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15.奈落
1.奈落の口
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アンデッキの葬儀の翌日。ホキトタシタはドウェハ山の頂点にいた。朝早く、気温が低いので息が白い。ホキトタシタの腕の中にはアンデッキの死体があった。
冥界の葬式は宴会で終わりではない。翌日の朝に死体をスマンの谷底に投げ入れて、初めて葬式が完了する。
その死体が自衛隊員だった時、投げ入れる役目はいつも隊長と決まっていた。何か取り決めがあったわけではなく、ただの暗黙の了解である。
今回もそうだった。スマンの谷の前はぺデストリが立っていた。
「葬式は中止させないぞ。というかここは立ち入り禁止だぞ」
「分かっています」
ホキトタシタが横を通り過ぎ、ドウェハの淵からスマンを谷底に向けアンデッキを投げ入れた。
「知っていますか?」
「何だ?」
投げ入れた姿勢のままぺデストリに返す。ぺデストリもホキトタシタの姿は見ていない。
「アンデッキは貴方に憧れて自衛隊に入ってきたんですよ」
「知ってる」
ぺデストリは拳を握り身を震わせるが、振り返ることはしない。
「アンデッキは」
「ん?」
「貴方のことが好きでした」
「知っている」
「隊長としてではありません」
ぺデストリが声を荒らげる。しかし、ホキトタシタはどこ吹く風だ。きっとぺデストリからやってくる次のセリフが想像できるからだろう。
「彼は、貴方を恋愛対象として見ていたんですよ!」
「……知ってる」
ぺデストリの呼吸が浅くなった。キレているが、理性で押さえつけているのだ。こんな時にまで律義な奴だ。本能のままに襲ってくればいいのに。
「ホキトタシタさん」
「どうした」
ぺデストリは握っていた拳を解いた。
「私はアンデッキを追います」
「そうか」
「私はアンデッキと、出来る限り同じ形で死にたい」
ぺデストリは振り返り、強くホキトタシタを見ていた。
「月が見ている前で罪を犯せって? 止めてくれよ」
「貴方はトッテム教なのですか?」
ぺデストリの視線を受け、ホキトタシタ悩んでしまう。そういえば、自分は何教なのだろう。
ホキトタシタの視線はぺデストリを通り越し、木々の隙間を見ている。一切表情の見えない狐の面の少女がいた。ぺデストリは気付いていない。
正直な話をすれば、シュルメに連れていかれたという話をされた段階で嘘だと見抜いていた。シュルメの嘘など分かりやすすぎる。
フォンが親指をばっちり上げた。良いのかよ。
ホキトタシタがデカい溜息を吐く。
「どうかされたのですか?」
「……分かった。斬ってやろう」
「どうして。先ほどはしないとおっしゃっていたのに」
「月が許可を出したんだよ」
ホキトタシタは剣を半ばまで抜く。ぺデストリは剣帯を外し、ホキトタシタを相対した。
「お願いします」
ホキトタシタは何も言わず、目を瞑り居合でぺデストリを切り飛ばす。地面と抱き着く上半身を見下ろす。
『美しい愛を見た気がするよ。嫌な三角関係だけどね』
「いや~、耳が痛い」
フォンは面で顔を見せないまま、ぺデストリの上半身に近づく。
『この子は私が落としてあげよう。良いものを見せてもらいましたよ、へっへっ。シュルメに口止めした甲斐があったぜ、めっちゃバレてたけど』
「月に帰らなくていいんですか?」
ピタリとフォンが動きを止める。
『か、帰るよ~。これが終わったら帰るよ~。うんうん』
ホキトタシタは半眼を向ける。フォンはきっと何も言わずここにいるのだろう。後でディーノイに連行され長時間のお説教をされることだろう。ホキトタシタがすべきことはきっと足止めだろう。自身の剣の師であるディーノイならそう命を出してくるだろう。
『それじゃあ、私は帰るよ。シュルメちゃんによろしくね』
手をひらひらとさせ立ち去ろうとするフォンの前に立ち塞がる。フォンは目を丸くし、すぐにニヤリと口を曲げる。
『ま、ディーノイなら君にそう言うだろうね。良いよ。相手してあげよう』
狐の面の奥、紫の眼を怪しく光らせる魔王の前に、仲間の血に濡らした剣を持った冥界最強の騎士が相対した。
最初に動いたのはホキトタシタの方だった。勇者一行の前では一度も見せていない本気の疾駆。本気の抜剣。本気の一撃。握っている剣も氷の魔剣だ。レイドやコストイラでさえ反応できても対処できない一閃に、フォンは至極冷静に対処する。
フォンが手にしているのはどこから取り出したのかどころか、どこに隠し持っていたのかさえ不明なほどの剣だ。エンドローゼと同じ淡い紫色をした剣身は明らかに長大で、フォンの身長とほとんど同じだ。明らかに筋肉はないのに持っていかれず振れるのは神力を通わせているからだろう。
神力とは魔力が発現した500年前よりももっと前からあった力だ。フォンだけではなく、グレイソレア、シュルメ、ガレット、それにホキトタシタなどだ。
レベル120とレベル120の戦いは超次元的だった。速すぎる移動速度、高すぎる攻撃力。異次元の反応速度でそれらを対処する。
氷の魔剣で足止めや遠距離も含めて多才な技の数々をぶつけていく。しかし、長大な見た目に反して素早く振られ、すべてに対応される。
全ての攻防が5秒以内に行われ、勇者シキでさえすべてを見極めることができないだろう。
ホキトタシタにはすでに汗が数粒浮かんでいるが、フォンには浮かんでいない。レベル120にも差がある。ガラエム教に存在するレベル測定器ではレベル120が限界であり、それよりも上を測ることができない。そのため、レベル120内でも序列が存在している。その中で言えばフォンは上位寄りの中堅であり、ホキトタシタは下位寄りの中堅である。これを覆そうものならば、単純な努力など何の役にも立たない。必要なのは、圧倒的な運のみだ。
特段運がいいわけではないホキトタシタには勝ち目がない。だからこそ、足止めなのであり、時間稼ぎなのだ。
もしここに両者間の力量差を知らぬ者が見たなら、この戦いを最終決戦だとかラスボスに挑む勇者だとか形容しただろう。しかし、原初グレイソレアなら戯れと笑っただろう。
フォンは攻めていない。ホキトタシタも遊ばれているのは分かっている。
ホキトタシタは神力を魔剣に流し、氷を爆発させた。
ズズンと地面が揺れた。
「ふわっ!?」
酒を飲んで深く眠っていたアレンが震動によって目覚めさせられる。飛び起きたアレンは目元を擦りながら周りを確認する。
コストイラが窓の外を見ていた。アシドとレイドが武器を持って備えている。もしかして最後に起きたのはアレン?
「何があったんですか?」
「分からん。でも、この魔力は水の魔力だと思うぞ」
「水の魔力?」
アレンの知る限り、水の魔力を扱う敵はもう倒したはずだ。あと残っているのは、ホキトタシタの氷の魔剣か。もしそうならば誰、いや何と戦っているのだろうか。
「起きてる!?」
勇者一行男部屋にアストロが飛び込んでくる。
「何か分かったか!?」
未知の敵に焦りながらも分析しようとするコストイラに、アストロが首を振った。
「分からないわ。ただ、この魔力は覚えがあるわ」
「覚え? やっぱホキトタシタか?」
「あまり詳しくは覚えてないけど、多分魔王城の炎の塔よ」
コストイラが何かを思い出すように少し上を向く。
「情報野郎のところか」
「えぇ」
男達はうんうん悩むが、一向に思い出せない。そもそも、あの時に魔力の探知ができたのはアストロぐらいだ。
「シキとエンドローゼはどうした。まだ眠ってるなんてことはないだろう」
「いちゃいちゃしてるわ」
「何で?」
コストイラが間抜けた声を出し、アストロを見つめる。アストロは肩を竦め、理由を知らないという風にアピールする。
「どうしたの? 何にそんな興奮しているの?」
「こ、こ、これはきっと、お、お、お月様が、ごーーご覧になってい、いらっしゃっているのです!」
興奮するエンドローゼに困惑しながら、何にそんな興奮しているのかを聞き出そうとする。どう頑張ってもシキにはお月様しか引き出せない。
エンドローゼは興奮のままにシキに抱き着く。ふわふわした淡い紫の髪をシキの首元に擦りつけている。こんな興奮しているエンドローゼは初めて見た。
シキはこれまでに感じたことのない感情を自覚し、エンドローゼの背中を撫でる。
「ほら、2人ともいちゃついてないで、行くわよ」
「ん」
「あ、はい」
エンドローゼは自分のしていたことに自覚したのか、顔を赤くしてシキから離れる。シキは少し残念な気持ちになったが気持ちを切り替える。
建物の入り口に着く頃には男子組と合流する。
「よし、行くぞ」
コストイラが言って顔を上げると、視線の先に龍の面をした女の霊がいた。女は首を振っている。行くなということなのだろうか。しかし、コストイラは勇者である。コストイラはエンブレムと面に手を添え、立ち去った。
『やっぱり。もう行っちゃうのね』
シュルメはどこか寂しいやら嬉しいやら、よくわからないままに声を出し、龍の面を外した。
『ピーン! 受信したぞ!』
フォンが唐突に声を出し、ホキトタシタを弾き飛ばした。
「受信、ですか?」
額から血を流し、視界の半分を赤く染めているホキトタシタはさらなる時間稼ぎを目論む。とても上機嫌なフォンはしなくてもいいのに説明してくれた。
『私の信者が、いや、まどろっこしい言い方はよそう。私のエンドローゼちゃんが私の神力を感じ取ったことを、私は感じ取ったのさ』
私のエンドローゼちゃんという言い方に眉を顰めつつ、息を整え終える。フォンは急にピタリと止まり、ぶつぶつと何かを言い始めた。もう終わりは近いだろう。おそらく次が最後の攻防だ。
ホキトタシタが静かに息を吐きながら腰を落とす。フォンも同じ空気を感じ取ったのか、真っ直ぐにホキトタシタを見る。
爆発的な踏み込みから繰り出される神速の横薙ぎは、それを上回る速度の振り下ろしで対応される。意図的に剣身に振り下ろされたそれは、ホキトタシタに苦い顔をさせるのに十分だった。
ホキトタシタの腰が耐えるように落ちていく。
フォンは狐の面の向こうでどんな表情なのか分からないが、平坦な声で告げた。
『じゃ、終わりにしようか』
その瞬間、激しい音と莫大な威力で山を削りながら、ホキトタシタの意識が途絶えた。
フォンは魔剣を空気にしまうと、ホキトタシタに背を向けて悪戯っぽい笑みを浮かべた。
『あんなにエンドローゼちゃんがはしゃぐってことは、私が仕事しているところを見たらもっと惚れちゃうんじゃないかッ!!?』
フォンはディーノイが来る前に月面に帰って行った。
フォンがいなくなって40分後、ホキトタシタが目を開けると、頭の横に剣を佩いた男がズボンのポケットに手を突っ込んだ姿勢で立っていた。
『見ればわかる。凄い戦いだったのだろうことはな。剣の師として聞こう。どのくらい持った?』
「キツイな。10分もいっていないかもしれませんね」
『もっと研鑽を積め』
「それだけですか?」
立ち去ろうとするディーノイがホキトタシタに呼び止められ振り返る。
『何だ。餓鬼のように称えてほしいのか。あほくさい』
「違ェよ。起こしてくれよ」
ホキトタシタが願いを言うと、鉢状にくりぬかれた地にいた隊長の顔に粘性の低い液体がかかる。舌で舐め取ると甘い味がするとともに、全身から痛みが引いていく。回復薬か。
『お前、早く戻った方がいいぞ』
「?」
『今、冥界は大変なことになっているぞ』
フォンがエンドローゼの受信を感じ取っていたその時、アレン達はすでにドウェハ山にいた。
毎度のように山登りの際に言われることがある。エンドローゼの体力だ。必ずと言っていいほど、一番に体力が尽き、最後尾でヒーコラヒーコラ言いながら付いてくる。
しかし、今回は違った。真っ先に尽きかけているのはアレンとアストロの2名だった。傾斜のキツイ山道と、横に見える底の見えない大穴が、肉体的にも精神的にも体力を削っていた。
アレンは両手を膝に着け、休憩を所望する。
「わ、わ、分かりました。お、お、お月様がいなくならないうちに、た、ただ、たど、た、辿り着きたいんですけどね」
珍しくエンドローゼが意見を通そうとしている。滅多にないことなので叶えてあげたいが、アレンの体は拒否している。体を鍛えているつもりなんだが。それにしても、エンドローゼが先頭にいるなんて珍しい。
そう思った瞬間、背筋が凍った。ドウェハ山の山頂付近にあった魔力が爆発的に膨れ上がったのだ。魔力感知に長けたアストロだけでなく、乏しいレイドやアレンですら、離れた葬式会場で眠っていた者さえも感じ取った。その瞬間、誰もが死を覚悟し、生にしがみつこうと焦った。シュルメは別の意味で焦った。
コストイラは死の覚悟と共に戦いたいという意欲さえ湧いてきた。
エンドローゼには死の意識は芽生えなかった。それどころかこっちに来いという歓迎の温かみさえ感じ取った。
エンドローゼが一歩踏み出した。
その瞬間、地面が揺れた。大きな揺れだ。立っていられないほどに。シキやコストイラ達、近接タイプの者達は腰を落として辺りを見渡す。アレンは片膝片手を地面につけ、アストロとエンドローゼは木にしがみつく。
揺れは一瞬だった。巨大な魔物が一歩踏み出したようなそんな揺れであり、シキたちは魔物を警戒した。
エンドローゼはお月様を感じ、山頂に近づく。
その瞬間、地面が割れた。エンドローゼの横から、稲妻のようにゴゴッと走っていく。
「ふぇ?」
エンドローゼの間抜けな声と裏腹に、事態は深刻だ。シキやアシドならば即座に安全圏まで移動できるだろう。しかし、エンドローゼやアストロには無理だ。
どうする。その迷いが結果を生んだ。
足に力を入れた瞬間、足場が崩れた。足に入れていた力は行方不明になり、視線が下へ向く。露出した木の根に鼻を打ち、血が噴き出る。
エンドローゼは頭を腕で守りながら、背を丸め、コロコロと斜面を転がった。
コストイラ達は止まることもできたが、先に落ちた後衛達を追って大穴へと落ちていった。
冥界の葬式は宴会で終わりではない。翌日の朝に死体をスマンの谷底に投げ入れて、初めて葬式が完了する。
その死体が自衛隊員だった時、投げ入れる役目はいつも隊長と決まっていた。何か取り決めがあったわけではなく、ただの暗黙の了解である。
今回もそうだった。スマンの谷の前はぺデストリが立っていた。
「葬式は中止させないぞ。というかここは立ち入り禁止だぞ」
「分かっています」
ホキトタシタが横を通り過ぎ、ドウェハの淵からスマンを谷底に向けアンデッキを投げ入れた。
「知っていますか?」
「何だ?」
投げ入れた姿勢のままぺデストリに返す。ぺデストリもホキトタシタの姿は見ていない。
「アンデッキは貴方に憧れて自衛隊に入ってきたんですよ」
「知ってる」
ぺデストリは拳を握り身を震わせるが、振り返ることはしない。
「アンデッキは」
「ん?」
「貴方のことが好きでした」
「知っている」
「隊長としてではありません」
ぺデストリが声を荒らげる。しかし、ホキトタシタはどこ吹く風だ。きっとぺデストリからやってくる次のセリフが想像できるからだろう。
「彼は、貴方を恋愛対象として見ていたんですよ!」
「……知ってる」
ぺデストリの呼吸が浅くなった。キレているが、理性で押さえつけているのだ。こんな時にまで律義な奴だ。本能のままに襲ってくればいいのに。
「ホキトタシタさん」
「どうした」
ぺデストリは握っていた拳を解いた。
「私はアンデッキを追います」
「そうか」
「私はアンデッキと、出来る限り同じ形で死にたい」
ぺデストリは振り返り、強くホキトタシタを見ていた。
「月が見ている前で罪を犯せって? 止めてくれよ」
「貴方はトッテム教なのですか?」
ぺデストリの視線を受け、ホキトタシタ悩んでしまう。そういえば、自分は何教なのだろう。
ホキトタシタの視線はぺデストリを通り越し、木々の隙間を見ている。一切表情の見えない狐の面の少女がいた。ぺデストリは気付いていない。
正直な話をすれば、シュルメに連れていかれたという話をされた段階で嘘だと見抜いていた。シュルメの嘘など分かりやすすぎる。
フォンが親指をばっちり上げた。良いのかよ。
ホキトタシタがデカい溜息を吐く。
「どうかされたのですか?」
「……分かった。斬ってやろう」
「どうして。先ほどはしないとおっしゃっていたのに」
「月が許可を出したんだよ」
ホキトタシタは剣を半ばまで抜く。ぺデストリは剣帯を外し、ホキトタシタを相対した。
「お願いします」
ホキトタシタは何も言わず、目を瞑り居合でぺデストリを切り飛ばす。地面と抱き着く上半身を見下ろす。
『美しい愛を見た気がするよ。嫌な三角関係だけどね』
「いや~、耳が痛い」
フォンは面で顔を見せないまま、ぺデストリの上半身に近づく。
『この子は私が落としてあげよう。良いものを見せてもらいましたよ、へっへっ。シュルメに口止めした甲斐があったぜ、めっちゃバレてたけど』
「月に帰らなくていいんですか?」
ピタリとフォンが動きを止める。
『か、帰るよ~。これが終わったら帰るよ~。うんうん』
ホキトタシタは半眼を向ける。フォンはきっと何も言わずここにいるのだろう。後でディーノイに連行され長時間のお説教をされることだろう。ホキトタシタがすべきことはきっと足止めだろう。自身の剣の師であるディーノイならそう命を出してくるだろう。
『それじゃあ、私は帰るよ。シュルメちゃんによろしくね』
手をひらひらとさせ立ち去ろうとするフォンの前に立ち塞がる。フォンは目を丸くし、すぐにニヤリと口を曲げる。
『ま、ディーノイなら君にそう言うだろうね。良いよ。相手してあげよう』
狐の面の奥、紫の眼を怪しく光らせる魔王の前に、仲間の血に濡らした剣を持った冥界最強の騎士が相対した。
最初に動いたのはホキトタシタの方だった。勇者一行の前では一度も見せていない本気の疾駆。本気の抜剣。本気の一撃。握っている剣も氷の魔剣だ。レイドやコストイラでさえ反応できても対処できない一閃に、フォンは至極冷静に対処する。
フォンが手にしているのはどこから取り出したのかどころか、どこに隠し持っていたのかさえ不明なほどの剣だ。エンドローゼと同じ淡い紫色をした剣身は明らかに長大で、フォンの身長とほとんど同じだ。明らかに筋肉はないのに持っていかれず振れるのは神力を通わせているからだろう。
神力とは魔力が発現した500年前よりももっと前からあった力だ。フォンだけではなく、グレイソレア、シュルメ、ガレット、それにホキトタシタなどだ。
レベル120とレベル120の戦いは超次元的だった。速すぎる移動速度、高すぎる攻撃力。異次元の反応速度でそれらを対処する。
氷の魔剣で足止めや遠距離も含めて多才な技の数々をぶつけていく。しかし、長大な見た目に反して素早く振られ、すべてに対応される。
全ての攻防が5秒以内に行われ、勇者シキでさえすべてを見極めることができないだろう。
ホキトタシタにはすでに汗が数粒浮かんでいるが、フォンには浮かんでいない。レベル120にも差がある。ガラエム教に存在するレベル測定器ではレベル120が限界であり、それよりも上を測ることができない。そのため、レベル120内でも序列が存在している。その中で言えばフォンは上位寄りの中堅であり、ホキトタシタは下位寄りの中堅である。これを覆そうものならば、単純な努力など何の役にも立たない。必要なのは、圧倒的な運のみだ。
特段運がいいわけではないホキトタシタには勝ち目がない。だからこそ、足止めなのであり、時間稼ぎなのだ。
もしここに両者間の力量差を知らぬ者が見たなら、この戦いを最終決戦だとかラスボスに挑む勇者だとか形容しただろう。しかし、原初グレイソレアなら戯れと笑っただろう。
フォンは攻めていない。ホキトタシタも遊ばれているのは分かっている。
ホキトタシタは神力を魔剣に流し、氷を爆発させた。
ズズンと地面が揺れた。
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「何があったんですか?」
「分からん。でも、この魔力は水の魔力だと思うぞ」
「水の魔力?」
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「シキとエンドローゼはどうした。まだ眠ってるなんてことはないだろう」
「いちゃいちゃしてるわ」
「何で?」
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「どうしたの? 何にそんな興奮しているの?」
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エンドローゼは興奮のままにシキに抱き着く。ふわふわした淡い紫の髪をシキの首元に擦りつけている。こんな興奮しているエンドローゼは初めて見た。
シキはこれまでに感じたことのない感情を自覚し、エンドローゼの背中を撫でる。
「ほら、2人ともいちゃついてないで、行くわよ」
「ん」
「あ、はい」
エンドローゼは自分のしていたことに自覚したのか、顔を赤くしてシキから離れる。シキは少し残念な気持ちになったが気持ちを切り替える。
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『やっぱり。もう行っちゃうのね』
シュルメはどこか寂しいやら嬉しいやら、よくわからないままに声を出し、龍の面を外した。
『ピーン! 受信したぞ!』
フォンが唐突に声を出し、ホキトタシタを弾き飛ばした。
「受信、ですか?」
額から血を流し、視界の半分を赤く染めているホキトタシタはさらなる時間稼ぎを目論む。とても上機嫌なフォンはしなくてもいいのに説明してくれた。
『私の信者が、いや、まどろっこしい言い方はよそう。私のエンドローゼちゃんが私の神力を感じ取ったことを、私は感じ取ったのさ』
私のエンドローゼちゃんという言い方に眉を顰めつつ、息を整え終える。フォンは急にピタリと止まり、ぶつぶつと何かを言い始めた。もう終わりは近いだろう。おそらく次が最後の攻防だ。
ホキトタシタが静かに息を吐きながら腰を落とす。フォンも同じ空気を感じ取ったのか、真っ直ぐにホキトタシタを見る。
爆発的な踏み込みから繰り出される神速の横薙ぎは、それを上回る速度の振り下ろしで対応される。意図的に剣身に振り下ろされたそれは、ホキトタシタに苦い顔をさせるのに十分だった。
ホキトタシタの腰が耐えるように落ちていく。
フォンは狐の面の向こうでどんな表情なのか分からないが、平坦な声で告げた。
『じゃ、終わりにしようか』
その瞬間、激しい音と莫大な威力で山を削りながら、ホキトタシタの意識が途絶えた。
フォンは魔剣を空気にしまうと、ホキトタシタに背を向けて悪戯っぽい笑みを浮かべた。
『あんなにエンドローゼちゃんがはしゃぐってことは、私が仕事しているところを見たらもっと惚れちゃうんじゃないかッ!!?』
フォンはディーノイが来る前に月面に帰って行った。
フォンがいなくなって40分後、ホキトタシタが目を開けると、頭の横に剣を佩いた男がズボンのポケットに手を突っ込んだ姿勢で立っていた。
『見ればわかる。凄い戦いだったのだろうことはな。剣の師として聞こう。どのくらい持った?』
「キツイな。10分もいっていないかもしれませんね」
『もっと研鑽を積め』
「それだけですか?」
立ち去ろうとするディーノイがホキトタシタに呼び止められ振り返る。
『何だ。餓鬼のように称えてほしいのか。あほくさい』
「違ェよ。起こしてくれよ」
ホキトタシタが願いを言うと、鉢状にくりぬかれた地にいた隊長の顔に粘性の低い液体がかかる。舌で舐め取ると甘い味がするとともに、全身から痛みが引いていく。回復薬か。
『お前、早く戻った方がいいぞ』
「?」
『今、冥界は大変なことになっているぞ』
フォンがエンドローゼの受信を感じ取っていたその時、アレン達はすでにドウェハ山にいた。
毎度のように山登りの際に言われることがある。エンドローゼの体力だ。必ずと言っていいほど、一番に体力が尽き、最後尾でヒーコラヒーコラ言いながら付いてくる。
しかし、今回は違った。真っ先に尽きかけているのはアレンとアストロの2名だった。傾斜のキツイ山道と、横に見える底の見えない大穴が、肉体的にも精神的にも体力を削っていた。
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「わ、わ、分かりました。お、お、お月様がいなくならないうちに、た、ただ、たど、た、辿り着きたいんですけどね」
珍しくエンドローゼが意見を通そうとしている。滅多にないことなので叶えてあげたいが、アレンの体は拒否している。体を鍛えているつもりなんだが。それにしても、エンドローゼが先頭にいるなんて珍しい。
そう思った瞬間、背筋が凍った。ドウェハ山の山頂付近にあった魔力が爆発的に膨れ上がったのだ。魔力感知に長けたアストロだけでなく、乏しいレイドやアレンですら、離れた葬式会場で眠っていた者さえも感じ取った。その瞬間、誰もが死を覚悟し、生にしがみつこうと焦った。シュルメは別の意味で焦った。
コストイラは死の覚悟と共に戦いたいという意欲さえ湧いてきた。
エンドローゼには死の意識は芽生えなかった。それどころかこっちに来いという歓迎の温かみさえ感じ取った。
エンドローゼが一歩踏み出した。
その瞬間、地面が揺れた。大きな揺れだ。立っていられないほどに。シキやコストイラ達、近接タイプの者達は腰を落として辺りを見渡す。アレンは片膝片手を地面につけ、アストロとエンドローゼは木にしがみつく。
揺れは一瞬だった。巨大な魔物が一歩踏み出したようなそんな揺れであり、シキたちは魔物を警戒した。
エンドローゼはお月様を感じ、山頂に近づく。
その瞬間、地面が割れた。エンドローゼの横から、稲妻のようにゴゴッと走っていく。
「ふぇ?」
エンドローゼの間抜けな声と裏腹に、事態は深刻だ。シキやアシドならば即座に安全圏まで移動できるだろう。しかし、エンドローゼやアストロには無理だ。
どうする。その迷いが結果を生んだ。
足に力を入れた瞬間、足場が崩れた。足に入れていた力は行方不明になり、視線が下へ向く。露出した木の根に鼻を打ち、血が噴き出る。
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解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
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彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
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病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。
少し冷めた村人少年の冒険記
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辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
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劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
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海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
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不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
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手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
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