中年冒険者、年下美青年騎士に番認定されたことで全てを告白するはめになったこと

mayo

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 全身が岩みたいに硬い皮に覆われているワニ魔獣、小さなナイフが通りそうだったのは目しかない。

 噛まれている足から感じる激痛、水の刺すような冷たさ、生まれて初めて陥っている命の危機。

 俺はパニックになりながら小型ナイフをワニ型魔獣の目に突き刺した。ナイフは僅かな抵抗を突破して深く突き刺さる。

 さすがのワニ魔獣も痛かったのだろう、口を開けて俺の足を離した。その隙に地面を転がって距離を取ったが、左足は傷だらけで動きそうにない。唯一の武器である小型ナイフはワニ型魔獣の目に刺さったままで、俺は丸腰。

「……魔法、しかない」

 しょぼいとか言っている場合ではない。攻撃として使えそうなのは炎と風だが、炎の方が風よりも威力が出そうだ。

 焚火に火をつけるか竈に火を入れるときくらいしか使ったことのない炎魔法。できる限り大きな炎をイメージし、体の中にある魔法の素である魔力を燃やす……イメージをする。

 大きな水音が響き、ワニ魔獣が俺に向かって突進して来た。大きく開けた口が迫る。

「っあああああ!」

 炎魔法が発動する前にワニ魔獣は俺の左腕に噛みつき、ナイフみたいな牙が今度は腕に突き刺さる。

 腕が千切れなかったのは、肩から斜め掛けしていた鞄も一緒に口に含んだことでつっかえ棒のような役目をしてくれたからだ。たぶん、鞄の中にある金属製の水筒がワニ魔獣の口が閉じるのを防いでくれている。

 ワニ魔獣の口に片腕を突っ込んでいる状態で、俺は精一杯の炎魔法を放った。一度の威力が低いのなら、数を重ねるだけだ。何度も何度も、薪に火をつけて燃え上がらせるイメージを重ねた。

 魔法を自在に扱える人からしたら、無意識で出ちゃったくらいの炎だったろう。でも、俺の精一杯の炎は、ワニ型魔獣の口内で爆ぜる。

 口の中から喉周辺を焼かれたワニ型魔獣は痛かったのか驚いたのか、「ギャアア」っと大きく叫ぶと俺を放り出し、川の中に入り上流に向かって消えていった。

 俺は体の半分を水に浸けたまま、ワニ型魔獣を見送る。

 左の手足はワニ魔獣に噛まれてズタズタで動かず、着ている服も持っている荷物も水に濡れ、周囲に人の気配は全くなく、今は初冬の夕方だ。

 魔獣という脅威は去ってくれたものの、変わらず俺はピンチだった。

 陽は落ち、気温が徐々に下がっていくのと同時に、水の冷たさと沢山出血したことでどんどん体温が下がっていく。

 指先や足先の感覚はもうない。

 ここで眠ったら二度と目覚めない、そう感じた。

 ――このまま、死ぬんだな。

 裕樹先輩と一緒に突然この世界に落ちて来た。

 漫画や小説かよって思いながらも、ワクワクしたことは否定しない。

 ヒト族以外にもいろんな種族がいて、魔法があって、剣や槍で戦う冒険者なんて職業があって、魔獣なんて危険な生物がいて……それでもまたファンタジーゲームみたいだ、なんて浮かれていた。今思えば、馬鹿だとしか言いようがない。

 現実がまったく見えていない、夢見がちな小僧の考えなんてそんなもんだろうけど。

 これから全く縁のない世界で自分がどう生きていくのか、あちらの世界で自分の立場はどうなったのか、残された両親や兄はどうしているのか? 

 気にすることも、考えることも沢山あったはずなのに、何一つ考えずにいたなんて恐ろしい。

 戦うこともできず、読み書きが壊滅的なことで普通の仕事に就くこともできず、命をかける覚悟もなく冒険者になり、騙されて奴隷に落ち暴力と性的搾取に晒された。

 俺はきっと、一度死んだのだ。心を折り、粉々に砕かれて。

 もう二度と治らないと思われた心は、牧場の親切で優しい人たちと動物たちとの穏やかな生活、新しい発見ばかりだったチャドさんとの旅暮らし、そして時間という薬によって少しずつ回復していった。

 今もあの頃の悪夢を見ては夜中に飛び起きることもあるが、普通に生活できるようになったのだからよくここまで治ったと思う。

 ――まあ、俺にしたら頑張った方かな。

 瞼が落ち、俺は暗闇の中へと落ちていった。



  ***



「あのとき、なんとかアリゲーターっていうワニ型魔獣と俺なりに戦った結果が、この左足と左腕だよ。手足なんて食い千切られてもおかしくなかったのに、ちゃんとくっ付いてるんだから大したもんでしょ」

 左手を動かせば、少しぎこちなくだが指がグーとパーを交互に作る。

「……よく、生き残れましたね。レイジアリゲーターが引いてくれてよかった、執念深い魔獣なのでなかなか引いてくれないのですよ」

 ルーファスも文官二人も顔色が悪い。楽しくもない話ばかりが続くから、仕方がない。

「俺もそう思う。たぶん、あのワニ型魔獣はお腹空いてなかったんじゃないかな? 貴族のお坊ちゃんたちにちょっかい出されて、頭に来て追い払おうとしたとか、そんなんだったのかもね。俺が弱いとはいえ口の中で炎魔法を炸裂させたもんだから、嫌になって帰ってたんだと思う」

「本当によかったです」

 俺の手をルーファスの大きな手が優しく撫でる。

「まあ、助かったのは俺を助けてくれた人たちなんだけどね」

「カイトさん、大ケガをして冬の川に浸かっていたあなたを助けてくれた人がいた、のですね?」

「そう。俺は気を失っちゃったから、その辺りの記憶はないんだけど……助けてくれた人たちから聞いた話ね。その人たちが薬草摘みに来ていたら、上流から俺が流れてきたんだって。最初は新人冒険者の死体だと思って、引き上げてみたらまだ息があって驚いたってさ。そりゃあそうだよね、驚くよね。で、彼らは自分たちの家に俺を運び込んで、できるだけの治療をしてくれたんだ。その結果、今俺はこうしている」

 俺を助けてくれたのは、ヴォルジーから少し離れたところにある村……今現在俺の住まいがあるラムロ村に暮らしている夫夫だった。

 ピューマ獣人のジェイクとヒト族のノア、男同士の夫夫ふうふで、番。ジェイクは元医者の冒険者、ノアは薬師。この世界の医学に明るい二人が俺を拾ってくれたことは、人生最大の好運だ。

 川を流れていた俺が下流で拾われたこと、俺を拾ってくれたのがこの二人でなかったとしたら、俺は助からなかっただろう。
 これを好運と呼ばずしてなんと呼ぶんだ?

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