The Blood in Myself

すがるん

文字の大きさ
65 / 76
第2部 峡谷の底

33 湊斗の記憶・夏⑦~夏祭りⅣ~

しおりを挟む


「そういうわけだから、山那も気分を切り換えて、祭りを楽しんでくれよ。な?」
「……はい」
 湊斗の再度の頼みに、三景はようやく頷いたが、
「でも、せめて何かおわびさせて下さい」
 やはり気が済まないと食い下がった。
「おわびっていっても――着替えについてきてくれただけで十分だよ?」
「いえ、ここには流郷先輩に言われて来ただけで、俺が自発的にじゃありません。先輩に服を貸したのも中井だし」
(義理堅いっていうか、こだわる奴だなあ)
 生まじめな顔で呟く三景に、湊斗は内心、苦笑いした。
(まあ、汚れた服を洗ってもらうくらいなら頼んでいいのかな? でも、洗濯は本人じゃなくて家の人がするかもしれないぞ)
 半ば三景に押される形で、おわびについてあれこれ思いを巡らせていると、
(そうだ)
 暗闇で光を放つ電球のように、湊斗の頭にある考えが閃いた。
「じゃあ、一つお願いが――」
「何ですか?」
 間髪入れずに問い返す三景。黒い瞳で相手を真剣に見つめ、姿勢もかなり前のめっている。
「……山那のこと、あだ名で呼びたいんだけど」
 なぜかちょっと気恥ずかしさの漂う湊斗とは対照的に、それを聞いた三景はまばたきするのも忘れ、身を乗り出した格好で固まってしまった。
「――は?」
 5秒ほど経ってから、三景はようやく身体機能を取り戻したらしい。乾いた声で聞き返した。
「いや、ほら、ぼくらが知り合ってからもう何ヵ月かになるだろ。なのに、いつまでも名字で呼ぶのも味気ないかなって。山那、あだ名あるの?」
 この頼み事は、三景にとって、あらぬ方向から矢が飛んできたようなものなのだろう。仏頂面に驚きと困惑の色を浮かべ、首をさまざまな角度に傾けて悩み始める。
(もしかして、あだ名がないとか? そういや、中井からも名字で呼ばれてたっけ)
 まさか後輩を困らせてしまっているのではと、湊斗が心配になってきたころ、
「……『やんちゃん』です」
 三景はようやく答えをひねり出した。
「やんちゃん?」
「はい。幼なじみにそう呼ばれてます。多分、山那っていう名字からきてるんだと思いますが」
(何だ、意外とフツーじゃん)
 三景の個性の強さゆえ、もっと変わったあだ名や由来を予想していた湊斗だったが、そんなことはおくびにも出さず頷いた。
「わかったよ。じゃあ、これからはやんちゃんで。あと、ぼくのことも、湊斗って呼んで……」
「それはダメです。先輩を呼び捨てにはできません」
 これ幸いと話をまとめかけた湊斗だったが、三景はぴしゃりと断った。
「いいじゃないか。先輩のぼく本人がOKしてるんだから」
「でも、やっぱり目上の人に対して失礼です」
(頭のカタイ奴だなあ……!)
 これまで三景と接してきて湊斗が実感したのは、彼がたいへんな頑固者ということだった。
(そもそも、先輩の頼みを聞かないのは失礼じゃないのか? けど、このまま言い合っても平行線っぽいしな……)
 湊斗は盛大なため息をつきたい心境で、知恵を総動員した。
「そしたら、百歩譲って、湊斗先輩って呼ぶのはどう? これなら『先輩』って付いてるし、問題ないと思うけど」
「はあ……」
 百歩譲って、という部分を強調したのが効いたのかは不明だったが、三景はやっと了承と取れなくもない返事をした。
「じゃ、これで決まりだね!」
 相手の気が変わらないうちに、そそくさと話題の幕引きをはかる湊斗であった。

 二人がスーパーを出た頃、空はすでに深い紺色に染まっていた。少し湿った空気がまとわりつくのを感じながら、彼らは前もって決めておいた合流場所――盆踊り会場の入口で、流郷たちと落ち合うことができた。
「湊斗、お疲れさん。山那もな」
 時間とともに増える人ごみの中、流郷は大きく手を振って湊斗たちを迎えた。
「こっちこそ、待たせてごめん。中井もありがとな。Tシャツ、今度洗って返すから」
 湊斗は流郷の隣にいた中井に改めて礼を言う。もし彼が予備の服を持っていなければ、自分は一足先にここを去る羽目になっていただろう。
「いえ、替えが役に立って良かったです。服も急がへんので、気にせんとって下さい」
 殊勝な態度を貫く中井の側で、唯一バツの悪そうな顔をしたハルが、湊斗に缶ジュースをずいっと差し出した。
「湊斗、これ!」
「えっ?」
 驚きつつ、湊斗はおずおずと缶ジュースを受け取った。しかも、それは彼がいつも飲むお気に入りのオレンジジュースだ。ずっと氷水に浸けられていたらしく、濡れてよく冷えている。
「さっきTシャツ汚しちゃったおわび」
 ちょっと頬を赤らめたハルを横から眺めて、流郷がしたり顔でうんうんと頷いている。
 その光景に、湊斗は思わず笑みを浮かべていた。
「ありがとう、ハル。ぼくも、もう気にしてないから」
 不思議と、先ほどハルに言われた心ない言葉に対するわだかまりも消え、湊斗の胸は晴れやかだった。
 そんな時、
「あら、湊斗くんじゃな~い?」
 ここしばらく聞いていなかった陽気な声が、突然の雨のように降りかかった。
 湊斗が慌てて声のした方を見ると、
「やっぱり湊斗くんだ。こんばんは~!」
 タイトなTシャツにショートパンツ姿で、夏を身にまとったリナが、ご機嫌な顔で立っていた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

流れる星は海に還る

藤間留彦
BL
若頭兄×現組長の実子の弟の血の繋がらない兄弟BL。 組長の命で弟・流星をカタギとして育てた兄・一海。組長が倒れ、跡目争いが勃発。実子の存在が知れ、流星がその渦中に巻き込まれることになり──。 <登場人物> 辻倉一海(つじくらかずみ) 37歳。身長188cm。 若い頃は垂れ目で優しい印象を持たれがちだったため、長年サングラスを掛けている。 組内では硬派で厳しいが、弟の流星には甘々のブラコン。 中村流星(なかむらりゅうせい) 23歳。身長177cm。 ストリートロックファッション、両耳ピアス。育ててくれた兄には甘えん坊だが、兄以外の前では──。 表紙イラストは座頭狂様に描いて頂きました✨ ありがとうございます☺️

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

届かない「ただいま」

AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。 「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。 これは「優しさが奪った日常」の物語。

『定時後の偶然が多すぎる』

こさ
BL
定時後に残業をするたび、 なぜか必ず同じ上司が、同じフロアに残っている。 仕事ができて、無口で、社内でも一目置かれている存在。 必要以上に踏み込まず、距離を保つ人―― それが、彼の上司だった。 ただの偶然。 そう思っていたはずなのに、 声をかけられる回数が増え、 視線が重なる時間が長くなっていく。 「無理はするな」 それだけの言葉に、胸がざわつく理由を、 彼自身はまだ知らない。 これは、 気づかないふりをする上司と、 勘違いだと思い込もうとする部下が、 少しずつ“偶然”を積み重ねていく話。 静かで、逃げ場のない溺愛が、 定時後から始まる。

処理中です...