メグルユメ

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14.冥界

15.冥界大決戦

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 キングクラーケンは水陸両棲の魔物だが、その生の大半は水中で過ごす。それは戦いにおいても同じだった。最初は陸上で戦っていたキングクラーケンだが、移動していき、最終的には水中に収まっていた。

 敵が水中にいる時は手を出しづらい。足場がないのが一番の鬼門だ。ホキトタシタ達が辿り着く頃には水中におり、それなりに遠い場所にいた。
 ホキトタシタは臆することなく、いつもとは違う剣を抜く。シキの持つナイフよりも小さいナイフだが、ホキトタシタは岸辺で思い切り振り抜くと、水の魔力が溢れ出て湖の水を氷に変えていった。

「魔剣!?」
「まぁな」
「何で今まで使わなかったんだよ」
「使う場面なかったし」

 問答する2人を余所にキングクラーケンは足を振り下ろし、氷を割る。割れた湖の表面は簡易的な足場となる。言い合う2人を横目に、氷の足場に辿り着いたのはアシドが一番乗りだった。
 足場を2つ3つと乗り継ぎ、いち早くキングクラーケンに辿り着くが、水面が波立ち、水の足場が揺れ、アシドの体勢が崩れる。その体勢のまま跳躍したため、攻撃位置がズレた。

 槍が硬い殻を叩く。キングクラーケンの質量は遥か大きく、槍の一撃は体を傾けさせることしかできない。アシドは反作用の力で吹き飛ぶ。

 アシドは上手く氷の足場に着地しようとするが、勢い余って水の中に飛び込む。
 シキはアシド以上に跳躍する。勢いが強く、氷の足場が水に沈んだ。シキは殻の一つに指をかけ、その間にナイフを入れ込み、殻を剥がす。殻から手を離し、次の殻に手をかけると、キングクラーケンの足がシキの体を捉える。

 シキは歯を食い縛り、口内に爆発的に生じた血液を吐き出さないようにする。砕けんばかりに奥歯を噛み、意地で手にしていた殻を一枚剥がす。
 剥がした瞬間、安心したからか奥歯の力が緩み、唇を割って血が溢れだす。弾丸のように跳ぶシキは氷の足場に着弾し、そのまま氷の足場を壊し、湖に沈む。

「シキさん! アシドさん!」

 アンデッキは2人を引き上げようと、自らも水に入っていく。

「アンデッキ!? くそっ」

 ぺデストリはアンデッキに舌打ちをして、慎重に氷の足場を乗り継ぐ。一個着地するたびに両手をついてバランスをとっている。

「カッコ悪」

 後衛3人は氷の足場に乗らず、岸からぺデストリを詰る。ぺデストリは何か言い返そうとするが、自分の姿を考えると、何も言い返せない。
 キングクラーケンの触手がうねり、コストイラとホキトタシタを狙う。両者は武器を抜き、触手に刃を入れる。ホキトタシタは触手を切り飛ばしたが、コストイラは刀半ばまで入れたが、途中で止まり、逆に弾き飛ばされてしまう。

 触手を突破したホキトタシタがキングクラーケンの真正面に立つ。キングクラーケンの眼の位置は高いので、自然と睥睨する形となる。水中で触手が動き、ホキトタシタのいる足場を下から突き上げる。足場が揺らされる前に次の足場に跳び、キングクラーケンに跳び乗る。剣の達人であるホキトタシタは魔眼で魔力が溜まっている場所を剣で刺す。剣を抜くと、勢いよくオレンジと黒の混じった煙が噴き出す。

 触手がホキトタシタを捕まえようと動くが、隊長はその前に上部の方へ登っていく。
 上にばかり注目していたキングクラーケンの足元で水が爆発する。水の上にはアシドが立っている。アシドはそのままキングクラーケンに槍を刺し、へばりつく。

 ホキトタシタに向かっていた触手がアシドに向いた。アシドは慌てて槍を抜き、触手から逃れる。
 キングクラーケンの意識がアシドに向いた時、野太い声が束になって、烏賊の体を叩く。岸にいた幽霊達が氷の足場関係なく動きだしたのだ。

 ザパリと水面からはアンデッキが顔を出す。シキはどうしたのかと思えば、いつの間にかキングクラーケンの頭頂部にいた。音もなく移動する姿はまさしく暗殺者だった。

 キングクラーケンの視線が散る。ちょこまかと動く敵たちに目玉が忙しく動き続ける。白目がないのでどこを見ているのかはいまいちわからない。
 キングクラーケンの意識が散漫になる。数多くの敵が動くことでどこから攻撃したらいいのか分からなくなる。
 キングクラーケンは遂に堪忍袋の緒が切れ、全体への波状攻撃に変わる。空気の振動は強く伝わり、岸にいたはずのアストロ達にまで届く。

 後衛3人が尻餅をついている間に幽霊達が湖に落ち、そして極太の触手に潰される。ぺデストリは乗っていた氷の足場ごとひっくり返される。
 無事なのは頭頂部にいたホキトタシタとシキと水中にいたアンデッキだけだ。アシドだけは一番近く、宙に浮いた状態だったこともあり、一番遠くまで飛ばされた。体をくの字に折った状態で湖岸にまで飛ばされてしまった。

『フォオオオオオオオッッ!!』

 先程とは打って変わって激しく暴れ出す。頭もかなり振っており、キングクラーケンの上に立ち続けるのは不可能に等しい。

 空中に放り出されたシキを触手が叩く。シキは再び弾丸のような速度で氷の足場に激突し、壊しながら湖に沈んだ。
 同じく空中に放り出されたホキトタシタにも触手の攻撃が飛んでくる。コストイラが半ばまで斬った触手だ。ホキトタシタは剣を当てることに成功したが、いくら剣の達人といえど踏み締める地面がないので飛ばされてしまう。しかし、1本は落とした。残り8本。

 ホキトタシタは罅をつくりながら氷の足場に着地する。足の痺れにより、すぐには動けない。そこに触手が乱れ打たれる。

 触手1本1本を切り落としてやろうと対応するが、2本を切ることができたが、半分まで斬ったいるところで膝が崩れた。ホキトタシタが仰向けに叩きつけられる。次々と来る触手に抵抗できずに食らってしまう。
 氷の足場が壊れ、水の底に沈んでいく。キングクラーケンは本能的にホキトタシタを攻撃し始めた。こいつだけは残していても良いことはない。750年程前の経験則だ。

 ホキトタシタは水中で舌を打つ。前回こいつと戦った時はここまで追ってこなかったのに、学習していやがる。このキングクラーケンはあの時とは違う。ならば、こちらもあの時とは違う行動をせねばなるまい。ホキトタシタは骨の折れた体に鞭を打ち、魔眼を本格的に開眼させる。
 水中で体で動きづらいが、触手全て躱していく。キングクラーケンは触手を打ちすぎて泡だらけになっており、ホキトタシタの体が見えていない。ホキトタシタは魔眼により触手の動きを完全に把握している。
 ホキトタシタは湖底を蹴り、氷の足場に戻ってくる。ホキトタシタは魔剣を抜き振るう。

 世界に10本しか存在していない本物の魔剣は、本物の魔術と勝るも劣らぬ威力で、冷気を放つ。冷気は一瞬で水を凍らせ、キングクラーケンも凍らす。シキとアンデッキのことを心配しているが、いつの間にか湖岸にいた。本当に気配を殺すのが上手だ。
 キングクラーケンは5本半の足を力いっぱい動かし、氷を割ろうとする。ホキトタシタはもう一度氷の魔剣を振る。生み出した氷と氷の魔剣がぶつかり、氷が上に伸びる。50mも伸びていき、上部で氷の花が咲く。

 触手がうねり動き、茎を叩き折る。横に薙がれる触手に身を低くして躱し一気に前に出る。その隙に忘れずに触手を切る。
 戻ってきたコストイラが半ばまで斬れている足を切り飛ばす。烏賊の足が焼かれて、糞尿のような臭いが蔓延する。

「う」

 強烈な臭いに思わず鼻を押さえる。その一手で反応が遅れたコストイラは、キングクラーケンの極太の足を腹に食らってしまう。
 コストイラは新しく作られた分厚い氷を突き破り、水柱を上げながら湖に沈む。

「む、無理だ。か、勝てねェよォ。勝てねェよぉおおお!!」

 幽霊か自衛隊員か分からないが、弱気な言葉を叫び、一人が走り逃げていく。一人が逃げたことで堰を切ったように伝播した。多くの幽霊や自衛隊員が、その1人を追うように逃げていった。

 結局残ったのはいつもの面子だった。勇者一行と隊員2人と隊長。

 本気のホキトタシタは踊るようなステップで触手を躱していく。余裕そうに見えるホキトタシタも、不安要素や懸念があった。
 魔力総量だ。魔素を魔力に変換し続けられる限り、無限にあると言っていい。魔法や魔術を使うと、魔力は様々なものに変換される。熱、光、物質、そして魔素。魔力を使えば魔素は減る。魔力を10使えば魔素は5になる。永遠に魔力を使えるわけではない。

 その魔力生成装置は詰まりやすい。細い血管を通るドロドロの血液が詰まるのと似ている。その詰まった状態が魔力酔いだ。
 ホキトタシタは魔眼を使用するために、代償として魔力を支払っている。自分の肌感覚として分かるのは、魔力酔いが近い。

 ホキトタシタは古くなり脆くなった殻ごと、キングクラーケンの体を切っていく。上から触手が降ってくる。とっくにお見通しなホキトタシタは後ろに跳ぶが、着地の瞬間に膝が崩れた。
 魔力酔いだ。膝が氷に着きそうになる。目の前には極太な触手の突きだ。あれを食らっては上下半身は2つに分かれてグッバイフォーエバーだ。無理矢理足に力を入れさせる。

 その時、ドンと横から衝撃があった。目だけを動かすと、それはアンデッキだった。






 夕飯を終えたグレイソレアは目を開けて月を眺めていた。月明かりに照らされる中、縁側に座るグレイソレアは最初に出会った友人を懐かしく思った。

『散歩の最初はフォンでしたね。今はお仕事中でしょうか。お仕事をよく溜め込んでいますものね』

 呟くと隣に置いていたナッツに雷が小さく落ちた。天罰だ。どうやら聞かれていたらしい。まぁ、実際に見えるフォンの姿は忙しそうにしているので、本当に溜め込んでいたようだ。

 あんまり見ていると可哀想になってくるので目を閉じる。

「やぁ、アンタ。さっき振りだな。寝ないのか?」

 話しかけてきたのは闇に紛れるような恰好をした男だ。食事の時に名前を聞いたはずだ。

『ロッドさんでしたね。この時間は月を見ることにしているんです。月は美しいですからね』
「月には魔王がいるらしいぜ。しかも行くには隠された道を見つけなきゃいけないときたもんだ。引き篭りの魔王だぜ」
『そうは言わない方がいいですよ。聞いた話では月の魔王は魔眼持ちで、地上の様子を昼夜問わず常時監視しているらしいですよ。トッテム教の信者の方がおっしゃっていましたよ』
「恐」

 ロッドはわざと両腕で自分の体を抱き、オーバーなリアクションをする。月の魔王が視ていることに気付いていながら、グレイソレアはそれを注意せずに悪戯そうな笑みを浮かべた。

『ところでロッドさんは眠らないのですか?』
「寝るよ。用事が済んだらな」

 用事とグレイソレアの小さな口は、聞こえないぐらいの大きさで反芻する。

「面倒だから直接聞くぜ」
『はい。何でしょう』
「何しに来たんだよ、原初」

 原初グレイソレアの笑みは崩れない。ロッドに向けていた顔を月に移す。

『月の光に導かれて、散歩ですよ』
「本当か?」
『私のことを知っておきながらタメ口なんて、勇気がありますね。本当かと聞かれたら本当ですと答えますよ。ところで、どうして私が原初だと?』

 ロッドの眼にグレイソレアの笑みが映る。ロッドは確信した。自分はまだグレイソレアの地雷を踏んでいない。

「オレも元とはいえ魔王軍幹部さ。それなりの勘と知見があるつもりだ」
『私からすればロッドさんの知見なんて子供の浅知恵。行動なんて児戯に等しいですが、勘は馬鹿にできませんね』
「え? 馬鹿にされてる」
『あぁ、申し訳ありません。私はロッドさんの50倍近くは長生きしていますので、私にもそれなりの知見があるのですよ』

 ロッドは目を丸くする。原初ってそんなに昔の話なの?

『ご安心ください。私は明日には帰ります。それに、皆さんに危害を加えるつもりはありませんので』
「その言葉、信じるぜ」

 ロッドはポケットに突っ込んでいた手を持ち上げ頭を掻き、大きく口を開けて欠伸する。おそらく演技だ。グレイソレアの眼は誤魔化せない。幾重にも積み重ねたフェイクなど意味がない。

「もう寝るわ。ところで」

 後ろを向いたロッドが今気付いたようにグレイソレアに告げる。

「ゲストが最後まで起きてんのってどうなんだ?」
『え』

 その時、グレイソレアの笑みが消えた。散歩中でも起きなかった、初めての焦りだ。
 もしかして今、マナーの話をされているのかな? マナー違反? この私が? でも確かに他人の家で最後まで起きているのは迷惑行為だ。そう考えるとマナー違反なのかもしれない。

 そう結論付けたグレイソレアの頭の中では、この後取るべき行動の案がいくつも浮かんではシミュレートされた。しかし、結局するべき行動は一つに落ち着いた。
 そして、この間僅か0コンマの後ろに0が10数個並ぶほどの秒殺だった。
 すっくとグレイソレアが立ち上がる。

『私も寝ます』

 グレイソレアの顔は笑みに戻り、取らなくてもいい睡眠をすることにした。
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