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君>世界
しおりを挟むお前の犠牲で保たれる世界なんて、そんな平和はクソクラエ。
子供の頃、誰もが一度は聞く寝物語。
この大陸には昔、竜が暮らしていて、不思議な力を持つ竜は人間に様々な知識と恩恵を与えてくれた。彼らが住処を深海に移した後も、我々の平和は竜の掌。彼らへの感謝を忘れてはならぬ。彼らの怒りに触れてはならぬ。
遠い昔、そう語る祖母を、俺は鼻で笑った。
竜など居ない。とうに廃れた風習なれど、天変地異を彼らの怒りと結びつけ、オトメを供物に奉げていた時代を、俺は嘲った。
けれど幼馴染のキリエとの結婚が二年を過ぎた頃、大陸は理由のつかない天変地異に見舞われた。太陽を真似るように夜毎赤く輝き続ける月、雨嵐、轟く雷鳴、裂ける大地、猛る狼の鳴き声は絶える事なく、命ある者に死病が蔓延した。
誰かが竜の怒り故だと声高に主張すれば、それが全てになった。
竜の怒りを鎮めなければ。乙女を供物に捧げなければ。
愚かな叫びを、俺は何時かのように嘲笑った。
けれどある夜、俺とキリエが暮らす家に、物々しい集団がやってきた。偉く尊大な態度の老人が、国王だと名乗った。
国王は言った。
「キリエ、誇るといい。お前が竜の花嫁に選ばれた」
俺とキリエは目を見張って、その国王という老人の顔を眺めた。馬鹿馬鹿しい、と呟いた俺を、王の従者の一人が殴りつける。
蹈鞴を踏んで堪えるものの、二撃目は俺の身体を壁に激突させる。血の味が口の中に広がるにつれ、腹立たしさのままに叫んでいた。
「何を誇るものか! お前らこそ、目を覚ませ!!」
駆け寄ってきたキリエを抱きしめ、俺は国王を睨む。
「第一、キリエは俺の妻だ。竜の花嫁になぞなれるわけがない」
オトメ、という意味では、キリエはとっくに俺の物だ。
場違いに顔を紅潮させるキリエだが、その身体は小刻みに震えていた。俺とは違い竜という奴を信じて生きて来たキリエにとっては、馬鹿馬鹿しいと一笑できる程単純な事態ではなかったのだろう。
小さく俺の名を呼んだキリエは、恐れに涙を浮かべていた。
安心させるように抱きしめる腕を強めるものの、キリエの身体は強張ったまま。
無礼が過ぎる、と怒鳴った従者を片手で制して、国王はキリエに言葉を投げる。
「お前が頷かなければ、世界は滅びる。――無論、お前の愛する人間も」
瞬間、キリエの肩は波打った。
「お前の犠牲で平和は戻る」
淡々と言いたい事だけ紡いだ王が背を翻し様、突きつけた。
「明晩、お前は竜に嫁ぐ」
――花嫁、などと言っているが、実態は供物として、海に突き落とすのだ。花嫁衣裳、などと言いながら、ただ重いだけの衣装を着せて、それを重石代わりに生きたまま海に落とす。
どんな言葉で飾ろうとも、ようはキリエを殺すのだ。
国王が従者を連れて去った後も、キリエは俺の腕の中で震えていた。嗚咽を漏らして、泣いていた。
その背を撫で摩りながら、俺は言う。
「悩むな。お前が犠牲になる必要は無い」
「……でも、」
「竜なんて居ない。迷信だ」
「……でも、」
「お前は俺の妻だろう?」
「……だけど、」
涙で大きな瞳を濡らしながら、キリエは俺の胸を押し返す。
「それで、世界が守れるなら」
紫色に染まった唇を震わしながらも、キリエは確固たる意思を込めて呟く。
「それで、君が守れるのなら」
薄っすらと笑顔さえ浮かべてみせる気丈さに、俺は再度キリエを抱きしめる。
「お前の居ない世界なぞ、俺はいらない」
頼むから馬鹿な考えを起こすな、と。信心深いキリエを宥めるように、俺は言葉を重ね続けた。
でも、を紡ぐ唇を無理矢理塞いで、熱と一緒に想いを注ぎ込む。
「頼むから、」
息継ぎの合間に、願う。
「世界が滅びるその時も、俺の傍らに居てくれ」
お前が犠牲になるのなら、世界が滅びた方がましだ。一緒に、朽ちた方がましだ。
唇を噛んで嗚咽を堪えながらも、頷いてくれたキリエに安堵する。
「逃げよう」
躊躇いながらも、頷いてくれたキリエ。
なおも震える小さな身体を抱き締めて、俺は嗤った。
――君と居られるのなら、世界を敵にまわしてもいい。
キリエが小さく呟いた言葉が、何よりも嬉しかったから。
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