双子の弟妹が異世界に渡ったようなので、自分も行くことにします

柊/アズマ

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第二章 到着した王都サンドイで

第十二話 マーリル、何かしてしまいました

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 ファンダル=フォルク=シルバーリは前王の末弟であり、そうそうにウルの返上の儀を終えた元王族つまりクルディルとナイティルの大叔父にあたる。現三代公爵が一つであるシルバーリ公爵家の当主で総司令官というサティア国一の武官である。

 四十代位の渋い色気がある男で金色に輝く髪の毛は流石王族と褒めたくなるが、長く戦場に居たせいか眼光は鋭く睨まれていないのに睨みつけられているように感じる。
 大規模討伐の会議中では穏やかに話していたのであまりそんな印象はなかったのだが、今詰所の応接室に入ってきた姿は幼い王子たちを心配するただの親戚のおじさんのように振る舞いながらも、マーリルに向ける気配は鋭いそれであった。

「大叔父上」
「大叔父上様」
「二人とも無事か」
「はい」
「大丈夫です」
「何があったか話せるか」
「はい」

 二人が無事だと知れると、即座にことの概要を言及した。すぐに答えたのはクルディルで、先程の出来事をファンダルに話していた。

「大叔父上はこの蟲が見えますか?」
「……見えんな。クルディル本当にいるんだな」
「はい」
「わかった。マーリル」
「は、はい」

 話は理解したが見えないファンダルはマーリルを呼んだ。

「このまま城に来て貰いたい」
「は、はい」
「二人とも戻るぞ」
「はい」
「わかりました」

 マーリルに拒否権はない。本日の休日はなくなってしまったようだ。


  ▽

 あれは幾度となく見た目だ、とマーリルは遠い目をした。


 ファンダルに連れてこられたマーリルは、大規模討伐の会議をしていた会議室に連れてこられた。
 そこにはあの日集まっていた武官たちが居り、ディストをはじめSランク冒険者の男女に見慣れない男――格好からして恐らく冒険者だろう――が二人いた。。

 部屋に入ると向けられるのは大半が不思議そうな目だ。前に会った武官たちは「どうしてまた来たのだ」と少し訝しげに、冒険者の面々は「なんでこんなところに弱そうな奴が」と不思議そうな目だった。

 しかし一人だけ剣呑な眸を向けるものが居た。ディストなのは言うまでもない。今日は無理矢理勝ち取った休日だと嬉しそうに宿から出ていくマーリルを見ていたのだから当たり前だ。
 総司令官であるファンダルと連れ立って来たものだから、剣呑さが否が応でも増す。

 ああ、幾度となく見た目だ。――お前、今度は何をした、とあれは言っている。

 だが、マーリルだって言い分はある。今回は自分から何かしたわけではない。勝手に城を抜け出した王子殿下二人に巻き込まれただけだ、とそうぶちまけてしまいたい。
 だが残念ながら日頃の行いゆえか、マーリルが言ったところで説得力は皆無だろう。

「何があったんですか?」

 ディストはマーリルを一瞥してから、ファンダルに声を掛けた。あれは確信している。何と言わず、何とディストは言った。何もしてない!とどうどうと宣えないのは何故だろう。

「ディストよ、お前は見えるか?」
「…………」

 ファンダルが突然言ったことに眉を寄せたディストは、一瞬逡巡してから幾分もしないうちにマーリルへ、そして不自然にあげられたマーリルの手元へ視線を移した。すぐにそのアーモンド型の眸を僅かに瞠目させた。

「蟲……?」
「見えるか」
「はい」
「不可視な蟲の魔物など聞いたことがないが、これが今回の大規模討伐の魔物たちだったら大変なことになる」

 ざわざわと騒がしかった室内が、ディストの『蟲』という一言にとたんに静寂となり、ファンダルの呟きに息を飲む音が響いた。

「確かに魔力で覆われていますが、たぶんそれはレウスだと思います」
「なに」
「何があったんですか?」

 団子蟲レウス一角兎ホーンラビット並みに出る普通の蟲型の魔物だ。透明であること以外は普通の魔物だったが、その『目に見えない魔物』というところが一番の問題だろう。今回の大規模討伐で、そんな魔物が大挙として押し寄せてきたとしたらたまったものではない。ファンダルの危惧することはそこなのだ。

「マーリル」
「はい」

 先程詰所でした話を、再びしはじめた。



「マーリル、それを」

 話を聞いたディストはマーリルに手を向けてそう言った。

「は、はい」

 ディストに言われてしまえばマーリルに否やはない。素直に従った。

 ディストを含め五人の冒険者たちは皆その蟲が見えているのか、あーでもないこーでもないと意見を交わし合う。
 手持ち無沙汰のマーリルは、あからさまにならないように室内を見渡した。

 二人の王子たちは城に入った時点で別れているので、ファンダルは一人一番奥の机で書類仕事を始めていた。一度此方に注視していた面々は、ファンダルが声を掛け一旦保留となったため各々の仕事に戻っている。

 その手前には大きなテーブルがあり、騎士団長と将軍とそれぞれの部下たちで何事か話し合っていた。
 その横では三人はゆったり座れるだろうソファーに一人か二人ずつ座りながら、冒険者たちが蟲を囲みながら話し合っていた。蟲が見えない者からしたら普通の話し合いに見えるのだろうが、蟲が見えるマーリルからしてみれば何かの儀式に見えなくもない。と一人ほくそ笑んでいた。勿論これからあるだろうディストからの説教への現実逃避だ。

「マーリル、ちょっと来い」

 意識を飛ばしていたので、びくりと肩が揺れた。苦笑いしながらマーリルはディストのもとへ向かう。

「簡単に紹介しておく」

 ディストはまず冒険者たちを紹介してくれるようだ。

 そう言えば大規模討伐の会議中は特に名前を聞かなかったな、と思いながら一人ずつ見ていく。
 元々大規模討伐の会議にも来ていた男女――男のほうはケースト、女のほうはラリアという名前だそうだ。また、残りの男二人はイズモとヤクモという兄弟だった。
 何れもサティア国のSランク冒険者だそうだ。

「マーリルです」

  ――クルル

「こっちは使い魔のディアです」

 何故か肩に寝そべりながら気配を消していたディアまでも自己主張したので、紹介しておいた。

「なにそれ!なにそれ!!」

 少し幼そうな声でイズモと紹介された冒険者がマーリル――ディアを見詰める。

「今は時間がないから後にしてくれ」

 若干呆れたような声でディストがイズモをたしなめる。

「それよりマーリルはこれをどう見る?」

 いきなり指を指されたのは先程の団子蟲だ。ただ、ディストはそれ本体を指差したのではなく、ある一点を差していた。 

「む…………?」
「ム?」
「む、です」

 思わず呟いたマーリルに、聞き返したディストは続きを促しているようだったが、マーリルは言い替えても変わらなかった。そのままだったからだ。冒険者たちは意味がわからず頭の上に疑問符を浮かべているようだった。

「……これは、『カンジ』なんだな?」
「はい。漢字であれば『』と書かれています」

 団子蟲のある一点。外郭に覆われた背中に、見方によっては単なる傷にも見えるほど小さく漢字が彫られていた。

「どういう意味だ?」
「否定を意味する言葉ですね。物事が存在しないとか、何も無いという意味です」
「――――っ!」

 団子蟲は透明になっていた。魔眼を発動していても半透明にしか見えないほど、存在が消されている・・・・・・。ということは、

「これをやったのは、『渡り人』ってこと?」

 Sランク冒険者唯一の女であるラリアが言った。マーリルに否定できるだけの言葉はない。

 結局その後進展はなかった。この団子蟲については始祖種が関係しているのか、また渡り人が関係しているのかはわからない。ただ、この団子蟲が透明になっているという事実しかわからず、その目的も方法もわからなかったのだ。

 不安材料が続く中、更なる爆弾が落とされようとしていたのは、サティアの武官たちが出ていき総司令官と騎士団長、それに将軍と冒険者しか室内に居なくなってからだった。

「……っ!……総司令官、グルトからは連絡が来ましたか?」
「ああ。ギルドマスターから国に連絡が来た、と」
「では、スコーピオンキングの存在がアヴァ・モントだと確定されたということですね」
「……それはどういう、」

 ディストは立ち上がってファンダルの机の前に移動した。ファンダルはディストの要領を得ない話に困惑というよりは怪訝そうな表情で、質問を重ねようとした時だった。見知らぬ声が室内に響き渡る。


「アヴァ・モントの討伐は我々・・グルトに指揮が移りました」


 見知らぬ声の闖入者はディストの隣に並び、ファンダルをそっと見据えた。

「何?」

 闖入者の存在に驚くよりも早くファンダルは静かに怒気を飛ばす。

「ああ、勘違いしないでください。王都の防衛も魔物の氾濫もそちらが対処してください。ただ、スコーピオンキングだけは我々が討伐します。いや、」

 一度言葉を切った少年は、更に笑みを深めるとファンダルに言った。

「我々SXランクにしか、討伐することが出来ないんですよ」

 声変わりもしていないような甲高い声が、一瞬の静寂を呼んだ。



 黒髪黒目のどう見ても10歳程にしか見えない少年は、自分のことをSXランクと言った。

「ディスト、その少年はなんだ?」

 室内の誰しもが思った疑問を代表してファンダルが質問した。

「これは失礼しました」

 大仰に腕を広げて少年はファンダルに一つ礼をした。ディストに問いかけていたはずなのだが、少年の中ではないことにされているようだ。

「SXランクのリオウと申します。本来なら国王陛下に謁見後、此方に申請するのが通常だと思いますが、何せ時間がないものですから。無礼なことは承知で先に参った次第です」

 少年に似つかわしくない柔和な笑顔で抑揚に話をする少年――リオウは酷くアンバランスに見えた。

「アヴァ・モント、スコーピオンキングは既に眷族を従えこの王都サンドイに向かっています」
「氾濫に至るにはまだ魔素が足りないはずだ」
「そうですね。本来の大規模討伐である『氾濫』なら、ば」

 通常時の氾濫は魔素が濃くなり魔物が増える。そして淘汰されて追い出された魔物が本能的にヒトを襲いに街まで近づいてくる。その際漏れだした魔素がどんどんとヒトの街まで浸食していき、それに伴い魔物も徐々に街まで下って来る。

 今回始祖種アヴァ・モントが統率する魔物たちは、魔素の濃薄のうはく関係なくヒトの街に近付いているようだ。

「アヴァ・モントは通常の氾濫とは異なります」
「何、が……」

 驚愕の声を上げたファンダルに追い打ちをかけるような大きなノックの音とともに、不穏な伝令が伝わった。

「探索の結果北部にあるササラーヤ山方面で、カメンド――スコーピオンキングが発見されました!!スコーピオンが一千、他の蟲型の魔物が万、更に通常の氾濫した魔物と思わしき群れと合流してサンドイに向かっているようです!!」


 戦いの時は近い。







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