乙女ゲームの悪役令嬢に転生したので闇の『魅了』スキルで攻略対象の男たちをカップリングしていきます

カタリベかたる

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闇に棲まう者共よ、淫靡なる肉欲の泥濘に溺れるがよい!

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 さて、滞在用の部屋をそれぞれ充てがわれた私たちは旅装を解き、くつろぐ暇もなく、次に催される昼食会のための準備を始めねばならなかった。こういったあたり、貴族社会の生活は次から次へと決められる予定に追い立てられて時間のゆとりがない。『没落貴族の令嬢ですが、婚約破棄した第7王子と氷の貴公子と呼ばれる次期公爵がなぜか溺愛してきますっっっTHE GAME』の世界の貴族社会はこうなんだけど、実際の貴族もそうなのかしら。
 前世の私は筋金入りの庶民だったから実際の貴族の生活を体験したことは勿論ないし、中世の貴族社会の知識なんて、某フランス革命男装麗人貴族作品で見た分くらいしか持ち合わせていない。あ、某作品は勿論旧作アニメの方ね。荒木・姫野コンビのキャラがいいのよ。19話以降の出崎演出ばかりが注目されがちだけど、長浜忠夫のいかにも昭和アニメって感じの見せ方も私は嫌いじゃ無いわ。むしろ、序盤のあの分かりやすさがあるから、中盤以降が生きるっていうか・・・まぁ私はオタクじゃないから、それはいいとして、基本的に貴族社会を描いた創作物って社交行事や儀礼や事件の類がフォーカスされるものだし、そこから離れた日常を描くにしても、映像や物語上の都合から「絵になる日常」であることが必要とされるわけだから、グダグダでダラダラの日常生活なんて描かれることはまずない。仮にそういう「グダグダでダラダラの日常生活」を描いたとして、それが展開の上でのメリハリになればいいけど、単なるダレ場になる可能性もあるし、何より物語のテーマから外れちゃうかもしれないもんね。男装の麗人だってコタツに入ってミカン食べながら同人誌読んでたらバスティーユなんて行く気なくなっちゃうでしょ。どうでもいいけど、「日常生活」が「コタツでミカン」になってしまう自分のイメージの貧困さが少し悲しい。おかしいわね、貴族の令嬢に転生したはずなのに。
 とにかく、実際の「貴族の日常生活」なんてのはアニメや漫画程度の知識しかない私には知りようがないから、『没落貴族の令嬢ですが、婚約破棄した第7王子と氷の貴公子と呼ばれる次期公爵がなぜか溺愛してきますっっっTHE GAME』の貴族が、前世での所謂”中世のヨーロッパ貴族”をどの程度再現してるかはわからないし、そもそも異世界なんだから前世の”貴族”像と一致している必要もないので、「これはこういうもの」として受け入れるしかないってことね。実際、私はこの世界に転生しちゃったんだから、「この世界は前世とここが違う」なんてケチつけたって仕方ないもの。
 さて、メイドたちに着替えを手伝ってもらい、化粧直しを終えた私が、来賓の控室に入ると、すでに準備を終えたカストル兄様が待っていた。カストル兄様は眩しげに私を見つめると、いつもの賛辞の言葉を送ってくれる。

「今日も愛らしいですね、カトリアーナ。」

カストル兄様からの褒め言葉は何度も聞かさているが、何度聞いても悪い気はしない。

「また、兄様は本当に私をからかうのがお好きですね。」

「からかっていません。本心ですよ。」

ここまでは、いつものお約束のやりとりで、むしろここまでが私とカストル兄様の挨拶のようなものだ。ただ、今日はやはり、ジーク王子に招かれた場であるということもあるせいか、兄様にはどことなく、いつもと少し違った雰囲気がある。
 カストル兄様はふと、何か隠し事でもしているかのように視線を私からそらした。そして、

「しかし———」

といいかけて、やめる。その素振りに少しばかり不可解なものを感じ、私は兄様を見つめた。カストル兄様は躊躇い混じりに軽く咳払いし、何やら言いにくそうに付け加える。

「———しかし、今日はもう少し頑張ってみても良かったのでは?」

「はい?何のことでしょうか?」

”頑張る”の意味を量りかねた私は兄様に聞き返した。
私の疑問に、カストル兄様は少し考えるような仕草で一呼吸おき、そしてどことなく遠慮気味に言う。

「いや、せっかくの王子のご招待なのですから、もう少し華やかな衣装にしたほうが・・・」

 あぁ、服のことね。『没落貴族の令嬢ですが、婚約破棄した第7王子と氷の貴公子と呼ばれる次期公爵がなぜか溺愛してきますっっっTHE GAME』の本来のストーリーでは、カトリアーナは闇の魔力で男性キャラを魅了する”魔性の女”の役割なので、設定はお色気ムンムン(死語)のセクシー系、衣装も露出多めの男性向けエロ路線に振った感じのキャラだった。乙女ゲームでそんなキャラ出してどうすんのよって感じよね。まぁ、”公式設定のカトリアーナ”はそんな感じなんだけど、前世の私はごく普通の一般ピープルなので、感性も価値観も美意識もごくごく普通。したがって、その私が転生した今のカトリアーナの服装も当然普通。普通と言っても一応貴族の令嬢なので、前世で着てた普段着みたいな”普通”じゃなくて、この世界の一般的な貴族令嬢の範囲におさまった上での”普通”の衣装。そりゃ私も一応女の子だし、曲がりなりにも伯爵令嬢だから自分なりに可愛く着飾ろうとは思うんだけど、どうもセンスが貴族にならないのよね。今日の衣装も、肌色成分少なめだし、そう言う意味では華やかさに欠けて、地味かもしれない。
 そもそも、公式設定のカトリアーナみたく、人前で必要以上に肌をさらすのって性に合わない。いや、性に合う合わない以前に、「女性キャラは脱がせりゃいいだろ」的なノリが、ちょっと受け付けない。ちょっとじゃないかな。はっきりいってムリ。だって、そうじゃない?異世界転生モノに限った話じゃないけど、清純系清楚キャラがピッタリフィットで半乳パンチラの露出狂みたいな格好って、フツーに考えておかしいでしょ。そんなの、男の性的欲望の忠実な具現化に過ぎないし、そこに生きる”人間”としてのリアリティはゼロ。100歩譲って、そこに、リアリティを犠牲にしてでも表現したい何かがあったとして、お出しされたモノが半乳パイ揺れミニスカ腰クネのそこらへんに転がってるありふれた3流安直2次エロ美少女みたいなヤツだと、「え、それなの?”人間”としてのリアリティを犠牲にしてまで描きたいものがソレ?だったら”人間”としてのリアリティを排除されたソレは、”人間”じゃない何を描いてるの?」って思っちゃう。まぁ、そういうのに、キモいオタクがヨダレと精液垂れ流して飛びついて群がるからってのもあるんだろうけど、最近じゃ作る側もすっかり迎合しちゃって、アニメも漫画もゲームも、挙げ句の果てに、公的機関のポスターみたいな日常生活に近いちょっとしたモノまで、右に倣えでそんなのばっか。完全にマヒして理性と良識のタガが外れてるって感じ。ほんとに心底ウンザリだわ。私は男の性欲を満たすための”キャラ”じゃなくて、私自身の意思に基づいて生きる”人間”だから、オタクが臭い精子をぶちまける標的になるような格好をする気は一切アリマセン!でもまぁ、たまーに女の人でも、そういう変態露出美少女キャラをみて「カワイイ❤️」とか言っちゃう人がいるのは少し考えものよね。なんだかんだ言っても男性優位社会だからそれに価値観を合わせるのも処世術ってのはわかるの。現代社会の人間のもつ美的感覚の基準が男性優位の歴史の中で形作られたものである以上、本来的にもっているはずの”美的感覚”すらおそらく絶対的平等意識に基づいたものではなく、予め男性優位の価値観が織り込まれたものに過ぎない、とする考え方が一概に誤りとは言えないわね。私だって無意識に男性寄りの基準で美しいか否かを判断している可能性はあるもの。人の感受性や価値観が生物学的先天性ではなく、むしろ社会的要因によって大きく左右されるなら、所詮私たちは男性優位の発想から逃れ得ないのかもしれない。だけど、本来ならば人間個人としての存在に基づいたものであるべき価値観や美意識を、能動的に自分から男性優位社会へ過剰適応させてしまったら、それは男性・女性云々の問題ではなく、根源的な人間性の放棄にあたるんじゃないかしら。他人様が自己の意思で、自己の所有するものを処分することについてケチをつける気はないけど、「何かを得るために、自身の人間性を犠牲にする」ことは一見正しいように見えて正しくないし、そういった「人間性をカタにした不当な取引を要求される」という構造自体を正当化する言説は欺瞞以外の何物でもないと私は思うわ。
 何の話だっけ。あ、そうそう。要するにカストル兄様は「ジーク王子のハートを射止めるために、もっとエッチぃ格好をしなさい」と言いたいらしい。兄様が本当にそう考えてるとしたら、少しガッカリね。そりゃあ、私たちの親であるヴィトン伯爵の意向もあるだろうし、兄様はヴィトン家の次期当主でもあるから、私とジークを婚約させたいというのはわかる。当然、兄様としては私の将来のことを思って言ってるというのもわかる。だけど「男性の気に入るような格好をしろ」って、つまりは「男性の価値観に合わせろ」ってことでしょ?カストル兄様はもう少し私のことを理解してくれていると思ってたんだけど・・・落胆まじりに、私はカストル兄様に尋ねた。

「兄様もそういうのがお好みなのですか?」

それはちょっとした失望感だったのだが、どのように受け止めたのかカストル兄様は慌てた様子で弁解する。

「・・・あ、いや、そうではなく、どちらかといえば普段の君の奥ゆかしく慎みのある姿が好ましい、というより、むしろ、そういう女性こそ私の好みで・・・」

ん?どういうこと?

「はい?」

「いやいや、そうじゃなくて、その、穢れのない少女のような普段の可憐な君も勿論素敵なのですが、たまには何というか、こう、大人の女性としての姿も見てみたいというか、いや、その、飽きるとかではなく、寧ろ普段の君をずって見ていたいと気持ちが強くあるのは当然のこととして、極稀に、いや本当に極々稀に、少し違った一面も見てみたいとほんの少しだけ思ってしまうこともまた無きにしもあらずといいますか・・・」

なんです?何の話してるの?私も意味がわからなくなってきた。

「は?」

「いやいやいやいや、そうじゃなくて、そのですね。つまり、ええと・・・あ、そうそう。やはり、ジーク王子もきっと、君の普段とは違う、大人の女性としての、いやその大人の女性というのは、社会的に責任ある大人という意味で、そういう姿を見てみたいと思ってるんじゃないかと、要するにそういうことを思うわけです。・・・はい。」

うーん・・・なんだかよくわからないわ。つまるところ、ジークがそう思ってるはずだから、そうしろってこと?たとえ兄様の言うことでも、そういうのはお断りだし、私が聞いてるのはそういうことじゃないんだけど・・・まぁいいか。この話、あまり愉快じゃない。

「———手持ちの衣装には、似たようなものしかありませんので、次に機会があれば考えておきます。」

少し不機嫌になってしまった私は、ややつっけんどんな答えをカストル兄様に返して、ぷいっと横を向いた。兄様は、失敗したと思ったのだろう、私のご機嫌をとるように言う。

「い、いや、すまない、カトリアーナ。私の言ったことは気にしないでください。」

 私は、そっぽを向いたまま無言でいる。そんな私をみて、カストル兄様はため息をつくと、肩を落として黙りこんでしまった。
 私たちは互いに口を閉ざし、その場に佇む。本来なら大人数を迎えるためのものであろうこの広い来賓室は、今は私とカストル兄様の二人だけだ。次に発すべき言葉も思い浮かばず、私たちはその身が凍てついたかのように、ただ立ち尽くす。部屋の隅に据え付けられた古めかしい大きな振り子時計の時を刻む音が響く。その音が淋しげな反響とともに、静寂に冷え切った空間を満たしていく。
 ・・・気まずい。私も、これは失敗したと思った。私とカストル兄様は、私が自分で言うのもなんだが、普段はとても仲がいい。しかし、それだけに一度関係がギクシャクしてしまうと、修復に少し時間がかかる。カストル兄様は誰と接するにも分け隔てがなく話術も巧みで、外面上は社交的かつ交友関係も幅広いことから、一見すると”器用”なタイプと思われがちである。しかし、”器用”な男性にありがちな”お調子者”ではないので、臆面もなくコロコロと態度を変えるようなことができない人でもある。つまり、”器用”に見えて、本当のところは”不器用”な人だ。そして、私は私でこの性格である。一度怒っておいて手のひらを返して猫撫で声で懐柔する、というようなマネはやはりできない。それって昭和の老害のパワハラ交渉術じゃん。文明人のやることじゃないわ。私には絶対ムリ。まぁ要するに、私とカストル兄様はどちらも、”都合よく態度を変える”ということが非常に苦手で、たとえ周囲が許しても自分の中ではどうにも節操が無いように感じられてしまうので、やはりそれはできない、ということだ。そんな私たちが、不幸にして喧嘩になってしまうとどうなるか。お互いに一刻も早く仲直りしたいという気持ちはあるのだが、かといってすぐに機嫌を直すというのは、きまりが悪く、何とも気恥ずかしい。そこで、一旦距離をおいて、冷静になった上で、誰かに間に入ってもらったり、それとなく話しかけてみたり、待ち伏せして偶然の出会いを装ってみたり(←ちょっとヤバい)、さりげなくお茶に誘ってみたり、そういう手順を踏んで、何らかの切っ掛けがあって、やっと仲直りができる・・・というわけなのだ。妙なところで面倒な兄妹だと私も思う。そんなメンドくさ~い兄妹が、些細なことで喧嘩してしまい、逃げ場のないこの空間に二人きりという状況で、手順を踏んで切っ掛けをさがすということができようか。いや、できない。キビシーッ!
 しかし真面目な話、もう少し上手くやるべきだった。私は前世の人生を合わせると、この世界での年齢の倍以上は生きているはずなのだが、どうも大人になりきれないところがあり、場を収めるよう振る舞うべき時に、つい感情的になってしまうことがままある。これも性格というものなんだろうけど、もう少し何かやり方がなかったか・・・。次にどうすればいいのかが分からず、重苦しく気まずい空気にのしかかられるまま、私がぼんやりとそんなことを考えていると突然、部屋の扉をノックする音があり、私たちを呼ぶ声がした。随伴してこの城に来ているメイドのカトリの声だ。
 
「カストル様、カトリアーナ様、よろしいでしょうか?」

———助かった!ナイスよカトリ!名前が軽く私(カトリアーナ)とかぶってるけど、そこらへんはこのゲームのテキトーなところだからカトリに罪はないわ。ヴィトン家のメイドってセーラとカトリ以外でも、メイド長は「アン」だし、他にも「ルーシー」とか「ポリアンナ」とか、元ネタ隠す気ねーだろ!って・・・あれ?でもよくよく考えると、原作のゲーム中で、ヴィトン家のメイドに名前付きのキャラなんていたっけ???そもそもカトリアーナ(私)は悪役で脇役なわけだから、カトリアーナに仕えるメイドは脇役の子分、つまり限りなくモブよね。だから、公式設定でも「その他大勢」としてのデザインはあるけど、明確な個別化はされてなかったし、ましてやその世界の登場人物の一人としての「名前」を持つキャラはいなかったはず。だけど、私がこの世界で見ているヴィトン家のメイドたちは、ビジュアル的には少し抑え気味とは言え、表情、仕草、振る舞い、話し言葉、どれをとっても一人一人に個性があって、「その他大勢」感がない。何よりみんな「名前」がある。もしかして裏設定?いや、『没落貴族の令嬢ですが、婚約破棄した第7王子と氷の貴公子と呼ばれる次期公爵がなぜか溺愛してきますっっっTHE GAME』について、私は前世で公式設定のみならずスタッフ個人の独自設定、果ては企画段階のボツ案から二次創作まで徹底的に調べ尽くしたはず。それでもまだ私の知らない裏設定があったということかしら・・・とか考えてる場合じゃないわね。今は、カストル兄様とのこの気まずい空気を何とかしないと。偶然とは言え、絶好の切っ掛けをカトリが作ってくれたんだから。

 
 呼吸を整え精神を集中する。標的は左95度の方向、距離1.5m、障害物はなし。チャンスは一度!
私は首を傾げるようにして振り向くと、カストル兄様(←標的)を上目遣いで見つめながら、ほんの少し甘えた雰囲気を醸し出しつつ、囁くような小さい声で語りかけた。

「お兄様、私、お腹がペコペコです。」

そして軽くお腹をさすりながら少しだけ肩をすくめ、最後に、ペロっと可愛く舌を出す。
これぞ奥義・腹ペコ恥じらい光線!(注:光は出ません(2回目))

 解説しよう。
 まず第一に、男は「恥じらう乙女」が好きである。これが日本独自の文化なのか、万国共通なのかは明らかではない。しかし、日本人には「羞恥心に悶える姿を見て性的興奮を覚える」という性的嗜好の一態様を、「恥じらう姿は美しく愛おしい、故にこれを愛でるべきである」として審美的評価に基づく愛情の表出の一種と捉える向きがある。つまり、日本において「男とは恥じらう乙女を好むもの」であると言え、その日本で製作されるゲームも基本的にその原則に従うものと見て間違いはない。すなわち、乙女ゲームに登場する男性キャラは、高い確率で「恥じらう乙女」に弱いものと推察される。
 そして第二に、一般的通常人の感覚として生理現象の発生を公然と明らかにすることは憚られるものとされているが、これは逆に、生理現象について語らうことができるならば、それは距離感の近い親密な関係にある、ということを意味しているとも言える。ここで、空腹とは生理現象のひとつである。したがって、空腹を訴えることができる関係とは、距離感の近い親密な間柄であるといえ、さらにそれを踏まえれば、”空腹である”と訴えることは、”親近感を抱いている”という意思表示である、とも解することができる。
 これら2つの推論をもとに編み出された技こそが、奥義・腹ペコ恥じらい光線だ。
カトリアーナの一連の動作には「お兄様、私、お腹がペコペコです。」→「キャッ♪私ってばオナカが減ってるって言っちゃった⭐︎ハズカシー(*/∇\*)❤️だけどこんな恥ずかしいコト打ち明けられるのはカストル兄様だけよ❤️❤️❤️」という強力なメッセージが込められている。この「親近感」と「恥じらい」のコンビネーションブローを、上目遣いの視線とともに浴びせられた標的は、その魅惑のエネルギーにハートを撃ち抜かれ、木っ端微塵となるのだ!!!
 解説終わり。

 私とカストル兄様の目が合う。インパクトの手応えアリ。ここでフィニッシュ!私は、眼輪筋を駆使して目で笑う表情を作ると、悪戯っぽく、そしてはにかむような微笑みをカストル兄様に向けた。
カストル兄様の目は私に完全に釘付けだ!!!

トゥンク...(←自分で言ってる(脳内で))

暫しの沈黙のあと、カストル兄様はホッと深いため息をつくと、いつものさりげなく優しい笑みを私に向けて言った。

「そうだね。じゃあ、行こうか。」

そして私を手招きし、ゆっくりと部屋の扉を開ける。兄様は胸の支えがとれたのか、その横顔に見える表情は、心の底からの安堵感に満ち溢れている。
 会心の一撃が決まった。う~ん、私アザとい!!!この技は何かあったときの奥の手としてとっておいたんだけど、思ったとおり効果絶大だわ。極意はやっぱり”可愛く舌を出す”ってところ。この「ペロっと可愛く舌を出す」っていうのは、2次元キャラだからこそできる超高等テクニックよね。リアルの3次元でやると、ちょっとキチャナイもの。そうそう、他にも、2次元美少女の笑い顔でありがちな、歯の見えない「▽」の口もリアルでは再現不可能だわ。やっぱり、2次元キャラの「カワイイ」って、2次元ならではの記号表現ってことかしら。アニメキャラの真似はリアルではやらない方が身のためね。3次元でやると不自然でちょっとイタいし。それこそ大惨事ってやつ。
 あ、そうだ。あんまり関係ないけど、オタクの男がやりがちな、指2本で敬礼っぽく「ピッ」ってやるあのポーズ、アレ、やめた方がいいわよ。恥ずかしいから。(イテテテ・・・)
 ん?なんか苦悶の呻きが聞こえたけど、まぁいいか。

 カストル兄様に導かれて、私は来賓室を出た。扉の外の少し離れたところに、メイドのカトリが立っている。私はカトリに声をかける。

「ごめんなさい、待たせてしまって。」

カトリは少し不思議そうな顔をしたが、やがてクスリと笑って、

「いえ、私は少しも待ってなどおりませんよ。お心遣い、ありがとうございます。」

と言い、深くお辞儀をした。私としては、先ほどのカストル兄様とのやり取りは無限と思えるほど長く感じられたのだが、実際はほんのわずかの時間だったらしい。思い違いを気遣いと解釈されてしまったようで、少しバツが悪いけど、訂正するのも不自然なので、まぁいいか。
 やがて、顔をあげたカトリが、笑顔で私たちを促した。

「この先でお城の方々がお待ちです。そちらまで、私がお連れいたします。」

 そんなわけで、悪役令嬢カトリアーナ=ヴィトンに転生した私は、2次元美少女キャラのメリットを最大限に生かし、いかにも2次元キャラ的”カワイイ”を全面に押し出した戦術によって、カストル兄様との間に訪れた危機も見事に回避したのであった。めでたしめでたし・・・で終わらないのよね。このあとで、ジークとの昼食会が待ち受けてるんだなコレが。一難去ってまた一難とは、ホントよく言ったものだわ。

 昼食会の行われる広間へと続く廊下を、私とカストル兄様は肩を並べて歩く。先導するカトリとは少し距離が離れている。他には誰の姿もないので、私たち二人きりで歩いているようにも感じられる。次に何が起こるのか、まったく見当もつかない。しかし、たとえ何が起きたとしても、突破口は必ずあるはず。さっきだって・・・と言っても、ジークのときにしろ、さっきにしろ、なんだかどうも偶然に助けられてる感じがあるのよね。そんな何回も何回も偶然に都合のいい展開が続くわけないでしょ。異世界転生モノじゃあるまいし。あ、私ってば異世界に転生したんだったっけ。じゃあダイジョーブか!って、んなワケねーだろ!!!と、一人そんなことを考えながら、赤黒い毛皮に金色の刺繍が施された豪華な絨毯が敷かれた長い長い廊下を歩いていると、隣のカストル兄様が私に話しかけてきた。

「機嫌を直してくれてよかった、カトリアーナ。」

 そんな言わなくていいことをわざわざ言わなくても。ちょっと兄様らしくないわ。余程心配だったのかしら。機嫌を直したとかそんなのじゃなくて、機嫌が良くても悪くても、カストル兄様とは仲良しでいたいの。

「私は別に機嫌を悪くしてませんわ。いつものとおりですよ。」

私は前を見たまま返事をした。正直、少しぎこちない感じが残ってるのは確かだけど、さっきのあの状況から、ここまで修復できたら上出来だわ。あとは時間が解決してくれるし、そっちの方が自然でスマート。でも、いつになくカストル兄様はしつこく、先ほどの話を蒸し返すように続ける。

「君はそのままでいい。そのままの君が一番素敵だ。」

まだ私が怒っていると思ってるのかしら。本当にもう怒ってないし、そんなに気に病まなくていいのに。私も兄様と仲直りできて本当によかったと思ってるもの・・・なんだか少し気恥ずかしいけど、その気持ちを伝えようと思い、私は立ち止まってカストル兄様の方を振り向いた。すると目の前に兄様の顔が。———近っ!!!なんだか距離が近い。いつものさりげない感じじゃなくて、距離の詰め方が不自然。なになに?なんなの?
動転している私の目の前で、思い詰めた表情のカストル兄様が苦しげに声を絞り出す。

「君には、そのままでいて欲しい。何があろうと、そのままの君を愛して———」

「はへ?」

兄様の不自然な近さにちょっぴり緊張したせいで、私は声が裏返ってしまった。その私の変な声を聞いて、カストル兄様はハッと我に返ったような顔つきになると、少し後ずさりし、何か申し訳なさそうな、言い訳するような口調で言った。

「———あ、愛してくださるのでは、ないだろうか。ジーク王子も。」

ズコー。なにそれ。いや、ナイナイ。そりゃないでしょ。ジークは私に対して一切、女としてのキョーミないんですから。てか、女にキョーミないんだけどね。

「はあ・・・。」

 ジークのことについては、私としては何とも言いかねるので、適当にお茶を濁すような生返事をかえすと、カストル兄様はそれっきり口をつぐんでしまった。ヘンなの。今日のカストル兄様、ちょっと変よ。何か悪いものでも食べたのかしら。そういえば、私も前世では「道に落ちたものを拾って食べちゃダメ」ってよく言われたわ。転生して同じことやったら母上(伯爵夫人)にめっちゃ怒られた。3秒までなら大丈夫だと思うんだけどな。

 カトリがこちらを振り返り、何事かと心配げに私たちの方を見ている。

「なんでもないわ、カトリ。行きましょう。」

 私は、カトリを安心させるように声をかけると、再び、歩き始めた。
 歩きながら私は考える。兄様は一体どうしたのだろう。本当にいつものカストル兄様と違う。いつもの自然でさりげないスマートさがなくて、なんだかぎこちなくて、すごく不自然。それに、さっきの感じは、前世で見たアニメや漫画だったら、恋する男性からの愛の告白みたいな雰囲気だったんだけど、もしかして兄様、私のこと・・・ってそりゃないか。兄妹だもんね。ジークと私以上に無い無い。
 要するに、私がちょっとしたことで不機嫌になって怒ったのが良くなかったのよね。
 カストル兄様が、私自身の意思を尊重するよりも、男性優位社会の価値観に合わせるようなことを言ったのは少し残念だった気もするけど、兄様もヴィトン家の次期当主としての立場があるし、なにより、乙女ゲームである『没落貴族の令嬢ですが、婚約破棄した第7王子と氷の貴公子と呼ばれる次期公爵がなぜか溺愛してきますっっっTHE GAME』はなんだかんだ言って、不遇の女性が上昇婚によって男性の力に依存して幸福を掴む、という男性優位社会の価値観が根底にある世界なので、その価値観に基づいて形成された社会構造の中で生きているカストル兄様に、前世の記憶を持ち越している私の思想信条を押し付けるのは忍びない。それを考え合わせれば、カストル兄様は私のことを十分に理解して、その上で大事にしてくれていると思う。兄様が私のことを理解してくれないと嘆く前に、私だって兄様の気持ちを理解してあげないと。私が生き辛さを感じるのと同じく、兄様だってきっと生き辛さを感じてるはずだもの。伯爵家の次期当主なんて、気楽であるはずがない。もしかすると、カストル兄様が学業と務めの合間を縫って私と話しにやってくるのは、そうした重圧からひと時だけでも逃れるためなのかもしれない。
 私が少しでも、兄様の心の支えになってるなら嬉しい。私も、兄様といると楽しいし、幸せ。私たち二人の時間を大切に思っているのは、兄様だけではない。私も同じだ。

 カストル兄様との大切なこの時間を守らなくてはならない。そのためには、闇の魔力の発動を何としても阻止しなくては。そして、この先で待ち受けているジーク王子の罠に嵌められるわけにはいかない。そう、これから行われるのは、昼食会などという生やさしいものではない。私たち兄妹の幸せな時間を守るための戦いなのだ。
 私は対決の場へと歩を進める。

(続く)
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まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

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