シムオペラリカ -白き剣の簒奪者-

ミズキケイ

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プロローグ3

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「愚かな……」

 群衆の混乱を扇動するかの如き言葉に、司教は忌々しい思いで言葉を吐き出した。
 王城や王立劇場など、王都ジルゥークの重要な建造物の全てはシム――遥かなる天空から 地上に降り注ぐ神の力と、マナを利用した複雑な術式を用いて強度と耐久性を増してある。それらの建物は、シャルハン王国や近隣の国家を時折襲う大地の揺れにも耐え、有事には要塞としても機能する。また、兵器による建物の損傷をも想定してあり、天井や柱の一部が大きく破損したとしても、そのために倒壊することはない。あれしきの穴で、このホールの天井が崩落するなどありえないのだ。

 加えて、王立劇場の中でも最も歴史がある――言い換えれば古いこの円形ホールは、客席の数に対して通路も、出入り口も、避難という観点から見れば十分な広さや数は確保されていない。慌てふためき混乱した人々が我先にと出口に押し寄せることは、賢明な選択とは言い難い。冷静さを欠いて右往左往すれば、無用な怪我をする羽目になる。

「ロッツァ司祭、落ち着いて座りなさい」

 座り心地の良い座席から立ち上がり目線を右へ左へ動かす司祭に、テーゼは穏やかな声で告げた。

「冷静さを欠けば、我らのような年寄りは怪我では済まぬ」

 テーゼの深く落ち着いた声に、ロッツァも我を取り戻したような顔つきになる。2回、深呼吸をすると祭服のしわを整え、静かに腰を下ろした。

「司教様、取り乱してしまい、失礼しました」

 ロッツァが落ち着いた様子を確認すると、テーゼは会場内にぐるりと目線を這わせる。会場の人間は、大きく分けて3種類だ。現場の統制や他者の安全など知ったことかと言わぬばかりに、家族すら押しのけて出入り口を目指す人間。緊張した面持ちながらも椅子に座ったままの者。そして、どうにか混乱を鎮めようと声を張り上げ、身を挺して群衆を押しとどめようとするものの無視され続けている、哀れな警備担当者たちである。

 予期せぬ事態、特に身の安全が脅かされる事態において、どのような言動が表れるか。それはそのまま、その人物が信用に足るか否かを表しているのでは、とテーゼは常日頃より考えている。自身より立場や身分、体格や体力の劣る者を平然と押しのけるような者は、今この場に限らず、ここぞという状況で共にある者を見捨てる可能性を否定できない。一方で、混乱を極める状況下にあって我を忘れることなく、騒動に加担せぬ意思を持つ者は、人道と正義を見失うことはないだろう。
 是非とも覚えておきたい人物の顔を順に見ながら、老境の司教は事の成り行きに身を任せる。
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