The Blood in Myself

すがるん

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第1部 茜の時

6 惑いの午後

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「やんちゃんも、ここに来てたんだね」
 健太は注文した緑色のソーダフロートをトレイに乗せ、はにかんだ笑顔で陸の隣に座る。三景が大盛りパフェを食べている姿を見ても、特に驚いた風はない。
 二人と向かい合う形になった三景は、相変わらず淡々とパフェを口に運んでいたが、
「――さくらパフェ、期間限定だから」
 健太に最低限の答は返した。
 三景のパフェはソフトクリームが薄桃色、つまりさくら味なのだった。
 しかしそれを聞いた陸は、思わずギョッして三景を見る。
(フツーに会話してる!? しかも、期間限定って……)
 昨日も感じていたが、三景の健太への態度は、自分に対する時と比べてずいぶん違うのではないか。またそれを裏づけるように、三景の顔つきも心なしか不機嫌さが薄れており、陸の胸に苛立ちが募った。
 三景と健太は同じ中学出身で、自分よりは友好的な関係を築いているのかも知れない。だがそう考えてみても、まとわりつくもやにも似た不快感が消えることはなかった。
「このお店、ラーメンとソフトクリームがおいしいんだよ」
 健太が、この辺りに詳しくない陸を気遣うように言葉をかける。
「もし陸が来たことなかったら、今日一緒に食べれたらいいなと思ってたんだ」
 健太の表情は、春の日だまりを連想させる朗らかなものだった。相手の緊張や、尖った気持ちをほぐす雰囲気がある。
「うん。おれ、ここ知らなかったけど、ラーメンうまいよ」
 陸もつられて、顔をほころばせた。
 陸が先刻から食べている和風とんこつラーメンは、とんこつのコクとあっさりした和風だしがよく合っていた。適度にねじれた麺にスープが絡み、昼食を食べてきたのに美味しく感じる。
「良かった。ソフトも味見する?」
 健太がそう言って、自分のソーダフロートを陸に差し出した。鮮やかな緑のメロンソーダの上に、純白のソフトクリームがカップの幅いっぱいに渦巻いている。
「ケンケンまだ食べてないのに、いいの?」
 実に食欲をそそられたが、スプーンで崩すのをためらう見事な渦巻きを前に、陸は遠慮がちに訊ねた。
「いいよ。僕、待たせちゃったし」
 ニコニコと答える健太。
「じゃあ……」
 お言葉に甘えてと、陸がスプーンでソフトクリームのてっぺんを一口掬う。
 食べてみると、ラーメンスープの塩気と相まって、口の中にさわやかな甘じょっぱさが広がった。
「うまい!」
 瞳を輝かせる陸に、
「でしょ? ソフトだけ食べてもおいしいけど、ラーメンの後に食べるとまた良いんだ」
 健太は陸にこれを体験させたかったのだというしたり顔で頷いた。
 ――さくらソフトは、どんな味なんだろう。
 そう思った陸の目が、自然と三景のさくらパフェに向けられる。
 だが三景は、物欲しそうな陸の視線を察してか、
「食いたきゃ、自分で買え」
 1ミリの隙も見せず呟くと、薄桃色のソフトに乗っているプチシュークリームを口に放り込んだ。
「何だよ、ケチ! そんなにあんのに!」
 どうせくれないだろうと予想していたが、今までの苛立ちも重なり、陸は我慢するのがバカらしくなった。
「お前にやる筋合いはねえ!」
 三景は喧嘩する猫のように、があっと肩をいからせてがなり立てる。健太が来る前のやり取りから、まるで進展がなかった。
「ちょっとやめなよ、二人とも」
 見かねた健太が慌てて間に入り、陸も三景もそれ以上口戦するのはやめた。しかし互いに、しばらく睨み合って譲ろうとしなかった。

「やんちゃんとは幼稚園から一緒なんだ。クラスは同じだったり、違ったりしたけど」
 デパートの屋上にあるフェンスにもたれ、健太が陸にそう言った。
 屋上は子ども向けの遊園地になっていた。かなり古いが、硬貨を入れると前後に動く象や車の乗り物、数メートルの線路を走る列車に、小さな観覧車もあった。
 陸の背中の向こうから、訪れた子どもたちのはしゃぎ声や、にぎやかなメロディが鳴り響いていた。
 陸も健太の傍らで、金網越しに街の風景を見渡した。青空の下、たくさんの家やマンション、ビル、そして近くの線路を赤い電車が行き来しているのが見えた。
「幼稚園から?」
 陸は驚きで声がやや跳ね上がった。親が転勤族で、数年ごとに引っ越しを繰り返す自分には、考えられない長い付き合いだ。
 同時に、陸は胸の底に一抹の羨望感がチリッと疼いた。なぜそんな思いを抱くのだろう。自分は一ヶ所にずっと居て、友達と過ごせるという生活を送れないからか。でもそれは特段、今に始まった話ではないのだ。
 あの後、三景は大盛パフェを難なく平らげ、二人を残してさっさと帰っていった。気が治まらない陸を、健太は気分転換に屋上へと連れ出したのだった。
「おれ、昨日もあの態度でやられたんだよ。さっきだってケンケンがいなきゃどうなってたか。あいつ昔からああなの?」
 うんざりしてぼやいた陸に、健太は苦笑いで頭を縦に振った。
「やんちゃん、顔はいいけど目がきついから。言い方もぶっきらぼうだし、誤解されちゃうことが多いんだと思う……」
 誤解どころか、本当に邪険にしか扱われていない気がする。
 健太はそんな陸の心境を見透かしたように、
「でも本当にピンチの時は、助けてくれるんだよ」
 穏やかなだけではない真面目な瞳で、一語ずつ刻みこむように言った。
「……?」
 陸はまだ訝しげに眉をひそめている。ピンチの時とは、一体どういうことだろう。
「それってケガしたとか、誰かにいじめられた場合ってこと?」
 意味がよく呑み込めない陸に、
「うーん……」
 健太はどう説明すればいいか、言葉を探して視線を宙にさ迷わせる。
 その様子に、陸はもしや言いづらい思い出でもあるのではと、逆に心配になってきた。
「ごめん、ケンケン、あの、無理に言わなくていいから……」
 両手を振って遮ろうとする陸に、
「えーとね、違うんだよ。全然深刻な話じゃないんだけど、ちょっと説明しにくくて……」
 右の人指し指を顎にあてて、ややこしい試験問題でも考えるように、健太は悩ましい顔をした。
 沈黙の間を、遊園地からは子どもを乗せた列車のチンチンという発車音が届いた。
「……僕、昔お化け屋敷で迷子になったことがあってさ。怖くて泣いてたら、やんちゃんが戻ってきて、皆の所に連れていってくれたってだけの話なんだけど」
 健太は薄く澄んだ空の中へ、思い出を探すみたいに眺めながら話し始めた。
「小4の時、このデパートに夏休み限定でお化け屋敷が出来て、友だちと入ったんだ。今思えば、狭いしお化けもちゃちいんだよ。でもその時は、暗いし歩いて行くのが怖くて」
 健太の説明によると、デパートの企画で四階の催事場にお化け屋敷を作ったらしい。
「目をつぶって歩いてたせいか、気づいたら周りに誰もいなくなってて。実はそこからほとんど記憶がないんだけど……とにかく真っ暗で、ヒュードロドロっていうBGMも聞こえなくなって、すごく怖かったのだけは覚えてる」
 晴れ渡った空に、一瞬影が差したように見えた。黒い鳥が数羽つれだって、陸たちの遥か頭上を横切ったのだった。
「けどそうしてたら、やんちゃんが一人で戻ってきてくれて、僕の腕を引いて皆の所まで連れてってくれた。その時に、本当にホッとしたんだ。大げさだけど、ああ助かったって安心した」
 子どもを乗せた列車が一周したようだ。奥の遊園地ではメロディが止まり、乗り降りする親子の声が飛び交っていた。
「話はそれだけ。全然大したことないでしょ? でも自分の中では、どうしてかずっと印象に残ってるんだ」
「……そっかぁ……」
 陸は健太の言葉を聴きながら、先ほど見えた蜘蛛の糸の一件を思い出していた。更に昨日の住宅街で、三景と出くわした際のことも。
 振り返ってみれば、どちらも小さいながら、困惑と恐怖を感じた状況であった。もしも自分一人だったら、どうしただろうというような。
(――まさかね……)
 おかしな偶然が重なっただけだ。
 陸はそう思うことにした。


 同じ頃。
 四井商事の社宅の敷地は静かで、穏やかな陽に葉桜が栄えていた。
 舗装されていない地面を、白地に緑のラインの入ったスニーカーで踏みしめ、まっすぐ進んでいく。
 隣にそびえるB棟の駐輪場の前まで来ると、芝生の先にあるA棟を見つめた。そこは奇しくも昨日、陸が立ち止まった位置でもあった。一階の角部屋。ベランダの物干し竿に洗濯物がかけられて奥は見えないが、他の部屋と特に変わりはない。
「――いない……」
 濃い闇夜のような瞳に古びたベランダを映し、三景は呟いた。
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