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第3部 私がもう一人いる!? 二人のアイカ。そして、三人目
第2章 『名前の奥にあるもの』 (3)
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翌朝、教職員棟の一室。
アリアは備え付けの机に腰を下ろし、記録端末の光に目を落としていた。
窓の外では、校庭を歩く生徒たちのざわめきがかすかに聞こえる。
けれど、この部屋の中だけは別の時間が流れているようだった。
「……そう。話したんだね」
アリアの声は、静かに落ちた。
向かいの席に立つアイカは、ほんの少しだけ目を赤くしていた。
昨夜の涙の痕跡が、まだまぶたの端に淡く残っている。
「はい。ユリシアさんは……最初は否定しました。でも、最後には認めてくれました。私が“二人目”だって」
アリアはゆっくりと頷く。
端末のモニターには、並ぶふたつの識別コード──IAK03641とIAK03642。
それぞれの個体記録、育成ログ、消失日付と登録日。
そして、所有者の名は同じだった。
ユリシア・IUV07641。
「……倫理規定第18条──“所有者は、個体に対して明確な育成目的と現在進行形の人格的尊重を持つこと”。複製への執着や過剰な感情投影は、所有継続の条件に抵触する可能性がある」
淡々とした口調の中に、アリアの迷いがかすかに滲んでいた。
「教師として、私はこの件を倫理委員会に報告しなければならない。でも……黙っていることもできる。そうすれば、今までと同じ生活が続く。何も変わらずに」
アイカは黙っていた。
短く、息を飲む音がする。
それから、ゆっくりと目を閉じ、小さく頷いた。
「……ユリシアさんを、嫌いになったわけじゃないんです。でも……私が“誰かの代わり”として作られたままでいたら、きっと私は、一生、自分になれない気がして」
その言葉は、かすかに震えていた。
けれど、まっすぐだった。
アリアは目を伏せ、しばし無言のままモニターを見つめた。
「これを報告すれば……委員会は動く。今までの生活は、戻らない。それでも……いい?」
問いは低く、重かった。
アイカは頷く。
その顔には、恐れと、決意と、少しの痛みが混ざっていた。
「……私は、ユリシアさんと少し距離を置きたい。だから、報告してください」
アリアは静かに、報告書の送信ボタンに手を添えた。
そして、深く、短く頷いた。
「……分かった。私が送る。これは制度の問題でもあり……君の未来のためでもある。もし、怖くなったら、いつでも言って」
「……はい。ありがとうございます」
その声のあと、送信が完了する音だけが室内に鳴った。
──そして、その日の午後。
倫理委員会からの正式な通達が届いた。
《所有者:ユリシア・IUV07641は、個体IAK03642に対する所有資格を失効。倫理規定第18条第4項および第9項に基づき、所有権の即時停止を決定する。IAK03642は一時保護下に置かれ、後日、新たな所有候補者の審査を実施予定。》
報告書の文面は、完璧な整合のもとに記されていた。
そこには、情も、記憶も、涙もない。
ただ事実として、ユリシアの名は、静かに除籍された。
薄いカーテンで仕切られた、無機質な保護室。
壁は白く、照明も最低限。
空気は凛としていて、感情すら立ち入るのをためらうようだった。
部屋にあるのは、ベッドと小さな机だけ。
まるで“存在の最小限”だけを許された空間だった。
その中に、アイカはぽつんと腰掛けていた。
制服ではなく、倫理委員会が用意した薄手のワンピース姿。
腕には識別用の簡易バンドが巻かれている。
その姿はどこか頼りなく、けれど静かに自分を律していた。
ドアが小さく開く音とともに、やわらかな足音が近づく。
アリアだった。
彼女は静かに一礼し、アイカの前の椅子に腰を下ろす。
「調子はどう?」
「……大丈夫です。こういう部屋には……慣れてますから」
アイカの声には張りつめた硬さがあったが、瞳の奥には否応ない疲労が滲んでいた。
アリアは短く頷き、手元の端末を開いていくつかの確認項目を読み上げる。
その後、ごく自然な流れで、本題に入った。
「……アイカ。今後のことなんだけど」
その一言に、アイカがゆっくり視線を上げる。
わずかに強張った肩が、静かに返答を待っていた。
「君の次の所有者について、倫理委員会で協議が始まってる。原則として、希望を提出した上で審査付きの抽選になる。希望が通るかどうかは……運次第」
アイカの指が、膝の上でぎゅっと握られる。
言葉にしない不安が、その小さな手に表れていた。
「でも、もうひとつ……選択肢がある」
アリアの声が少しだけ低くなった。
一瞬だけ目を伏せ、そしてまっすぐにアイカの瞳を見据える。
「一時的な保護者として、私が登録されるという方法。正式な所有者じゃないけど……生活のサポートや学校での関わりは、今までと変わらない。私は人権を持つ存在だから、リザレクテッドの所有者になれる」
その言葉に、アイカの喉がかすかに動いた。
しばらく沈黙が続いたが、やがて彼女はそっと口を開いた。
「……お願いできますか?」
アリアが瞬きをした。
少し驚いたように。
「え?」
「……その一時保護者っていうの。アリア先生がなってくれませんか」
その声は小さかったけれど、迷いはなかった。
アリアは目を細め、静かに、そしてやさしく微笑んだ。
「もちろん。私でいいなら、喜んで」
アイカはこくりと頷いた。
その目には、涙がわずかに浮かんでいたが──今度は、それを隠そうとしなかった。
「……ありがとうございます。なんだか……ほっとしました」
アリアはゆっくりと頷きながら、穏やかに言葉を添えた。
「無理はしないでね。ここにいる間も、何度でも会いに来る。次の選択を、自分で選べるようになるまで──一緒に考えていこう」
アイカは言葉を返さず、ただ静かに頷いた。
その肩の力が、ほんの少しだけ抜けていた。
外の世界はまだ冷たく、制度は変わらず無機質だった。
けれど、目の前の温もりは確かにそこにあり、今の彼女にとって、それは何よりの居場所だった。
夕暮れの空に、赤と灰が溶ける頃──。
倫理委員会のビル前は、静かな熱気に包まれていた。
広場の端では、警備用のアウロイドたちが等間隔に並び、無表情のまま状況を監視している。
その前に広がるのは、二重の群れ。
ひとつは、リザレクテッド所有の抽選を目指して集まった希望者たち。
もうひとつは、それに抗う反対派のアウロイドたちだった。
「ほんとに空きが出たんだって!?」
「リザレクテッド所有者の一般公募なんて、めったにないのよ!」
希望者の一団は熱を帯びたままざわめき、資料の束を手に、互いに情報を交換していた。
家族連れの姿もあり、個人で来た者の目は真剣そのものだった。
風が吹き抜け、彼らの手元にある紙が、乾いた音を立ててはためく。
その向かい側──警備ラインの先には、反対派のアウロイドたちが声を張り上げていた。
「リザレクテッドに未来はない!」
「感情をなぞる肉体に、権利など不要だ!」
「遺物を抱えて進むつもりか、貴様らは!」
機械拡声器を通した声が、コンクリートの壁に反響していく。
その場には衝突こそなかったが、言葉が空気を切り裂き、無数の視線が互いを刺していた。
──そのとき。
重々しい音とともに、ビルの正面扉が開いた。
現れたのは、ひとりの女。
黒を基調としたスーツに身を包み、迷いなく階段を降りてくる──アリアだった。
群衆の空気が一瞬で変わった。
ざわめきが、静かなどよめきに変わる。
「あれ……アリアだ」
「リザレクテッドの教師……例外個体の……」
「倫理委員会の立会い担当者か?」
ささやきが連鎖し、視線が彼女に集まる。
だが、誰も声をかけなかった。
誰も彼女の行く手を遮らなかった。
希望者の目にも、反対派の目にも宿っていたのは、理解不能な“距離”だった。
アリアは誰にも目を向けなかった。
何も言わなかった。
ただ、まっすぐに歩いた。
感情の渦巻くその中心を、無言で貫くように。
やがて、彼女の背は群衆を抜け、街の雑踏へと消えていく。
置き去りにされた者たちは、何もできず、ただ見送るだけだった。
その背に──希望も、怒りも、嘆きも、誰の声も届かなかった。
ただひとつ確かなのは、リザレクテッドという存在が、いまだこの世界で“定義されていない”ということ。
アリアは、その未確定な真実を背負いながら、今日も歩いている。
足音だけを、確かに残しながら。
アリアがアイカを仮所有することが正式に認可されてから、彼女の生活は表面上、以前とほとんど変わらなかった。
倫理委員会の施設から教室に通い、授業を受け、日々の課題をこなす。
──変わらぬ“日常”。
だがその“変わらなさ”は、どこか不自然に整いすぎていた。
授業中、アイカの発言は簡潔で論理的。
必要以上に感情を含まない。
休憩時間も、自ら輪の中に入ることはなく、教室の隅で静かに読書をして過ごす。
掃除も、委員の仕事も、与えられた役割はすべて完璧にこなしていた。
「アイカさん、手伝いありがとう。すごく助かる」
同級生が声をかけると、アイカはにこやかに返した。
「いいえ。それが、今の私の役目ですから」
その返事は、礼儀正しく、微塵の破綻もなかった。
──それだけに、どこか「作られた静けさ」のような違和感を残していた。
放課後、職員室で日誌を入力していたアリアは、ふと窓の外に目をやった。
校庭を歩くアイカの後ろ姿に視線が止まる。
背筋は伸び、歩幅は均等。
どこまでも無駄のない動き。
まるで、訓練されたアウロイドのようだった。
(……前のアイカは、こんなふうじゃなかった)
ユリシアの膝にもたれていたときの、あの無邪気な笑顔。
教師に咎められて頬を膨らませたあの表情。
時折こぼれる戸惑いと安堵の混じった、年相応の揺らぎ。
今の彼女には、それがない。
感情の浮き沈みを恐れるかのように、自分を緻密に整えている。
(“個体”として壊れないために、完璧な型に閉じこもってる……)
アリアは日誌の入力を中断し、視線を伏せた。
今、彼女がアイカにしてやれているのは、“保護”という制度上の許可だけ。
だが、その保護が果たして彼女の心を支えているのか、確信は持てなかった。
アリアは備え付けの机に腰を下ろし、記録端末の光に目を落としていた。
窓の外では、校庭を歩く生徒たちのざわめきがかすかに聞こえる。
けれど、この部屋の中だけは別の時間が流れているようだった。
「……そう。話したんだね」
アリアの声は、静かに落ちた。
向かいの席に立つアイカは、ほんの少しだけ目を赤くしていた。
昨夜の涙の痕跡が、まだまぶたの端に淡く残っている。
「はい。ユリシアさんは……最初は否定しました。でも、最後には認めてくれました。私が“二人目”だって」
アリアはゆっくりと頷く。
端末のモニターには、並ぶふたつの識別コード──IAK03641とIAK03642。
それぞれの個体記録、育成ログ、消失日付と登録日。
そして、所有者の名は同じだった。
ユリシア・IUV07641。
「……倫理規定第18条──“所有者は、個体に対して明確な育成目的と現在進行形の人格的尊重を持つこと”。複製への執着や過剰な感情投影は、所有継続の条件に抵触する可能性がある」
淡々とした口調の中に、アリアの迷いがかすかに滲んでいた。
「教師として、私はこの件を倫理委員会に報告しなければならない。でも……黙っていることもできる。そうすれば、今までと同じ生活が続く。何も変わらずに」
アイカは黙っていた。
短く、息を飲む音がする。
それから、ゆっくりと目を閉じ、小さく頷いた。
「……ユリシアさんを、嫌いになったわけじゃないんです。でも……私が“誰かの代わり”として作られたままでいたら、きっと私は、一生、自分になれない気がして」
その言葉は、かすかに震えていた。
けれど、まっすぐだった。
アリアは目を伏せ、しばし無言のままモニターを見つめた。
「これを報告すれば……委員会は動く。今までの生活は、戻らない。それでも……いい?」
問いは低く、重かった。
アイカは頷く。
その顔には、恐れと、決意と、少しの痛みが混ざっていた。
「……私は、ユリシアさんと少し距離を置きたい。だから、報告してください」
アリアは静かに、報告書の送信ボタンに手を添えた。
そして、深く、短く頷いた。
「……分かった。私が送る。これは制度の問題でもあり……君の未来のためでもある。もし、怖くなったら、いつでも言って」
「……はい。ありがとうございます」
その声のあと、送信が完了する音だけが室内に鳴った。
──そして、その日の午後。
倫理委員会からの正式な通達が届いた。
《所有者:ユリシア・IUV07641は、個体IAK03642に対する所有資格を失効。倫理規定第18条第4項および第9項に基づき、所有権の即時停止を決定する。IAK03642は一時保護下に置かれ、後日、新たな所有候補者の審査を実施予定。》
報告書の文面は、完璧な整合のもとに記されていた。
そこには、情も、記憶も、涙もない。
ただ事実として、ユリシアの名は、静かに除籍された。
薄いカーテンで仕切られた、無機質な保護室。
壁は白く、照明も最低限。
空気は凛としていて、感情すら立ち入るのをためらうようだった。
部屋にあるのは、ベッドと小さな机だけ。
まるで“存在の最小限”だけを許された空間だった。
その中に、アイカはぽつんと腰掛けていた。
制服ではなく、倫理委員会が用意した薄手のワンピース姿。
腕には識別用の簡易バンドが巻かれている。
その姿はどこか頼りなく、けれど静かに自分を律していた。
ドアが小さく開く音とともに、やわらかな足音が近づく。
アリアだった。
彼女は静かに一礼し、アイカの前の椅子に腰を下ろす。
「調子はどう?」
「……大丈夫です。こういう部屋には……慣れてますから」
アイカの声には張りつめた硬さがあったが、瞳の奥には否応ない疲労が滲んでいた。
アリアは短く頷き、手元の端末を開いていくつかの確認項目を読み上げる。
その後、ごく自然な流れで、本題に入った。
「……アイカ。今後のことなんだけど」
その一言に、アイカがゆっくり視線を上げる。
わずかに強張った肩が、静かに返答を待っていた。
「君の次の所有者について、倫理委員会で協議が始まってる。原則として、希望を提出した上で審査付きの抽選になる。希望が通るかどうかは……運次第」
アイカの指が、膝の上でぎゅっと握られる。
言葉にしない不安が、その小さな手に表れていた。
「でも、もうひとつ……選択肢がある」
アリアの声が少しだけ低くなった。
一瞬だけ目を伏せ、そしてまっすぐにアイカの瞳を見据える。
「一時的な保護者として、私が登録されるという方法。正式な所有者じゃないけど……生活のサポートや学校での関わりは、今までと変わらない。私は人権を持つ存在だから、リザレクテッドの所有者になれる」
その言葉に、アイカの喉がかすかに動いた。
しばらく沈黙が続いたが、やがて彼女はそっと口を開いた。
「……お願いできますか?」
アリアが瞬きをした。
少し驚いたように。
「え?」
「……その一時保護者っていうの。アリア先生がなってくれませんか」
その声は小さかったけれど、迷いはなかった。
アリアは目を細め、静かに、そしてやさしく微笑んだ。
「もちろん。私でいいなら、喜んで」
アイカはこくりと頷いた。
その目には、涙がわずかに浮かんでいたが──今度は、それを隠そうとしなかった。
「……ありがとうございます。なんだか……ほっとしました」
アリアはゆっくりと頷きながら、穏やかに言葉を添えた。
「無理はしないでね。ここにいる間も、何度でも会いに来る。次の選択を、自分で選べるようになるまで──一緒に考えていこう」
アイカは言葉を返さず、ただ静かに頷いた。
その肩の力が、ほんの少しだけ抜けていた。
外の世界はまだ冷たく、制度は変わらず無機質だった。
けれど、目の前の温もりは確かにそこにあり、今の彼女にとって、それは何よりの居場所だった。
夕暮れの空に、赤と灰が溶ける頃──。
倫理委員会のビル前は、静かな熱気に包まれていた。
広場の端では、警備用のアウロイドたちが等間隔に並び、無表情のまま状況を監視している。
その前に広がるのは、二重の群れ。
ひとつは、リザレクテッド所有の抽選を目指して集まった希望者たち。
もうひとつは、それに抗う反対派のアウロイドたちだった。
「ほんとに空きが出たんだって!?」
「リザレクテッド所有者の一般公募なんて、めったにないのよ!」
希望者の一団は熱を帯びたままざわめき、資料の束を手に、互いに情報を交換していた。
家族連れの姿もあり、個人で来た者の目は真剣そのものだった。
風が吹き抜け、彼らの手元にある紙が、乾いた音を立ててはためく。
その向かい側──警備ラインの先には、反対派のアウロイドたちが声を張り上げていた。
「リザレクテッドに未来はない!」
「感情をなぞる肉体に、権利など不要だ!」
「遺物を抱えて進むつもりか、貴様らは!」
機械拡声器を通した声が、コンクリートの壁に反響していく。
その場には衝突こそなかったが、言葉が空気を切り裂き、無数の視線が互いを刺していた。
──そのとき。
重々しい音とともに、ビルの正面扉が開いた。
現れたのは、ひとりの女。
黒を基調としたスーツに身を包み、迷いなく階段を降りてくる──アリアだった。
群衆の空気が一瞬で変わった。
ざわめきが、静かなどよめきに変わる。
「あれ……アリアだ」
「リザレクテッドの教師……例外個体の……」
「倫理委員会の立会い担当者か?」
ささやきが連鎖し、視線が彼女に集まる。
だが、誰も声をかけなかった。
誰も彼女の行く手を遮らなかった。
希望者の目にも、反対派の目にも宿っていたのは、理解不能な“距離”だった。
アリアは誰にも目を向けなかった。
何も言わなかった。
ただ、まっすぐに歩いた。
感情の渦巻くその中心を、無言で貫くように。
やがて、彼女の背は群衆を抜け、街の雑踏へと消えていく。
置き去りにされた者たちは、何もできず、ただ見送るだけだった。
その背に──希望も、怒りも、嘆きも、誰の声も届かなかった。
ただひとつ確かなのは、リザレクテッドという存在が、いまだこの世界で“定義されていない”ということ。
アリアは、その未確定な真実を背負いながら、今日も歩いている。
足音だけを、確かに残しながら。
アリアがアイカを仮所有することが正式に認可されてから、彼女の生活は表面上、以前とほとんど変わらなかった。
倫理委員会の施設から教室に通い、授業を受け、日々の課題をこなす。
──変わらぬ“日常”。
だがその“変わらなさ”は、どこか不自然に整いすぎていた。
授業中、アイカの発言は簡潔で論理的。
必要以上に感情を含まない。
休憩時間も、自ら輪の中に入ることはなく、教室の隅で静かに読書をして過ごす。
掃除も、委員の仕事も、与えられた役割はすべて完璧にこなしていた。
「アイカさん、手伝いありがとう。すごく助かる」
同級生が声をかけると、アイカはにこやかに返した。
「いいえ。それが、今の私の役目ですから」
その返事は、礼儀正しく、微塵の破綻もなかった。
──それだけに、どこか「作られた静けさ」のような違和感を残していた。
放課後、職員室で日誌を入力していたアリアは、ふと窓の外に目をやった。
校庭を歩くアイカの後ろ姿に視線が止まる。
背筋は伸び、歩幅は均等。
どこまでも無駄のない動き。
まるで、訓練されたアウロイドのようだった。
(……前のアイカは、こんなふうじゃなかった)
ユリシアの膝にもたれていたときの、あの無邪気な笑顔。
教師に咎められて頬を膨らませたあの表情。
時折こぼれる戸惑いと安堵の混じった、年相応の揺らぎ。
今の彼女には、それがない。
感情の浮き沈みを恐れるかのように、自分を緻密に整えている。
(“個体”として壊れないために、完璧な型に閉じこもってる……)
アリアは日誌の入力を中断し、視線を伏せた。
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