1 / 6
プロローグ 1
しおりを挟む
王宮の上空には強い風が吹いているのだろう。 目線を上に向ければ、薄い雲が白く筋を残して流れていく様が見える。雲を抱く空の蒼は、魂を吸い込まれそうなほど美しく澄んでいる。
とはいえ、頭上に広がる空は現実の様子を反映してはいるものの、本物ではない。シャルハン王国の王城には、 様々な行事や式典のためにいくつかのホールや劇場がある。その中でも最も古く格式高いとされる円形ホールの天井には、 大地と大気に満ちるエネルギーであるマナを用いた魔法が複雑に組み込まれており、空以外にも様々なものを映し出すことができる。
一呼吸。胸の奥深くまで空気を吸い込み、長くゆっくりと吐き出すと、マルヘィラ・カインツは目線を客席に戻した。目の前は、着飾った老若男女の貴族と、その子女たちで埋め尽くされている。階段状に高くなっていく座席は視界の外まで続き、円形の舞台をぐるりと囲んでいる。更に、階段状の座席の上方4階まで、特に身分の高い者たちが好んで選ぶ、個室のボックス席が並ぶ。額縁に納まったような姿を見せることができるその席は、見栄を張り権威を示したい者にとっては価値があるようだ。
客席の視線は、舞台中央に立つマルヘィラ、そしてその隣のルーノ・アルヴェルに注がれている。広いホールを埋め尽くす人々の中には、期待に満ちた目もわずかにあるが、品定めする目の者が圧倒的多数を占めている。
それもそのはずだ。貴族たちにとって、神の双剣であるルナトゥアとイヴトゥアの所有者が交代する本日の式典は、最も重要な国事のひとつである。神剣の正式な継承の儀式は国王の間で非公開にて行われるため、円形ホールでの式典には、それ自体に儀式としての意味はない。本来は、大勢の貴族の前で双剣の新たな所有者の御披露目をする以上の目的はないのだ。しかし、双剣を継ぐ者、そして双剣の所有者を擁する家は、シャルハン王国の政治、軍事、外交において強い影響力を持つことになり、単なる御披露目に終わらないのも事実である。現在は、アルヴェル家とカインツ家が、それぞれルナトゥアとイヴトゥアを数十年に渡り継承している。しかし、両家から剣を所有する資格を剥奪する隙を窺う貴族も少なくはない。神剣の継承者である二名がこの儀式で失態を犯せば、剣と権勢を我が者にせんとする強欲な貴族たちは大いに喜ぶに違いない。彼らは、自身こそ新たなる所有者に相応しい旨を書き連ねた書状を、こぞって国王に送りつけるだろう。
「シャルハン七世陛下!」
国王の到着を告げる声がホールに響き渡ると、それまでざわついていた場内が静まり返った。値踏みするようにマルヘィラとルーノに視線を注いでいた貴族たちの注目の対象は、ホール内のある一点に移り変わる。ステージに立つ二人の若き騎士も、皆と同じ席に向かい深く頭を垂れて跪く。
束の間、衣擦れの音すら憚られるほどの静寂がホールを支配する。
一同が向き直ったその先には、とあるボックス席がある。そこは、ホールに設えられたどの席よりも広く、洗練された装飾が随所に施された特別な仕様となっている。
間もなく、王族専用の区画に国王と王妃が姿を見せた。王家を象徴する深い赤紫の衣装に身を包んだシャルハン七世には、年若いながらも賢君と敬われるに相応しい風格がある。
「皆の者」
シャルハン七世の穏やかな声がホールに響いた。
「我、シャルハン王国第19代国王、シャルハン七世は、ルーノ・アルヴェルを生命の剣ルナトゥアの所有者として、マルヘィラ・カインツを終末の剣イヴトゥアの新たなる所有者として承認する」
深く頭を垂れたマルヘィラとルーノに向けて。客席を埋め尽くす貴族たちに向けて。国王は静かに、しかし力強く告げた。
「マルヘィラ・カインツ、ルーノ・アルヴェルよ。そなたらが役目に相応しい者であると、ここに集う者たちに示すが良い」
「はっ」
国王の言葉を受けてマルヘィラとルーノは立ち上がり、右手に携えた剣を目の高さまで持ち上げる。この日この瞬間のために重ねた鍛錬の賜物か、2人の呼吸には一切のずれがない。
純白を金で繊細に装飾したイヴトゥアの柄と鞘が、頭上からの光を受けて美しく映える。一方のルナトゥアは、漆黒の柄と鞘を持つ剣である。イヴトゥアのように総身で光を受けることはないが、イヴトゥアと同様に施された金の装飾に光が踊る様子は印象的である。
また、対照的なのは剣だけではない。「暁の君」と女性たちが密かに呼ぶマルヘィラは、白銀の髪と藤色の目が美しい若者である。対して、ルーノは「宵闇の令嬢」と称され、艶やかな黒髪と、アルヴェルの者に特徴的な赤い虹彩が印象に残る女性である。
二人が左手で鞘を優しく撫でると、鞘は陽炎のように揺らいで消え、その中に隠れていたイヴトゥアの銀色の刃と、ルナトゥアの漆黒の刃が姿を現した。マルヘィラとルーノは、水平に寝かせていた剣を立て、大きく足を踏み出す――
イヴトゥアとルナトゥアは、大きさとしては長剣に分類される。女性であるルーノや、男性としては華奢なマルヘィラなどは、とても片手で扱えそうにはない。しかし、二振りの神剣は、軽すぎず重すぎずの絶妙なバランスを保ち、片手と両手どちらの攻撃においても扱いやすいのが特徴である。
(誰にも文句など言わせません)
足を踏み出せば見える顔が変わり、刃を振れば見える顔つきが変わる。諦め、感心、悔しさ、憧憬、観客席の表情は様々である。自身の動作に合わせてくるくると変わる風景を意識の隅に、マルヘィラは心の中で呟いた。
マルヘィラは、この日のために全てを懸けてきた。カインツ家の嫡男として、イヴトゥアの継承者として、国王にも、貴族にも、そして父にも、認められなければならない。あの日、理不尽にも失われた半身に報いるため、甘えてなどいられない。例え今日を無事に終え、イヴトゥアの所有者であると認められたからといって、安心して立ち止まってなどいられないのだ。実績の上に実績を重ね、信頼の上に信頼を重ね、カインツの当主として、イヴトゥアの所有者として、生涯にわたって気を緩めることなど許されない。
(必ず成功させる)
体を捻れば客席が見え、地を蹴ればマルヘィラと視線が交錯する。この瞬間のために懸けてきたのは、マルヘィラだけではない。男児の産まれなかったアルヴェル家において、唯一の後継ぎであるルーノの立場は決して生易しいものではない。シャルハン王国では家督を継ぐ者の性別に制限はないが、それでも、女性当主は貴族たちの間で軽んじられがちである。天地創造の神の名を冠する剣を継ぐ者として、一部の腹の黒い貴族どもに隙を見せるわけにはいかない。マルヘィラの婚約者として、その覚悟を知る者として、重圧を背負うあの若者の足を引っ張ることになってはいけない。
互いの覚悟を剣筋に乗せ、マルヘィラとルーノはステージを舞う。
とはいえ、頭上に広がる空は現実の様子を反映してはいるものの、本物ではない。シャルハン王国の王城には、 様々な行事や式典のためにいくつかのホールや劇場がある。その中でも最も古く格式高いとされる円形ホールの天井には、 大地と大気に満ちるエネルギーであるマナを用いた魔法が複雑に組み込まれており、空以外にも様々なものを映し出すことができる。
一呼吸。胸の奥深くまで空気を吸い込み、長くゆっくりと吐き出すと、マルヘィラ・カインツは目線を客席に戻した。目の前は、着飾った老若男女の貴族と、その子女たちで埋め尽くされている。階段状に高くなっていく座席は視界の外まで続き、円形の舞台をぐるりと囲んでいる。更に、階段状の座席の上方4階まで、特に身分の高い者たちが好んで選ぶ、個室のボックス席が並ぶ。額縁に納まったような姿を見せることができるその席は、見栄を張り権威を示したい者にとっては価値があるようだ。
客席の視線は、舞台中央に立つマルヘィラ、そしてその隣のルーノ・アルヴェルに注がれている。広いホールを埋め尽くす人々の中には、期待に満ちた目もわずかにあるが、品定めする目の者が圧倒的多数を占めている。
それもそのはずだ。貴族たちにとって、神の双剣であるルナトゥアとイヴトゥアの所有者が交代する本日の式典は、最も重要な国事のひとつである。神剣の正式な継承の儀式は国王の間で非公開にて行われるため、円形ホールでの式典には、それ自体に儀式としての意味はない。本来は、大勢の貴族の前で双剣の新たな所有者の御披露目をする以上の目的はないのだ。しかし、双剣を継ぐ者、そして双剣の所有者を擁する家は、シャルハン王国の政治、軍事、外交において強い影響力を持つことになり、単なる御披露目に終わらないのも事実である。現在は、アルヴェル家とカインツ家が、それぞれルナトゥアとイヴトゥアを数十年に渡り継承している。しかし、両家から剣を所有する資格を剥奪する隙を窺う貴族も少なくはない。神剣の継承者である二名がこの儀式で失態を犯せば、剣と権勢を我が者にせんとする強欲な貴族たちは大いに喜ぶに違いない。彼らは、自身こそ新たなる所有者に相応しい旨を書き連ねた書状を、こぞって国王に送りつけるだろう。
「シャルハン七世陛下!」
国王の到着を告げる声がホールに響き渡ると、それまでざわついていた場内が静まり返った。値踏みするようにマルヘィラとルーノに視線を注いでいた貴族たちの注目の対象は、ホール内のある一点に移り変わる。ステージに立つ二人の若き騎士も、皆と同じ席に向かい深く頭を垂れて跪く。
束の間、衣擦れの音すら憚られるほどの静寂がホールを支配する。
一同が向き直ったその先には、とあるボックス席がある。そこは、ホールに設えられたどの席よりも広く、洗練された装飾が随所に施された特別な仕様となっている。
間もなく、王族専用の区画に国王と王妃が姿を見せた。王家を象徴する深い赤紫の衣装に身を包んだシャルハン七世には、年若いながらも賢君と敬われるに相応しい風格がある。
「皆の者」
シャルハン七世の穏やかな声がホールに響いた。
「我、シャルハン王国第19代国王、シャルハン七世は、ルーノ・アルヴェルを生命の剣ルナトゥアの所有者として、マルヘィラ・カインツを終末の剣イヴトゥアの新たなる所有者として承認する」
深く頭を垂れたマルヘィラとルーノに向けて。客席を埋め尽くす貴族たちに向けて。国王は静かに、しかし力強く告げた。
「マルヘィラ・カインツ、ルーノ・アルヴェルよ。そなたらが役目に相応しい者であると、ここに集う者たちに示すが良い」
「はっ」
国王の言葉を受けてマルヘィラとルーノは立ち上がり、右手に携えた剣を目の高さまで持ち上げる。この日この瞬間のために重ねた鍛錬の賜物か、2人の呼吸には一切のずれがない。
純白を金で繊細に装飾したイヴトゥアの柄と鞘が、頭上からの光を受けて美しく映える。一方のルナトゥアは、漆黒の柄と鞘を持つ剣である。イヴトゥアのように総身で光を受けることはないが、イヴトゥアと同様に施された金の装飾に光が踊る様子は印象的である。
また、対照的なのは剣だけではない。「暁の君」と女性たちが密かに呼ぶマルヘィラは、白銀の髪と藤色の目が美しい若者である。対して、ルーノは「宵闇の令嬢」と称され、艶やかな黒髪と、アルヴェルの者に特徴的な赤い虹彩が印象に残る女性である。
二人が左手で鞘を優しく撫でると、鞘は陽炎のように揺らいで消え、その中に隠れていたイヴトゥアの銀色の刃と、ルナトゥアの漆黒の刃が姿を現した。マルヘィラとルーノは、水平に寝かせていた剣を立て、大きく足を踏み出す――
イヴトゥアとルナトゥアは、大きさとしては長剣に分類される。女性であるルーノや、男性としては華奢なマルヘィラなどは、とても片手で扱えそうにはない。しかし、二振りの神剣は、軽すぎず重すぎずの絶妙なバランスを保ち、片手と両手どちらの攻撃においても扱いやすいのが特徴である。
(誰にも文句など言わせません)
足を踏み出せば見える顔が変わり、刃を振れば見える顔つきが変わる。諦め、感心、悔しさ、憧憬、観客席の表情は様々である。自身の動作に合わせてくるくると変わる風景を意識の隅に、マルヘィラは心の中で呟いた。
マルヘィラは、この日のために全てを懸けてきた。カインツ家の嫡男として、イヴトゥアの継承者として、国王にも、貴族にも、そして父にも、認められなければならない。あの日、理不尽にも失われた半身に報いるため、甘えてなどいられない。例え今日を無事に終え、イヴトゥアの所有者であると認められたからといって、安心して立ち止まってなどいられないのだ。実績の上に実績を重ね、信頼の上に信頼を重ね、カインツの当主として、イヴトゥアの所有者として、生涯にわたって気を緩めることなど許されない。
(必ず成功させる)
体を捻れば客席が見え、地を蹴ればマルヘィラと視線が交錯する。この瞬間のために懸けてきたのは、マルヘィラだけではない。男児の産まれなかったアルヴェル家において、唯一の後継ぎであるルーノの立場は決して生易しいものではない。シャルハン王国では家督を継ぐ者の性別に制限はないが、それでも、女性当主は貴族たちの間で軽んじられがちである。天地創造の神の名を冠する剣を継ぐ者として、一部の腹の黒い貴族どもに隙を見せるわけにはいかない。マルヘィラの婚約者として、その覚悟を知る者として、重圧を背負うあの若者の足を引っ張ることになってはいけない。
互いの覚悟を剣筋に乗せ、マルヘィラとルーノはステージを舞う。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる