小さき文官は強大な騎士を手に入れる

朝子

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01.ルカという名の文官

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 ルカ、という名前の、まだ年若い文官がいた。

 ルカは、短小極細の酷く些細な陰茎を持つ以外は全てが完璧な男だった。その陰茎ですら、包茎ではなくただただ小さいだけだ、と言う事実からも彼の完璧さが窺い知れる。

 そんなルカは、太陽の光のようにきらきらと輝く細く長い髪を持ち、その髪が縁取る顔はきれいな卵型、肌は白くきめ細やかで染みの一つもない。
 長く真っ直ぐなまつ毛に縁取られた目は宝石のような紫色に輝き、顔の中心をすっと通る鼻筋、その下にある少し厚めの唇はいつでも艶々として完璧な形を保っている。

 すれ違ったものはみな振り返らずにはいられない美しい文官ルカは、今日も城の中を忙しそうに歩く。
 切れ者と評判の宰相の息子でもあるルカは、幼い頃からその美しさだけではなく頭の良さでも高く評価されていた。
 本人は三男の身でもあり権力には固執していないことから、既に父の右腕として働いている長男を手助けしながら生きていく、そう決めている為にあまり強く自己を主張することもない。
 美しく、仕事ができ、その上控えめなルカ。
 城の者は誰しもがルカに夢中と言っても過言ではなく、年頃の女はみなルカを見ると色目を使うし、年頃……ではなくとも、決まった相手のいない男も熱い視線を送る。
 そんなルカ本人は、と言うと、今日も真面目に仕事に勤しんではいるのだが……。

「デズモンドさん、この書類は騎士団長に持っていけば良いものですか? 僕、これから武官の詰所の方に行くので良ければついでに騎士団長室へ持っていきましょうか?」
「え、本当かい? 助かるな、……お願いできる? 手間を増やして悪いね……ルカはいつも気が利くから助かるよ」

 ルカは、別に気を利かせたわけではない。
 時間は午後三時。太陽はまだ高く気温は高い。騎士団が午後からの鍛錬を終えて、休憩と称して水場で服を脱いで皆で水浴びしている頃だ。

「いえ、とんでもない。では、これお持ちしますね」

 ルカは涼しい顔をして、騎士団の鍛錬場へと急いだ。……早くいかなくては水浴びが終わってしまう。
 ルカの予想通り、武官詰め所へと続く渡り廊下から見える水場には騎士団員が十数人集まり「先程の突きは以前よりも勢いが増してた」「あの返しはよかった」などと鍛錬中の話をしながら、次々に水くみ桶で水をかぶっている。

 ルカは無表情を保ったまま、その様子をゆったり歩きながら眺め――形の良い眉毛がぴくりと反応する。……見つけた。他のみなと同様にほぼ裸の姿をさらし、下穿き一枚で楽しそうに水を浴びるその姿。団員が呼んでいたことで彼の名前はリーヴァイだと言うことを知っている。
 筋肉質な身体、日に焼けた肌は健康そうで頭に輝く赤毛が良く映える。燃えるように美しい髪に視線が行きがちだが、いくら美しく目を引くからと言ってそこを見つめているようではまだまだ素人だ。
 それに関して玄人であるルカは、輝く赤毛ではなく、股間を見る。
 だってルカは知っている。リーヴァイの陰茎が人並み外れて大きく、下穿きの裾から先端が見えることを。
 騎士団支給の下穿きの規格は皆一律で、太ももの上部が隠れる丈、色は臙脂色、形はゆったりと締め付けず動きやすそうな作りをしている。が、リーヴァイの下穿きの臙脂色に続くように垂れ下がっているその顔を覗かせているその……。

 ああ、だめだ、今日もやっぱり出ている。普通の大きさであれば、本来そんな所からそんなモノが見えるわけもないはずの、その……。
 ルカは頭を振った。
 これ以上見続けたら、ばれてしまう。自分が、下穿きの裾から覗くリーヴァイの大きめの亀頭に釘付けだ、なんてことが、騎士団員たちにばれてしまう。それは困る。

「ルカ様!」

 名を呼ばれた。その声を皮切りに、ルカが歩いていることに気づいた団員たちの声が次々ととんできた。

「武官詰所へいらっしゃるのですか?」「ルカ様! 今日もいつもと同じぐらい綺麗です!」「ルカ様、今度一緒に食事いかがですか!」「酒は! 酒は飲めませんか? ルカ様!」

 綺麗に微笑みを貼り付けながら、今度は堂々と騎士団員たちへ顔を向けた。声をかけられたのだから、堂々と見ても良いはずだ。
 にこにことルカを眺める集団の中に、笑顔も作らずに赤毛の男が一人無表情でルカを見ている。股間を見たい気持ちをぐっとこらえて、リーヴァイの瞳を見た。琥珀色の瞳。愛想笑いすらせずにただルカを見るその表情からは、他の団員と違って一欠片の好意も感じることができない。

 ……いつもこうだ。

 いつか、一度で良いから仲良く会話をしてみたい、そう思っているのにルカから積極的に話しかけることができない理由はここにある。好かれていないだろうと思う相手に声をかけるのは難しい。
 今日も自分好みの亀頭をこの目で見られたことの喜びと、それから、好ましいと思った相手に今日も冷たい態度をとられてしまった悲しみで複雑な気持ちになりながらも、団員たちに軽く会釈をして、ルカは心の中だけでお気に入りの極太で長大なそれに別れを告げた。



 ――夜も更けた遅い時間。

 自室に戻ったルカはため息をついた。
 課せられている仕事は楽しい。やりがいもある。父が長年宰相を務めるこの国も好きだ。近隣諸国とも友好な関係を築いているし、ごくまれに有事が起こることはあるがだいたいが森をはぐれて出てきた魔物の討伐など、人が関係するようなものではない。過去の文献などを参考にすると、人と人の争いというものはとかく面倒でこじれやすく、国を揺るがす大事件に発展することもあるのだからそういう意味でいうのなら今のこの国の状態はとても正しく平和で良いものといえる。
 父との関係も、兄二人との関係も良好だ。世襲制が重んじられるこの国の宰相と言う父の立場を鑑み、ルカ自身は今のまま実務をこなし、王族に仕え、父や兄を支えていきたいと思っている。
 兄二人は既婚者となり跡取りの心配もない。

 自分自身は結婚などはそもそも考えたことはないし、……誰が嫁ぎたがると言うのだ、この……陰茎を模した小さいおもちゃのような股間を持つ男に。
 だから、結婚はしなくて構わない。
 だけど、時おり無性に虚しくなる時があるだなんて、それはわがままだろうか。
 誰かとお互いだけを認めあって、信じあって、永いこと共にいられたら、それは至高の幸せだろうと夢想してしまう。それはきっと、出自も暮らしも恵まれすぎている程に恵まれている自分が思うことは傲慢でわがままな思いなのだろう。
 再度、ため息をついた。
 こんな悩みにもならないような些細な胸の痛み、いつまでもぐずぐず考えていても仕方ない。
 机のひきだしから小さな鍵を取り出す。それを戸棚の鍵穴へ。両開きの扉を開け放つと、そこには。

「……よし、今日はどれにしようか……?」

 戸棚の中、整然と並ぶ数々のディルド。鼈甲、水晶、牛の角、それから磨き抜かれた高級木材。素材は様々あれど、全て大きさはある一定の太さと長さを誇る逸品揃い、ルカが厳選して集めた所蔵品だ。
 形も太さも長さも感触もどれも違う。香油の匂いですら、多種多様に揃え、それらに癒やされるのがルカの唯一の発散方法だ。
 なんて。そんなこと誰かに知られたら、多分それだけで憤死できる。ブツの購入だって、身元がばれないように変装に変装を重ね、遠く離れた店にまでわざわざ買い付けに行っているというのに。

「……水晶……かな……。ちょっと硬目な冷えたものでがんがんに突かれたい気分のような……。あとは、……香油は、花の香りで癒やされたいような……」
「ルカ」
「……ぎゃ!」

 ディルドを吟味していたら、自室の外から父親の声。正直今このタイミングで一番聞きたくない声は、と質問されたら迷わず父と答えるだろう。いやまて、母も嫌だ。……なんて話は置いておいて。
 慌てて戸棚をしめて鍵をかけ、はい、父さんどうしました! なんて叫びながら父が待つであろう部屋の扉へと向かう。
 まさか父が自室を訪ねてくるとは。……全く無いとは言わないが、そもそもが忙しい父親で普段から気軽に話に来るような相手でもない。何か重大な話でもあるのだろうか。

「お待たせしました。どうぞ」
「邪魔したか、叫び声が聞こえたようだが」
「いえ、大丈夫です。どうぞ」
「すまんな」

 岩のようにゴツゴツした大きな身体を持つ父。顔も厳つく、文官である宰相というよりは、武官とでも呼んだほうが良いようなその容姿。厳つい顔はいつも怒っているように見えるが、それはもともとそういう顔だというだけで、本来優しい父だ。
 見た目の全てにおいて母親に似たルカが唯一父から受け継いだ紫色の瞳が、優しくルカを見つめてきた。

「夜遅くに悪いが、ちょっと話があってな」
「はい、どうぞ」

 本当はにこやかにどうぞ、なんて言えるような身体の状態ではなかったはずなのだが、父親が出てきてしまっては仕方がない。
 そもそも、ルカの陰部も先程までは期待にうずいていたが、今では完全に気持ちと共に萎えてしまって、ぴったりと閉じられる事開かずの扉の如しだ。
 余談だがルカの陰部といえば極細で短く繊細に美しい陰茎ではなく、慎ましやかな後ろの孔のことだ。実際に慎ましいかどうかは置いておく。

「茶と酒、どっちが良いですか?」
「……茶を、もらおうか」

 どうやら本当に真面目な話のようだ。酒ではなく茶をご所望とは。

「はい、どうぞ」

 あまり時間をかけずに、手ずから茶を入れ、父の前に出す。ルカも話の内容が気になるため、さっさと父の目の前に座ると単刀直入に聞いた。

「で、話とは」
「……お前……結婚しないか」
「……はい?」

 結婚と言ったか? この、目の前に座る父は、結婚と?

「結婚と言いました?」
「ああ、言った。予定はないのか?」
「結婚の?」

 ない。あるわけがない。
 そもそも女性となんて論外だ。この、下手したら自分の手についている親指の方が大きそうな陰茎を知られるぐらいなら、自死する。
 貴族の奥様連中の噂話が下ネタばかり、なんてことは有名な話だ。結婚して、お相手に股間を晒した翌日には名だたる貴族の奥様たちに自分の股間事情を知られるなんて、それはもはや自死に値する屈辱だ。

「後継者争いに、……自分も、自分の子も巻き込まれたくないので、子を成す様な事をしない為にも結婚はしません」

 これだ。
 大抵の人はこれで引き下がる。そうか、残念だな、いい子がいるんだがな、なんて言いながらも、気が変わったら声をかけてくれよ。そう言って離れていく。が、相手は自分の父だ。それぐらいで引き下がるようならわざわざ自室を訪れはしないだろう。

「そうか、その心意気は良いがな。相手は男でも構わないんだが。男相手なら子はできないだろう」
「は? え? なんて?」

 狼狽が表へと出てしまった。まさかこの父、ルカの性癖を把握しているわけではあるまいな……? 思わず呼吸が浅くなり動悸をおさえながらも、目の前の実父を警戒してしまう。だが、父にからかっているような様子はない。それどころか。

「この際、性別は問わない。いや……男だろうが女だろうが、一定の条件を満たしたものなら何でも構わない。結婚してくれ」
「何でもかまわない?」

 もはや人間でなくても構わないような言い分だ。する予定はないが、するなら人間と結婚したい。一体何があったのだ。

「未婚であること。できれば歳の頃が近しいこと。それから、出自が貴族や王族ではないこと。かと言って、商売人や豪農などの国の中枢への繋がりを欲しているような仕事にはついていないこと。嘘でもお互いに好いているように見せられること。これだけだ。簡単だろう」
「父さん……結構多いですね、条件……」
「まあな……私もな……特に末子のお前には好きにさせてやりたい気持ちも強い。だが、……そろそろ業務に支障が出る」
「はぁ、業務に支障……それは良くないですね、何があったのですか」
「城の者に限らず、内外からもお前宛の縁談がひっきりなしだ。最初は断っていたのだがな、断れば断るほどに増えてくる。終いに隣国の姫さまから正式に婿に欲しいと遣いが来てしまった」
「隣国? 婿!? 姫さま!? 父さん、それは困ります。あの、本当に、本気で、心底から結婚の意思がないのです! 困るのです!」
「わかっている! だが、断り続けることにも限界がある。それにな、このままでは外交問題に発展しかねん。だから、結婚をしろ、と言っているのだ。結婚してしまえば、縁談はこない。そうだろう、ルカ」

 そうだろうと言われても。ルカは考え込んだ。
 だからこその、あの条件。外にも中にもこれ以上の政治的な繋がりを作らず、恋愛結婚に見せかけていれば、痛くもない腹を探られることもないだろう。

「とりあえず……あの、僕の意向を最大限に汲もうとしてくれたこと、感謝します」

 父が限界だ、と言いにきたのだから本当に限界なのだろう。これまで、ルカの知らない所で最大限に守ろうとしてくれていたはずだ。それが守れきれなくなりそうだから、と、次の手を考えてきてくれたのだろうと言うことがわかる。
 礼を伝えたら、父は厳つい顔を崩して笑った。

「いいんだ。……最後まで断り続けることができなくてすまないな……誰か……思う相手や、この者なら共にいても構わないと思うような相手がいたら言いなさい。最大限配慮しよう」
「……出自が貴族や王族ではなく、商売人や豪農の出じゃなく、男性であれば、城に勤める者でも良いのですか?」
「ああ、構わない。武官や文官、城内の下働きのもの、誰でもいい」
「……わかりました。少し……三日ほどお時間をください、考えます」
「わかった、では三日後にまた来よう。今日はもう寝なさい、疲れただろう」

 そう言いながら、優しい父はルカの入れた茶を飲み干して部屋を出て行った。
 ルカは……父が話した内容を噛みしめるようにして、考え続けていた。

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