メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

文字の大きさ
159 / 684
8.魔王インサーニアを討て

32.混沌の玉座

しおりを挟む
 パンタレストは魔王軍らしくない、として軍内で有名だ。魔王軍は自由で気ままで我儘を押し通す者達と考えらている。実際にそうだ。しかし、それは下の者たちには当てはまらない。上に立つ者の言うことを聞いてしまうからだ。その中でもパンタレストは格別だった。常に誰かのために動き、お願いを聞き入れる姿は我儘とは無縁に思われた。パンタレストの立場と合わさり、命を狙うものは跡を絶たない。



 だが、パンタレストは50年以上魔王の隣にいる。そう簡単には奪わせなかった。魔王軍らしくないといわれるのはもう一つ理由があった。



 仲間思いなのだ。



 パンタレストが動くときは必ず仲間を立てる。仲間の方が手柄が多くなるように動く。仲間を切り捨てても這い上がろうとする魔王軍にはパンタレストは稀有な存在だ。



 今回の戦いも魔王軍の為なのは間違いないが、幹部たちの為でもあった。幹部が負けて殺されたのだ。



 研究熱心で一度やると決めたら実施できる、有言実行の権化のカンジャも。



 軽い調子だが芯のしっかりしている、面倒がっても仕事はきっちりこなすカレトワも。



 妹思いでぶっきらぼうなところがある、最も頼りになる戦力のコウガイも。



 魔道具製作に一家言ある、誰よりも権利に厳しく法を作ってくれたエヴァンズも。



 軽薄な話し方をする、コウガイを慕い付き従っていたロッドも。



 死してなお魔王様に忠誠を誓う、一番信仰心の強いエンコも。



 正義を主張し続けた、異常なまでに正義に固執していたヴェスタも。



 全員殺された。



 ここで立ち、戦う理由は十分だ。最初の赤髪はガードされたが、次は決める。



『まずは貴様だ、レイド!!』



 叫ぶパンタレストの斧はアレンの頭に近づく。



 ガキンッ!!



「レイドは、私だっ!」



 本物のレイドが大剣で受け止める。



『何?レイドは茶色の髪だと報告が、いや、貴様も茶色だな。ん?ではこれは誰だ?』



「アレンだ」



『馬鹿な。奴は焦げ茶髪だろう』



 アレンの髪は土埃を被り、焦げ茶から茶髪になっていた。



『まぁ、いい。倒してしまえば何ら問題ない』



 パンタレストは剛力にレイドが押し込まれていく。



「そらっ」



 鎧の隙間に槍が入り込む。



『ぐっ』



 突然の足への激痛は、力を緩めさせるのには十分だった。レイドは大戦斧を弾き、脱出する。



『グォオオオオオオオッッ!!』



 兜の隙間から光が漏れる。もともと浅黒かった肌が少し濃くなった。



 酒、養父、魔法陣。



「うっ」



 アストロが口元を押さえる。



「アストロさん?」



「構わないで」



 アストロを心配し声をかけてくるエンドローゼに魔法使いは指で前を向くように示し、自身は口元を押さえたまま、吐き気を飲み込む。



 アストロを中心に発生した黒い霧はパンタレストの足元へと広がり絡みついていく。それに気付かぬパンタレストではない。



『何だ、これは。霧。パープルミストか?いやあれは紫だ』



 冷静に分析し、一つの結論に至る。これを食らい続けるのはまずい。ポロポロと光の珠が2つ3つ出てくる。



『ヌゥン!』



 地面スレスレから上へのフルスイング。軌道上にいたレイドは大剣でのガードを試みるが、力負けし、天井に激突する。



『ォオオオオオオオオッッ!』



 吠える。肌の色がまた少し濃くなる。アシドが仕掛けようとすると、パンタレストは大戦斧で床を叩き、走るルートを潰す。完璧な作戦、相手がアシドとシキでなければ、だが。アシドは瞬時にルートを変え、床板の剥がれた地面を走っていく。シキは跳躍し、空中に放り出せれた床板を乗り継いでいく。



『オオオオッッ!』



 吠える。肌の色が赤黒くなった。迎え撃つ。ジャストタイミングで放ったと思った迎撃はシキの速度よりはるかに遅く、凛として澄みやかな香りを放つ少女はパンタレストの右目を抉った。



『グォオオオオオッッ!』



 叫ぶパンタレストは右目を押さえる。すでにシキは離脱していた。少し後ろによろめくパンタレストに追い打ちをかけるように魔術が当たる。頭に魔術が当たったことで頭が大きく後ろへ行き、重心が後ろへ行く。



 右足に痛みが走り、膝が笑う。うまく踏ん張れない。自然と左足に力が入る。しかし、その左足、膝裏を槍で打たれ、両足の膝が曲がり、状態は仰向けに倒れる。膝カックンを受けたような体勢。上から大剣と刀が落ちてくる。断頭台のギロチンのような大剣と、火葬場の炎のような刀。



 パンタレストはすでに倒れないように手を突こうとするが、何も持っていない右手のおかげですぐに動けるようになる。斧で迎撃しようとして気付いた。斧が重い。いや、腕が重い。肌も浅黒く戻っていく。



 これは黒い霧のせいだ。視界の端で嘔吐くアストロの姿が映る。こちらに気付くとにやりと笑った。やはりそうか。



 視線が切られる、物理的に。割って入ってきたのは大剣。ついにこの時が来てしまった。刃が首にあたり、落下速度と合わさり、パンタレストの首が飛んだ。















「まずいかもしれません」



 治療をしながらアレンが話し始める。



「何がだ」



「暴れすぎました。それに時間もかけすぎです。相手に僕たちの居場所がばれたのは確実ですし、逃げる時間も十分に与えすぎました」



「…………確かに」



「かといって急ぎすぎて負けるのも駄目です」



「…………確かに」



「な、な、治りました」



 エンドローゼは頑張りすぎて顔が真っ赤になっている。アストロがエンドローゼを胸に抱いて、頭を撫でて落ち着かせる。



「あー。行くか」



 コストイラは視線を外し、部屋の奥を見る。















 兵がいない。



 罠もない。



 明らかに逃げた後だ。遅かったか。



 全ての部屋を見て回ろうというアストロの提案に従い、城内を歩いていた。思えば要塞や廃城を探索したことはあったが、確実に何かがいた後のある城は初めてかもしれない。



「ちょっとおかしくないか」



 コストイラが部屋を覗きながら話す。



「何が?」



「魔物がここにいたっつーか住んでたのは一目瞭然だ。椅子にジャケットが掛けられてあるし、机の上に書物が閉じたままだったりな。けど、逆に綺麗すぎてねェか」



 言われてもう一度部屋を見渡す。ジャケットの掛けられた椅子。書物の積まれた机。畳まれた着替えの置かれたベッド。



 確かにおかしい。



「焦った跡がねェ」



 焦って準備していたらもっと物が散乱していてもいいはずだ。それがない。元から来るのが分かっていて準備されていたかのような。



「こりゃ、これ以上探しても何もねェかもしれねェぞ」



 これ以上探すかどうか。残りは最上階だけだ。



「行きましょう」



 アストロが力強く答えた。



「何かはなくても、もしもがあるわ」



 アレン達は3階へ上がった。分かりやすく豪華な通路だ。面長に縁取られた窓、一つ一つに職人のこだわりが見え隠れする細かい意匠、見る者を魅了する美しい天井画。素人のアレンにはこの廊下だけでもどれほどのお金が使われているのか想像つかない。10億リルは超えそうだ。チラスレア達の屋敷のものに似ている。



「部屋が一つしかない」



「玉座か謁見の間ね。この廊下は豪華にすることで資金力を見せつけるためのものよ。さらに、軍事力に加え芸術の域にまで出資できるという余裕さと技術力も誇示して相手の心を折りにかかっているわ」



「そんな意図があるんですか?」



「ええ。お偉方がここを通るのよ。嘗められたら終わりよ」



 なぜ知っているのか気になったが、もうそんな時間もない。レイドが扉を押すと、ガゴッと音を立て、何かのスイッチが押し込まれる。ゴゴゴと重い音が響く。



「今度は何の音だ」



「扉を開ける絡繰りの音ですかね」



 自動で扉が開いていく。



『よく来たな。勇者よ』



 女性の声がした。女は一際豪華で大きな椅子の隣に座っていた。女は魔王ではない。



『私は魔王妃イライザ。ここで貴様等を葬ってやる』



 魔王妃は立ち上がり、カツとヒールを鳴らした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?

木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。 追放される理由はよく分からなかった。 彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。 結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。 しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。 たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。 ケイトは彼らを失いたくなかった。 勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。 しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。 「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」 これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

処理中です...