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第一章 クイナ

08.貪り喰らう黒い爪 ※

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 散々に体液を交換した。
 唾液、汗、精液、それでもお互いの熱はなかなか引かずに三日が過ぎた。

 二人とも、いつイッてるのかも定かではない程に、何度となく絶頂を迎え、それでも完全に身体が醒める前に次の快楽に溺れる。そんな事を繰り返している。

 過去何度も発情期を体験しているカジュリエスでも、まるで初めての時のように、震えがくる程の快感に襲われる。これと決めた相手と過ごす発情期とは、言葉で表すことは難しい程に良いものだと、この年で初めて知った。
 今までを知っているカジュリエスからすると、発情期とはだいたい今頃がピークでこれから同じだけの時間をかけておさまっていくのだと理解しているし、普段から体力勝負の仕事でもあるのでまだまだ余裕だがレイルは辛そうだ。
 体力的についていけないのだろう。
 脚を開いてカジュリエスを正面から受け入れ気持ちよさそうにしているが、多少顔色が悪いように思う。
 それでも抱き続けたいなんて。
 むしろ、その快楽に歪む青白くも見えるレイルの顔の赤い唇、それからその色白の肢体を限界まで開いた太ももの鮮やかなオレンジ色の対比を見ているだけで自分の性欲を止めることができないなんて。
 本当に、どうかしている。

 発情期の間、自分勝手に相手を貪り続け楽しく過ごして終わってみたら、捨てられました、なんてシャレにもならない。全く楽しくない未来に恐れを感じて、ゆっくり、自身の陰茎を引き抜いた。
 レイルは震える。
 震えながら、なんでぬくの、と小さく囁くように声を上げる。


「ちょっと、……揺れるぞ」
「ん……」


 この三日幾度も同じ事をされたために何をされるか理解し大人しくなったレイルを、横抱きにして持ち上げた。


「少しだけ、休憩。な。風呂行って、果物でも食おう」
「ん、……果物、いらない、だから、続きしたい」
「だめ」
「カジュリエス、けち……」
「はいはい、けちで結構、口の悪いお姫様だな」
「どうして……」
「ん?」
「医官の人がきたとき。どうして外から肩に担いで戻ったの、今みたいに横に抱いてくれたら、近くて顔が見えて良かったのに」
「……暴れられたら、困るだろ」
「暴れないけど……」


 顔を見て運んで、少しでもレイルが自分を嫌がる表情を見つけてしまったら自分はきっと傷ついてしまうと思ったし、つがいだと思っていたのは自分だけだったなんて、そんな事実を受けて情けなさ過ぎて顔が見えるような抱きあげ方をする事が出来なかった。
 とは、言わない。
 言えない。
 プライドが邪魔をする。

 レイルを抱えたまま、湯に浸かる。

 鳥は砂浴びも水浴びも好きだ。
 そのせいかわからないが、西浮国では風呂事情には恵まれており、大抵の家では常に湯がなみなみと張られ循環し、いつでも使えるようになっている。
 カジュリエスは長い事、西浮国の風呂事情を、基となった鳥の習性からきていると理解してきた。
 しかし今になって、発情期がある種族だからという事情もあるのか、とも思い直した。
 いくら身体がどろどろになろうと、すぐに洗い流せるのは便利だ。

 湯に浸かったまま、レイルの後孔へと指をのばした。
 ぴくり、と肩を震わせながら、レイルが上目で見つめてくる。


「自分で、だしたい」
「何度も言ったはずだ、これは俺がやる。そろそろ覚えろ」
「だって恥ずかしい……」
「だから……それも、そろそろ覚えろ、俺を煽るだけだ」
「……んん……」


 目をぎゅうとつぶりながらこれから起こることを受け入れるために腕の中で恥ずかしそうに小さくなる存在に、また不埒な気持ちが沸き起こる。
 今のところ七割ほどの確率でこのまま更になだれ込んでいるが、今回はどうか。
 どちらでもいい。どちらであっても、少なくても残り三日は、お互いこの発情期に付き合ってもらわないといけないのだ。

 カジュリエスはレイルの後孔に散々に出した自身の精液を指で掻き出しながら、掻き出す以上の動きをさせながら内壁を探った。襞を数えるように、やわやわと指を動かす。くぐもった喘ぎ声が聞こえる。自分の腕に唇を寄せてしがみつきながら、快感に耐えるレイルが見えた。悪くない反応だ。
 なだれ込む確率が八割に増えるな、そんな事を考えながらも更に指を奥へと進めた。


 その後。
 カジュリエスの予想通り、およそ三日程であの異常とも思える発情期の熱は去って行った。
 発情期の間は仮眠程度にしか休んでいなかったので、熱が去った時には二人とも、倒れ込むように眠った。
 眠る直前に聞こえたのは少し笑いを含んだ優しいレイルの声で「……有精卵産めそうだわこれ」と言うもので「あぁ、そうだな産め」と応えたつもりだったのだけど、果たしてレイルに聞こえたかは分からないままカジュリエスの意識は真っ暗な中へと落ちていった。

 真っ暗な中へと落ちた後は、明るい所へ登ってくるのみ。
 体感的に丸一日を睡眠に費やして、晴れ晴れした気持ちで起き上がったカジュリエスは、まだ隣で眠るレイルを起こさないようにそっと立ち上がった。
 湯を使い、食料を仕入れてこなくては。

 外に出て、真っ先にした事はバルチャーに連絡を取る事だ。

 仲が良いとは言え、全てを任せて休んでしまった。
 自分はまだ良い。言い方は変だが、発情期に理解のある職場だから。だけど、レイルは。彼は、彼の職場はどうだろうか。浮島亭に孵卵施設育ちの人がいるようには思えなかった。理解されるだろうか。

 バルチャーへと、通信魔術を繋いだ。


『あ、カジュリエス? おつかれさま、どうでした、番との初めての発情期は』
「おかげさまで。それよりレイルの職場のことだが……連絡しておいてくれたんだよな? どうだった?」
『……それなんだけど……君のレイルは、今の職場に何か思い入れはあるかな?』
「知らん、何かあったのか」
『浮島亭の店主がねぇ……発情期のある人間は、どうもいらないと思っているらしくて。休むでしょう、定期的に。それが困るって言われまして、……とりあえず、発情期あけたら番と話をさせに行くって言ってあるから、辞める辞めないの話は一旦保留になってますけど……近いうちにあなた、一緒に行ってあげるといいですよ』
「……そうか、わかった。俺もなるべく早く出勤する。色々ありがとう」


 通信を切って、やはりな、とため息を一つ。

 レイルは、どう思うだろうか。
 十八歳から勤めていると言っていたように思う。成人してから勤め続けている店を、こんな、まるで予期しない嵐に巻き込まれたような発情期で事実上解雇されても良いと思えるものだろうか。

 レイルが好きだ、愛してる。他の人間なんて考えられない、俺の全て。
 そんな事を常に思っているのに、カジュリエスはレイルの事を恐ろしい程に知らない、という事を改めて自覚してしまった。
 好きな色、好きな季節、嫌いな食べ物や、嫌いな匂い、お気に入りの服、お気に入りの場所、どんな生い立ちで、どんな友達がいる、何をしたら喜んで、何をされるのは嫌なのか。
 そんな、彼を形作るようなものを何も知らない。
 知っている事と言ったら、好きな体位や、触られて気持ちが良い場所、舐められるのを喜ぶ場所、そんな事ばかりだ。

 改めて思った。

 やばい、レイルが睡眠からさめて冷静になったら、俺捨てられる。

 レイルの目が覚めたら。

 捨てられそうになる前にまずは湯に運ぼう。不埒なことはせずに身体をきれいにし、食べ物を与え、気分が良いところで改めて浮島亭の話しを教えよう。
 その上で、レイルが浮島亭に残りたいと言うなら自分の……何か力添えができるかはわからないが、できる協力は全てしよう。
 もしも浮島亭にこだわりがないと言うなら、一緒にこれからについて話し合おう。

 その為には、さっさと食事を仕入れて帰らなくては。

 カジュリエスは果物屋へと走り、レイルの好きそうなものを次々に買い込むと、レイルの家へ向かう。
 脚の速さには自信があるのだ。


 この先には、たくさんの楽しいことが待っているはずだ。


 レイルに捨てられず、これから起こるはずの楽しい事全部を一緒に経験する為にカジュリエスは全力で走った。







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