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第5部 ママって呼んじゃダメですか? 名前をくれたあの人のために、私は生まれた
第4章 『鏡の中の共犯者』 (2)
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昼休みの食堂。
ざわめきの中、いつものテーブル──その輪の中に、ひときわ異質な存在が混ざっていた。
エリス。
薄赤の髪が揺れる。
無表情のまま、自動配膳口で指定されたランチプレートを受け取り、精密な歩幅で席へと向かってくる。
椅子を引く動作すら、どこか完璧すぎる所作だった。
リースはその様子を、視線の奥に確かな“棘”を込めて見つめていた。
(……あれが。私の感情チップから作られた、“もう一人の私”?)
スープをすくう手つき。
箸の持ち方。
背筋の角度──どれも教科書通り。
いや、それ以上に「意図的に整えられた理想像」。
“再現精度が高すぎるマネキン”という表現が、リースの脳裏をよぎった。
ふっと鼻を鳴らし、ラーメン丼を抱え直す。
そして──唐突に、言い放った。
「……エリス。せっかくだし、ラーメンでもどう?」
箸を振りながら、にやりと笑う。
「一杯のラーメンを、二人で。友情の儀式ってことでさ」
アイカがスプーンを持ったまま「えっ?」と声を上げ、レインが飲みかけのスープで咳き込む。
ルシアンは思わず顔をしかめた。
「ラーメンの……回し食い?」
エリスはほんの一瞬、視線だけでリースの丼を見やる。
「ラーメンは衛生上、個別消費が最適とされます。共有は非効率です」
「へぇ、非効率?」
リースは笑みを深め、ぐっと箸をエリスに突き出す。
「でもね、リザの世界じゃこれが友情のはじまりだったりするの。記録にない? じゃあ、今作ればいいじゃない」
ラーメンの湯気がふわりと立ち上がり、エリスの前髪を微かに揺らす。
テーブルの上、沈黙。
時間が少しだけ止まったように感じた。
──そして。
エリスは、ゆっくりと箸を取り、わずかにためらいながら、ラーメンに手を伸ばした。
麺をひとすくい。
機械的な動作に、ほんの一瞬の迷いが混じる。
口元に運び、静かに啜る。
「……味覚センサー作動。塩分濃度:やや高め。香味油:標準以上。総評──悪くはありません」
リースはしてやったりの表情で、鼻を鳴らす。
「ふふん、でしょ? それが、“オリジナル”の味なんだよ」
くすくすと笑いが周囲に広がる。
アイカはなぜか親指を立て、レインは肩をすくめながらも興味深げに眺めていた。
壁際で見ていたアリアは、呆れたように軽く頭を振っている。
リースはラーメンをすすりながら、箸の先でエリスをそっとつつくように、ささやいた。
「私は私。……あんたがどれだけ“私らしく”てもね。私は、こういうことで勝負するの」
それは、挑発であり、宣言でもあった。
ラーメンの熱よりも、言葉の方が熱かった。
エリスは無表情のまま、リースを見つめ──そして、一度だけ、小さく頷いた。
奇妙な距離のまま、確かに始まった関係。
湯気の向こうで交差した視線は、静かにその物語の幕を開けた。
昼下がりの中庭。
風がやさしく植え込みを揺らし、校舎の喧騒から少しだけ離れたその場所に、三人の姿があった。
リース、シエル、そして──エリス。
シエルはエリスの隣に腰かけ、小さな笑顔を浮かべていた。
手にはおやつ用のカラフルなキャンディパック。
その様子はどこか和やかで、穏やかな午後の風景に溶け込んでいるようにも見えた。
ただひとり、リースを除いては。
彼女は芝生の端に立ったまま、微妙な距離を置いている。
姿勢こそ崩さなかったが、その視線には居心地の悪さと、わずかな戸惑いが滲んでいた。
「それ、おいしい?」
エリスの問いかけに、シエルは嬉しそうにうなずいた。
「うん。セレナ様にもらったの。でも……エリスさんと一緒に食べると、もっとおいしくなる気がする」
その言葉に、リースの眉がぴくりと動いた。
“エリスさん”? 違和感が、胸の奥を小さくかすめる。
そして──それは、突然やってきた。
「ねえ、ママ。次の配信、ママと一緒に出てもいい?」
その一言で、時間が止まった。
中庭に吹く風さえ、音を失ったように思えた。
リースの呼吸が止まる。
瞬きを忘れ、心臓だけがやけに強く脈打つ。
「……え? ママ……って……エリス?」
漏れた声は、思考よりも先に出た。
けれど、シエルはそれに気づいていない。
自然に、ためらいなく──エリスの腕にぴたりとくっついた。
その仕草は、まるでそこに「安心」があると信じているかのようだった。
エリスは無表情のまま、即座に答える。
「了解しました、シエル。次回の撮影に組み込まれています。あなたの演出上の役割は“ママと子供”の親密なやりとりです。リセル様の台本指示に基づきます」
リースの意識に、その単語だけがはっきりと響いた。
──リセル。
──演出指示。
冷たい予感が、背筋をゆっくりと這い上がっていく。
「……ちょっと、待って。今、“ママ”って……誰のこと?」
喉がかすれるような声で問いかける。
シエルは一瞬だけ、きょとんとした顔をして──当たり前のように答えた。
「え……エリス、だけど?」
その答えは、あまりにも自然すぎた。
まるで、最初からそれが“当たり前”だったかのように。
リースは、何も言えなかった。
言葉が喉に詰まり、出てこなかった。
風が吹く。
植え込みが揺れる音だけが、三人の間に静かに残された。
その風景の中で、リースの影だけが、どこか遠ざかって見えた。
ざわめきの中、いつものテーブル──その輪の中に、ひときわ異質な存在が混ざっていた。
エリス。
薄赤の髪が揺れる。
無表情のまま、自動配膳口で指定されたランチプレートを受け取り、精密な歩幅で席へと向かってくる。
椅子を引く動作すら、どこか完璧すぎる所作だった。
リースはその様子を、視線の奥に確かな“棘”を込めて見つめていた。
(……あれが。私の感情チップから作られた、“もう一人の私”?)
スープをすくう手つき。
箸の持ち方。
背筋の角度──どれも教科書通り。
いや、それ以上に「意図的に整えられた理想像」。
“再現精度が高すぎるマネキン”という表現が、リースの脳裏をよぎった。
ふっと鼻を鳴らし、ラーメン丼を抱え直す。
そして──唐突に、言い放った。
「……エリス。せっかくだし、ラーメンでもどう?」
箸を振りながら、にやりと笑う。
「一杯のラーメンを、二人で。友情の儀式ってことでさ」
アイカがスプーンを持ったまま「えっ?」と声を上げ、レインが飲みかけのスープで咳き込む。
ルシアンは思わず顔をしかめた。
「ラーメンの……回し食い?」
エリスはほんの一瞬、視線だけでリースの丼を見やる。
「ラーメンは衛生上、個別消費が最適とされます。共有は非効率です」
「へぇ、非効率?」
リースは笑みを深め、ぐっと箸をエリスに突き出す。
「でもね、リザの世界じゃこれが友情のはじまりだったりするの。記録にない? じゃあ、今作ればいいじゃない」
ラーメンの湯気がふわりと立ち上がり、エリスの前髪を微かに揺らす。
テーブルの上、沈黙。
時間が少しだけ止まったように感じた。
──そして。
エリスは、ゆっくりと箸を取り、わずかにためらいながら、ラーメンに手を伸ばした。
麺をひとすくい。
機械的な動作に、ほんの一瞬の迷いが混じる。
口元に運び、静かに啜る。
「……味覚センサー作動。塩分濃度:やや高め。香味油:標準以上。総評──悪くはありません」
リースはしてやったりの表情で、鼻を鳴らす。
「ふふん、でしょ? それが、“オリジナル”の味なんだよ」
くすくすと笑いが周囲に広がる。
アイカはなぜか親指を立て、レインは肩をすくめながらも興味深げに眺めていた。
壁際で見ていたアリアは、呆れたように軽く頭を振っている。
リースはラーメンをすすりながら、箸の先でエリスをそっとつつくように、ささやいた。
「私は私。……あんたがどれだけ“私らしく”てもね。私は、こういうことで勝負するの」
それは、挑発であり、宣言でもあった。
ラーメンの熱よりも、言葉の方が熱かった。
エリスは無表情のまま、リースを見つめ──そして、一度だけ、小さく頷いた。
奇妙な距離のまま、確かに始まった関係。
湯気の向こうで交差した視線は、静かにその物語の幕を開けた。
昼下がりの中庭。
風がやさしく植え込みを揺らし、校舎の喧騒から少しだけ離れたその場所に、三人の姿があった。
リース、シエル、そして──エリス。
シエルはエリスの隣に腰かけ、小さな笑顔を浮かべていた。
手にはおやつ用のカラフルなキャンディパック。
その様子はどこか和やかで、穏やかな午後の風景に溶け込んでいるようにも見えた。
ただひとり、リースを除いては。
彼女は芝生の端に立ったまま、微妙な距離を置いている。
姿勢こそ崩さなかったが、その視線には居心地の悪さと、わずかな戸惑いが滲んでいた。
「それ、おいしい?」
エリスの問いかけに、シエルは嬉しそうにうなずいた。
「うん。セレナ様にもらったの。でも……エリスさんと一緒に食べると、もっとおいしくなる気がする」
その言葉に、リースの眉がぴくりと動いた。
“エリスさん”? 違和感が、胸の奥を小さくかすめる。
そして──それは、突然やってきた。
「ねえ、ママ。次の配信、ママと一緒に出てもいい?」
その一言で、時間が止まった。
中庭に吹く風さえ、音を失ったように思えた。
リースの呼吸が止まる。
瞬きを忘れ、心臓だけがやけに強く脈打つ。
「……え? ママ……って……エリス?」
漏れた声は、思考よりも先に出た。
けれど、シエルはそれに気づいていない。
自然に、ためらいなく──エリスの腕にぴたりとくっついた。
その仕草は、まるでそこに「安心」があると信じているかのようだった。
エリスは無表情のまま、即座に答える。
「了解しました、シエル。次回の撮影に組み込まれています。あなたの演出上の役割は“ママと子供”の親密なやりとりです。リセル様の台本指示に基づきます」
リースの意識に、その単語だけがはっきりと響いた。
──リセル。
──演出指示。
冷たい予感が、背筋をゆっくりと這い上がっていく。
「……ちょっと、待って。今、“ママ”って……誰のこと?」
喉がかすれるような声で問いかける。
シエルは一瞬だけ、きょとんとした顔をして──当たり前のように答えた。
「え……エリス、だけど?」
その答えは、あまりにも自然すぎた。
まるで、最初からそれが“当たり前”だったかのように。
リースは、何も言えなかった。
言葉が喉に詰まり、出てこなかった。
風が吹く。
植え込みが揺れる音だけが、三人の間に静かに残された。
その風景の中で、リースの影だけが、どこか遠ざかって見えた。
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