2 / 9
第1章
2 敵対心
しおりを挟む
「陵!」
和式便器に背中から落ちた陵の耳に、伊勢の悲鳴が聞こえた。
しかし、
「あはははは、落ちた~!」
あろうことか、陵を便器に突き落とした張本人の少年は、彼を指さして笑った。その底抜けに明るい声が、茫然自失だった陵の怒りに、再び火をつけた。
「ねえ、出れる?」
ひとしきり笑ったあと、少年は陵に手を差しのべたが、
「お前の助けなんかいるかっ!!」
陵は吠えるように言うと、伸ばされた手を思いきりはたいた。そして、よろよろと腰を上げ、やっとのことで便器から脱出する。体の痛みはないが、制服は腰の辺りがぐっしょり濡れて、陵の胸中は屈辱ではち切れんばかりだった。
「このクソ野郎……」
陵が、きょとんとする少年に掴みかかろうとした矢先に、出入口のドアが勢いよく開いた。
「あ~、斉二発見!」
入ってきたのは、二人の男子生徒だった。
「春ちゃん、こうちん!」
彼らもまた、陵の知らない顔ぶれだが、どうやら少年の級友らしい。斉二と呼ばれた少年は、嬉しそうに彼らに手を振った。
「まったく、急にいなくなるんだから――」
そう言いかけた二人だったが、この場の異様な雰囲気を感じ、立ち止まって、やや神妙な顔つきで陵たちを見回す。
陵はなおも少年――斉二をにらんでいたが、やがて舌打ちした。悔しいが、ここで退かなければ面倒なことになりそうだった。
「てめえ、覚えとけよ」
まさか自分がこんな台詞を言う羽目になるとは思わなかったが、陵は低い声で口走ると、斉二を押しのけて出て行った。
「あいつ、ぜってー殺す!」
その後、陵はジャージに着替えると、ぷんぷんしながら教室へ戻った。大半の生徒はすでに部活に参加したり帰宅したりしていて、教室には他に何人かの者がいるだけだった。
この日、体育の授業があったことが、不幸中の幸いとなった。陵はジャージ用のバッグに着られなくなった制服を入れ、自分の席にどかっと座る。すると、それを待っていたように、前にいた小塚が不安げに言い出した。
「せいちゃんにもビックリしたけどさ、それより平井が心配だよ。ぼくがあんな目にあったら、ショックで学校休むかも……親とか先生とかに言うかもしれないし」
「平井?」
陵は数年ぶりに聞く名前のように、目をぱちくりさせた。実際、どこの誰とも知らぬ相手に負けた件に気をとられ、平井のことをすっかり忘れていたのだ。
「うん。陵もちょっとやり過ぎだよ」
と言って眉をひそめる小塚。どうやら平井の顔を便器に押し込んだことを言っているらしい。
「それなら、問題ないんじゃない?」
陵の隣に座っていた伊勢が、ズボンのポケットからスマートフォンの頭だけをこっそり見せた。
「さっきの、撮ったんだ。本人が気づいてれば黙ってるだろうし、もし何か言ってきたら、あいつの顔アップにして拡散しようよ」
伊勢は楽しげに笑いながら、そう提案した。ちなみに彼の容姿は整っていると評判で、今も、その笑顔だけを見た女生徒たちが、窓際でこっそりはしゃいでいた。
「伊勢、それ怖いよ……」
だが、小塚は泥棒にでも会ったように、青い顔で震え上がる。
陵は相変わらずブスッとしたままだったが、
「あいつの好きにすりゃいい。誰にチクろうが、俺にも言い分はあるんだからな。それに、もしあいつが余計なことしてきたら、もっと痛めつけてやるさ」
発覚を恐れるそぶりもなく、堂々と言ってのける。伊勢はそんな陵を見て、心なしか満足そうに目を細めた。
「それより、こづ。さっきの奴と知り合いなのか? いきなり湧いて出てきやがって。一体どこの誰だよ」
陵の問いに、
「ああ、せいちゃんのこと? 山那斉二っていって、ぼくや伊勢と同じ小学校出身。確か、クラスは2組だったかな……ねえ、伊勢」
小塚は額にしわを作りつつ、記憶をたどる。しかし、その話題をふられた伊勢は、
「さあ、そうなんじゃないの。あんな奴ほっときなよ、陵」
先ほどまでの態度を一変させ、そっけなく答えるだけだった。
「そんな言い方……ぼく、小学校でせいちゃんと同じクラスになったことあるんだ。ちょっと不思議系だけど、悪い人じゃなかった」
小塚は伊勢の豹変ぶりに、戸惑いを隠せずに言うが、
「だからって、良い人でもないでしょ。でなきゃ、初対面の陵をトイレに突き落としたりする? 無視した方が身のためだよ」
伊勢はあくまで否定的な意見を覆そうとしない。
「ダメだ。それだと俺の気が済まねえ」
そして、陵も結局、自分の考えを変えなかった。
「その山那とかいう奴に、思い知らせてやる。あんなのに負けたまま、だまってられるか」
「でも陵、せいちゃんにやられてたじゃん」
小塚が顔を曇らせて、ぽつりと指摘すると、
「うるさい! やられたってやるんだよ!」
陵は聞かん気をあらわに、斉二への報復をますます固く決意した。
和式便器に背中から落ちた陵の耳に、伊勢の悲鳴が聞こえた。
しかし、
「あはははは、落ちた~!」
あろうことか、陵を便器に突き落とした張本人の少年は、彼を指さして笑った。その底抜けに明るい声が、茫然自失だった陵の怒りに、再び火をつけた。
「ねえ、出れる?」
ひとしきり笑ったあと、少年は陵に手を差しのべたが、
「お前の助けなんかいるかっ!!」
陵は吠えるように言うと、伸ばされた手を思いきりはたいた。そして、よろよろと腰を上げ、やっとのことで便器から脱出する。体の痛みはないが、制服は腰の辺りがぐっしょり濡れて、陵の胸中は屈辱ではち切れんばかりだった。
「このクソ野郎……」
陵が、きょとんとする少年に掴みかかろうとした矢先に、出入口のドアが勢いよく開いた。
「あ~、斉二発見!」
入ってきたのは、二人の男子生徒だった。
「春ちゃん、こうちん!」
彼らもまた、陵の知らない顔ぶれだが、どうやら少年の級友らしい。斉二と呼ばれた少年は、嬉しそうに彼らに手を振った。
「まったく、急にいなくなるんだから――」
そう言いかけた二人だったが、この場の異様な雰囲気を感じ、立ち止まって、やや神妙な顔つきで陵たちを見回す。
陵はなおも少年――斉二をにらんでいたが、やがて舌打ちした。悔しいが、ここで退かなければ面倒なことになりそうだった。
「てめえ、覚えとけよ」
まさか自分がこんな台詞を言う羽目になるとは思わなかったが、陵は低い声で口走ると、斉二を押しのけて出て行った。
「あいつ、ぜってー殺す!」
その後、陵はジャージに着替えると、ぷんぷんしながら教室へ戻った。大半の生徒はすでに部活に参加したり帰宅したりしていて、教室には他に何人かの者がいるだけだった。
この日、体育の授業があったことが、不幸中の幸いとなった。陵はジャージ用のバッグに着られなくなった制服を入れ、自分の席にどかっと座る。すると、それを待っていたように、前にいた小塚が不安げに言い出した。
「せいちゃんにもビックリしたけどさ、それより平井が心配だよ。ぼくがあんな目にあったら、ショックで学校休むかも……親とか先生とかに言うかもしれないし」
「平井?」
陵は数年ぶりに聞く名前のように、目をぱちくりさせた。実際、どこの誰とも知らぬ相手に負けた件に気をとられ、平井のことをすっかり忘れていたのだ。
「うん。陵もちょっとやり過ぎだよ」
と言って眉をひそめる小塚。どうやら平井の顔を便器に押し込んだことを言っているらしい。
「それなら、問題ないんじゃない?」
陵の隣に座っていた伊勢が、ズボンのポケットからスマートフォンの頭だけをこっそり見せた。
「さっきの、撮ったんだ。本人が気づいてれば黙ってるだろうし、もし何か言ってきたら、あいつの顔アップにして拡散しようよ」
伊勢は楽しげに笑いながら、そう提案した。ちなみに彼の容姿は整っていると評判で、今も、その笑顔だけを見た女生徒たちが、窓際でこっそりはしゃいでいた。
「伊勢、それ怖いよ……」
だが、小塚は泥棒にでも会ったように、青い顔で震え上がる。
陵は相変わらずブスッとしたままだったが、
「あいつの好きにすりゃいい。誰にチクろうが、俺にも言い分はあるんだからな。それに、もしあいつが余計なことしてきたら、もっと痛めつけてやるさ」
発覚を恐れるそぶりもなく、堂々と言ってのける。伊勢はそんな陵を見て、心なしか満足そうに目を細めた。
「それより、こづ。さっきの奴と知り合いなのか? いきなり湧いて出てきやがって。一体どこの誰だよ」
陵の問いに、
「ああ、せいちゃんのこと? 山那斉二っていって、ぼくや伊勢と同じ小学校出身。確か、クラスは2組だったかな……ねえ、伊勢」
小塚は額にしわを作りつつ、記憶をたどる。しかし、その話題をふられた伊勢は、
「さあ、そうなんじゃないの。あんな奴ほっときなよ、陵」
先ほどまでの態度を一変させ、そっけなく答えるだけだった。
「そんな言い方……ぼく、小学校でせいちゃんと同じクラスになったことあるんだ。ちょっと不思議系だけど、悪い人じゃなかった」
小塚は伊勢の豹変ぶりに、戸惑いを隠せずに言うが、
「だからって、良い人でもないでしょ。でなきゃ、初対面の陵をトイレに突き落としたりする? 無視した方が身のためだよ」
伊勢はあくまで否定的な意見を覆そうとしない。
「ダメだ。それだと俺の気が済まねえ」
そして、陵も結局、自分の考えを変えなかった。
「その山那とかいう奴に、思い知らせてやる。あんなのに負けたまま、だまってられるか」
「でも陵、せいちゃんにやられてたじゃん」
小塚が顔を曇らせて、ぽつりと指摘すると、
「うるさい! やられたってやるんだよ!」
陵は聞かん気をあらわに、斉二への報復をますます固く決意した。
0
あなたにおすすめの小説
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
とあるΩ達の試練
如月圭
BL
吉住クレハは私立成城学園に通う中学三年生の男のオメガだった。同じ学園に通う男のオメガの月城真とは、転校して初めてできた同じオメガの友達だった。そんな真には、番のアルファが居て、クレハはうらやましいと思う。しかし、ベータの女子にとある事で目をつけられてしまい……。
この話はフィクションです。更新は、不定期です。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―
たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。
以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。
「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」
トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。
しかし、千秋はまだ知らない。
レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる