リザレクテッド:人類再誕 所有された人間だけど、自由に生きる方法を探してみる

花篝 凛

文字の大きさ
36 / 162
第1部 所有された人間だけど、自由に生きる方法を探してみる

エピローグ

しおりを挟む
 翌日。
 夕焼けの空は、ひどく静かだった。
 高層都市の明かりが霞の中にぼんやりと浮かび、屋上の風が、リースの長い髪をさらりと揺らしていた。
 青みを帯びたその髪の先に、かすかなノイズが走る。
 電脳化の影響か、それとも──まだネットの奥に残る“誰か”の気配か。

 耳の後ろにあるアウラリンクのポートに、指先でそっと触れる。
 そこにはまだ微かな痛みがあった。
 それは、自由の代償でもあり、人権という名のラベルでもあった。

 背後で、ドアが開く音がする。
 振り返ると、ユノが立っていた。
 変わらぬ装い。
 けれどその瞳には、わずかな迷いと、温かさが同居していた。

「……やっと、落ち着いたんだね」

 そう言いながら、ユノが近づいてくる。
 リースは、目を細めて小さく頷いた。

「……アリアは?」
「今日、遠隔診断にかけた。今のところ問題なし。まだネット接続は制限してるけど、状態は安定してる。本人は、かなり不満そうだったけどね」

 リースは小さく笑った。
 アリアが拗ねたように口を尖らせる様子が、目に浮かぶ。

「それで……どうするの?」

 ユノの声には、問い以上の何かがあった。

「戻る? それとも……自由になりたい? せっかく“人権”が認められたんだし」

 風が、ひときわ強く吹き抜ける。

 リースはポケットから、小さなリングを取り出す。
 遺伝子ビーコン。
 リザレクテッドとしての“身分証”──そして、“枷”。

 光にかざすと、その表面に走るコードが一瞬だけ脈を打つ。

「……私は、あんたの所有でいいよ」

 その言葉が口をついて出た瞬間、胸の内が驚くほど静かだった。
 拒絶でも、諦めでもない。
 ただ、それが今の自分の選択なのだと、確かに思えた。

 そして続ける。

「でも、ユノには──私をどうこうする権利なんか、ないからね」

 ユノは、頷いた。
 優しい、けれど確かな眼差しで。

「分かってる。でも、私は“見守る”よ。あなたが選ぶ未来を、後ろから支えるくらいのことは、できると思うから」

 リースは、自分の右手を見下ろした。
 遺伝子ビーコンが、ぴたりとその指に嵌っている。
 その指先から、また新たな識別信号が、静かにネットの海へと溶けていった。

 ──誰かが、それを受信している。
 アリア、レイン、そして……まだ遠く、深くに潜む影。

 すべてが終わったわけじゃない。
 けれど、リースは静かに、心の中で言葉を刻んだ。
 それでも私は、自分の足で立つ。
 過去ではなく、誰かの選択でもなく。
 私の意志で、この場所に在ると──決めたのだ。


 夜風が、そっと髪を揺らしていた。
 アリアの自動走行バイクが、街灯の下で微かにモーター音を鳴らしながら佇んでいる。
 そのセカンドシートに、リースが腰を下ろしたのは、ついさっきのことだった。

 不慣れな乗車姿勢に、わずかにバランスを崩す。

「うわ……けっこう高いんだね、これ……」
「落ちないように」

 アリアが振り返りながら言った。
 その声音には、淡い光のような優しさが滲んでいた。
 リースは小さく口を尖らせたまま、後ろからそっと腕を伸ばし、アリアの腰に手を添える。

 思っていたより細くて、けれど、不思議な安心感があった。

「……ちゃんと掴まってれば、落ちないよね?」
「うん。落ちない」

 前方スクリーンには、走行データだけが静かに流れていた。
 目的地は、まだセットされていない。
 ふたりはまだ、どこへ行くのかを決めていなかった。

 バイクが、ゆっくりと動き出す。
 旧市街の夜道を、静かに走る。
 風が、ふたりの間を通り過ぎていく。

「ねえ、アリア」
「うん?」
「……これから、どうするの? また無茶する気?」
「ううん、違う」

 アリアは一度、アクセルを緩めた。
 言葉を選ぶように、夜風に耳を澄ませるように、口を開く。

「私は……探すよ。自分にできること。リザレクテッドを“守る”って、ただ庇うことじゃない。誤解されたままじゃだめ。嘘に埋もれてもだめ。ちゃんと向き合っていかなきゃって……そう思う」

 リースは、その背中越しに言葉を聞いていた。
 風に少しだけ掠れていたけれど、それでも、ちゃんと伝わっていた。

「ふーん。……難しいこと言うんだね」

 リースはふっと笑い、そっと腕に力をこめた。

「でも……分かる気がする。私も、行くよ。そばにいる。もしアリアが、また無茶しそうになったら、引き戻せるように」
「……それ、引っ張って落とすって意味?」
「違うよ。落ちないように、支えるって意味」

 アリアが、小さく笑った。

「じゃあ……頼りにしてる」
「うん。任せて」

 バイクは、ゆるやかに速度を上げる。
 夜の街が流れ、風がふたりを包む。
 やがて、闇がやさしく開いて──その先に続く未来の輪郭が、静かに姿を現していく。
 その背にしっかりと抱きついたまま、リースは思った。

 たとえ道が見えなくても。
 ふたりで進めば、どこかには辿り着けると。

 バイクは光を引くように夜を裂き、ふたりは確かに、同じ未来を見ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

処理中です...