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「え?」と、聞き返す祖母は、ふざけている素振りではなく、寧ろ本気で困惑している様子だった。
しかし、それ以上に私は祖母の口から出た言葉に戸惑っていた。脳の奥がガンガンと誰かに殴られているような、そんな感覚が私を襲う。
「何を言ってるの。おかしくなんか、無いわよ。だって、あなたのお母さんが子供の頃にもいたのよ? ねぇ、マイコ。アンタも、ずーっとあまゆゥちゃんの真似ばっかりしてたものね」
祖母はあっけらかんとした態度で笑い、キッチンにいる母へ呼びかけた。
母は菜箸を持ちながらリビングへ顔を出し「当たり前じゃない。ユキ、熱でもあるんじゃない?」と返事をし、またキッチンへ引っ込んでいく。
「あなたのお母さんはね、あなたたちよりずぅっとあまゆゥちゃんオタクだったのよ。何度もライブへ行きたいってせがまれてねぇ。東京へ連れて行くお金もなくて、何よりチケットが取れなかったのよ……今でもそうなんでしょうけど、当時はもっと取れなくて。ファンクラブの会員でさえ取れないって一時期、大騒ぎになったくらいよ。あまゆゥちゃんに会えないなら学校には行かない。勉強しない。って大泣きされた日は本当に参ったのよぉ」
「お母さん、娘の前でそんな話はやめてよ」。母の怒鳴り声と祖母の笑い声が、右から左へ流れていく。全ての言葉がまるで暴力のように感じた。
目の前に座る祖母が、今まで共に過ごしてきた人間だとは思えないぐらい恐ろしい生き物に見えた。
「でも、どうしていきなりそんな変な質問するの? こんな話、いつもしてるじゃない」
そう。いつもしている。「お婆ちゃんの時代のあまゆゥちゃんは今みたいなノリの良い曲じゃなくて、もっとしっとりしたものが多かったのよ」とか「お母さんの時代のあまゆゥちゃんは、今よりメイクが派手だった」とか。そういう話を家族団欒でしていた。
──そう。していたのだ。
それが何故か、突然、何かがおかしいことに気がついてしまった。
だって、ありえないじゃないか。
今、テレビに映っているあまゆゥはどう見ても妙齢の女性だ。十代後半から二十代前半の彼女は、祖母の世代から活躍していたアイドルとは言い難い。
私は込み上げる違和感を孕ませながら、テレビに映るあまゆゥをじっとりと眺めた。
孕ませた違和感が育つにつれ、彼女に対する見方が大きく変わった。
歌が、それほど上手くない。顔の作りも美しいことは確かだが特別、讃えられるほどでもない。
ダンスも、歌って踊れるアイドル並みではあるが、それ以上でも以下でもない。
スタイルも悪くはないが、グラビアアイドルやモデルと比べると、然程。
艶やかだと思っていた黒髪も、言うほど綺麗ではない。
雪のような肌だと思っていたけれど、よくみると顎あたりに小さなできものがある。
生まれつき色素が薄いと思われていた茶色の瞳は、よく考えればカラコンであろう。
その他、すべてのモヤモヤが彼女に降り注ぐ。
途端、何かが解けるような衝撃が全身を駆け巡る。
大事に扱ってきた宝石が、実はプラスチックでできた模造品だった──そんな衝撃が。
私は食べていた菓子もそのままに、席を立ち自室へ向かった。部屋の明かりをつける間も無く、勉強机へ向かう。その上に置いてあったノートパソコンを開き、電源を点けた。安っぽい回転椅子へ腰を下ろし、ゆっくりと深呼吸をする。
先ほどまで繰り広げられていた祖母や母との会話を脳内で何度も繰り返す。
おかしい。常識的に考えて、ありえない。しかし、私は今まで、本当に数分前まで、それが当然のことのように思っていたのだ。
その違和感に私は気づいてしまった。
しかし、それ以上に私は祖母の口から出た言葉に戸惑っていた。脳の奥がガンガンと誰かに殴られているような、そんな感覚が私を襲う。
「何を言ってるの。おかしくなんか、無いわよ。だって、あなたのお母さんが子供の頃にもいたのよ? ねぇ、マイコ。アンタも、ずーっとあまゆゥちゃんの真似ばっかりしてたものね」
祖母はあっけらかんとした態度で笑い、キッチンにいる母へ呼びかけた。
母は菜箸を持ちながらリビングへ顔を出し「当たり前じゃない。ユキ、熱でもあるんじゃない?」と返事をし、またキッチンへ引っ込んでいく。
「あなたのお母さんはね、あなたたちよりずぅっとあまゆゥちゃんオタクだったのよ。何度もライブへ行きたいってせがまれてねぇ。東京へ連れて行くお金もなくて、何よりチケットが取れなかったのよ……今でもそうなんでしょうけど、当時はもっと取れなくて。ファンクラブの会員でさえ取れないって一時期、大騒ぎになったくらいよ。あまゆゥちゃんに会えないなら学校には行かない。勉強しない。って大泣きされた日は本当に参ったのよぉ」
「お母さん、娘の前でそんな話はやめてよ」。母の怒鳴り声と祖母の笑い声が、右から左へ流れていく。全ての言葉がまるで暴力のように感じた。
目の前に座る祖母が、今まで共に過ごしてきた人間だとは思えないぐらい恐ろしい生き物に見えた。
「でも、どうしていきなりそんな変な質問するの? こんな話、いつもしてるじゃない」
そう。いつもしている。「お婆ちゃんの時代のあまゆゥちゃんは今みたいなノリの良い曲じゃなくて、もっとしっとりしたものが多かったのよ」とか「お母さんの時代のあまゆゥちゃんは、今よりメイクが派手だった」とか。そういう話を家族団欒でしていた。
──そう。していたのだ。
それが何故か、突然、何かがおかしいことに気がついてしまった。
だって、ありえないじゃないか。
今、テレビに映っているあまゆゥはどう見ても妙齢の女性だ。十代後半から二十代前半の彼女は、祖母の世代から活躍していたアイドルとは言い難い。
私は込み上げる違和感を孕ませながら、テレビに映るあまゆゥをじっとりと眺めた。
孕ませた違和感が育つにつれ、彼女に対する見方が大きく変わった。
歌が、それほど上手くない。顔の作りも美しいことは確かだが特別、讃えられるほどでもない。
ダンスも、歌って踊れるアイドル並みではあるが、それ以上でも以下でもない。
スタイルも悪くはないが、グラビアアイドルやモデルと比べると、然程。
艶やかだと思っていた黒髪も、言うほど綺麗ではない。
雪のような肌だと思っていたけれど、よくみると顎あたりに小さなできものがある。
生まれつき色素が薄いと思われていた茶色の瞳は、よく考えればカラコンであろう。
その他、すべてのモヤモヤが彼女に降り注ぐ。
途端、何かが解けるような衝撃が全身を駆け巡る。
大事に扱ってきた宝石が、実はプラスチックでできた模造品だった──そんな衝撃が。
私は食べていた菓子もそのままに、席を立ち自室へ向かった。部屋の明かりをつける間も無く、勉強机へ向かう。その上に置いてあったノートパソコンを開き、電源を点けた。安っぽい回転椅子へ腰を下ろし、ゆっくりと深呼吸をする。
先ほどまで繰り広げられていた祖母や母との会話を脳内で何度も繰り返す。
おかしい。常識的に考えて、ありえない。しかし、私は今まで、本当に数分前まで、それが当然のことのように思っていたのだ。
その違和感に私は気づいてしまった。
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