メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

文字の大きさ
274 / 684
15.奈落

19.研ぎ澄まされて

しおりを挟む
「頭をぶつけたようだが、大丈夫か?」
「あ?」

 靴紐を結んでいたアシドは、上から声がしたため、自然と口が開いたままで返事をし、顔を上げた。

「大丈夫ですけど、アナタは?」
「私は次の対戦相手であるモシェーだ。君に挨拶をしに来たのだ」
「モシェー。そうか、アンタが。でも、勝たせてもらうぜ」
「互いに死力を尽くそう」

 モシェーは白い鬚を撫でながらアシドに礼をして、立ち去った。登場口が反対側にあるにもかかわらず挨拶に来るなど、何て律義な奴だろうか。

 アシドは立ち上がり、支給品の槍を掴むと、自分の入場口へと向かった。






 剣豪モシェー。

 その名前は戦いを知らぬ者でも知っているほど有名だ。野球のルールを知らないのに大谷翔平は知っているような感覚で、多くの人が知っている。

 ”混沌の濁流”カタルナ、”介抱者”ジョンと並び、三大剣豪に数えられる剣豪の一人である。そのため、今天之五閃に一番近いのはその3人だと言われている。

 きっと救護室などに運ばれず、アストロ達と同じように観戦していたのなら、コストイラは自分と戦ってほしそうにするだろう。

 先程挨拶した時には感じられなかった威圧を感じ取る。フゥと短く息を吐き、腰を落とすアシドに対し、モシェーは直立のまま、刀の柄に手を触れさせている。余裕の表れかと考えたが、すぐに否定する。これがモシェーの構えなのだろう。
 先に動いたのはアシド。真正面ではなく斜めから襲撃する。あまりの足の速さに観客は目で追えず、ざわめき出す。しかし、モシェーは動じない。

 冷静にアシドの動きを見切り、ロングソードを抜く。完璧なタイミングで合わせられ、アシドの顔が歪む。モシェーはそれを見逃さない。
 モシェーは剣を持ち替え、槍を力で押し返す。モシェーの見た目からは思えないほどの力に、さらにアシドは驚く。しかも、モシェーの剣技は鮮やかであり、槍を掴んでいるわけでもないのに槍が操られてしまう。

 槍の先端が地面に刺さる。アシドの重心が体の外、前面に出される。アシドの体が前に倒れる。モシェーの振るう剣がアシドの顔を狙う。

「うぐぬぉ!?」

 何とか顔を跳ね上げ、剣を躱す。顎を少し掠ってしまい、最近生えてきたばっかりの鬚が舞う。

 モシェーの鋭い目がアシドを射抜く。アシドは自分から地面を蹴り、モシェーの横を通り過ぎる。そのまま回転して反転して、老人と相対する。

 殺気がだだ漏れだ。殺しが禁止されているとは思えないほどの殺気に、唾が上手く呑み込めない。今手元に支給された槍がない。しかし、取りに行こうとすればその瞬間にやられるだろう。何とか隙を見つけたいが、”死の渇望”モシェーに隙などあるのだろうか。

 腰を落とし、いかなる攻撃にも対応できるようにする。両者の時間が延びる。感覚が研ぎ澄まされ、動きがゆっくりに見え、音は遠のき、二人だけの時間になる。
 両者が同じ技を放つ。しかし、その精錬度はモシェーに軍配が上がる。

 その美しい一閃に観客は感嘆の息を吐く。アシドの体はくの字に折れ、地面にワンバウンドすると、壁にぶつかった。

 強い。これが達人の領域。
 驚愕に身を震わせ、アシドが立ちあがる。

「ったく。どうやったらあそこまで精錬されるんだ?」

 ただ何となく言っただけの疑問に、モシェーが律義に答える。

「感覚を研ぎ澄ますのに必要なものは何だと思う?」

 アシドは少し考える。この対話は単なる時間稼ぎではなく、アシドがモシェーに勝て、コストイラを超えるのに必要なものを得られる気がした。だからこそまじめに考える。

「極限の集中力かな」
「では、それを得るためには何は必要だと思うね」
「極限の集中力を得るために必要なもの」
「それはな」

 そこでモシェーはロングソードを回し、持ち方を変えた。あれはおそらく刺突するための構え。それを対処するためアシドも構えを変えようと動いた時、立派な白鬚の老人は答えを言った。

「臨死と生への渇望だよ」

 刺突に左肩を抉られながら、アシドは理解した。そうか、だからこそ戦場に身を置き、戦い続けているからこそ、コストイラは強いのだ、と。モシェーは死を渇望しているのではなく、走馬灯が見えてしまうほどに近くへと迫った臨死体験を望んでいるのだ。モシェーが渇望しているのは死ではなく、生だ。
 アシドは左肩に模造の剣を当てられたまま、壁に背中を強打する。血や胃の中身が出てくるわけではないが、痛みを吐き出そうと口を開ける。

 モシェーの左手が拳を作るのが見えた。アシドは闘技場の壁を蹴り、勢いをつけると、モシェーの拳が来る前に老人の側頭部を蹴る。
 老人の体が揺るがない。青年の左肩を押さえつけているロングソードも動かない。老人の拳は生きたまま、青年の顔面へと辿り着く。青年の鼻頭が折れ、頬骨が砕かれ、前歯が落ちた。拳がどくと、口から、鼻から血が漏れた。

 あぁ、そうか。オレはまだまだ強くなれるってことか。




「勝者、モシェー!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?

木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。 追放される理由はよく分からなかった。 彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。 結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。 しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。 たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。 ケイトは彼らを失いたくなかった。 勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。 しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。 「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」 これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

処理中です...