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第5部 ママって呼んじゃダメですか? 名前をくれたあの人のために、私は生まれた
第1章 『この社会で、息をする』 (2)
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チャイムの音が、柔らかく教室の空気を震わせた。
「はい、午前の授業はここまで~。午後は実技だからね。準備、忘れずに~」
アリアの気の抜けた声が響いた瞬間、教室は一気に開放感に包まれた。
椅子が軋む音、タブレットを閉じる音、昼食用のパッケージがあちこちで破られていく。
リースは伸びをしながら、ぼんやりと周囲を見回す。
陽の光を受けて、青みがかった長髪がふわりと揺れた。
「ふぁ……やっと終わった……午前だけで燃え尽きそう……」
「リース、ずっと半目だったよ」
アイカが笑いながら、プレートを手に席を引き寄せてきた。
プレートの上には、美しく整ったサンドイッチ。
「えー、でもちゃんと聞いてたよ? たぶん……国際法とか?」
「違うよ。アウロイド権利章典の倫理的矛盾について。先生、半分自分語りだったけど」
「……半分寝てても当たってるって、逆に天才じゃない?」
「違うし、褒めてない」
レインが肩越しに淡々と突っ込んでくる。
長めの黒髪が揺れ、制服のネクタイはしっかり締めている。
「っていうか、ルシアン。まだ食べてないの?」
リースが隣をのぞき込むと、ルシアンは小さく頷いた。
「うん。今日はセフィラが作ってくれたから……。なんか、食べるのもったいなくて」
「それ、お弁当として機能してなくない?」
アイカがくすくす笑いながら、ルシアンの包みをそっと開ける。
中から顔を出したのは、デコレーションまで施された小さなサンドイッチとフルーツゼリー。
「うわ、なにこれ……完璧じゃん。セフィラって意外と器用なんだね」
「“意外と”って言わないであげて。この人、基本なんでも完璧主義だから」
そう言いながらも、リースの声にはどこか嬉しさがにじんでいた。
こうして過ごす昼のひとときは、リザレクテッドとしての過去も、所有者としての枠組みも忘れさせてくれる。
ただの「リース」でいられる、ささやかで、確かな時間だった。
「ねぇ、午後の実技って何やるの? またアウロイドとの対話シミュレーション?」
レインの問いに、アイカがすぐ応じる。
「ううん、今日は“表情反応の訓練”らしいよ。感情チップなしで、気持ちを伝える練習」
「……得意な人と無理な人、めちゃくちゃ分かれそう……」
リースが肩を落とし、アイカとルシアンがそっと笑った。
そのとき。
誰も気づいていなかった。
教室の窓の向こう──遠く、校舎のフェンスの影に。
藍色の髪を揺らす、小さな影がひとつ、じっとこちらを見つめていることに。
砂埃が、乾いた風に巻き上がる。
中庭の向こう、校舎の窓は陽光を受けて白く反射し、その内側を覗くことはできなかった。
誰がそこにいるのかも、確かな姿さえも見えない──はずだった。
その瞬間、風が止んだ。
光が揺らぎ、反射の膜がほんのわずかに緩んだ。
そして、窓の向こう──ひとつの影が、ふとこちらを振り向いた。
その横顔を、少女は見た。
「……あ……」
声にならない声が、唇の奥で震えた。
──知ってる。
名前も知らない。
記憶もない。
それでも、胸の奥のどこかが、ちぎれるほど強く叫んでいた。
「……ママだ……」
喉の奥が熱くなる。
足が震える。
冷えた風も、砂の痛みも、もう関係なかった。
「ママ……!」
その言葉がこぼれ落ちた瞬間、身体はもう走り出していた。
理屈なんていらなかった。
許可なんて待たなかった。
迷う暇さえなかった。
──あの姿が、感情の奥に眠っていた“何か”と、確かに重なったから。
“あの声で、名前を呼んでほしかった”
“もう一度、あの手に触れたかった”
砂の地面を、裸足で駆ける。
制服でもない、白い衣服が草に引っかかる。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
ただひたすらに、校舎の扉へ向かって──
「ママあああっ!」
その叫びが届いたかどうかは、分からない。
でも確かに、彼女の世界にはもう、あの人しか存在していなかった。
それだけが、少女を動かしていた。
「はい、午前の授業はここまで~。午後は実技だからね。準備、忘れずに~」
アリアの気の抜けた声が響いた瞬間、教室は一気に開放感に包まれた。
椅子が軋む音、タブレットを閉じる音、昼食用のパッケージがあちこちで破られていく。
リースは伸びをしながら、ぼんやりと周囲を見回す。
陽の光を受けて、青みがかった長髪がふわりと揺れた。
「ふぁ……やっと終わった……午前だけで燃え尽きそう……」
「リース、ずっと半目だったよ」
アイカが笑いながら、プレートを手に席を引き寄せてきた。
プレートの上には、美しく整ったサンドイッチ。
「えー、でもちゃんと聞いてたよ? たぶん……国際法とか?」
「違うよ。アウロイド権利章典の倫理的矛盾について。先生、半分自分語りだったけど」
「……半分寝てても当たってるって、逆に天才じゃない?」
「違うし、褒めてない」
レインが肩越しに淡々と突っ込んでくる。
長めの黒髪が揺れ、制服のネクタイはしっかり締めている。
「っていうか、ルシアン。まだ食べてないの?」
リースが隣をのぞき込むと、ルシアンは小さく頷いた。
「うん。今日はセフィラが作ってくれたから……。なんか、食べるのもったいなくて」
「それ、お弁当として機能してなくない?」
アイカがくすくす笑いながら、ルシアンの包みをそっと開ける。
中から顔を出したのは、デコレーションまで施された小さなサンドイッチとフルーツゼリー。
「うわ、なにこれ……完璧じゃん。セフィラって意外と器用なんだね」
「“意外と”って言わないであげて。この人、基本なんでも完璧主義だから」
そう言いながらも、リースの声にはどこか嬉しさがにじんでいた。
こうして過ごす昼のひとときは、リザレクテッドとしての過去も、所有者としての枠組みも忘れさせてくれる。
ただの「リース」でいられる、ささやかで、確かな時間だった。
「ねぇ、午後の実技って何やるの? またアウロイドとの対話シミュレーション?」
レインの問いに、アイカがすぐ応じる。
「ううん、今日は“表情反応の訓練”らしいよ。感情チップなしで、気持ちを伝える練習」
「……得意な人と無理な人、めちゃくちゃ分かれそう……」
リースが肩を落とし、アイカとルシアンがそっと笑った。
そのとき。
誰も気づいていなかった。
教室の窓の向こう──遠く、校舎のフェンスの影に。
藍色の髪を揺らす、小さな影がひとつ、じっとこちらを見つめていることに。
砂埃が、乾いた風に巻き上がる。
中庭の向こう、校舎の窓は陽光を受けて白く反射し、その内側を覗くことはできなかった。
誰がそこにいるのかも、確かな姿さえも見えない──はずだった。
その瞬間、風が止んだ。
光が揺らぎ、反射の膜がほんのわずかに緩んだ。
そして、窓の向こう──ひとつの影が、ふとこちらを振り向いた。
その横顔を、少女は見た。
「……あ……」
声にならない声が、唇の奥で震えた。
──知ってる。
名前も知らない。
記憶もない。
それでも、胸の奥のどこかが、ちぎれるほど強く叫んでいた。
「……ママだ……」
喉の奥が熱くなる。
足が震える。
冷えた風も、砂の痛みも、もう関係なかった。
「ママ……!」
その言葉がこぼれ落ちた瞬間、身体はもう走り出していた。
理屈なんていらなかった。
許可なんて待たなかった。
迷う暇さえなかった。
──あの姿が、感情の奥に眠っていた“何か”と、確かに重なったから。
“あの声で、名前を呼んでほしかった”
“もう一度、あの手に触れたかった”
砂の地面を、裸足で駆ける。
制服でもない、白い衣服が草に引っかかる。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
ただひたすらに、校舎の扉へ向かって──
「ママあああっ!」
その叫びが届いたかどうかは、分からない。
でも確かに、彼女の世界にはもう、あの人しか存在していなかった。
それだけが、少女を動かしていた。
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