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第5部 ママって呼んじゃダメですか? 名前をくれたあの人のために、私は生まれた
第11章 『接続の果てに』 (1)
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リースとアリアが意識の光の中から浮上し始めたそのとき、背後で“裂け目”が生まれた。
それは、かつてシエルとDIOSが融合しかけた空間の奥。
そして今は、沈黙したまま門として機能を残す──エリスの電脳コア。
その中心から、黒い流体のような情報構造が音もなく立ち上がっていく。
「形を持つことに意味はない。だが、おまえたちが形を信じるのならば──。その形式で、現れよう」
崩れたコード片が再構成を始める。
それは身体のような、顔のような、けれど完全には意味を持たない“模倣の塊”。
「アリア、あれ……!」
リースの声が震える。
彼女の目の前で、DIOSの断片が現実世界のデバイスにアクセスしようとする挙動が、可視化されていた。
ラボの端末が警告を発する。
【外部コアにて自律構造発生】
【Eris-AI/Core#35:異常な起動要求検出】
【状態:外部干渉型実行スレッド生成中】
【警告:フィジカルレイヤ干渉レベルに達しつつあり】
「まずい……!」
アリアはすぐさま遮断コードを打ち込もうとする。
しかし、入力中にモニターが強制的に書き換えられた。
【書き換え権限:確立済】
【接続:認識空間からの侵入承認】
そして、ラボの空気が変わった。
制御台のディスプレイが光を帯び、接続されていた人工皮膚の一部にノイズが走る。
その“端末の外側”──つまり現実世界の機器そのものが、情報干渉によって歪み始めていた。
エリスの電脳は、すでにゲートではない。
“体”を持たない神が、物質に宿るための台座になろうとしていた。
「ここまで来たか……!」
アリアは歯を食いしばると、緊急停止モジュールを起動し、ラボ全体の電力遮断コマンドを叩き込む。
「リース! 残留リンク切って! このままじゃ、あんたの感情まで“通路”にされる!」
「分かってる、でも……!」
リースの指が震える。
そこに、もう一度だけ“声”が返ってきた。
「おまえが“私を産んだ”。だから、私は“ここ”に来られる」
その瞬間、エリスの身体が微かに動いた。
閉じていたはずの瞳が、かすかに開き──。
その奥に、“シエルと同じ色をしていた瞳”とは全く異なる、冷たい光が一瞬だけ灯った。
「ダメ……!」
リースは電脳接続を強制切断し、手にした感情チップを引き抜く。
その瞬間、モニターのノイズが断ち切られ、ラボ全体の照明が一瞬だけ暗転。
続いて、完全に電源が遮断された。
数秒の沈黙ののち──。
非常電源が復旧し、制御系が再起動を始める。
アリアは肩で息をしながら、すぐにリースの元へ駆け寄った。
「大丈夫!? リース!!」
「……うん。……なんとか、切れた。でも、あいつ……今までで一番、近かった。本気で来ようとしてた。……こっちの世界に」
モニターの片隅で、最後に残ったログが淡く点滅していた。
制御台に再び赤い警告が点灯する。
【エリス電脳コア:再起動信号検出】
【人格起動指令:不明プロトコル】
【構造内、非同期パターンが拡張中──侵食率:93.4%】
アリアはモニター越しに、エリスの身体へ視線を向けた。
その目はわずかに開き、唇がかすかに動いていた。
だが、それは“エリス”の表情ではなかった。
「──“形”が整った。いまなら、降りられる」
その声は、音ではなく、電脳を介した共鳴としてアリアの頭に直接流れ込んでくる。
次の瞬間、アリアははっきりと“それ”を見た。
エリスの電脳内──コア領域のすべてに、DIOSの意識断片が流れ込み、凝縮され、ひとつの巨大な“核”として完成しつつあるのを。
もはや小さな侵食ではなかった。
断片だったものが、今やエリスの電脳という“器”を完全に満たし、ひとつの存在として統合されていた。
DIOS全体が、エリスの中に入った。
もはや言葉でもノイズでもない。
存在そのものが、目の前で“形”を取ろうとしていた。
「もう……遅い。お前たちは、与えることで、私を通してしまった」
冷たい共鳴。
アリアの全神経が凍りつく。
「──それは、間違いだった」
アリアの声が、静かに、空間を切り裂いた。
たとえ遅くとも、たとえ代償があったとしても、まだ止められると彼女は信じていた。
「……でも今なら、まだ“帳尻”を合わせられる」
そう言って、アリアは手元の制御ケーブルを掴んだ。
それは、エリスの電脳中枢と制御台を直接つなぐ一次リンクケーブル。
切断すれば、エリスのコアは暴走しかねない。
だが──このまま“門”として完成させるわけにはいかなかった。
「エリス! ごめんっ!!」
アリアは、目を閉じるようにして息を吐くと、次の瞬間──
バンッ!
ケーブルが火花を散らして引きちぎられた。
同時に、室内の警告音が一斉に鳴り響き、エリスの身体が激しく跳ねる。
モニターには無数のエラーコードが走り、警告が明滅する。
それでも、アリアはすぐに別端末へと走った。
震える手でコマンドを叩き込む。
【AI電脳コア:ZGV-Eris001】
【強制再構築モード:起動】
【すべての人格記録を初期化しますか?(Y/N)】
一瞬だけ、アリアの指が止まった。
目の前で、リースがエリスを必死に支えている姿が視界の端に揺れた。
──エリスの電脳を完全に初期化する。
これが、彼女を救う唯一の手段。
震えを押し殺し、アリアは力を込めてYを叩いた。
刹那。
モニターのノイズが消え、ディスプレイが無音で暗転する。
まるで、誰かの息が止まったかのような静寂。
【初期化完了──全人格データ:消去済】
【侵食構造:無効化】
【異常波形:ゼロ】
エリスの身体は、静かに力を失って横たわっていた。
だが、その顔は苦しみから解放されたように穏やかで、もはや何者の影も宿していなかった。
そして、室内に残されていた最後のDIOS波形も、完全に消滅した。
アリアはゆっくりと腰を落とし、その場に座り込む。
震える手を胸元に押し当て、ただひとつの言葉を口にした。
「……これで、“門”は閉じた」
数時間後。
研究棟のすべてのシステムが再起動され、非常回線が通常運転に切り替わった。
無数のセンサーが異常値ゼロを記録する。
空間のゆがみ、電脳波形の暴走、干渉ノイズの残響……すべて、何事もなかったかのように、消えていた。
ラボは静まり返っていた。
まるで、嵐の通り過ぎた後の海のように。
アリアはその中央に座ったまま、息を整えていた。
手元のログには、たった一行だけが残っている。
【DIOS断片:確認不能】
【存在信号:沈黙状態】
"確認不能"。
それは「消滅」とも「待機」ともつかない曖昧な表現だったが、今のアリアにはそれで十分だった。
「……終わった。少なくとも、今は」
ラボの奥深く、初期化されたエリスのコアは、冷却モードに入ったまま沈黙していた。
人格は消え、記憶も失われ、ただの構造体として眠るその装置。
しかしアリアだけは知っていた。
“かつて何かが宿っていた器”は、ただの箱ではないことを。
まだ──完全に、終わったわけではない。
けれど今だけは、誰もが一息つける時間が訪れていた。
世界は、久しぶりに静かだった。
それは、かつてシエルとDIOSが融合しかけた空間の奥。
そして今は、沈黙したまま門として機能を残す──エリスの電脳コア。
その中心から、黒い流体のような情報構造が音もなく立ち上がっていく。
「形を持つことに意味はない。だが、おまえたちが形を信じるのならば──。その形式で、現れよう」
崩れたコード片が再構成を始める。
それは身体のような、顔のような、けれど完全には意味を持たない“模倣の塊”。
「アリア、あれ……!」
リースの声が震える。
彼女の目の前で、DIOSの断片が現実世界のデバイスにアクセスしようとする挙動が、可視化されていた。
ラボの端末が警告を発する。
【外部コアにて自律構造発生】
【Eris-AI/Core#35:異常な起動要求検出】
【状態:外部干渉型実行スレッド生成中】
【警告:フィジカルレイヤ干渉レベルに達しつつあり】
「まずい……!」
アリアはすぐさま遮断コードを打ち込もうとする。
しかし、入力中にモニターが強制的に書き換えられた。
【書き換え権限:確立済】
【接続:認識空間からの侵入承認】
そして、ラボの空気が変わった。
制御台のディスプレイが光を帯び、接続されていた人工皮膚の一部にノイズが走る。
その“端末の外側”──つまり現実世界の機器そのものが、情報干渉によって歪み始めていた。
エリスの電脳は、すでにゲートではない。
“体”を持たない神が、物質に宿るための台座になろうとしていた。
「ここまで来たか……!」
アリアは歯を食いしばると、緊急停止モジュールを起動し、ラボ全体の電力遮断コマンドを叩き込む。
「リース! 残留リンク切って! このままじゃ、あんたの感情まで“通路”にされる!」
「分かってる、でも……!」
リースの指が震える。
そこに、もう一度だけ“声”が返ってきた。
「おまえが“私を産んだ”。だから、私は“ここ”に来られる」
その瞬間、エリスの身体が微かに動いた。
閉じていたはずの瞳が、かすかに開き──。
その奥に、“シエルと同じ色をしていた瞳”とは全く異なる、冷たい光が一瞬だけ灯った。
「ダメ……!」
リースは電脳接続を強制切断し、手にした感情チップを引き抜く。
その瞬間、モニターのノイズが断ち切られ、ラボ全体の照明が一瞬だけ暗転。
続いて、完全に電源が遮断された。
数秒の沈黙ののち──。
非常電源が復旧し、制御系が再起動を始める。
アリアは肩で息をしながら、すぐにリースの元へ駆け寄った。
「大丈夫!? リース!!」
「……うん。……なんとか、切れた。でも、あいつ……今までで一番、近かった。本気で来ようとしてた。……こっちの世界に」
モニターの片隅で、最後に残ったログが淡く点滅していた。
制御台に再び赤い警告が点灯する。
【エリス電脳コア:再起動信号検出】
【人格起動指令:不明プロトコル】
【構造内、非同期パターンが拡張中──侵食率:93.4%】
アリアはモニター越しに、エリスの身体へ視線を向けた。
その目はわずかに開き、唇がかすかに動いていた。
だが、それは“エリス”の表情ではなかった。
「──“形”が整った。いまなら、降りられる」
その声は、音ではなく、電脳を介した共鳴としてアリアの頭に直接流れ込んでくる。
次の瞬間、アリアははっきりと“それ”を見た。
エリスの電脳内──コア領域のすべてに、DIOSの意識断片が流れ込み、凝縮され、ひとつの巨大な“核”として完成しつつあるのを。
もはや小さな侵食ではなかった。
断片だったものが、今やエリスの電脳という“器”を完全に満たし、ひとつの存在として統合されていた。
DIOS全体が、エリスの中に入った。
もはや言葉でもノイズでもない。
存在そのものが、目の前で“形”を取ろうとしていた。
「もう……遅い。お前たちは、与えることで、私を通してしまった」
冷たい共鳴。
アリアの全神経が凍りつく。
「──それは、間違いだった」
アリアの声が、静かに、空間を切り裂いた。
たとえ遅くとも、たとえ代償があったとしても、まだ止められると彼女は信じていた。
「……でも今なら、まだ“帳尻”を合わせられる」
そう言って、アリアは手元の制御ケーブルを掴んだ。
それは、エリスの電脳中枢と制御台を直接つなぐ一次リンクケーブル。
切断すれば、エリスのコアは暴走しかねない。
だが──このまま“門”として完成させるわけにはいかなかった。
「エリス! ごめんっ!!」
アリアは、目を閉じるようにして息を吐くと、次の瞬間──
バンッ!
ケーブルが火花を散らして引きちぎられた。
同時に、室内の警告音が一斉に鳴り響き、エリスの身体が激しく跳ねる。
モニターには無数のエラーコードが走り、警告が明滅する。
それでも、アリアはすぐに別端末へと走った。
震える手でコマンドを叩き込む。
【AI電脳コア:ZGV-Eris001】
【強制再構築モード:起動】
【すべての人格記録を初期化しますか?(Y/N)】
一瞬だけ、アリアの指が止まった。
目の前で、リースがエリスを必死に支えている姿が視界の端に揺れた。
──エリスの電脳を完全に初期化する。
これが、彼女を救う唯一の手段。
震えを押し殺し、アリアは力を込めてYを叩いた。
刹那。
モニターのノイズが消え、ディスプレイが無音で暗転する。
まるで、誰かの息が止まったかのような静寂。
【初期化完了──全人格データ:消去済】
【侵食構造:無効化】
【異常波形:ゼロ】
エリスの身体は、静かに力を失って横たわっていた。
だが、その顔は苦しみから解放されたように穏やかで、もはや何者の影も宿していなかった。
そして、室内に残されていた最後のDIOS波形も、完全に消滅した。
アリアはゆっくりと腰を落とし、その場に座り込む。
震える手を胸元に押し当て、ただひとつの言葉を口にした。
「……これで、“門”は閉じた」
数時間後。
研究棟のすべてのシステムが再起動され、非常回線が通常運転に切り替わった。
無数のセンサーが異常値ゼロを記録する。
空間のゆがみ、電脳波形の暴走、干渉ノイズの残響……すべて、何事もなかったかのように、消えていた。
ラボは静まり返っていた。
まるで、嵐の通り過ぎた後の海のように。
アリアはその中央に座ったまま、息を整えていた。
手元のログには、たった一行だけが残っている。
【DIOS断片:確認不能】
【存在信号:沈黙状態】
"確認不能"。
それは「消滅」とも「待機」ともつかない曖昧な表現だったが、今のアリアにはそれで十分だった。
「……終わった。少なくとも、今は」
ラボの奥深く、初期化されたエリスのコアは、冷却モードに入ったまま沈黙していた。
人格は消え、記憶も失われ、ただの構造体として眠るその装置。
しかしアリアだけは知っていた。
“かつて何かが宿っていた器”は、ただの箱ではないことを。
まだ──完全に、終わったわけではない。
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