である。勉強しようと思う。
そうした出来事があったのが三日前の話である。
結局国王とディストの間でどのような話で、どういった話で落ち着いたのかはマーリルにはわからなかったが、クルディルとナイティルに魔法を教えることを、この世界の知らない常識を勉強するための教師をマーリルに付けることを条件に引き受けることとなった。
マーリルは魔法の事を知らない。無意識かで出来る物と出来ない物を選別して、出来そうな物を魔法として顕現しているだけなのだ。そこでそれを知識としてしることによりさらに魔力に意志を乗せやすくなるだろうと思われたため、魔法の教師――知識面においてもサティア国で右に出る者はいないと言われている――に師事し、ともに二人の王子殿下に教えていこうと言う話になった。
顔合わせを兼ねた指導は当初うまくいくものではないと思われた。
それもこれもこの世界で『魔法使い』というととても貴重な存在で、大変重宝されていたために矜持が高く扱いづらい人物が多かったからだ。
謁見があった次の日を休日にし、その次の日、つまり昨日から王城内にある訓練場――王族専用――に赴いたマーリルは一人の人物を紹介された。ちなみにディストはいない。別件があるそうだ。
名前はサツキリア=ウォル=タメーニ。名前の通り貴族である。
この世界いや、この国の貴族はミドルネームに『ウォル』が入る。国によって多少変わるが概ねこの概念が多いらしい。
(そう言えば悠莉も十莉もウォルが入っていたな)
ストロバリヤも同じらしい。
ちなみに男王族で『ウル持ち』であれば『ウルク』を、女王族であれば『ウルト』を、そして『ウルの返上』をしていれば『フォルク』『フォルト』になり、ウル持ちではない王族は『フォル』が付く事になっている。
正式な場でなければミドルネームを名乗ることはなく、苗字があれば貴族、という認識をされるらしい。
閑話休題。
サツキリアと名乗った女性は知識に秀でた魔法使いらしく、例に漏れずプライドの高い女性だった。ナイティルにマジックボックスは出来ないと宣言した教師で、それを覆したマーリルに興味を持ち自ら名乗り出たと言う。
(まぁ、好意ではないのは見て分かるけどね)
苦笑しながらマーリルはサツキリアを見た。
明るい茶髪を編み込んで頭部で括っている。鋭いこげ茶の双眸は自分に出来なかった王子殿下二人に魔法を教えた人物がどんな人柄なのか暴こうとしているのか。それともマーリルの秘密を暴き自らの地位の向上を計ろうと画策しているのか。何を考えているのかはわからないが、明らかに胡散臭そうな眼差しではあった。
「クルディル殿下に火の魔法を教えたそうですわね」
「はい」
「ナイティル殿下にもマジックボックスを教えたとか」
「はい」
女性が働くことは珍しく、特に侍女や女官という枠ですらない魔法使い――サツキリアは魔術師騎士団という団体に属しているそうだ――はさらに稀有な存在だ。サツキリアは特に少々特異な存在らしく王太子殿下――御歳成人したての15歳だ――の乳母も務めていたそうだ。
「わたくしの見立てではナイティル殿下はマジックボックスを使うには魔力量が足らなかったはずですわ。ただ覚えも早く魔力量の問題だけなら成長に従い増える魔力量で出来る筈でしたの。貴方何をしたの」
「え、と……」
「しゃきっとお話しなさい」
「はい!」
この手の教育ママは苦手である。
マーリルは悩む。というより、ディストからされた説教が頭を過り言ってもいいか悩んでいるのだ。もう遅い気がしないでもないが。
「省エネモードを、ですね」
「何ですかそれは」
もういいかぁー、と遠い目をしながらマーリルはナイティルにもした説明をサツキリアにもした。この教師はナイティルが言っていた通りマジックボックスをはじめ、クルディルにも魔法を教えているのだ。すぐに出来るようになるだろう。
そう思われていた。
「変わらないわね」
「変わらないですね」
クルディルに教えていた時と同じく、やはり目に見えないものをイメージする事は難しいようだ。特に元々の概念を打ち破って新たに似た魔法を使うことが難しいようだった。
「ちょっと貴方」
「はい」
「マジックボックスを使ってみなさい」
「は、はい」
マーリルはよくわからなかったが目の前で使われていれば魔力の動きで少しは何か掴めるかもしれないと思ったようだ。しかしここで露見したのはもっと別の、
「―――――っ!」
ナイティルと二人――本来のマジックボックスを知らないと言う意味での――で練習した時には気付かれなったマーリルの異質さだった。
マーリルは今まで通りマジックボックスから物――ベッコウ飴――を取り出しただけだ。勿論ここで隠す必要もないためにマジックバック経由ではなく、開いた掌の上にコロリと飴玉を転がした。
「それは、何ですの……」
「え、飴玉……」
(この世界飴ないの!?)
そんなことを内心思っていたマーリルだったが、サツキリアに指摘されたところは別の場所だった。
「それは本当に『マジックボックス』ですの?」
「え」
マジックボックス。それは魔力常時消費型の収納の魔法だ。そう、その名の通り魔法の『箱』なのだ。
本来のマジックボックスは出入り口を思い浮かべて開いた状態で、中に手を入れて収納されている物を取り出すのが一般的である。熟練してきた者は目の前でなくても手で触れている場所に出入り口を出現させることが出来るため、懐やポケットなどから出したように見せかけることが出来ると言う。しかしマーリルの使う物は根本から違う。
思い浮かべれば身体に触れているところからならどこでも出し入れできるのだ。そう、今口の中に転がっているベッコウ飴のように。
ナイティルに気が付かれた!
マーリルの口の中でもごもごしている物体を羨ましそうに見ている。
サツキリアは考え込んでいるのかブツブツ呟いて此方を見ていないようだ。
近くに居た王子殿下二人にそっと近寄り、ベッコウ飴をプレゼントした。二人の顔が笑顔になる。
相変わらず緊張感も危機感も皆無である。
漸く意識を此方に向けたサツキリアは笑顔の三人に訝しげな視線を向けたが、誰ひとりとして口を開かなかった――飴がバレる――ので、話を進めることにしたようだ。
「どうやら貴方の使う魔法は少し異質なものかもしれませんわ」
「へ」
「間抜けな声をお出しにならないで」
「はい……」
厳しい。
「とりあえず何が使えて何が使えないのか、それを確かめてみましょう」
「はい」
それが昨日の話である。
魔力量――マーリルの量の多さはまだ露見していない――の問題もある為、魔法の練習はある程度までに限られている。そのため昨日は今まで使ったことのある魔法を実践しながら説明しただけで終わった。
今日は使ったことはないが出来るだろう物を実践してみる予定だった。だったのだが、
「な、ぜ……」
はやくも問題にぶちあたってしまった。
クルディルに教えた通り火の魔法を使えるとみたサツキリアは、訓練場にある案山子に火の魔法をぶつける様に指示した。魔法は魔力を込めれば込めただけ威力が変わってきてしまうために気をつけるように言い含められながら行ったのだが、いくら火の玉を顕現しても案山子に飛んでいくことはなかったのである。
マーリルは他に風水土などの四代元素と呼ばれる属性を、比較的イメージしやすい玉魔法に変えて飛ばそうとしてみた。
魔力が属性を帯びて顕現はする。しかしいざ攻撃しようとすると魔力に戻り四散するのだ。
「な、ぜ……」
考えてみてもマーリルに理由はわからない。今までは魔力が意志を汲んでくれたために割と好き勝手に魔法を使っていたのだ。当然使えるものだと思っていただけにあまりに突然の出来事だった。
予兆は無かったのかと聞かれたら、なかったとしか言いようがない。
いや、でも、今考えてみればもしかしたらあの出来事がトラウマになり、そうなった可能性も無きにしも非ず。ただ、元々そうだった可能性もあるのだが、今それを知る術はない。
露見してしまったのが今であり、それは事実だと言うことに他ならないのだ。
まさに青天の霹靂。寝耳に水とも言う。
「底辺のせーへき?」
「耳にみみず?」
違う。
「な、ぜ…………」
マーリルは再び呟いた。
汚れてもいい恰好をだと言うのをいいことに、マーリルは両膝と両手を地面に付け解り易くがっくりと項垂れた。
二人の殿下の多いなる聞き間違いにもツッコミは入れられなかった。何故なら―――――
「攻撃魔法が……使えない!?」
―――ファンタジー世界の花形と言っても過言ではない『攻撃魔法』が、マリールには使えなかったからだ。
(異世界トリップ人はチートだと思っていたのにぃぃぃぃいいいいいい!)
マーリルは心の中で盛大に血の涙を流した。
――――――――――
先生に隠れてもごもご。学生時代を思い出します笑
お読みいただきありがとうございます!
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