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第1部 所有された人間だけど、自由に生きる方法を探してみる
第3章 『役割の更新』 (1)
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【登場人物紹介】
この物語には、“再生された人間”と、“彼らを所有する機械”が登場します。
●リース
生殖能力を持つリザレクテッド少女。怠惰でやる気はないが、心は繊細。爆破事件の容疑を着せられる。
●ユノ
リースの所有者。女性型アウロイド。優しいが現実主義。
●アリア
電脳化しているリザレクテッド少女。ネットワークを漂い、真実を探る。
●ルシアン
セフィラに所有されているリザレクテッド少年。リースにとっては弟のような存在。
翌朝、街の輪郭をやわらかな陽光が撫でていく。
ビルのガラスがほのかに輝き、空気の温度がほんの少しずつ変わり始める時間──。
その片隅で、アリアは学校裏手の人気のないベンチに腰掛けていた。
制服のネクタイはゆるく結ばれ、第一ボタンは外されたまま。
足元のソックスは左右非対称に折り返されていて、意図的な“乱れ”がそこにあった。
手元の端末には今日の時間割が表示されていたが、アリアはそれを一瞥することすらなく、仰ぐように空を見上げ、長い吐息をついた。
「……だるい」
その一言に込められたのは、ただの気分ではない。
ルールに従うこと。
与えられた指示をこなすこと。
“生徒”という役割を演じ続けることへの、本音だった。
整列して席に座り、定型のカリキュラムをこなす日々。
けれど、アリアには分かっていた。
自分はもう、その枠の中には収まっていない。
彼女はリザレクテッドでありながら、電脳化された唯一の存在だった。
ネットワークに直接アクセスし、瞬時にデータを処理する能力。
授業内容など、読み込めば数秒で終わる。
意味のない“受動”が、ただの演技にしか思えなかった。
「……やるしかないか」
ぽつりと呟くと、アリアは足を組み替えながら、電脳にコマンドを走らせた。
視界の隅に、バーチャルインターフェースが展開される。
いくつかの項目をスクロールし、確認。
指先ひとつ動かすことなく、設定が完了する。
数秒後──端末画面に、ひとつの通知が表示された。
「教員登録リクエスト:通過済」
アリアの目元に、わずかな光が宿る。
面倒くさそうに垂れた睫毛の奥に、悪戯を思いついた子どものような閃きが滲む。
どこかで鐘が鳴った。
朝が始まり、日常が動き出す音だった。
でもアリアだけは、ほんの少しだけ別のリズムで、この日を始めようとしていた。
学校の廊下に、奇妙な掲示が貼られていた。
【リザレクテッド個体に対する過剰な共感は禁止です】
【倫理委員会指導:感情移入による行動逸脱を防ぐため】
リースは足を止め、呆れたように眺めた。
(なにそれ。……「人間」なんだよ、こっちは)
横を通り過ぎた教師型アウロイドが、ちらりと彼女を見た。
その視線には、警戒と──どこか、恐れの色が滲んでいた。
その日の三限目。
教室には妙なざわつきが広がっていた。
予定時刻を過ぎても教師の姿は現れず、生徒たちは端末を開いたり閉じたりしながら、落ち着かない様子を見せている。
「今日って、代行?」
「また事故かな? 前にもあったよね」
「教師AIが落ちたとか?」
憶測が飛び交う中──
カタン、と控えめな音を立てて扉が開いた。
「失礼。ちょっと準備に手間取ってね」
現れたのは、銀髪の少女。
一瞬、教室中の動きが止まった。
だが、見間違えるはずもない。
昨日まで同じ教室で、普通に授業を受けていた──あのアリアだった。
制服ではない。
白と黒を基調にした簡易教員ユニフォームに、首元には細く巻かれたスカーフ。
胸には正式な学校識別バッジがきらりと光り、靴音も妙に規則正しかった。
「本日からこの時間を担当します。教員番号 LNA04421──アリアです」
一瞬、教室の空気が凍りつく。
「いやいやいやいや!!」
リースが反射的に立ち上がって叫んだ。
声も顔も、混乱でいっぱいだ。
「昨日まで隣でだらだら座ってた子が!! なに急に“先生”面してんの!!?」
アリアは涼しい顔で教壇に手を置いたまま、にこやかに笑った。
「飽きちゃったの、生徒って立場。だから今朝から気分変えてみたの。ほら、柔軟な発想って大事でしょ?」
「気分で教師になるなぁぁあ!!」
リースが絶叫している脇で、アイカも目をぱちぱち瞬かせていた。
「あ、あの……学校って……そんなに……アバウトなものなの……?」
隣のルシアンは、端末で規定を調べながら、青ざめた顔で呟く。
「待って、待って……規則集……そんな項目ないよ!? 『気分による教員登録』とか存在してないから!!」
アリアはそんな騒ぎをものともせず、指先で端末を操作する。
ピピッという電子音とともに、教壇前のホログラムが起動した。
空中に浮かび上がるのは、古代史の年表と数式の羅列──情報密度だけはやたらと高い。
「だって私、電脳化されてるんだもん。資格取得、ネット試験、申請、認可──ぜーんぶリアルタイム処理。数クリックと脳内演算で、ほらこの通り」
画面に映るのは、きっちり認可された教員データだった。
クラス中が凍りつく。
「や、やれるからって、やっていいとは限らないでしょ……!」
ルシアンがほとんど泣きそうな声でツッコむ。
「むしろやっちゃダメなケース……だよね……?」
リースは頭を抱えたまま、机に崩れ落ちた。
「……この学校、やっぱり絶対どっかおかしい」
アイカは真剣な顔でメモを取り始める。
「次回からは……先生が誰なのか、事前に確認しておいた方がいいかもしれない……」
そんな様子を横目に、アリアは満足げに教壇から生徒たちを見下ろした。
「さて、授業始めるよ。ついてこれるかどうかは──あなたたち次第」
教室には、微妙な緊張と、押し殺された絶望、そしてどこか苛立ちさえ混じった空気が漂っていた。
(この子も、たぶん、ちゃんとは「ここに」いないんだ。私と、同じ)
窓の外では、今日もフェンス越しに反対派と賛成派のアウロイドたちが、プラカードを掲げて小競り合いを続けている。
反対派のシュプレヒコールが、かすれたスピーカー越しに耳を打つ。
《リザレクテッド制度の即時停止を!》
《倫理委員会は人類の過ちを繰り返すな!》
リースは机に突っ伏したまま、ぐったりと深いため息をついた。
「……人間として生きるって、こういうことだったのかな……」
制度に振り回されて、誰かの都合で所有されて、今度は“普通に”授業。
違和感しかない。
それでも、誰も止めることはできない。
無情にも、リースの端末には“確認テスト”の通知が点滅し始める。
「まだ三限目だよ……助けて……」
この物語には、“再生された人間”と、“彼らを所有する機械”が登場します。
●リース
生殖能力を持つリザレクテッド少女。怠惰でやる気はないが、心は繊細。爆破事件の容疑を着せられる。
●ユノ
リースの所有者。女性型アウロイド。優しいが現実主義。
●アリア
電脳化しているリザレクテッド少女。ネットワークを漂い、真実を探る。
●ルシアン
セフィラに所有されているリザレクテッド少年。リースにとっては弟のような存在。
翌朝、街の輪郭をやわらかな陽光が撫でていく。
ビルのガラスがほのかに輝き、空気の温度がほんの少しずつ変わり始める時間──。
その片隅で、アリアは学校裏手の人気のないベンチに腰掛けていた。
制服のネクタイはゆるく結ばれ、第一ボタンは外されたまま。
足元のソックスは左右非対称に折り返されていて、意図的な“乱れ”がそこにあった。
手元の端末には今日の時間割が表示されていたが、アリアはそれを一瞥することすらなく、仰ぐように空を見上げ、長い吐息をついた。
「……だるい」
その一言に込められたのは、ただの気分ではない。
ルールに従うこと。
与えられた指示をこなすこと。
“生徒”という役割を演じ続けることへの、本音だった。
整列して席に座り、定型のカリキュラムをこなす日々。
けれど、アリアには分かっていた。
自分はもう、その枠の中には収まっていない。
彼女はリザレクテッドでありながら、電脳化された唯一の存在だった。
ネットワークに直接アクセスし、瞬時にデータを処理する能力。
授業内容など、読み込めば数秒で終わる。
意味のない“受動”が、ただの演技にしか思えなかった。
「……やるしかないか」
ぽつりと呟くと、アリアは足を組み替えながら、電脳にコマンドを走らせた。
視界の隅に、バーチャルインターフェースが展開される。
いくつかの項目をスクロールし、確認。
指先ひとつ動かすことなく、設定が完了する。
数秒後──端末画面に、ひとつの通知が表示された。
「教員登録リクエスト:通過済」
アリアの目元に、わずかな光が宿る。
面倒くさそうに垂れた睫毛の奥に、悪戯を思いついた子どものような閃きが滲む。
どこかで鐘が鳴った。
朝が始まり、日常が動き出す音だった。
でもアリアだけは、ほんの少しだけ別のリズムで、この日を始めようとしていた。
学校の廊下に、奇妙な掲示が貼られていた。
【リザレクテッド個体に対する過剰な共感は禁止です】
【倫理委員会指導:感情移入による行動逸脱を防ぐため】
リースは足を止め、呆れたように眺めた。
(なにそれ。……「人間」なんだよ、こっちは)
横を通り過ぎた教師型アウロイドが、ちらりと彼女を見た。
その視線には、警戒と──どこか、恐れの色が滲んでいた。
その日の三限目。
教室には妙なざわつきが広がっていた。
予定時刻を過ぎても教師の姿は現れず、生徒たちは端末を開いたり閉じたりしながら、落ち着かない様子を見せている。
「今日って、代行?」
「また事故かな? 前にもあったよね」
「教師AIが落ちたとか?」
憶測が飛び交う中──
カタン、と控えめな音を立てて扉が開いた。
「失礼。ちょっと準備に手間取ってね」
現れたのは、銀髪の少女。
一瞬、教室中の動きが止まった。
だが、見間違えるはずもない。
昨日まで同じ教室で、普通に授業を受けていた──あのアリアだった。
制服ではない。
白と黒を基調にした簡易教員ユニフォームに、首元には細く巻かれたスカーフ。
胸には正式な学校識別バッジがきらりと光り、靴音も妙に規則正しかった。
「本日からこの時間を担当します。教員番号 LNA04421──アリアです」
一瞬、教室の空気が凍りつく。
「いやいやいやいや!!」
リースが反射的に立ち上がって叫んだ。
声も顔も、混乱でいっぱいだ。
「昨日まで隣でだらだら座ってた子が!! なに急に“先生”面してんの!!?」
アリアは涼しい顔で教壇に手を置いたまま、にこやかに笑った。
「飽きちゃったの、生徒って立場。だから今朝から気分変えてみたの。ほら、柔軟な発想って大事でしょ?」
「気分で教師になるなぁぁあ!!」
リースが絶叫している脇で、アイカも目をぱちぱち瞬かせていた。
「あ、あの……学校って……そんなに……アバウトなものなの……?」
隣のルシアンは、端末で規定を調べながら、青ざめた顔で呟く。
「待って、待って……規則集……そんな項目ないよ!? 『気分による教員登録』とか存在してないから!!」
アリアはそんな騒ぎをものともせず、指先で端末を操作する。
ピピッという電子音とともに、教壇前のホログラムが起動した。
空中に浮かび上がるのは、古代史の年表と数式の羅列──情報密度だけはやたらと高い。
「だって私、電脳化されてるんだもん。資格取得、ネット試験、申請、認可──ぜーんぶリアルタイム処理。数クリックと脳内演算で、ほらこの通り」
画面に映るのは、きっちり認可された教員データだった。
クラス中が凍りつく。
「や、やれるからって、やっていいとは限らないでしょ……!」
ルシアンがほとんど泣きそうな声でツッコむ。
「むしろやっちゃダメなケース……だよね……?」
リースは頭を抱えたまま、机に崩れ落ちた。
「……この学校、やっぱり絶対どっかおかしい」
アイカは真剣な顔でメモを取り始める。
「次回からは……先生が誰なのか、事前に確認しておいた方がいいかもしれない……」
そんな様子を横目に、アリアは満足げに教壇から生徒たちを見下ろした。
「さて、授業始めるよ。ついてこれるかどうかは──あなたたち次第」
教室には、微妙な緊張と、押し殺された絶望、そしてどこか苛立ちさえ混じった空気が漂っていた。
(この子も、たぶん、ちゃんとは「ここに」いないんだ。私と、同じ)
窓の外では、今日もフェンス越しに反対派と賛成派のアウロイドたちが、プラカードを掲げて小競り合いを続けている。
反対派のシュプレヒコールが、かすれたスピーカー越しに耳を打つ。
《リザレクテッド制度の即時停止を!》
《倫理委員会は人類の過ちを繰り返すな!》
リースは机に突っ伏したまま、ぐったりと深いため息をついた。
「……人間として生きるって、こういうことだったのかな……」
制度に振り回されて、誰かの都合で所有されて、今度は“普通に”授業。
違和感しかない。
それでも、誰も止めることはできない。
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