23 / 162
第1部 所有された人間だけど、自由に生きる方法を探してみる
第6章 『監視する眼』 (1)
しおりを挟む
【登場人物紹介】
この物語には、“再生された人間”と、“彼らを所有する機械”が登場します。
●リース
生殖能力を持つリザレクテッド少女。怠惰でやる気はないが、心は繊細。爆破事件の容疑を着せられるが、アリアのおかげで容疑は晴れる。
●ユノ
リースの所有者。女性型アウロイド。優しいが現実主義。
●アリア
電脳化しているリザレクテッド少女。生徒から教師になった。ハッキングされ失踪する。リースによって復活する。
●ルシアン
セフィラに所有されているリザレクテッド少年。リースにとっては弟のような存在。
数日後の朝。
校舎をつなぐ渡り廊下に、乾いた足音がゆっくりと響いた。
規則正しく、ためらいのないその足取りに、すれ違う生徒たちが次々と足を止める。
ざわめきは起きなかった。
ただ、その姿を見た者すべてが、息を飲んだ。
目を見開く者。
視線を逸らす者。
あるいは、硬直したようにその場で立ち尽くす者もいた。
誰一人として、声をかけることはできなかった。
それほどまでに、その存在は“日常”の中では異質だったのだ。
──銀の髪。
白いジャケット。
歩みの先にあるのは、いつかの教室。
そして彼女が、教師であった場所。
「……アリア先生?」
小さく漏れた誰かの声が、静けさを引き裂いた。
次の瞬間、教室の扉が音もなく開いた。
姿を現したのは、まぎれもないその人だった。
銀髪のボブカット。
目元の陰りすら隠さずに、しかし毅然とした歩調で教卓へと進む。
無駄のない動きで端末を起動し、静かな声が響いた。
「今日から授業を再開する。休講が続いてしまって、迷惑をかけたね。……理由は各自、察してくれると助かる。詮索は、不要」
教室の空気が凍りつくように止まり、その沈黙に、時だけがゆっくりと流れた。
やがて、教室の隅からぽつりと声が落ちた。
「……ほんとに、戻ってきたんだね」
リースだった。
制服の襟を指でいじりながら、視線をそらさずにアリアを見つめている。
「ええ。ちょっと長めのおやすみをいただいてただけ」
「寝てただけにしては、ずいぶんニュースになってたけど?」
リースの皮肉交じりの返しに、教室に一瞬、呼吸が戻る。
アリアは端末を閉じ、ふっと口元をほころばせた。
「次は君が話題をさらう番かな。成績不振? 遅刻? それとも……拘束歴?」
「うっ……それ、本人の前で言う?」
「大丈夫。今はもう“悪い子は解剖”なんて言わない」
その言葉に、数人の生徒が小さく笑い声を漏らす。
緊張の糸が、わずかにほどけていく。
誰もがまだ警戒していた。
けれど、それでも確かに“彼女”はここに戻ってきた。
この教室に、“教師”として立っている。
それが揺るがぬ事実だった。
その光景を、廊下の窓から見つめている者がいた。
ユノだった。
手には端末。
そこには、アリア・LNA04421の「教職復帰」が正式に承認された通知が表示されていた。
光が差し込む窓の外を一瞥し、彼女は静かに目を閉じる。
「……これで、ようやく始められる。真犯人探しも、アリアと一緒に」
小さく呟いた声は誰にも届かない。
だが、その声に込められた決意は、確かに前へと向いていた。
ユノはそのまま、軽やかな足取りで踵を返し、渡り廊下を歩き去っていった。
春の空気が、その背を優しく押していた。
昼休み。
校内のカフェテリアには、軽食を取りながら談笑するリザレクテッドたちの声が響いていた。
人工的に調整された陽光、スピーカーから流れる穏やかなBGM。
いつもと変わらないはずの時間──その均衡は、ひとつの速報によって唐突に破られた。
《速報です。倫理委員会より正式な発表がありました。本日午前、新たに“生殖機能を持つ男性型リザレクテッド”が第一段階の認証を通過し、社会登録されたとのことです》
カフェテリア中の視線が、壁面のホログラムディスプレイに吸い寄せられる。
映し出されたのは、中性的な顔立ちの少年。
やや長い黒髪、伏し目がちのまなざし、表情は無機質なまでに静かだった。
それでも、彼の存在が放つ「異物感」は、誰の目にも明らかだった。
《外見年齢はおよそ15歳。全身の生体組織に加え、生殖機能においても完全な再現が確認されております》
その一文が読み上げられた瞬間、カフェテリアから音が消えた。
喋っていた者も、笑っていた者も、手を止めて息を呑む。
カフェの一角でジュースを飲んでいたリースが、ストローを止めたまま小さくつぶやいた。
「……ついに、出たんだね」
「リース、知ってたの?」
隣の席で、ルシアンが声を潜めて尋ねた。
「なんとなく、そんな予感はあった。でも……本当に“男”で、それも、生殖できるなんて……現実になると、ちょっと息が詰まるよね」
ホログラムの中では、倫理委員会の広報担当が淡々と説明を続けている。
《なお、該当リザレクテッドの所有者については、今後審査と抽選により決定される予定です。制度の透明性確保のため、詳細は逐次公開されるとのことです》
画面が切り替わり、倫理委員会ビル前で行われている抗議デモの様子が映し出された。
掲げられたプラカードの文字が浮かび上がる。
「人類の再生を止めろ」「生殖機能は一線を越えた」「所有の正当性を問う」──感情が、テクノロジーの成果に牙をむいていた。
「……始まるね」
誰ともなく、ひとつの声が漏れる。
そのひとことに応じるように、周囲の空気がわずかに冷たくなるのが分かった。
社会はまた、一線を越えた。
この日、何かが確かに動き出していた。
この物語には、“再生された人間”と、“彼らを所有する機械”が登場します。
●リース
生殖能力を持つリザレクテッド少女。怠惰でやる気はないが、心は繊細。爆破事件の容疑を着せられるが、アリアのおかげで容疑は晴れる。
●ユノ
リースの所有者。女性型アウロイド。優しいが現実主義。
●アリア
電脳化しているリザレクテッド少女。生徒から教師になった。ハッキングされ失踪する。リースによって復活する。
●ルシアン
セフィラに所有されているリザレクテッド少年。リースにとっては弟のような存在。
数日後の朝。
校舎をつなぐ渡り廊下に、乾いた足音がゆっくりと響いた。
規則正しく、ためらいのないその足取りに、すれ違う生徒たちが次々と足を止める。
ざわめきは起きなかった。
ただ、その姿を見た者すべてが、息を飲んだ。
目を見開く者。
視線を逸らす者。
あるいは、硬直したようにその場で立ち尽くす者もいた。
誰一人として、声をかけることはできなかった。
それほどまでに、その存在は“日常”の中では異質だったのだ。
──銀の髪。
白いジャケット。
歩みの先にあるのは、いつかの教室。
そして彼女が、教師であった場所。
「……アリア先生?」
小さく漏れた誰かの声が、静けさを引き裂いた。
次の瞬間、教室の扉が音もなく開いた。
姿を現したのは、まぎれもないその人だった。
銀髪のボブカット。
目元の陰りすら隠さずに、しかし毅然とした歩調で教卓へと進む。
無駄のない動きで端末を起動し、静かな声が響いた。
「今日から授業を再開する。休講が続いてしまって、迷惑をかけたね。……理由は各自、察してくれると助かる。詮索は、不要」
教室の空気が凍りつくように止まり、その沈黙に、時だけがゆっくりと流れた。
やがて、教室の隅からぽつりと声が落ちた。
「……ほんとに、戻ってきたんだね」
リースだった。
制服の襟を指でいじりながら、視線をそらさずにアリアを見つめている。
「ええ。ちょっと長めのおやすみをいただいてただけ」
「寝てただけにしては、ずいぶんニュースになってたけど?」
リースの皮肉交じりの返しに、教室に一瞬、呼吸が戻る。
アリアは端末を閉じ、ふっと口元をほころばせた。
「次は君が話題をさらう番かな。成績不振? 遅刻? それとも……拘束歴?」
「うっ……それ、本人の前で言う?」
「大丈夫。今はもう“悪い子は解剖”なんて言わない」
その言葉に、数人の生徒が小さく笑い声を漏らす。
緊張の糸が、わずかにほどけていく。
誰もがまだ警戒していた。
けれど、それでも確かに“彼女”はここに戻ってきた。
この教室に、“教師”として立っている。
それが揺るがぬ事実だった。
その光景を、廊下の窓から見つめている者がいた。
ユノだった。
手には端末。
そこには、アリア・LNA04421の「教職復帰」が正式に承認された通知が表示されていた。
光が差し込む窓の外を一瞥し、彼女は静かに目を閉じる。
「……これで、ようやく始められる。真犯人探しも、アリアと一緒に」
小さく呟いた声は誰にも届かない。
だが、その声に込められた決意は、確かに前へと向いていた。
ユノはそのまま、軽やかな足取りで踵を返し、渡り廊下を歩き去っていった。
春の空気が、その背を優しく押していた。
昼休み。
校内のカフェテリアには、軽食を取りながら談笑するリザレクテッドたちの声が響いていた。
人工的に調整された陽光、スピーカーから流れる穏やかなBGM。
いつもと変わらないはずの時間──その均衡は、ひとつの速報によって唐突に破られた。
《速報です。倫理委員会より正式な発表がありました。本日午前、新たに“生殖機能を持つ男性型リザレクテッド”が第一段階の認証を通過し、社会登録されたとのことです》
カフェテリア中の視線が、壁面のホログラムディスプレイに吸い寄せられる。
映し出されたのは、中性的な顔立ちの少年。
やや長い黒髪、伏し目がちのまなざし、表情は無機質なまでに静かだった。
それでも、彼の存在が放つ「異物感」は、誰の目にも明らかだった。
《外見年齢はおよそ15歳。全身の生体組織に加え、生殖機能においても完全な再現が確認されております》
その一文が読み上げられた瞬間、カフェテリアから音が消えた。
喋っていた者も、笑っていた者も、手を止めて息を呑む。
カフェの一角でジュースを飲んでいたリースが、ストローを止めたまま小さくつぶやいた。
「……ついに、出たんだね」
「リース、知ってたの?」
隣の席で、ルシアンが声を潜めて尋ねた。
「なんとなく、そんな予感はあった。でも……本当に“男”で、それも、生殖できるなんて……現実になると、ちょっと息が詰まるよね」
ホログラムの中では、倫理委員会の広報担当が淡々と説明を続けている。
《なお、該当リザレクテッドの所有者については、今後審査と抽選により決定される予定です。制度の透明性確保のため、詳細は逐次公開されるとのことです》
画面が切り替わり、倫理委員会ビル前で行われている抗議デモの様子が映し出された。
掲げられたプラカードの文字が浮かび上がる。
「人類の再生を止めろ」「生殖機能は一線を越えた」「所有の正当性を問う」──感情が、テクノロジーの成果に牙をむいていた。
「……始まるね」
誰ともなく、ひとつの声が漏れる。
そのひとことに応じるように、周囲の空気がわずかに冷たくなるのが分かった。
社会はまた、一線を越えた。
この日、何かが確かに動き出していた。
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる