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14. 変化の実験
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「ちなみにノアはどの反応が一番出るの?この前みたいに吸血衝動?」
一通り考え終わったあと、アリスは口を開いた。
「……アリス」
「あ。踏み込みすぎ?ごめんごめん」
窘めるように咳払いをしてから名前を呼んだノアに、またやっちゃったという顔をしながらアリスは謝っている。人に踏み込みすぎて頻繁に怒られるのであろう、怒られることを予測していたような反応だ。あまり反省はしてないだろうな、とノアは心の中で思う。
「謝ることではないです。が、本来女性とするような話ではないことを覚えておいてくださいね……」
アリスは昨日甘い香りの話を「猥談だもん」と言った寧寧を思い出していた。
「うん、そうだよね。話してくれてありがとう」
これ以上アリスの追及がないとわかると、ほっとしたような顔でノアはコーヒーを手に取った。
◇
研究や検証、実験はもっぱら「エーデルワイズの間」と呼ばれる部屋で行われていた。アリスがノアに一番最初に会った客間の隣に位置する部屋だ。1階にあるこの広々とした部屋に、アリスは実験道具などをひとまとめにして置いていた。もちろん他の部屋と同じく天井はとても高い。
「じゃあ今日は変化について調べたいんだけどいい?」
「もちろん。何をすればいいですか?」
吸血鬼の能力は色々あるが、その中で最も特徴的な能力の一つである「変化(へんげ)」の検証をアリスはノアと行う予定であった。読んで字のごとく、吸血鬼は様々なものに変化(へんか)できる。その中でも霧になる能力が非常に便利で、かつ人間側――特に対吸血鬼班にとってはやっかいな能力であった。
「うーんと、じゃあまず霧になってくれる?実際最初に見てから色々調べていくね」
「わかりました」
この1週間とちょっとの間、研究内容は別にしてノアに関してわかったことがある。ノアは長年生きている吸血鬼だが、外出する際は案外現代的な格好を好むようだ。人間社会に溶け込むためそれなりに身なりも合わせていかなければいけないのかもしれない。そのため非常に整った顔と、艶やかな銀の長い髪がただならぬオーラを漂わせていることを除けば、外で見るノアはパッと見25歳辺りの青年だった。
一方で城――もとい家では常にロングローブを着用しており、神々しさも相まって外見年齢は一気に不詳になる。優しいアイボリーカラーのローブの丈は長身のノアに合わせた特注品なのか足元まであり、上品なオールドブルー色の襟には金の刺繍が施されている。ノアの所作が綺麗に見えるのも、ひとえにこの優雅なローブが一役買っているのであろう。いつ何時でも上品に見えるノアに、破天荒な自覚があるアリスはとても感心していたのだった。
「じゃあ変化しますね。変わるときは一瞬なのでよく見ていてください」
「うん、わかった。いいよ」
アリスは優雅にロングローブを着こなし佇んでいるノアの姿をじっと見守っていた。ふっと柔らかい風が吹き、ローブがフワッと空気を含んだ。そしてアリスが瞬きする間もなく、あっという間にノアは霧散してしまった。よく見ていてと言われたのにも関わらず、アリスは一体どうなったのか何が起こったかわからなかった。一瞬にして消えてしまったノアに、アリスは一拍おいてから声をあげる。
「すごーい!魔法みたい!知ってたけどほんとにすごい!」
いたく感動したのかノアが消えたにも関わらず、アリスは目の前の空間に喋り続けていた。そして興奮が収まった頃、何かの違和感に気がつき後ろを振り返った。
「ん?あれ?ノア、もしかしてここにいる?」
ずっと喋りかけていた空間から振り返ったアリスは、背後の何も存在しない場所に話しかけ始めた。アリスは見えないものを見ようとするかのようにその空間に視線を定め、眉間にシワを寄せて目を細めていた。その瞬間、フワッとそよ風のようなものが頬を掠め、目の前にノアが姿を現す。その顔には困惑の表情が浮かんでいた。
「アリス、わたしがいる場所が何故わかったんです?ただの勘ですか?」
「うーん、なんか背後に違和感があって。違和感というか気配?かな」
「気配?」
「うん。ノアが見えてた訳じゃないんだけど、なんかはっきりと誰かがいる気配があったの」
「それは……」
アリスの発言にノアは言葉を詰まらせていた。それもそのはず、吸血鬼が霧になったあとその吸血鬼の所在がわかるものはこの世には存在しない。吸血鬼でさえも関知できない範囲のものだ。
「霧散した吸血鬼の気配がするというのは通常だとありえないことです」
「え?そうなの?」
「はい……もう一度試してもいいですか?」
「うんお願い」
いまだ困惑気味のノアの声を聞きながら、さきほどのようにアリスはじっとノアを見た。そしてノアがまた一瞬にして霧散する。先ほどは霧になったあと興奮してしまってすぐにはわからなかったが、今回は心を落ち着けて気を張り巡らせる。するとカーテンのあたりにまたあの気配がした。
「ノア。カーテンの横にいるでしょ?気配がする」
そう言った途端カーテンがハタハタとはためき、その横には唖然としたノアが立っていた。
「わお、当たっちゃった」
「アリス、あなた一体……」
一通り考え終わったあと、アリスは口を開いた。
「……アリス」
「あ。踏み込みすぎ?ごめんごめん」
窘めるように咳払いをしてから名前を呼んだノアに、またやっちゃったという顔をしながらアリスは謝っている。人に踏み込みすぎて頻繁に怒られるのであろう、怒られることを予測していたような反応だ。あまり反省はしてないだろうな、とノアは心の中で思う。
「謝ることではないです。が、本来女性とするような話ではないことを覚えておいてくださいね……」
アリスは昨日甘い香りの話を「猥談だもん」と言った寧寧を思い出していた。
「うん、そうだよね。話してくれてありがとう」
これ以上アリスの追及がないとわかると、ほっとしたような顔でノアはコーヒーを手に取った。
◇
研究や検証、実験はもっぱら「エーデルワイズの間」と呼ばれる部屋で行われていた。アリスがノアに一番最初に会った客間の隣に位置する部屋だ。1階にあるこの広々とした部屋に、アリスは実験道具などをひとまとめにして置いていた。もちろん他の部屋と同じく天井はとても高い。
「じゃあ今日は変化について調べたいんだけどいい?」
「もちろん。何をすればいいですか?」
吸血鬼の能力は色々あるが、その中で最も特徴的な能力の一つである「変化(へんげ)」の検証をアリスはノアと行う予定であった。読んで字のごとく、吸血鬼は様々なものに変化(へんか)できる。その中でも霧になる能力が非常に便利で、かつ人間側――特に対吸血鬼班にとってはやっかいな能力であった。
「うーんと、じゃあまず霧になってくれる?実際最初に見てから色々調べていくね」
「わかりました」
この1週間とちょっとの間、研究内容は別にしてノアに関してわかったことがある。ノアは長年生きている吸血鬼だが、外出する際は案外現代的な格好を好むようだ。人間社会に溶け込むためそれなりに身なりも合わせていかなければいけないのかもしれない。そのため非常に整った顔と、艶やかな銀の長い髪がただならぬオーラを漂わせていることを除けば、外で見るノアはパッと見25歳辺りの青年だった。
一方で城――もとい家では常にロングローブを着用しており、神々しさも相まって外見年齢は一気に不詳になる。優しいアイボリーカラーのローブの丈は長身のノアに合わせた特注品なのか足元まであり、上品なオールドブルー色の襟には金の刺繍が施されている。ノアの所作が綺麗に見えるのも、ひとえにこの優雅なローブが一役買っているのであろう。いつ何時でも上品に見えるノアに、破天荒な自覚があるアリスはとても感心していたのだった。
「じゃあ変化しますね。変わるときは一瞬なのでよく見ていてください」
「うん、わかった。いいよ」
アリスは優雅にロングローブを着こなし佇んでいるノアの姿をじっと見守っていた。ふっと柔らかい風が吹き、ローブがフワッと空気を含んだ。そしてアリスが瞬きする間もなく、あっという間にノアは霧散してしまった。よく見ていてと言われたのにも関わらず、アリスは一体どうなったのか何が起こったかわからなかった。一瞬にして消えてしまったノアに、アリスは一拍おいてから声をあげる。
「すごーい!魔法みたい!知ってたけどほんとにすごい!」
いたく感動したのかノアが消えたにも関わらず、アリスは目の前の空間に喋り続けていた。そして興奮が収まった頃、何かの違和感に気がつき後ろを振り返った。
「ん?あれ?ノア、もしかしてここにいる?」
ずっと喋りかけていた空間から振り返ったアリスは、背後の何も存在しない場所に話しかけ始めた。アリスは見えないものを見ようとするかのようにその空間に視線を定め、眉間にシワを寄せて目を細めていた。その瞬間、フワッとそよ風のようなものが頬を掠め、目の前にノアが姿を現す。その顔には困惑の表情が浮かんでいた。
「アリス、わたしがいる場所が何故わかったんです?ただの勘ですか?」
「うーん、なんか背後に違和感があって。違和感というか気配?かな」
「気配?」
「うん。ノアが見えてた訳じゃないんだけど、なんかはっきりと誰かがいる気配があったの」
「それは……」
アリスの発言にノアは言葉を詰まらせていた。それもそのはず、吸血鬼が霧になったあとその吸血鬼の所在がわかるものはこの世には存在しない。吸血鬼でさえも関知できない範囲のものだ。
「霧散した吸血鬼の気配がするというのは通常だとありえないことです」
「え?そうなの?」
「はい……もう一度試してもいいですか?」
「うんお願い」
いまだ困惑気味のノアの声を聞きながら、さきほどのようにアリスはじっとノアを見た。そしてノアがまた一瞬にして霧散する。先ほどは霧になったあと興奮してしまってすぐにはわからなかったが、今回は心を落ち着けて気を張り巡らせる。するとカーテンのあたりにまたあの気配がした。
「ノア。カーテンの横にいるでしょ?気配がする」
そう言った途端カーテンがハタハタとはためき、その横には唖然としたノアが立っていた。
「わお、当たっちゃった」
「アリス、あなた一体……」
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