メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

文字の大きさ
249 / 684
14.冥界

10.準備はちゃくちゃくと進む

しおりを挟む
 薄暗く黴臭い、埃っぽい部屋の中で1人の男が頭を抱えていた。彼は材料工学の博士をしている。彼の仕事は既存の魔道具に使われている材料を別のモノに置き換えた時に、今までよりも高い値を目指すという研究だ。
 現在は、完全に詰まっていた。用意していた材料が尽きてなお、すべてが既存のモノの値を下回っていた。

「どうすればいい。これが最適なのか?」

 男は徹夜した体に鞭を打ち、よろよろと立ち上がる。日の光でキラキラを光る埃を掻き分け、窓を開ける。換気をするために開けたが、空気が美味しい。こんな悪環境で研究していたのか。

「すみません、ホイットニーさん。お荷物が届いております」
「あ、はい」

 ドアがノックされ、司書の声がした。何か頼んでないので誰かが送ってきたのだろう。

 ドアを開けると荷物が置いてあった。司書さんはいつもドア前に置いて行くのでいつものことだが、ドアに当たる位置に置くのは珍しい。そういえば今日の司書さんは男の人だった。今までは男の司書が2人しかいなかったが、新しく雇ったのだろうか。
 パタリと扉を閉じ、比較的物の置いていない机に荷物を置き、刃物を探す。ナイフを持ったまま椅子に座り、荷物を眺める。送り主の名がなければ荷物の内容も書いていない。ただの木箱だ。

 ホイットニーは木箱を開ける。何か引っかかりがあったが、気にせずに紐を切り、蓋を取った。ピンと何か糸が切れた感触とともに箱が熱を持ち出す。

「ん?」

 声が漏れた。その直後、声を掻き消すほどの轟音が轟いた。木箱が大爆発を起こし、研究所を滅茶苦茶にした。威力はそこまで高くなかったため、研究所自体を吹き飛ばすことはなかったが、男の体を吹き飛ばすには十分だった。

「ぐ、あ」

 ホイットニーは左腕を押さえながら悶える。左手は完全に欠損しており、傷口は内部を確認できないほど、ぐちゃぐちゃになっている。顔や体には爆発によって破壊された木箱の破片が刺さっていた。

 ドタドタと騒ぎを聞きつけた、他の材料工学の博士が部屋に踏み込んでくる。

「な、大丈夫か!? ホイットニー君!?」
「医務官だ。医務官を連れてこい!」

 慌てた指示が飛び交う。その中で一人の若い研究員が木箱だったものを見つけ、素手で触れようとする。それを見たホイットニーは血相を変えた。

「触れるな!」
「え?」
「それが、」
「ホイットニーさん、安静にしていなくては駄目ですよ」
「分かってる。ただこれだけは伝えさせてくれ」

 怒られた研究員はビクリと体を震わせて、動きを止める。傷口が広がるかもしれないのに動こうとするホイットニーを寝かせようとする女性研究員をどかし、ホイットニーは木箱だったものに指を向ける。

「それが爆発したのだ」




 明るく消毒液の匂いに満ちた、白っぽい部屋の中で1人の男が目を覚ました。あまり見覚えのない部屋だ。ホイットニーは顔だけを動かし、部屋の中を眺める。
 白一色の部屋にはあまり物が置かれておらず、今自分が寝ているベッド、小さな棚が2つ、簡易的な椅子が3つしかない。

「病院か」

 久し振りに出したであろう声は枯れており、単語を口に出すだけで咳き込んでしまった。口を押さえようと咄嗟に左手を出すが、感触がない。というか感覚がない。

 そこで記憶が蘇ってくる。そうか、左手が爆発したんだった。

「おぉ、ホイットニー君。目を覚ましたんだね」

 スライド式のドアが開き、もふもふとした鬚にもふもふとした髪、頭頂部だけ頭皮を晒す、丸っこい人物が入ってくる。手には羊皮紙の束と果物の入った籐の籠がある。それを見ると、はしたなくもぐぅと腹が鳴った。

「すみません」
「いやいや。3日も眠っていたんだ。当然のことだよ。水分なら、この氷菓子果物ポアンティアンから摂取してくれ」
「3日」

 掠れた声のままで呟き、氷菓子果物を掴み、豪快にかぶりつく。中から蜜が出てきて危うくベッドを濡らしてしまう前に吸い取る。砂糖よりも甘く感じるが、今はその甘さが好ましい。夢中で食し、2つ目を食べ終えたところでお礼を言おうと、学長に向き直る。

「ありがとうございます。ムラセン学長」
「いやぁ、いい食べっぷりだね。私ではそうもいかんだろうな。ハッハッハッ」

 にこやかな笑みを浮かべ、学長が椅子に座る。

「ところで、その羊皮紙の束は何ですか?」
「これか? 君の証言をもとにあの木箱を解析した途中の報告書だ」

 ホイットニーは目を張り、羊皮紙を睨みつける。

「知りたいかね?」
「はい。お願いします」

 ムラセンはニコリと笑い、羊皮紙の内容を読み上げてくれる。片手しかないホイットニーへの配慮だ。

「まず、あの木箱は白瓏石を基にした爆弾だった。白瓏石特有の反応があったそうだ」
「白瓏石」
「あぁ。仕組みはこうだ」

 そう言うとムラセンは1つの箱を取り出す。中は空だ。そして、何の変哲もないただの石と普通の川の水が入った小さな容器を取り出す。容器を箱の中に入れ、木の板で蓋をする。

「この箱には今、安全のためにただの川の水を入れたが、君が貰ったものは容器に熱発生の魔術式が書かれていたようだ。つまり、お湯だね」

 板の上に糸を付けた石を置く。糸は箱の蓋に取り付ける。少し手元でごそごそとして蓋を閉じる。

「中に入れた木の板は薄くてな。石の重みにも耐えられん」
「だから糸で」
「あぁ。糸で吊るし、蓋を開けることで糸が切れるように調整している」

 ムラセンが箱を開けると、ボチャンと石は水に落ちた。

「白玲瓏は適切な処理をしておけば爆発しない。にもかかわらず白玲瓏は爆発した。しかし、大きさは小さいものなのですね」
「あぁ、ちょっとした実験だったのかもしれない。爆発せずに届くのかのな」

 確かにそうだ。ひっくり返しでもしたら爆発してしまう。危険なものだ。

「素人の犯行とは考えにくいですね。この知識、この技術。度し難い」
「むしろ素人かもしれんよ」
「え?」

 ムラセンの言葉にホイットニーが疑問の色を呈する。

「素人だからこそ、実験しているのかもしれないよ」

 残された証拠からはどこも辿り着けず、事件は謎のまま終わった。







 赤々と明るく土の燃える臭いのする、暑い空間を一人の少女が歩いていた。彼女は暑すぎる空間にいるにもかかわらず、汗一つかいていなかった。黒っぽい服を着ているにもかかわらず、涼しい顔さえしている。
 少女――グレイソレアは散歩を続けていた。足取りは軽くまるでスキップのようだ。ふと、脚が止まった。目の前に何かを探している男がいる。100m以上離れているにもかかわらず、その必死さが伝わってくる。
 少女の行動はいつも気まぐれだ。フォン以上に気分屋な彼女は彼に話しかけることにした。

 近づいて初めて分かった血の匂いに少女の心が躍る。これは絶対日常的な、刺激のあるものだろう。

『お兄さん、お兄さん。どうかされたのですか?』

 話しかけると、男は弾かれるように顔を上げる。白く明るかったであろう服も、その一つ目の顔も、土や血に汚し、何かを探していたのだろう。

「探しているんだ、光を。どこかにあるはずなんだ、光が。私が解き放たなければいけないんだ、光は!』

 グレイソレアは何だ、マーエン教かと熱が一気に冷めてしまった。マーエン教の探している光など、見つけて解放したところで狐が出てきて碌なことにならないのが分かっているので、どうしようかと考える。
 探す力を与えようにも、すでにその力はすべて別の人に渡してしまっている。

『光ですか』
「そう、光だ』

 気迫のある、切羽詰まった、生き急ぐ顔を近づけられる。少女は彼が求める光がどこにあるのか知っている。手伝うと言ったが、教えるのは違う。仕方ない。少し違うが、活用すればいつかは辿り着けるだろう。出来るとは思っていないけど。
 グレイソレアは1つの小さな結晶を取り出す。男は一つ目を不思議そうに向ける。

「それは何だ』
『これは貴方の助けになってくれるでしょう。しかし、使いこなせるかどうかは貴方次第です。使いますか? 一度貴方に手渡したら、私は責任の一切を負いません』
「構わん。光を解放できるのなら、私はいかなる犠牲も厭わない』
『分かりました。では目を閉じないでください』

 男は言われたとおりに目を開けた状態で固まる。まさか。男は何をされるのか気が付いたが、すでに自分で言葉を吐いた後だ。少女の手が男の肩を掴む。男は逃げない。目も背けない。結晶の先端が一つ目にゆっくりと突き刺さる。
 痛い。痛みがゆっくりと侵入してくる。激痛が継続して体を支配する。呻き声が漏れる。涙が止まらない。手足が震える。目を閉じたい。しかし、閉じない。光のために。結晶が5分の1ほど侵入した時、少女は手を離した。だというのに結晶は自然に侵入してくる。ゆっくりと浸透する結晶は瞳を波打たせる。

 全てが入り切った時、少女が声をかける。

『もう眼を閉じてもいいですよ』

 瞬間的に全力で瞼を落とす。信じられないくらいの涙が出た。涙が瞳を潤ましていくが、キャパシティを超えた分が外に出てくる。滂沱の涙である。そっと瞼を上げていくと、視界が二重になって見える。数回パチパチとさせる。そして完全に開いた。見間違いではなく、視界が本当に二重になっているんだ。手を見ようとすると、薄く透き通った手が見えてから、実際の自分の手が重なっていく。

「何だこれは』

 自然と疑問が口を割って出た。こんな視界は初めてだ。何がどうなっているんだ。ちょっと酔ってきたかもしれない。
 少女はにこやかに告げてくる。

『おめでとうございます。これでそれは貴方のものです。数秒だけ未来が視える目です。どうぞ探し物を見つけるためにお役立てください』

 少女は、今まで閉じていた眼を開ける。そこには片方に8つ目の瞳、それを両目に携えられていた。同時に少女の頬や腕、体に赤紫色の紋様が浮かび上がった。

 男――フィリップは恐怖に腰を抜かした。少し体を動かそうとしただけで20もの少女が出現する。

 フィリップは動き続ける視界の酔いと、凶悪で高圧的な極度のプレッシャーにより、結局吐いてしまう。

 グレイソレアは吐き終えるのを見届けることなく、興味をなくし、散歩を再開させた。






 死者ばかりの里に、きらきらと光る一角があった。魔石店である。店頭に置いてある魔石が日の光を反射しているのだ。

「白玲瓏も売ってますかね」

 アレンがシキの顔を見ると、シキは首を振る。

「これ加工されてる。爆発しない」
「そうなんですか」

 アレンの目では分からないが、シキには分かるらしい。キラキラと反射する光を見ながら他の魔石を眺める。ごそごそと懐から魔石を取り出す。

「今までの露店でもこれと同じものを見たことないですね」
「ガレットから貰った」
「そうですね」
「あ!? おい! それは!?」

 店主が身を乗り出してくる。

「おい、それは日緋色金じゃねェか」
「知ってるんですか?」
「当たり前だろ! オレはここの店主だぞ!!」

 店主が親指で自分の胸を叩くと、次に日緋色金をびしりと指す。

「そいつは滅多にお目に掛かれねェ代物だ。この店でだって一度だって置けたことがねェ。そいつをオレに売っちゃくれねェか?買取価格は8247万リルでどうだ」

 どうだと言われても金額が高すぎて想像できない。シキの方を見てみる。すでに明後日の方向を向いており、手助けも邪魔もしないという意思表示を見せている。自分で考えろということか。
 アレンは日緋色金を眺めて考える。

「ごめんなさい。売れないです」
「……そうか。売りたくなったらいつでもここに来いよ」
「はい」

 アレン達は露店から離れる。

「僕の選択は合っているんですかね」
「知らない」
「そうですよね」

 アレンはシキからの言葉であれば、かなりの影響を受ける。そのことを理解しつつあるシキは、心に半分もない元気出してという言葉を出した方がいいのかを悩む。アレンは何も知らないままなのでいいカモだ。シキと2人きりで上機嫌なアレンの後ろをシキが続く。

 アレン達は明日、北へ行く。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?

木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。 追放される理由はよく分からなかった。 彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。 結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。 しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。 たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。 ケイトは彼らを失いたくなかった。 勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。 しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。 「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」 これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

処理中です...