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「くそっ! くそっ! ユージーンの奴! あのヒドインも、よくもこの俺を! いや、そもそもパトリシアが、もっとしっかり悪役令嬢らしければ…………っ!!」
ヴラスタリ皇国第二皇子ブラント――――前世では異なる世界でミツキ――――光輝と呼ばれていた青年は、逃走用に調達した小型の粗末な馬車に乗り、ロディア王国の街道をヴラスタリ皇国に向かって、ひた走らせる。
「早くしろ!!」
何度も窓から顔を出しては御者をせかし、激しくゆれる車内で舌打ちをくりかえす。
前世での光輝は底辺だった。
幼い頃から勉強もスポーツも習い事もぱっとせず、学校でも空気扱いで、大学も三流なら、どうにか入った会社も三流かつブラック。
恋人や本当の友人ができたこともなく、夢や希望はおろか、生活のはりとなる趣味一つ見つからなかった。
だがこの世界では、そのすべてが手に入る運命だ。
この世界は、悪役令嬢モノ漫画。無能な王太子が、馬鹿で野心家の男爵令嬢に篭絡されて、美しく優秀な悪役令嬢との婚約を破棄し「ヒドインをいじめていた」と、濡れ衣まで着せかける。悪役令嬢は、王太子よりはるかに美形で優秀な格上の皇国の第二皇子である自分に助けられ、求婚を受け容れ、皇子と共に皇国へ移る。
その後、悪役令嬢パトリシアは、皇国で有能さを認められて眠っていた力も目覚め、神々の加護も手に入れて、夫のブラントもヴラスタリ皇帝となり、夫や美形の神々に溺愛されながら彼女の力で戦争にも勝つ、というご都合主義的展開のはずだった。
言い換えれば『ブラント』というキャラクターは、主人公のパトリシアを助けて求婚し、ずっと彼女を溺愛していれば、パトリシアと、彼女を愛する神々が面倒事のすべてをいいように解決してヴラスタリ皇帝位にも就ける、輝かしい人生が約束されていたはずだったのである。
乱界衆からうけとった黄金の矢で『無能な王太子』役のルドルフの心を変え、悪役令嬢役のパトリシアの心を自分へと向けて、すべては前世で読んだマンガどおりに進んでいる。そう思っていたのに。
「なんで、こうなったんだ…………!」
ブラントは爪を噛む。
自分はもう、二度とあの底辺の人生には戻らない。
今生こそ、主人公として幸せをつかんで、誰かを羨むのではなく、羨ましがられる存在になる、そう決意したのに。
「なにやら大変そうだね」
場違いにのんびりした声が聞こえた。
ブラントが顔をあげると、一人きりのはずの車内に、いつの間にか見覚えある長い白髪の人物が座っている。
国籍不詳の服装の、若いという以外は年齢もはっきりしない、顔立ちも仕草も優美な青年。
「おまえ…………乱界衆!!」
「久しぶりだ、光輝殿。いや、今はブラント皇子殿下か。その後、調子はいかがかな?」
のんびりと挨拶され、ブラントは神経を逆なでされた。
「いいわけないだろうが!! なんだ、この世界は! お前が中途半端な転生をさせたせいで、俺は追われる身だ、どうしてくれるんだ、乱界衆!!」
乱界衆。境界を越え、世界から世界へと移動する、渡り鳥のような一門。
血のつながりはなく、年齢も性別も種族も多様で統一性はなく、ただ界渡りの術が使えることだけが入門の条件である、謎めいた集団。総人数すらはっきりしない。
「俺は主人公の恋人で、夫だと…………パトリシアは悪役令嬢で、主人公だったんじゃないのか!? あの女と結婚すれば、俺はすべてが手に入るんじゃなかったのか!?」
「マンガでは、そうなっていたのだがねぇ」
うーん、と白髪の青年は緊張感の欠片もない調子でうなる。
「まあ、今回はマンガと実態は別物だった、ということのようだ。人間でありながら、神族にも稀有な『越界眼』を有する花宮愛歌は、我々乱界衆の間では有名な存在でね」
「その花宮愛歌のマンガの中だったんじゃないのか、ここは!!」
「正確には『マンガのモデルとなった世界の中』のようだ。あくまでモデルだから、マンガとは違う箇所あってもおかしくはない、ということだね」
「てめぇ!! 知ってて、俺をこの世界に…………!!」
「はてさて。私は君の希望どおり、努力をせずとも、何不自由なく生きていける世界と家柄を選んだつもりだがね? 大国の皇子だ、よほどのことがなければ、一生食うには困るまいに。前世では叶わなかった結婚とて、周囲がお膳立てしてくれただろう? 美形の皇子となれば、愛人志願の美女も少なくなかったろうに、何故、ルドルフに鉛の矢を刺したのかね? 黄金の矢で平民の娘に心奪われたままにしておけば、このような結末を招くこともなかったろうに」
「そ、それは…………っ」
青年の言うとおりではあった。
二度目のロディア訪問の直前までは、ブラントはマンガどおり順調な人生を送っていたのだ。
それがこうなったのはとどのつまり、あの平民の娘が予想外の行動をとったからで、何故そうなったかといえば、ブラントが、光輝がルドルフを憎んだことに端を発するだろう。
たんにルドルフがパトリシアと婚約破棄しただけなら、ただの『無能で愚かな王太子』役と憐れんで終わりのはずだった。
けれどルドルフはブラントに、光輝に逆らった。
あのロディア王宮の庭園で、ルドルフは、パトリシアとの婚約破棄を非難したブラントにまっすぐ反論し、平民の娘を愛していると迷わず宣言した。
その姿は、王族にふさわしい堂々たるもので、まさにきらきら輝く『王子様』だった。
ブラントは、光輝は気圧され、それが彼の自尊心を刺激した。恥をかかされた、と思った。
だからブラントは自分が皇国に帰国したあと、ルドルフ付きの侍従に命じてルドルフに鉛の矢を刺し、あの平民の娘を嫌うように仕向けた。
ヒドインへの愛が冷め、ブラントのものとなったパトリシアを恋しがって苦悩するルドルフが見たかった。悔しがるルドルフを見て優越感に浸りたかったのだ。
今回のロディア行きも、真の目的はルドルフの醜態を堪能するため。そのはずだったのに。
「――――もういい! 俺を脱出させろ!!」
「おや。脱出とは、どこへ?」
「違う世界へ、だ! 俺をもう一度、転生させろ! 今度こそ、俺が主役になれる世界に!!」
「せっかくのご依頼だが」
白髪の青年はしれっ、と拒否した。
「君を転生させるのは、一度きり。そういう約束だったはずだ。越界とは、なかなか難儀な技でね。自分以外を連れて行くのは、かなり面倒なのだよ。少なくとも私にとっては」
「な…………」
ブラントは耳を疑う。
「お前を助けたのは、俺だぞ!? 命の恩人だからその礼に、って言いだしたのは、そっちだろうが!!」
「むろん、恩だとも。だがそれは、今回の転生で充分返したつもりだ。私は際限なく恩を返しつづけるほど、お人好しでも暇でもない。今回の転生は、命を助けられた恩返しとしては、余りある内容だったと確信しているがね」
「ふざけんな!!」
ブラントは青年の国籍不詳の衣装の胸倉をつかむ。
「ヒーローの恋人だったはずが、あの女、俺を裏切りやがったうえ、ヒドインまで逆らいやがった!! 兄の暗殺もバレて、今帰国しても捕まるだけだ、なんとかしろ!! この世界から俺を逃がして、もっといい世界に連れて行け!!」
「やれやれ」
と、青年は自分の胸倉をつかんだブラントの手首をつかんだ。
「まあ、逃がす先がもとの世界なら、私の力でもどうにかなるだろう。承知した」
「は!? もとの世界、って…………」
「『ニホン』だよ。君の前世の生まれ故郷だ」
「ふ、ふさげんな!!」
ブラントの声に恐れが混じる。
「日本に戻って、どうすんだ! あの世界から逃げたくて転生したんだぞ、それを…………」
「おや。あそこは文明も進んで治安も悪くない、なかなかいい国だったと思うがね。君に約束した転生は一度きり。この世界から出たいというなら、戻る他に道はない」
「冗談じゃない! 他の世界をさがせ、と言っているんだ!!」
「なに。心配せずとも、助けてもらった礼だ。大盤振る舞いでもとの肉体に戻してあげよう。君はもう一度『光輝』に戻る」
「い、嫌だ!!」
「君は一度、異なる世界で、まったくの別人として生きた。その経験は、もとの世界の、もとの家無しに戻っても、きっと活きるだろう。君の努力次第で、今までは違う光輝になれる。まあ、君の世界のマンガのように、魔法などは持っていけないし、そもそもブラントに魔法の才能はなかったわけだが」
「やめろ!! 俺は、俺は前世に戻りたくは――――!」
「この世界から逃れたい、と頼んできたのは君だ。できる限りの手伝いはしよう――――」
「ふざけんな!! だったら…………だったら、どうして転生させたんだ! もとに戻すつもりなら、なんで最初から転生なんて――――!!」
「違う世界で、違う人生を歩みたい、と望んだのは君だ。それに私としても、君の望みは、私の目的と重なる部分が大きくてね」
「お前の目的!?」
「世界を乱すには、異なる世界からの異物を投げ入れるのが、もっとも手っ取り早い。特に、自ら行動する機能を持つ生き物を混ぜるのは、効果的だ。君に理解しやすいたとえを用いるなら、在来種の中に外来種を放って、生態系を壊すようなものだ。うまくいけば、壊滅的な打撃を与えられる。理想は、肉体そのものが異世界産である状態で放つことだが、魂のみでも、それなりに効果はあるのでね。君の望みを叶えることは、私が私の目的を果たすうえでも、ちょうど良かった」
『乱界衆』を名乗る優雅な青年はにっこり笑う。
「世界を乱し、崩壊に導く。それが我々の唯一の目的であり生業であり、我々を我々たらしめる技で、我々が徒党を組む理由なのだよ――――」
ゆえに乱界衆。
世界を乱す衆人――――
「私の生業を考慮すれば、異世界の魂の宿る君は、このままこの世界に置くほうが適切だ。だが今回、私は君の『この世界から逃れたい』という依頼を優先して、君をもとの世界に戻そう。それをもって、君への報恩と思ってほしい。では――――」
「ま、待て…………!」
ふわり、とブラントの体が宙に浮く。
「待て! 待ってくれ!! 俺は、俺はまだ――――!!」
抵抗と拒絶の叫びは車内の空気に溶けて消え、白髪の青年の優美な姿も消え失せる。
数日後。
ヴラスタリ皇宮に『第二皇子、消息不明』の急報が届く。
ヴラスタリ皇国第二皇子ブラント――――前世では異なる世界でミツキ――――光輝と呼ばれていた青年は、逃走用に調達した小型の粗末な馬車に乗り、ロディア王国の街道をヴラスタリ皇国に向かって、ひた走らせる。
「早くしろ!!」
何度も窓から顔を出しては御者をせかし、激しくゆれる車内で舌打ちをくりかえす。
前世での光輝は底辺だった。
幼い頃から勉強もスポーツも習い事もぱっとせず、学校でも空気扱いで、大学も三流なら、どうにか入った会社も三流かつブラック。
恋人や本当の友人ができたこともなく、夢や希望はおろか、生活のはりとなる趣味一つ見つからなかった。
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この世界は、悪役令嬢モノ漫画。無能な王太子が、馬鹿で野心家の男爵令嬢に篭絡されて、美しく優秀な悪役令嬢との婚約を破棄し「ヒドインをいじめていた」と、濡れ衣まで着せかける。悪役令嬢は、王太子よりはるかに美形で優秀な格上の皇国の第二皇子である自分に助けられ、求婚を受け容れ、皇子と共に皇国へ移る。
その後、悪役令嬢パトリシアは、皇国で有能さを認められて眠っていた力も目覚め、神々の加護も手に入れて、夫のブラントもヴラスタリ皇帝となり、夫や美形の神々に溺愛されながら彼女の力で戦争にも勝つ、というご都合主義的展開のはずだった。
言い換えれば『ブラント』というキャラクターは、主人公のパトリシアを助けて求婚し、ずっと彼女を溺愛していれば、パトリシアと、彼女を愛する神々が面倒事のすべてをいいように解決してヴラスタリ皇帝位にも就ける、輝かしい人生が約束されていたはずだったのである。
乱界衆からうけとった黄金の矢で『無能な王太子』役のルドルフの心を変え、悪役令嬢役のパトリシアの心を自分へと向けて、すべては前世で読んだマンガどおりに進んでいる。そう思っていたのに。
「なんで、こうなったんだ…………!」
ブラントは爪を噛む。
自分はもう、二度とあの底辺の人生には戻らない。
今生こそ、主人公として幸せをつかんで、誰かを羨むのではなく、羨ましがられる存在になる、そう決意したのに。
「なにやら大変そうだね」
場違いにのんびりした声が聞こえた。
ブラントが顔をあげると、一人きりのはずの車内に、いつの間にか見覚えある長い白髪の人物が座っている。
国籍不詳の服装の、若いという以外は年齢もはっきりしない、顔立ちも仕草も優美な青年。
「おまえ…………乱界衆!!」
「久しぶりだ、光輝殿。いや、今はブラント皇子殿下か。その後、調子はいかがかな?」
のんびりと挨拶され、ブラントは神経を逆なでされた。
「いいわけないだろうが!! なんだ、この世界は! お前が中途半端な転生をさせたせいで、俺は追われる身だ、どうしてくれるんだ、乱界衆!!」
乱界衆。境界を越え、世界から世界へと移動する、渡り鳥のような一門。
血のつながりはなく、年齢も性別も種族も多様で統一性はなく、ただ界渡りの術が使えることだけが入門の条件である、謎めいた集団。総人数すらはっきりしない。
「俺は主人公の恋人で、夫だと…………パトリシアは悪役令嬢で、主人公だったんじゃないのか!? あの女と結婚すれば、俺はすべてが手に入るんじゃなかったのか!?」
「マンガでは、そうなっていたのだがねぇ」
うーん、と白髪の青年は緊張感の欠片もない調子でうなる。
「まあ、今回はマンガと実態は別物だった、ということのようだ。人間でありながら、神族にも稀有な『越界眼』を有する花宮愛歌は、我々乱界衆の間では有名な存在でね」
「その花宮愛歌のマンガの中だったんじゃないのか、ここは!!」
「正確には『マンガのモデルとなった世界の中』のようだ。あくまでモデルだから、マンガとは違う箇所あってもおかしくはない、ということだね」
「てめぇ!! 知ってて、俺をこの世界に…………!!」
「はてさて。私は君の希望どおり、努力をせずとも、何不自由なく生きていける世界と家柄を選んだつもりだがね? 大国の皇子だ、よほどのことがなければ、一生食うには困るまいに。前世では叶わなかった結婚とて、周囲がお膳立てしてくれただろう? 美形の皇子となれば、愛人志願の美女も少なくなかったろうに、何故、ルドルフに鉛の矢を刺したのかね? 黄金の矢で平民の娘に心奪われたままにしておけば、このような結末を招くこともなかったろうに」
「そ、それは…………っ」
青年の言うとおりではあった。
二度目のロディア訪問の直前までは、ブラントはマンガどおり順調な人生を送っていたのだ。
それがこうなったのはとどのつまり、あの平民の娘が予想外の行動をとったからで、何故そうなったかといえば、ブラントが、光輝がルドルフを憎んだことに端を発するだろう。
たんにルドルフがパトリシアと婚約破棄しただけなら、ただの『無能で愚かな王太子』役と憐れんで終わりのはずだった。
けれどルドルフはブラントに、光輝に逆らった。
あのロディア王宮の庭園で、ルドルフは、パトリシアとの婚約破棄を非難したブラントにまっすぐ反論し、平民の娘を愛していると迷わず宣言した。
その姿は、王族にふさわしい堂々たるもので、まさにきらきら輝く『王子様』だった。
ブラントは、光輝は気圧され、それが彼の自尊心を刺激した。恥をかかされた、と思った。
だからブラントは自分が皇国に帰国したあと、ルドルフ付きの侍従に命じてルドルフに鉛の矢を刺し、あの平民の娘を嫌うように仕向けた。
ヒドインへの愛が冷め、ブラントのものとなったパトリシアを恋しがって苦悩するルドルフが見たかった。悔しがるルドルフを見て優越感に浸りたかったのだ。
今回のロディア行きも、真の目的はルドルフの醜態を堪能するため。そのはずだったのに。
「――――もういい! 俺を脱出させろ!!」
「おや。脱出とは、どこへ?」
「違う世界へ、だ! 俺をもう一度、転生させろ! 今度こそ、俺が主役になれる世界に!!」
「せっかくのご依頼だが」
白髪の青年はしれっ、と拒否した。
「君を転生させるのは、一度きり。そういう約束だったはずだ。越界とは、なかなか難儀な技でね。自分以外を連れて行くのは、かなり面倒なのだよ。少なくとも私にとっては」
「な…………」
ブラントは耳を疑う。
「お前を助けたのは、俺だぞ!? 命の恩人だからその礼に、って言いだしたのは、そっちだろうが!!」
「むろん、恩だとも。だがそれは、今回の転生で充分返したつもりだ。私は際限なく恩を返しつづけるほど、お人好しでも暇でもない。今回の転生は、命を助けられた恩返しとしては、余りある内容だったと確信しているがね」
「ふざけんな!!」
ブラントは青年の国籍不詳の衣装の胸倉をつかむ。
「ヒーローの恋人だったはずが、あの女、俺を裏切りやがったうえ、ヒドインまで逆らいやがった!! 兄の暗殺もバレて、今帰国しても捕まるだけだ、なんとかしろ!! この世界から俺を逃がして、もっといい世界に連れて行け!!」
「やれやれ」
と、青年は自分の胸倉をつかんだブラントの手首をつかんだ。
「まあ、逃がす先がもとの世界なら、私の力でもどうにかなるだろう。承知した」
「は!? もとの世界、って…………」
「『ニホン』だよ。君の前世の生まれ故郷だ」
「ふ、ふさげんな!!」
ブラントの声に恐れが混じる。
「日本に戻って、どうすんだ! あの世界から逃げたくて転生したんだぞ、それを…………」
「おや。あそこは文明も進んで治安も悪くない、なかなかいい国だったと思うがね。君に約束した転生は一度きり。この世界から出たいというなら、戻る他に道はない」
「冗談じゃない! 他の世界をさがせ、と言っているんだ!!」
「なに。心配せずとも、助けてもらった礼だ。大盤振る舞いでもとの肉体に戻してあげよう。君はもう一度『光輝』に戻る」
「い、嫌だ!!」
「君は一度、異なる世界で、まったくの別人として生きた。その経験は、もとの世界の、もとの家無しに戻っても、きっと活きるだろう。君の努力次第で、今までは違う光輝になれる。まあ、君の世界のマンガのように、魔法などは持っていけないし、そもそもブラントに魔法の才能はなかったわけだが」
「やめろ!! 俺は、俺は前世に戻りたくは――――!」
「この世界から逃れたい、と頼んできたのは君だ。できる限りの手伝いはしよう――――」
「ふざけんな!! だったら…………だったら、どうして転生させたんだ! もとに戻すつもりなら、なんで最初から転生なんて――――!!」
「違う世界で、違う人生を歩みたい、と望んだのは君だ。それに私としても、君の望みは、私の目的と重なる部分が大きくてね」
「お前の目的!?」
「世界を乱すには、異なる世界からの異物を投げ入れるのが、もっとも手っ取り早い。特に、自ら行動する機能を持つ生き物を混ぜるのは、効果的だ。君に理解しやすいたとえを用いるなら、在来種の中に外来種を放って、生態系を壊すようなものだ。うまくいけば、壊滅的な打撃を与えられる。理想は、肉体そのものが異世界産である状態で放つことだが、魂のみでも、それなりに効果はあるのでね。君の望みを叶えることは、私が私の目的を果たすうえでも、ちょうど良かった」
『乱界衆』を名乗る優雅な青年はにっこり笑う。
「世界を乱し、崩壊に導く。それが我々の唯一の目的であり生業であり、我々を我々たらしめる技で、我々が徒党を組む理由なのだよ――――」
ゆえに乱界衆。
世界を乱す衆人――――
「私の生業を考慮すれば、異世界の魂の宿る君は、このままこの世界に置くほうが適切だ。だが今回、私は君の『この世界から逃れたい』という依頼を優先して、君をもとの世界に戻そう。それをもって、君への報恩と思ってほしい。では――――」
「ま、待て…………!」
ふわり、とブラントの体が宙に浮く。
「待て! 待ってくれ!! 俺は、俺はまだ――――!!」
抵抗と拒絶の叫びは車内の空気に溶けて消え、白髪の青年の優美な姿も消え失せる。
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