短文倉庫

なち

文字の大きさ
27 / 27
保健室メイツ

これくらいの距離がちょうどいい

しおりを挟む

 香水の匂いが苦手。人が一杯居る空間が苦手。人混みも苦手。炎天下の校庭や、雨の後の独特の空気も。
 「苦手なものが一杯」
と、苦笑するように言ってから、綾小路は髪を耳にかけながら。
 「甘えてるのは分かってるけど、保健室は居心地が良くて」
だから入り浸ってしまうんだ、と、そんな風に小さく告げた。
  それはけして俺が居るから、なんて理由では一つも無いのに、自分が居るこの空間をも好んでくれているように感じて、馬鹿な俺は高揚していた。

 「本当に持って来たの!?」
  保健室のベッドに横になった綾小路が、身体を起しながら驚いたような声を上げた。
 「……おう」
  意気揚々と大きな荷物を抱え上げている俺が馬鹿みたいじゃないか。そんな、有り得ないものを見た、という表情は。
  学生鞄にも、旅行鞄にも入らない物。俺の部屋の押入れに突っ込んだまま長い事放置されていた、でかい紙箱。それを入れた紙袋は、中々運ぶのに難儀した。まず、バイクに乗せられない。縦にしても横にしてもバイクの幅を超えるので、くくりつける事すら出来なかった。仕方が無いので電車で通学して来たが、改札の出入りでぶつけたりした。
  そうまでして運んできた荷物。
  綾小路が望んだから、押入れを漁って持って来てやったというのに。
 『人生ゲームがやりたい』
とポツリ呟いたのは、昨日の綾小路。
  確か家にあったっけと返したら、目を輝かせた子供みたいな顔に出会った。
  何時もの事ではあるが、わざわざそれを探し出して、苦労もして、保健室に直行してやったというのに。
 「うわぁ、うわぁ」
  興奮したみたいな声を出しながら、そこには嬉しさというより、俺を小馬鹿にしたような動揺。
  本当に持って来たよ、こいつ。有り得ないんですけどー。
  俺の友人なら絶対に言うだろう言葉を、何とか飲み込んでいるように見えるのは邪推が過ぎるか。
 「何だよ、やりてーつっただろ」
 「言ったけども」
  凄めば、困った様な声。初対面には脅えてばかりいたこいつも、保健室の仲間と化して半年も経とうものなら、俺が少し不機嫌を晒した所でびくつきもしない。
 「大変だったでしょ?」
 「だったよ。わざわざ電車で来たしな」
 「あは、マジで」
  堪えきれずに噴出す。小さな顔の中の更に小さな唇が尖る。
 「じゃあ、折角だから」
  ババ抜きにも7並べにもウノにも、将棋にもオセロにも飽きた。保健室に持ち込んだ手持ちのゲームは、やり飽きてしまった。大抵俺が負けるのも、つまらない要因の一つだと綾小路は散々言うのけれど、それでも俺が満足するまで付き合ってもくれるのだから、綾小路はいい奴だ。
  携帯ゲームの類は、綾小路は好きで無いらしい。
  俺と違って純粋に体調不良で保健室を利用している綾小路は、こうやって俺に付き合って遊んでくれていても、顔色は中々に悪い。小さい画面を長時間眺めているのは、頭が痛くなるらしい。
  俺が手渡した人生ゲームを広げながら、懐かしいと呟く綾小路の顔色は、やはり今日も少し悪い。
  白い肌なんかは本当に儚げで、綾小路という苗字も相俟って、何だか深層のご令嬢、というような印象を受けないでも無い。
  言えば「普通の家庭だけど」と笑う綾小路は、俺にとってしてみれば、異生物。
  突いただけでも倒れそうだし、細い手首は少し力を入れただけで折れそうだ。
  今まで側に居なかった人種に、戸惑ったのは最初の内だけだが。
  実際の綾小路は消えそうな程に儚くも無いし、触れれば壊れてしまう程に弱くも無い。
  どこにでも居る、普通の女だ。
 「順番、じゃんけんね」
  屈託無く笑い、ゲームを始める同級の女。見慣れないクラスメートで、見慣れた保健室仲間。
  あっさり最初のチョキで負けた俺を放置して、ルーレットを楽しそうな顔で回し出す。
  ベッドに乗り上げた俺は胡坐をかいて、ジンセイゲームを間に置いて綾小路を見る。
  手を伸ばしても、少し届かない。そんな距離。
  俺たちは何時も、この距離分遠い。ゲームを間においてでしか、関わらない。
 「川瀬の番だよ」
 「おう」
  この距離がちょうどいい。

  ――そんな風には。

  そんな風にはもう、思えなくなっている。
  何時の間にかがっしり、心の中心に居座ってしまった女。
 意識すらされていないのなら友達のままでいい。――なんて嘘だ。
 「川瀬?」
  返事をしたものの動かない俺を、訝しげに見上げてくる綾小路には、屈託しかない。
  無邪気に、純粋に、ただゲームを楽しんでいるだけの。
 「おーい?」
  前にのめるようにして、俺の顔の前で掌を振っている綾小路の細い手首を、捕まえる。
  驚いたように見開かれる瞳。
 「川瀬?」
  この手を手繰り寄せたら、何かが変わるのだろうか。
  もしもこの距離感を違えたら?
  細くて、小さくて、白くて、柔らかくて、綺麗で。
  俺のものとは違う、温もりを、もし。
  戸惑うだけの瞳。怯えも怒りも無い、俺の心の内なんて素知らぬ顔。
 「……ガキ」
  呻くように言って、内心では離し難さを感じながらも、掴まえた手首を離す。
  顰められた眉根が、見る見る怒りのそれに変わる。
 「ちょっと、何よ突然!」
 「別に」
 「っていうか、川瀬の番なんだけど!!」
 「はいはい」
  お前の頭はゲームの事だけか。そんな悪態をつきながら、やっとでルーレットに手を伸ばす。

  人生ゲームのように、俺の恋の行方ももっと単純で分かり易ければいいのに、と阿呆な事を考えた。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

許すかどうかは、あなたたちが決めることじゃない。ましてや、わざとやったことをそう簡単に許すわけがないでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者を我がものにしようとした義妹と義母の策略によって、薬品で顔の半分が酷く爛れてしまったスクレピア。 それを知って見舞いに来るどころか、婚約を白紙にして義妹と婚約をかわした元婚約者と何もしてくれなかった父親、全員に復讐しようと心に誓う。 ※全3話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...