メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

文字の大きさ
154 / 684
8.魔王インサーニアを討て

28.無謀を勇気にかえて

しおりを挟む
 ミノタウロス。



 魔物の代名詞の一つに数えられる真正の怪物。牛の頭にしては凶悪な印象を受け、その力強さはよく伝説として語り継がれている。



 曰く、攻撃が当たっただけで爆発四散。



 曰く、上位の冒険者でも攻撃を通すのに一苦労。



 曰く、追い詰めてからが本番。



 しかし、ほとんどのヒトがミノタウロスを見たことさえないまま伝説だけが世間に広まったせいで、その真実味が薄れていった。



 アレンもその一人だ。ミノタウロスを知らぬ父母からの話では何か自分とは関係のない話だと考えてしまっていた。目の前にいるミノタウロスを見て、当時の自分をぶん殴ってやりたいと思った。実際に見てみてわかる。伝説は噂ではなく真実なんだと、事実なんだと。多少の誇張はあったとしても実現可能なことなのだと。それぐらいやってのけてしまうかもしれないと思わせるほどの気迫がある。



 肉質的巨躯。全身凶器。そして、本物の重圧感。



「ふんっ」



 薄く保たれていた均衡をアストロが崩す。炎の魔術が矛のように相手の巨体を何度も突き刺し、炸裂。視界は黒い煙に埋め尽くされた。何の反応も返さない炎の残滓を前にアレンは目を張る。倒せなかったとしてもどれくらい削れているのか確かめたかったのだ。



 チン、とコストイラが刀を抜く。



「武器を構えろ、来るぞ」



 黒煙が揺らめき、その中から巨腕が現れる。その先端には先ほどグラントプスの首を飛ばした斧を持っている。コストイラは刀で受けるが、踏ん張り切れない。視界が振動したかと思うと、コストイラは後方に飛ばされた。決河の勢いで飛ばされるコストイラに視線を移せない。移したら死ぬかもしれない。



『ヴヴン』



「もう少し後ろに下がれ」



 レイドが前に立つ。しかし、ミノタウロスはこちらを見ていない。飛ばされたコストイラを見る猛牛は五体満足で目立った傷が見えない。アストロの魔術は何の足しにもならなかったのか。アストロの顔が引き攣ったのが分かった。



 ミノタウロスが地属性というのもあり、相性の問題からかアシドが攻めようとしない。半ば岩の中に埋まるような恰好をしたコストイラはピクリとも動かない。



 今までの戦いとは一線を画す。最初にカンジャに全滅させられた時に似た絶望感。



 これが、冒険。















 父の顔が、母の顔が見たくなった。



 寂しくなったからではなく、学びたくなったからだ。父は対人の心得を、母はまるで見てきたかのように冒険譚を聞かせてくれた。それが懐かしくなった。もう少し聞いていれば対処法が分かったのかもしれない。



『オオオオオオオオオオッッ!!』



 顔を振り上げて、口から漏れ出た大粒の唾液を飛ばすミノタウロスは斧を振り上げた。膝が今にも崩れそうだ。しかし、心に反してシキはナイフを手にした。ミノタウロスが迫ると同時にシキも距離を詰める。振り下ろされる斧の一撃を、シキは地を蹴り宙に身を投げる。



「シキさん」



「下手に手を出せねェ。今のうちにコストイラのとこに行くぞ」



 アレンは一度シキを見るが、すぐにコストイラのほうに小走りする。後ろから爆砕音が鳴り響く。眼前に出来上がっている地割れに汗を噴出させ、必死に距離をとる。



『ヴォオオオオ!!』



 強靭な下腿が地面を踏みこまれ、距離をゼロにされる。瞳を見開くシキの前で斧をフルスイングされる。シキは咄嗟に屈み、避ける。頭髪が数本持っていかれた。剛力でもって振り回される血濡れの斧が大気を抉り取る。長いリーチを誇るミノタウロスに反撃は許されないし、追撃は終わらない。気が付けばシキは擦り傷だらけになっていた。ミノタウロスの息が荒い。捕まらないことに業を煮やしているのか。



『フゥ…………ヴォオオオオ!』



 ミノタウロスが怒号を上げる。



 心を乱さない。乱してはいけない。乱せば捕まる。速さはミノタウロスに勝っていることに気付いている。でも前には出られない。耳のすぐ横を掠めていく破滅の風切り音が、体の熱を奪っていく。足を竦ませる。思えば、シキにとっては初めての実践なのかもしれない。ここまで心をひりつかせる戦いというのは父にも習わなかった。



 視界の端でコストイラが立ち上がった。



 助けられる?



 私が?



 また一人では倒せない?



 駄目だ。



 私は勇者になったんだ。望まなかったとしても私は勇者に選ばれたんだ。



 全うするんだ。



 体が軽かった。



 頭が冴えている。



 想いが燃えていた。



 視界が絶え間なく過ぎ去っていく大刃をくぐり、前へ。



 浴びせられる雄叫びを受け流し、前へ。



 勝利をもぎ取ろうと全身を奮い立たせて、前へ。



 初めて心から思えた。



 私は。



 勇者だ。















「コストイラさん」



「駄目だ。オレは参加できない」



「何で」



「アイツは勇気を賭けて戦っている。参加すんのはマナー違反だ」



「そんな」



「信頼してやれよ。オレ達の勇者様をよ」



 そう言われてしまうと何も言えない。



 アレンはシキのほうを見る。見ることしかできない。















 戦いが続く。



 シキとミノタウロスは頻りに互いの位置が入れ替わる。4本の足が地面を踏みしめ、駆け上げ、蹴り貫き、何度も交錯する。絡み合う2つの動きは止まらない。



「フッ!!」



 普段は聞けないシキの大声とともに鋼を彷彿させる強靭な肉体に、赤い線が走る。斜めに刻み込まれた傷跡から血が飛び散り地面を斑模様に彩る。シキは好機を逃さない。



「あぁっ!!」



『ヴォオォオッッ!!?』



 ミノタウロスはグラリと後方によろめいた。立て続けに迸る斬撃。怒涛のごとき勢いはミノタウロスを圧倒する。まるで風の渦だ。香り高く凛とした澄みやかな匂いがたつ。散り散りと血の欠片が飛ぶ光景の中、ミノタウロスの体が裂傷まみれになっていく。



 そこで、ミノタウロスは無造作に斧を振った。刃の向きなど何も考えていない一撃はシキを斧の横っ面で引っ叩いた。シキの体は岩をいくつも壊しながら飛んでいき、4つ目でようやく止まった。



「あっ」



「待て、まだだ。まだ行くんじゃねェ」



「で、で、でも」



「ここからです」



 エンドローゼが飛び出そうとするのをコストイラが止め、アレンが説得する。言葉通りにシキが立ち上がる。ふらふらとしているが、その眼には決意が宿っている。頭から血が流れ、左目が開いていない。左腕はもうぐちゃぐちゃになっていた。無意識のうちに左腕は痙攣している。



 シキはペッと血を吐く。



『ヴォオオオオオオオオオオッッ!!!』



「ああああああああっ!!」



 雄叫びを上げるミノタウロスと、聞いたこともない絶叫を上げるシキ。大気ごと斬る斧に合わせて跳び、斧を足場にもう一度ジャンプする。初めてミノタウロスの頭まで届いた。



 ミノタウロスにはまだもう一つの武器がある。角だ。頭を振り、角を仕向ける。片目がないため距離感が掴めず、空中で体勢を変えるが脇腹を掠めてしまう。骨の折れた左腕を角に絡め、頭に乗り、右手のナイフを振り下ろす。目玉に突き刺し、突き刺し、突き刺し続ける。



『ヴォオオオオオオオオッッ!!』



「ああああああ!!」



 ミノタウロスの腕が到達する前に左目に腕ごと突っ込む。瞼を閉じようとするのは関係ない。腕が到達するのと同時に、ナイフは脳へと辿り着き、ミノタウロスはシキを掴んだ姿勢で力をなくした。ずるりと腕が落ち、その勢いでミノタウロスが倒れる。シキは投げ出され、流されるままに地面を転がり大の字になる。



 エンドローゼの切羽詰まった声と足元が聞こえてくるが、もう何もわからないほどに意識が混濁していった。シキは瞼を閉じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?

木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。 追放される理由はよく分からなかった。 彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。 結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。 しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。 たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。 ケイトは彼らを失いたくなかった。 勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。 しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。 「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」 これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

処理中です...