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第二章 到着した王都サンドイで
閑話2 ストロバリヤ国より~悠莉の罪~
しおりを挟むその日十莉と悠莉は、お世話になっている施設の先生たちや他の子供たちとともに散歩に来ていた。日差しの眩しい時間帯だが、季節的には春の訪れを感じさせる暖かな日だった。それが悠莉が知る、最後のあちらの記憶だ。
双子の兄妹は突如として別世界へと落とされたのだ。
「はぁ」
あれから何年経ったか定かではない。どのくらい経ったのか、目まぐるしい移り変わりに悠莉の心はついていかない。
「そんな溜め息ついてないで、げん爺のとこ見に行こうぜ!」
「うん」
一人部屋の中で黄昏ていたはずが、いつのまにか十莉が着ていたようだ。部屋からあまり出たい気分ではなかったが、『げん爺』と聞いて少しだけ元気が出た。
茅部悠莉は双子の兄である十莉とともに、ストロバリヤという国でお世話になっていた。
行き場をなくした二人を、げん爺という人が拾いここへ連れてきてくれたのだ。そして―――――
「今日こそ、良い結果が聞けるといいね」
「うん」
悠莉が求めているモノを持っている人だ。
「げん爺!げんじぃーいるかー?」
ドンドンドンと無遠慮に扉を叩く十莉は容赦がない。
「もうちょっと静かに、」
「げん爺いっつも寝てるから、これくらいしないと起きないんだって!」
またもドンドンドンと叩くが、部屋の中からは物音一つしない。
「げん爺いないんじゃないの?」
「いや、いる!」
十莉は何を根拠に言っているのか悠莉には分からなかったが、我が兄ながら優秀な男なので、何かしらの理由があるのだろうと黙って好きにさせていた。
時には叩き方を変えてみたり、呼び方を変えてみたりしたが中からの返答はない。
「と、トーリ……流石に、」
「大丈夫だって!いっつもこのくらい呼び掛けないと出てこないんだから!おーい、げーんーじーいー!!」
「トーリ!」
「ユーリの声も充分大きいからね」
「あ」
苦笑いで悠莉を見た十莉は「ふぅ」と溜め息を吐き出してから、再び扉を叩きはじめる。どうやら出てくるまでずっとやるようだ。どのくらい経ったのか、待ち人の声はいきなりだった。
「なんじゃああああ!!うるさいのぉおおお!」
「うぉ」
「きゃ、」
突然の大声に吃驚した双子は悲鳴をあげて、扉から咄嗟に離れた。漸くそこで扉が開き、中からのっそりと一人の人物が顔を出した。
歳の頃は70か80くらいか。それにしてはきびきびと動き、腰も曲がっていないのでもっと若いのかもしれない。いきなり扉が開いて吃驚してしまい悲鳴をあげたが、悠莉は嬉々として本名『鈴木弦慈』という老人に飛び付いた。
「げん爺!おはよう!」
「なんじゃ、ユーリか」
「何って何!?寝過ぎだよ!」
「そうだったかのう」
とぼけた様子の老人に対し、悠莉は頬を膨らませた。十莉はそれに苦笑いだ。
「げん爺、何時まで寝てるつもりだよ」
「昨日は遅くまで研究していたからのう」
「それで?成果は!?」
溜め息混じりに問い掛けた十莉に対し、畳み掛けるように言い放ったのは悠莉だ。悠莉が長年求めて止まないモノを老人はあと少しというところまで完成させたらしい。
「聞いて驚け!トーリの分析したことの証明が出来たんじゃ!」
「本当か!?」「じゃあ!」
「まぁ、そう急くでない。これには続きがある」
ずいずいと老人に迫るのは何も悠莉だけではない。十莉もその静かな相貌に見会わない興奮ぶりを隠しもせずに、物理的に距離を詰めていく。
「お前たちは、本にそっくりな双子じゃな。お前たちからよく聞く姉、マーリと言ったか?そやつにも是非とも会ってみたいもんじゃ」
「…………っ」
「げん爺!」
「そう泣きそうな顔をするでない。会えなくとも、手紙くらいは送れるはずじゃ。長年トーリと研究した結果がもう少しで出る。それまで我慢しなさい」
「うう…………はい」
悠莉が求めてやまないモノ――それは元の世界にいる姉の真亜莉への連絡手段だ。
悠莉はこの世界に来てからずっと泣いていた。泣きすぎて涙が枯れ果てれば、今度は心が涙を流す。いつも優しく抱き締めて頭を撫でてくれる十莉の笑顔を見て、うっすらと浮かび上がる姉の姿に幾度慰められたか知れない。
それを厭いもせず、十莉は今もずっと優しいまま。悠莉はそれに時折苦く苦しくなる。
悠莉はずっと守られてきた。家族に、姉に、兄に、ずっと守られて生きてきた。
悠莉は幼い頃からその稀有な見た目のせいで散々な目にあってきた。本人は人見知りですぐに打ち解けることが難しく、初対面であった人などうまく話せたことがないほどのコミュ障なのに、周りはそれを許してくれない。男子には揶揄かわれ、女子には一定の距離を置かれるか虐められる。普通の反応を示してくれた人など一握りだ。
そんな生き方は家族に守られて来たために改善されず、変わらぬままにこんな知らないところへやってきてしまった。
悠莉は知っている。自分を守るために姉も、兄も無理をしていることを。話にしか聞いていないが、母は自分達を産むために身体に負担をかけ、父は育てるために身体を壊したことも知っている。
悠莉はずっと守られている。守られたまま、何も出来ない。
この世界にくるまでそんな事実に気付きもしないで、ただ目の前に出された温くも暖かい世界を享受していた。それが誰かの努力の上に成っていると知りもしないで、知ろうともしないで。
まだまだ兄離れは出来そうもない。十莉が居なくなれば、悠莉は生きていられない。だから――――――
「げん爺、わたしに手伝えることある?」
「そうさのう……」
―――せめて、姉があちらの世界で心配しなくてもいいように。
「ユーリの魔力をこれに込めて貰えんかのう?」
「前にもやったやつだね!?」
「そうじゃ。ユーリの魔力を元に、あちらの世界にいる姉の座標を特定したいんだがのう。なかなか上手くいかんわい。ユーリはあまり魔力が多くないんじゃから、身体に負担を掛けないくらいでいいからの」
「わかった!」
―――せめて、姉が自分の幸せを見付けられるように。
「これ何て書いてあるの?」
「なんじゃ?」
―――せめて、二人の幸せを願って止まない姉のことを、私たちも同じくらい願っているんだと知って貰えるように。
「『門』じゃな」
「もん?」
「そうじゃ。あちらの世界とこちらの世界を繋げるための、出口のようなものじゃな。まぁ、一方通行になるからそれが完成したところで帰れるわけじゃないがの」
「そう、だよね。……うん!完成したらすぐ送れるように手紙書かなきゃ!」
「そうは言ってもまだ1年か2年はかかるはずじゃよ」
「でも、もしかしたらもう少し早いかもしれないでしょ?」
「そうさなぁ」
「それに、『ニホンゴ』書かないと忘れちゃうし、げん爺に習った『カンジ』の練習がてら、やっぱり書いてくるよ!」
「わかったわかった。ユーリには叶わんのう」
「げん爺はよく忘れないよね。こっちに来て凄く時間経ったんでしょ?」
悠莉は真亜莉に伝えたい。ただそれだけのために頑張っていた。
「わしはこれを元に『魔法のような力』を使うからのう。忘れたら困るんじゃ」
死活問題じゃよ、と老人は快活に笑う。
悠莉は自分のために、そして家族のためにげん爺と協力している。
それが真亜莉を危険な目に遭わせることなど知らずに。
「魔法のようなって、『付与』だっけ?」
「そうじゃよ」
「それ立派な魔法じゃん!」
「ほっほっほ。どうじゃったかのう」
「もう!げん爺!」
「ほれほれもう行きなさい。手紙、書くんじゃろ」
「わかった!トーリ、行こう!」
「ああ。また何かあったら知らせてくれよ、げん爺」
げん爺と十莉が研究しているあちらの世界に手紙を送る方法を、出来る限り手伝っていきたいと悠莉は張り切っている。これをやっている時だけは、涙も出ない。心も泣くことはない。
守られるだけは嫌だと、何か出来ることはないかと悠莉が必死に考えたことだ。
この時ばかりは悲しいことよりも姉との楽しい思い出を思い出し、ニコニコと上機嫌で悠莉は部屋へと戻っていく。
そんな悠莉の半歩後ろを、難しい顔をして考える十莉がいたことなど気付きもせずに。
好好爺然としていたげん爺――鈴木弦慈が表情を無くし、声に出さないようにブツブツと何事か呟いていたなど
気付かずに。
悠莉の魔力を使い、悠莉の身体に流れる真亜莉へと続く路を探しだした鈴木弦慈が、それで何をしているのかも知らずに。
先程まで扉一枚隔たれた先に、悠莉が求めて、今でも求め続けている存在が確かに居たことも知らずに。
悠莉は今も何も知らない、知らされない。
悠莉の最大の不幸は、知ろうとしたのに知ることが出来なかった事なのかもしれない。
ただし、知らずにいることは果たして、罪ではないと言えるのだろうか。
悠莉は今もまだ、何も知らない。
ーーーーーーーーーーーー
護るだけが優しさではない。
過保護なまわりの『罪』とも言える。
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