メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

文字の大きさ
146 / 684
8.魔王インサーニアを討て

20.選ばれし者の証

しおりを挟む
 ヴェスタとはローマ神話にと登場する神の名前だ。結婚や家庭の象徴とされた神。ギリシア神話ではヘスティアと同一視されている。詩人オウィディウスはその神体を燃え続ける火とした。



 魔王軍幹部ヴェスタはその話に惹かれた。ヴェスタには幼少のころに作った、炎のような形の火傷の痕が背中にあった。火の神様でもよかったのだが、燃え続けるというところに惹かれ、家庭を大切にしているのも評価ポイントだった。



 ヴェスタはオタクっぽい知識を多く持った転生者である。



 ヴェスタは転生前からヒーロー願望があった。ヒーローとは優しく強いものだ。困っている人がいたら話しかけ、いじめられている人がいたら必ず味方になり首謀者加担者全員をボコボコにした。ヴェスタはヒーローでありたいがため、常に自身の正義によって行動していた。ヴェスタは自分の思うヒーローになろうとした。



 ヴェスタが死んだ日もそうだった。犯罪に加担しようとする学校の後輩を止めようと懲らしめようとしていた。拳を振るうものには拳で、刃物を手に取るものには木刀で対応した。



 過去には教員に呼び出され、両親に怒られたりもした。しかし、彼には分からなかった。なぜ怒られているのか1ミリたりとも理解できなかった。だから同じことを繰り返した。自分は正しいことをしているのだ。その意義は自己の行動を正当化させた。そして、自分の行いに酩酊した。



 その時、ズタンと音と衝撃があった。見ると、そちらでは一人の不良が銃を構えていた。銃口からは煙が出ており、不良自身は尻餅をついていた。



「あ?」



 誰の声かは分からなかった。ヴェスタが視線を体に下げると、そこには穴があった。ゴボリと血が出た。不良たちは恐怖に顔を引き攣らせながら逃げていく。追わなければと思ったが、力が入らない。ヴェスタの体は倒れていったが、顔は笑っていた。逃げても無駄さ。すぐに追いついて説教してやる。



 次に目を覚ました時、ヴェスタはこの異世界にいた。















「よくも逃がしてくれたな」



 塔から金髪の男が出てくる。恨めしそうなセリフを吐きながら、どこか心の籠っていないように感じる。曇りなき眼は真っ直ぐ戻って来たばかりのコストイラを見ていた。



「魔王軍幹部、光の守護者、<破邪顕正>のヴェスタ」



 大剣を抜きながら宣言した。正式な決闘の申し込み方法だ。剣の切っ先はコストイラに向いている。



「名乗れよ。全員でもいいぞ」



「勇者の右腕、<駿足長阪>のコストイラ。お前なんか一人で十分だ」



 コストイラは刀を抜きながら前へ出る。



「言ってくれるな。じゃあ、何を開始の合図にする?」



「ん?ああ、そうだな…………」



 コストイラが答えようとする隙を狙い、攻撃を開始する。



 大剣とは思えない速度の突き攻撃だった。最速の決着を目指したのだろう。しかし、コストイラは一回転して大剣を横から叩き、軌道を逸らしながら自身は独楽のように回り、首を狙う。ヴェスタは頭を下げ、空振りに終わらす。大剣の斬り上げにバックステップ躱す。



「あれを対処するのか」



 ヴェスタは再び大剣を構える。コストイラも構えなおす。



「ふっ!」



 地面が爆ぜた。武器が大剣とは思えない速度で肉薄するヴェスタにコストイラは一つ一つ丁寧に対応していく。エンドローゼはもうついていけずきょろきょろしている。



「大丈夫よ。私も見えてないから」



 何が大丈夫なのか分からないが、エンドローゼは何故か安心できた。しかし、安心させてくれているのだろうが、背中で形を変える二つの大きな物質に怒りがわいてきた。



 一合、また一合と剣を交えるたびにヴェスタの動きが速まっていく。速さがあればその分威力が高まる。剣が交わる位置が少しずつ押し込まれていく。



 いける。ヴェスタがそう思った瞬間、視界が炎に彩られる。吹っ飛ばされたヴェスタは俯せに這い、左手で顔を覆った。



「この火傷は油断した記録として甘んじて受け入れよう」



 痛々しい火傷を風に晒し、立ち上がる。コストイラはカウンターを狙っているヴェスタを見切り、近付いていない。



「右手に剣を」



 ガチャと音を立てながら切っ先をコストイラに向ける。



「左手に剣を」



 両手で剣を持つ。それが本来のスタイルなのだろう。かなり様になっている。



「力を貸せ、ラストレインボー」



 言うと剣身が虹色に光る。ヴェスタは一気に踏み込み、大剣を大雑把に振っていく。先程までの精巧な剣術とは違う別の戦い方。さらに違う点は剣の通った道に虹がかかっている。直感だが、この虹もれっきとした攻撃だろう。



「英雄はどんなに傷ついても、負うごとに復活し、勝つようにできているのだ」















 前世のヴェスタ、安藤圭一を知るものにとって、彼は恐怖の象徴だった。彼にとっての”正義”は自分の正義であって、社会的な正義ではなかった。ゆえに世間と外れたことをすることもあった。周りからは偽善者、正義の押し付けやろうと陰で言われていた。クラスの人や近所の人、親、兄弟姉妹にまで言われた。



 圭一は知っていたが、咎めるようなことはしなかった。英雄の行動は時には理解されないものだと考えていたからだ。だから無視し続けていた。時には平然と人を殴り、時には単騎で暴力団の元に行ったり。



 それが正しいと思っていた。



 だから、コストイラの言葉を理解するのに時間を使ってしまった。



「じゃあ、勝つのはオレだな」



 じゃあに繋がらなかった。ヴェスタの動きが鈍ってしまった。コストイラの右手がブレる。振り抜いた体勢のコストイラを見て、隙と断じ大剣を振り下ろす。



 大剣がコストイラの左肩スレスレを通り過ぎる。地面に叩きつけた衝撃が右腕を襲う。左腕に来ない。そういえば左腕の位置もおかしい。剣の柄に左手がある。左手だけある。左腕にくっついていない。



「があああああああああああっ!!?」



 傷口を押さえながら蹲る。



「クソッ!!」



 起き上がりながら大剣を摑み、地面から解放し振り上げる。しかし、血を失う体は重さに耐えきれず倒れてしまう。



 負けるのか。これは死ぬ。駄目だ。間違いない。ゴポリと口から血が零れる。ヒーローは死なない。主人公は死なない。あぁ、気持ちよくなってきた。幸せさえ感じる。



――死を受け入れるのか。



 声が、聞こえた。



――光を求めよ。



 何を言っているんだ。あれ。声が出ない。



――恐れるな。



 無理だろ。姿も見えない相手を信用するなんて。



――私はお前を恐れない。



 それはあんたの勝手だろ。僕には関係ないね。



――私を解放せよ、ヒーロー。



 ハハ。僕の助けが必要ならそう言ってくれよ、神様。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?

木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。 追放される理由はよく分からなかった。 彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。 結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。 しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。 たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。 ケイトは彼らを失いたくなかった。 勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。 しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。 「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」 これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

処理中です...