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22.月の都
8.表裏を別つ道
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「海だってよ!」
アシドのテンションが高い。無類の海好きのアシドとしては当然か。しかし、月に海があるとは、どうにも信じがたい。月は岩石ばかりだと勝手に思っていた。
「行こうぜ!」
「別にいいけど、フォン様のところに寄るんでしょ? 道的にはどうなのよ?」
「お、同じです。フォン様のす、す、住んでいらっしゃる、げ、げ、月宮殿はう、海に浮かんでいることで、ゆ、ゆ、有名です」
「海の上って建物が建つのね」
エンドローゼも興奮しているうえ、アシドも興奮している。さらに、アストロも若干だが、興奮している。ちなみに全員少なからず興奮している。いや、だって見たいじゃん。
出発前に準備をする。
「楯は河童達のおかげで平気だが、大剣の研磨はしておきたいな」
「オレも槍の穂先を鋭くしておきたい。もうガンガンにな」
そう言うと、レイドとアシドが研ぎ師を探しに歩く。コストイラとアストロとエンドローゼは昨日のドワーフ神父に礼を言いに行った。アレンは矢の穂先とナイフの手入れをしに歩きだす。アストロはシキに付いて行くように指示を出していた。シキは承諾し、アレンの後ろをチョコチョコと歩く。
「う~む」
アレンが顎に手を添え、悩む。矢を補充するのは確定なのだが、何本買うのかで悩んでいる。財はある。もう戦う気がないアレンは、バッグに魔石を詰めている。
日緋色石を売る気はないが、魔紅石や虹玻璃を売れば数十万リラになるだろう。ところで、月面上でレイドの楯の材料となった月天石を売ったらいくらになるのだろう。
シキは矢の隣に売っている穂先を見ている。飽きさせるのは忍びないので、早く選ばなければ。
「あの、30本下さい」
「30? あいよ、10万リラだ」
「はい」
10万リラは魔紅石と同じ値段か。アレンは懐から先程換金して手に入れた10万リラを渡す。1本あたり3000と少しくらいか。高い気もするが、ここにしか売っていないので仕方ない。
「終わったので戻りましょう」
「ん」
アレンは下心全開の思考を働かせていた。今は2人きり。これは控えめに言ってもデートだ、と思いたい。少しでも長くいたい。どう帰ろう。
「海? それならあっちだぜ。同じ方向には月宮殿がある。あの建物はいつでも門戸開放している。寄ってみるといい」
街の門を守る兵士が、海の方向を教えてくれる。敵でなければ優しく接するのは、トッテム教の教えらしい。
嘘などついていないというエンドローゼの意見を信じ、海へと向かう。
「海かぁ、楽しみだなァ。どんなのかなァ。クリストロ街の海と何が違うんだろうな」
アシドのテンションがウザい上り方をしている。アストロとコストイラは触りたくないのか、一切会話しようとしない。エンドローゼはアシドとは違う方向にテンションがバグっている。フォンが近くにいるからだろうか。
「む?」
アシドがピクリと眉を動かす。目の前にいるのは青髪の女。明るい白銀色のライトアーマーを着た戦士だ。
スチャリと抜き身のレイピアが構えられた。礼儀なのか敵対なのか分からない。ヘブンズソードは何も言わず、剣技を繰り出してきた。
正面にいたアシドは槍を突き出し、穂先を絡ませると、レイピアを失ったヘブンズソードの腹を、石突で殴る。ゴロゴロと転がり、腹を押さえて縮こまる。
敵かどうか分からないので殺さなかったが、どうなのか。
腹を押さえていたヘブンズソードが、唐突に飛びかかる。アシドは上手く両腕の間に入り、顔を膝で跳ね上げる。足を戻しながら未だ推進力で前に進み続ける顔を、魔物の腕にクロスさせながら張る。
素早い連撃に目を張る。というか、アレンには見えていない。本気を出せば見えたのだろうが、咄嗟の動きにはついていけない。
ヘブンズソードの鼓膜は破れ、足がおぼつかなくなり、膝をついた。
『ミリアムは修行倍増かな?』
嫌なことが聞こえてきた気がするが、ミリアムは必死で死んだふりを続けた。
バンツウォレイン王国某所。第41代ドレイニー帝国皇帝の子孫は憤っていた。なぜ王国のトップが私ではないのだ。
その苛立ちはメイド達にも伝わっており、ビクビクしながら奉仕している。もし機嫌を損ねたら、物理的に首が飛ぶ。
「して、”黒兎”よ。何か妙案があると申していたな」
「はい。”龍公爵”様。御自分のライバルになり得る方々、邪魔な方々は始末してしまえばいいのです」
黒兎と呼ばれた男は、厭らしい笑みを浮かべながら案を出す。龍公爵はその過激な案に、目を細くする。
龍公爵も考えなかったわけではない。しかし、足がつく可能性を考えてしまうのだ。相手が世界最大の繁栄を見せる大国の長。そう簡単に殺せるはずがない。
「相手は5人。簡単に殺せる相手などおらんぞ」
「改めてお聞きしてもよろしいですか?」
「ウム。一人はバンツウォレイン王国国王、ロンフォース・アーガテル・バンツウォレイン。2人目はミラージュの長、テルット。3人目はドレイニ―帝国陥落の一助をした魔女、レイヴェニア。4人目はその弟子、アストロ。5人目は今代の勇者、シキ。どいつも曲者ぞろいと聞く。仕留められるやつなどいるのか?」
「居ります、ここに」
「何!?」
部屋の入口に目を向けると、メイド達の間に黒ずくめの男がいた。ぴったりしたスーツに、黒く薄い布が巻き付けられていた。重力に逆らって布が浮いている。足元も黒いブーツに黒い靴下を着込んでいる。手元も黒くぴったりとしたサポーターに手袋をしている。東部も布を巻きつけらており、黒い布で口元さえ覆っていた。
唯一見えている目元は、黒い塗料で塗られており、色味があるのは緑色の瞳くらいだ。
龍公爵はライトグリーンの瞳に圧倒されながら感心する。今、メイド達が慌てて離れていく、いつの間にかそこにいたこの男なら不可能を可能にしてくれる。
「この者は……」
「はい。”ナイトメア”です」
「やはり」
龍公爵が目を張った。全ての国で共通して広まっている名前。その者に狙われた時点で命はないとされている男。それが”ナイトメア”。
「頼むぞ」
「了解」
アシドのテンションが高い。無類の海好きのアシドとしては当然か。しかし、月に海があるとは、どうにも信じがたい。月は岩石ばかりだと勝手に思っていた。
「行こうぜ!」
「別にいいけど、フォン様のところに寄るんでしょ? 道的にはどうなのよ?」
「お、同じです。フォン様のす、す、住んでいらっしゃる、げ、げ、月宮殿はう、海に浮かんでいることで、ゆ、ゆ、有名です」
「海の上って建物が建つのね」
エンドローゼも興奮しているうえ、アシドも興奮している。さらに、アストロも若干だが、興奮している。ちなみに全員少なからず興奮している。いや、だって見たいじゃん。
出発前に準備をする。
「楯は河童達のおかげで平気だが、大剣の研磨はしておきたいな」
「オレも槍の穂先を鋭くしておきたい。もうガンガンにな」
そう言うと、レイドとアシドが研ぎ師を探しに歩く。コストイラとアストロとエンドローゼは昨日のドワーフ神父に礼を言いに行った。アレンは矢の穂先とナイフの手入れをしに歩きだす。アストロはシキに付いて行くように指示を出していた。シキは承諾し、アレンの後ろをチョコチョコと歩く。
「う~む」
アレンが顎に手を添え、悩む。矢を補充するのは確定なのだが、何本買うのかで悩んでいる。財はある。もう戦う気がないアレンは、バッグに魔石を詰めている。
日緋色石を売る気はないが、魔紅石や虹玻璃を売れば数十万リラになるだろう。ところで、月面上でレイドの楯の材料となった月天石を売ったらいくらになるのだろう。
シキは矢の隣に売っている穂先を見ている。飽きさせるのは忍びないので、早く選ばなければ。
「あの、30本下さい」
「30? あいよ、10万リラだ」
「はい」
10万リラは魔紅石と同じ値段か。アレンは懐から先程換金して手に入れた10万リラを渡す。1本あたり3000と少しくらいか。高い気もするが、ここにしか売っていないので仕方ない。
「終わったので戻りましょう」
「ん」
アレンは下心全開の思考を働かせていた。今は2人きり。これは控えめに言ってもデートだ、と思いたい。少しでも長くいたい。どう帰ろう。
「海? それならあっちだぜ。同じ方向には月宮殿がある。あの建物はいつでも門戸開放している。寄ってみるといい」
街の門を守る兵士が、海の方向を教えてくれる。敵でなければ優しく接するのは、トッテム教の教えらしい。
嘘などついていないというエンドローゼの意見を信じ、海へと向かう。
「海かぁ、楽しみだなァ。どんなのかなァ。クリストロ街の海と何が違うんだろうな」
アシドのテンションがウザい上り方をしている。アストロとコストイラは触りたくないのか、一切会話しようとしない。エンドローゼはアシドとは違う方向にテンションがバグっている。フォンが近くにいるからだろうか。
「む?」
アシドがピクリと眉を動かす。目の前にいるのは青髪の女。明るい白銀色のライトアーマーを着た戦士だ。
スチャリと抜き身のレイピアが構えられた。礼儀なのか敵対なのか分からない。ヘブンズソードは何も言わず、剣技を繰り出してきた。
正面にいたアシドは槍を突き出し、穂先を絡ませると、レイピアを失ったヘブンズソードの腹を、石突で殴る。ゴロゴロと転がり、腹を押さえて縮こまる。
敵かどうか分からないので殺さなかったが、どうなのか。
腹を押さえていたヘブンズソードが、唐突に飛びかかる。アシドは上手く両腕の間に入り、顔を膝で跳ね上げる。足を戻しながら未だ推進力で前に進み続ける顔を、魔物の腕にクロスさせながら張る。
素早い連撃に目を張る。というか、アレンには見えていない。本気を出せば見えたのだろうが、咄嗟の動きにはついていけない。
ヘブンズソードの鼓膜は破れ、足がおぼつかなくなり、膝をついた。
『ミリアムは修行倍増かな?』
嫌なことが聞こえてきた気がするが、ミリアムは必死で死んだふりを続けた。
バンツウォレイン王国某所。第41代ドレイニー帝国皇帝の子孫は憤っていた。なぜ王国のトップが私ではないのだ。
その苛立ちはメイド達にも伝わっており、ビクビクしながら奉仕している。もし機嫌を損ねたら、物理的に首が飛ぶ。
「して、”黒兎”よ。何か妙案があると申していたな」
「はい。”龍公爵”様。御自分のライバルになり得る方々、邪魔な方々は始末してしまえばいいのです」
黒兎と呼ばれた男は、厭らしい笑みを浮かべながら案を出す。龍公爵はその過激な案に、目を細くする。
龍公爵も考えなかったわけではない。しかし、足がつく可能性を考えてしまうのだ。相手が世界最大の繁栄を見せる大国の長。そう簡単に殺せるはずがない。
「相手は5人。簡単に殺せる相手などおらんぞ」
「改めてお聞きしてもよろしいですか?」
「ウム。一人はバンツウォレイン王国国王、ロンフォース・アーガテル・バンツウォレイン。2人目はミラージュの長、テルット。3人目はドレイニ―帝国陥落の一助をした魔女、レイヴェニア。4人目はその弟子、アストロ。5人目は今代の勇者、シキ。どいつも曲者ぞろいと聞く。仕留められるやつなどいるのか?」
「居ります、ここに」
「何!?」
部屋の入口に目を向けると、メイド達の間に黒ずくめの男がいた。ぴったりしたスーツに、黒く薄い布が巻き付けられていた。重力に逆らって布が浮いている。足元も黒いブーツに黒い靴下を着込んでいる。手元も黒くぴったりとしたサポーターに手袋をしている。東部も布を巻きつけらており、黒い布で口元さえ覆っていた。
唯一見えている目元は、黒い塗料で塗られており、色味があるのは緑色の瞳くらいだ。
龍公爵はライトグリーンの瞳に圧倒されながら感心する。今、メイド達が慌てて離れていく、いつの間にかそこにいたこの男なら不可能を可能にしてくれる。
「この者は……」
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