653 / 684
33.魔大陸
24.出藍之誉は嬉しいばかりではない
しおりを挟む
家の中は異様な空気で満ちていた。
白髪の老人は洗濯をしていない汚らしい服に舌を打って、酒瓶を手に取った。持ち上げた時点で何となく少ないのが分かる。
無駄に高い魔力操作を巧みに使い、栓を抜くと、口に含んだ。
口の中に酒は入ってこない。酒の中を真下に向ける。酒が出てこない。
『チッ。ッザッケンナ。んで酒がねぇだよ。あぁ、買ってきてねぇからだよな。知ってんだよ、くそ』
老人ははだけた胸元をボリボリと掻きながら、欠伸をする。
ちらと横に似顔絵が見えた。
『チ』
苛立たし気に魔力を練りながら、似顔絵に指を向ける。
三秒ほどにらめっこしたかと思うと、舌打ちして中断した。
『アァー、俺様も弱くなったな、クソが』
ギッと錆びついてもう開かないと思っていた戸が鳴った。間違いない、客、いや壁だ。
レイヴェニアと同じく自分の道を阻む、絶対的な弟子だ。
老人は先程練っていた魔力を呼び戻し、右の人差し指に備えた。
ドガンと扉が蹴飛ばされた。老人は何かの姿、影が見える前に左手から魔術を放った。
「相変わらずね、コプロ」
『テメェ、何タメ張ってんだ?』
アストロはコプロに半眼を作りながら口角を上げる。当然にように無傷。しかし、コプロは無駄に焦ったり慌てたりしない。
『”柱身の山羊”。そうか、お前が盗んで行ったのか』
「えぇ、女の身一つなんて危ないもの」
『テメェの心配なんかするかよ。髑髏的にあと四本か』
コプロは冷静に見極め、弱点を看破する。
子供の頃から鈍臭かったアストロは、学舎でも体術はからっきしで、最下位だった。現在の体格的にも、体が動いたとしても、体術は得意ではないだろう。
白髪の老人は背中を猫のように曲げていき、体の節々に魔力を巡らせていく。身体をひっそりと強化し、一気に肉薄した。
繰り出される拳に対して、アストロは咄嗟に十字ブロックをすることで髑髏を一つも消さずに済んだ。
『フム』
コプロは己の手首を押さえながら、アストロを見る。
あの時よりも体が動いている。想定していたよりもずっとよく動いている。それに対してコプロ面倒だと思った。
しかし、粗い。その粗さがあれば、押し切れる。
コプロは瞬足でアストロの懐へ入り、アストロの腹に拳を添えた。そして、力を込める。
アストロの腹から背にかけ、威力が抜けていった。アストロには心当たりがあった。
発勁。一時期レイヴェニアがハマって使っていたことがある技巧だ。
アストロは前庭をゴロゴロと転がり、距離が空いたところで立ち上がる。
コプロがアストロの奥にある竹垣を見つめる。あの向こうにアストロの仲間がいる。こちらを視ているだけで、手を出してこないというのなら、こちらは無視してやろう。
これは一般的な躾だ。家庭内の問題なのだ。反抗してくる子に対して行う教育的指導だ。
『来い、愚図娘』
「超えるわ、馬鹿親父」
コプロがガリガリと頭を掻くと、頭皮が簡単にボロボロと剥がれ落ちていく。爪を立てすぎたのか、血も落ちてきた。
アストロのことをギロリと睨む。そして、身を低くすると、ノータイムでタックルに移った。
そのタックルの姿勢が、アストロにはレイヴェニアと重なった。アストロはレイヴェニアに次会った時、タックルされた際にやろうとしていたカウンターを喰らわす。
完璧なタイミングでの膝が、コプロの顎を襲う。コプロの脳が揺れる。視界が完全にドロドロだ。
そんな視界はレイヴェニアやレンオニオールで慣れている。
コプロは視界不明瞭の中、アストロの脹脛を抱え、そのまま持ち上げた。
竹垣の向こうにいる男性陣は目を覆った。しかし、別に黒のレースがあしらわれた下着が晒されることなく、ベージュの短パンが見えた。おかげで大丈夫だ。ただ、シキから借りているので、明らかに小さい。
アストロはコプロを信用し、リフトされている空中を足場にして、左膝をコプロの顎に叩き込んだ。
コプロの手が離れて地面に落ちる。そしてゴロゴロと距離を取った。
コプロは顎を押さえながら、睥睨する。
アストロは片膝立ちの状態で上目に睨む。
『足癖が悪いな。千切るか』
コプロが脚を前に出した。それに合わせて地が揺れる。それと同時に蹴りがやってくる。
ガードが間に合わない。鋭い蹴りが頭部に刺さる。髑髏一つ分だ。ただの体術なのに強すぎる。何かしらのことをしているのは明白だが、それが何かまでは分からない。
『あと三つ』
冷静だ。終始冷静だ。これこそが魔術師や魔法使いの姿だと言わんばかりだ。
「フゥー」
息を細く吐き、アストロはコプロを睨む。気が付かないうちに何かされた。アレンに頼まなくても分かる。私のステータスは下がっている。
『テメェ、勝手に粘ってんじゃねぇぞ』
冷静にキレているコプロが足首を柔らかくした。
白髪の老人は洗濯をしていない汚らしい服に舌を打って、酒瓶を手に取った。持ち上げた時点で何となく少ないのが分かる。
無駄に高い魔力操作を巧みに使い、栓を抜くと、口に含んだ。
口の中に酒は入ってこない。酒の中を真下に向ける。酒が出てこない。
『チッ。ッザッケンナ。んで酒がねぇだよ。あぁ、買ってきてねぇからだよな。知ってんだよ、くそ』
老人ははだけた胸元をボリボリと掻きながら、欠伸をする。
ちらと横に似顔絵が見えた。
『チ』
苛立たし気に魔力を練りながら、似顔絵に指を向ける。
三秒ほどにらめっこしたかと思うと、舌打ちして中断した。
『アァー、俺様も弱くなったな、クソが』
ギッと錆びついてもう開かないと思っていた戸が鳴った。間違いない、客、いや壁だ。
レイヴェニアと同じく自分の道を阻む、絶対的な弟子だ。
老人は先程練っていた魔力を呼び戻し、右の人差し指に備えた。
ドガンと扉が蹴飛ばされた。老人は何かの姿、影が見える前に左手から魔術を放った。
「相変わらずね、コプロ」
『テメェ、何タメ張ってんだ?』
アストロはコプロに半眼を作りながら口角を上げる。当然にように無傷。しかし、コプロは無駄に焦ったり慌てたりしない。
『”柱身の山羊”。そうか、お前が盗んで行ったのか』
「えぇ、女の身一つなんて危ないもの」
『テメェの心配なんかするかよ。髑髏的にあと四本か』
コプロは冷静に見極め、弱点を看破する。
子供の頃から鈍臭かったアストロは、学舎でも体術はからっきしで、最下位だった。現在の体格的にも、体が動いたとしても、体術は得意ではないだろう。
白髪の老人は背中を猫のように曲げていき、体の節々に魔力を巡らせていく。身体をひっそりと強化し、一気に肉薄した。
繰り出される拳に対して、アストロは咄嗟に十字ブロックをすることで髑髏を一つも消さずに済んだ。
『フム』
コプロは己の手首を押さえながら、アストロを見る。
あの時よりも体が動いている。想定していたよりもずっとよく動いている。それに対してコプロ面倒だと思った。
しかし、粗い。その粗さがあれば、押し切れる。
コプロは瞬足でアストロの懐へ入り、アストロの腹に拳を添えた。そして、力を込める。
アストロの腹から背にかけ、威力が抜けていった。アストロには心当たりがあった。
発勁。一時期レイヴェニアがハマって使っていたことがある技巧だ。
アストロは前庭をゴロゴロと転がり、距離が空いたところで立ち上がる。
コプロがアストロの奥にある竹垣を見つめる。あの向こうにアストロの仲間がいる。こちらを視ているだけで、手を出してこないというのなら、こちらは無視してやろう。
これは一般的な躾だ。家庭内の問題なのだ。反抗してくる子に対して行う教育的指導だ。
『来い、愚図娘』
「超えるわ、馬鹿親父」
コプロがガリガリと頭を掻くと、頭皮が簡単にボロボロと剥がれ落ちていく。爪を立てすぎたのか、血も落ちてきた。
アストロのことをギロリと睨む。そして、身を低くすると、ノータイムでタックルに移った。
そのタックルの姿勢が、アストロにはレイヴェニアと重なった。アストロはレイヴェニアに次会った時、タックルされた際にやろうとしていたカウンターを喰らわす。
完璧なタイミングでの膝が、コプロの顎を襲う。コプロの脳が揺れる。視界が完全にドロドロだ。
そんな視界はレイヴェニアやレンオニオールで慣れている。
コプロは視界不明瞭の中、アストロの脹脛を抱え、そのまま持ち上げた。
竹垣の向こうにいる男性陣は目を覆った。しかし、別に黒のレースがあしらわれた下着が晒されることなく、ベージュの短パンが見えた。おかげで大丈夫だ。ただ、シキから借りているので、明らかに小さい。
アストロはコプロを信用し、リフトされている空中を足場にして、左膝をコプロの顎に叩き込んだ。
コプロの手が離れて地面に落ちる。そしてゴロゴロと距離を取った。
コプロは顎を押さえながら、睥睨する。
アストロは片膝立ちの状態で上目に睨む。
『足癖が悪いな。千切るか』
コプロが脚を前に出した。それに合わせて地が揺れる。それと同時に蹴りがやってくる。
ガードが間に合わない。鋭い蹴りが頭部に刺さる。髑髏一つ分だ。ただの体術なのに強すぎる。何かしらのことをしているのは明白だが、それが何かまでは分からない。
『あと三つ』
冷静だ。終始冷静だ。これこそが魔術師や魔法使いの姿だと言わんばかりだ。
「フゥー」
息を細く吐き、アストロはコプロを睨む。気が付かないうちに何かされた。アレンに頼まなくても分かる。私のステータスは下がっている。
『テメェ、勝手に粘ってんじゃねぇぞ』
冷静にキレているコプロが足首を柔らかくした。
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
エレンディア王国記
火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。
導かれるように辿り着いたのは、
魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。
王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り――
だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。
「なんとかなるさ。生きてればな」
手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
教師として、王子として、そして何者かとして。
これは、“教える者”が世界を変えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる