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9.先駆者
4.過去の花
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シキが家の扉を叩くと母が出てきた。母は涙を目尻に溜めながら、シキを抱き締めた。
「よく頑張ったわね。とてもよく頑張ったわね。帰ってきてくれてありがとう」
シキは表情を変えないが、胸が暖められるのを感じた。
「疲れたでしょう。湯浴みでもしてきなさい。少し早いかもだけど夕飯にしましょう」
シキは首肯して井戸に向かう。桶に水を溜め、熱した石を入れお湯をつくる。服を脱ぎ、布を桶に入れ濡らし絞って体を拭く。体を清めるのは気持ちいい。珍しくシキの顔は笑顔である。
ふと自分の体を見る。貧相だ。胸はかろうじて柔らかさがあるものの起伏が乏しい。その下には肋骨が浮き出ている。子供特有のポッコリとしたお腹付きだ。肉付きの薄いお尻。こんな体で房中術ができないので父に怒られたこともあったか。
シキは丁寧に畳まれた部屋着に着替えリビングに行く。
「あら、来たわね。夕飯にしましょ」
母はテーブルの上に夕飯を並べていた。2人前だ。
「お父さんは?」
「レンさんはお仕事よ。大きな仕事らしいから1年近くは戻らないらしいわ」
「大丈夫なの?」
「いつものことよ」
シキが帰ってきたことを喜ぶ母は美味しそうにご飯を食べる。
「それに、レンさんがいるとできないこともあるもの」
クスクスと笑う母にシキはスプーンを口に含みながら首を傾げた。
次の日、シキは染みついた日常を実感した。
冒険中はそんなことはなかったのに、家のベッドで寝た途端、朝の5時に起きてしまうとは。シキは二度寝という文化を知らないので、ベッドを抜けて朝の支度をする。リビングに行くと母は朝ご飯をつくっていた。
「この時間に起きると思った」
母の笑う姿を見て少し恥ずかしさを覚えた。テーブルに並ぶ朝ご飯に目を移すとシキの好きなものばっかりだ。
「ご飯食べたら、レンさんと修行していた場所まで来て」
シキは小首を傾げた。
草の匂いを胸いっぱいに吸い込む。父と修行していた草原に立っていた。踏みしめる土の感触も、押し返してくる草も、変わり映えのない木々という景色、すべてが懐かしく感じた。
家を空けていたのは半年ぐらいのはずなのに不思議な感覚だ。
全然変わらない。違いがあるとすれば、後ろで半袖短パンに着替えた母が準備運動をしてまで張り切っていることだろうか。いい加減聞かなければ失礼な気がしてきた。
「お母さん、何やってるの?」
「今までレンさんがいろいろやってたでしょ。私もやってみたかったのよ」
言われて思った。母は少し妙なところがあった。父と話すとき、必ず一定の距離を保っていた。歩くとき、父だけでなく母も足音を消していた。ただの主婦にしては隙が一切ない。暗殺者である父以上に。
あれ、母は何者なんだ。
「私ね、16,7年前、まぁ、シキが生まれるちょっと前くらいまで勇者の仲間だったの」
「え」
「皆で話したの。生きてるうちっていうか、若いうちに勇者という職業がなくなると良いなって」
「勇者をなくす? それって私を殺す?」
「違う違う。それじゃ18代目が生まれちゃうでしょ。勇者がいない社会は不安かもしれないけど、勇者が必要ない社会にしたいな」
母は十代の少女のように可愛らしく笑う。
「つまり?」
「世界を解いてほしいの。そのために鍛えます。詳しいことは後で話しましょう」
母は得意気な顔で木のナイフを抜いた。初めてだ。母から何かを教えてもらうのは。それに、実践訓練も初めてだ。パチンと腰のナイフを外し、鞘に収まったままのナイフを構える。
「いくよ」
合図を出した母は姿をブレさせ、気付いた時には目の前にいた。目で追うのがやっとだ。体が反応しない。
私は油断した?
母の戦っているところは見たことはない。だから油断は少ししていたのかもしれない。だとしても速い。母はシキの腹を優しく撫で、通り過ぎる。咄嗟に撫でられたところを触るが、何もない。
「次、行くよ」
声がして、構えながら後ろを向く。母はシキの眼がはっきりとこちらを見たことを確認した瞬間、走り出す。しっかりと動向を見ていてやるという意気込みを瞳に宿しているのを見えた。
これまで自身に向けられたことのない娘からの興味を感じ、母は嬉しくなり、笑みを浮かべた。通り過ぎざまにチュッとシキの頬にキスをする。
シキは通り過ぎた後をナイフで薙ぐ。キスされたことはわかっているシキは頬を押さえた。
「次は何をしようかな」
母は頬を両手で挟み、くねくねと身を捻っている。お母さんってこんな人だったっけと思いながら、また必死に母を見つめる。結果としてシキは一度も母に触れられなかった。シキは膝に手を置き、息を切らす。
「はい、お水」
母は息を切らしていない。
シキにとって母は憧れに変わった。
次の日から母との特訓が始まった。母は初めての娘からのお願いに舞い上がり、やりすぎてしまった。母は謝りまくって土下座までしていたが、シキは土下座というものを知らないので困惑するばかりだった。
母のやりすぎのおかげでシキはいつの間にかレベルは60になっていた。むしろ感謝しかない。そう伝えると母は泣いて喜び、思いっきりハグされ頬にキスの雨を降らされた。
お母さんってこんな人だったっけ?
「よく頑張ったわね。とてもよく頑張ったわね。帰ってきてくれてありがとう」
シキは表情を変えないが、胸が暖められるのを感じた。
「疲れたでしょう。湯浴みでもしてきなさい。少し早いかもだけど夕飯にしましょう」
シキは首肯して井戸に向かう。桶に水を溜め、熱した石を入れお湯をつくる。服を脱ぎ、布を桶に入れ濡らし絞って体を拭く。体を清めるのは気持ちいい。珍しくシキの顔は笑顔である。
ふと自分の体を見る。貧相だ。胸はかろうじて柔らかさがあるものの起伏が乏しい。その下には肋骨が浮き出ている。子供特有のポッコリとしたお腹付きだ。肉付きの薄いお尻。こんな体で房中術ができないので父に怒られたこともあったか。
シキは丁寧に畳まれた部屋着に着替えリビングに行く。
「あら、来たわね。夕飯にしましょ」
母はテーブルの上に夕飯を並べていた。2人前だ。
「お父さんは?」
「レンさんはお仕事よ。大きな仕事らしいから1年近くは戻らないらしいわ」
「大丈夫なの?」
「いつものことよ」
シキが帰ってきたことを喜ぶ母は美味しそうにご飯を食べる。
「それに、レンさんがいるとできないこともあるもの」
クスクスと笑う母にシキはスプーンを口に含みながら首を傾げた。
次の日、シキは染みついた日常を実感した。
冒険中はそんなことはなかったのに、家のベッドで寝た途端、朝の5時に起きてしまうとは。シキは二度寝という文化を知らないので、ベッドを抜けて朝の支度をする。リビングに行くと母は朝ご飯をつくっていた。
「この時間に起きると思った」
母の笑う姿を見て少し恥ずかしさを覚えた。テーブルに並ぶ朝ご飯に目を移すとシキの好きなものばっかりだ。
「ご飯食べたら、レンさんと修行していた場所まで来て」
シキは小首を傾げた。
草の匂いを胸いっぱいに吸い込む。父と修行していた草原に立っていた。踏みしめる土の感触も、押し返してくる草も、変わり映えのない木々という景色、すべてが懐かしく感じた。
家を空けていたのは半年ぐらいのはずなのに不思議な感覚だ。
全然変わらない。違いがあるとすれば、後ろで半袖短パンに着替えた母が準備運動をしてまで張り切っていることだろうか。いい加減聞かなければ失礼な気がしてきた。
「お母さん、何やってるの?」
「今までレンさんがいろいろやってたでしょ。私もやってみたかったのよ」
言われて思った。母は少し妙なところがあった。父と話すとき、必ず一定の距離を保っていた。歩くとき、父だけでなく母も足音を消していた。ただの主婦にしては隙が一切ない。暗殺者である父以上に。
あれ、母は何者なんだ。
「私ね、16,7年前、まぁ、シキが生まれるちょっと前くらいまで勇者の仲間だったの」
「え」
「皆で話したの。生きてるうちっていうか、若いうちに勇者という職業がなくなると良いなって」
「勇者をなくす? それって私を殺す?」
「違う違う。それじゃ18代目が生まれちゃうでしょ。勇者がいない社会は不安かもしれないけど、勇者が必要ない社会にしたいな」
母は十代の少女のように可愛らしく笑う。
「つまり?」
「世界を解いてほしいの。そのために鍛えます。詳しいことは後で話しましょう」
母は得意気な顔で木のナイフを抜いた。初めてだ。母から何かを教えてもらうのは。それに、実践訓練も初めてだ。パチンと腰のナイフを外し、鞘に収まったままのナイフを構える。
「いくよ」
合図を出した母は姿をブレさせ、気付いた時には目の前にいた。目で追うのがやっとだ。体が反応しない。
私は油断した?
母の戦っているところは見たことはない。だから油断は少ししていたのかもしれない。だとしても速い。母はシキの腹を優しく撫で、通り過ぎる。咄嗟に撫でられたところを触るが、何もない。
「次、行くよ」
声がして、構えながら後ろを向く。母はシキの眼がはっきりとこちらを見たことを確認した瞬間、走り出す。しっかりと動向を見ていてやるという意気込みを瞳に宿しているのを見えた。
これまで自身に向けられたことのない娘からの興味を感じ、母は嬉しくなり、笑みを浮かべた。通り過ぎざまにチュッとシキの頬にキスをする。
シキは通り過ぎた後をナイフで薙ぐ。キスされたことはわかっているシキは頬を押さえた。
「次は何をしようかな」
母は頬を両手で挟み、くねくねと身を捻っている。お母さんってこんな人だったっけと思いながら、また必死に母を見つめる。結果としてシキは一度も母に触れられなかった。シキは膝に手を置き、息を切らす。
「はい、お水」
母は息を切らしていない。
シキにとって母は憧れに変わった。
次の日から母との特訓が始まった。母は初めての娘からのお願いに舞い上がり、やりすぎてしまった。母は謝りまくって土下座までしていたが、シキは土下座というものを知らないので困惑するばかりだった。
母のやりすぎのおかげでシキはいつの間にかレベルは60になっていた。むしろ感謝しかない。そう伝えると母は泣いて喜び、思いっきりハグされ頬にキスの雨を降らされた。
お母さんってこんな人だったっけ?
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