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2章:王の胎動
10話:海の覇者・前編
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▼ルーカス
翌日、ルーカスは泊まっている宿で部下からの報告を聞いていた。
「それらしい人物の乗った船は見当たりません」
「船員に話しを聞いてみましたが、旅芸人の話はありません」
「軍船も停泊していますが、出港に兆しはありません」
やはり、探れる情報には限りがある。ここは敵地、権威を振りかざすわけにはゆかない。大軍であれば町を占拠できるが、今は少数。なにより、あまり戦いを広める事は今後タニスという国に影響力を持つ時に悪影響がある。
「何隻かの商船が出港しましたが、探している人物は見つかりません。宿なども巡ってみましたが」
「変装していたのだろうから解かれると分からないか」
それでも目立つだろうと思っていたが、どうやら上手く出し抜かれたようだ。溜息をつき、次の行動を考えていると不意に扉がノックされ、一人の部下が駆け込んできた。
「どうした」
「ジョシュ将軍からの手紙です」
受け取った手紙を読んだルーカスは更に険しい顔をする。それは、戦況に動きがあった事を伝えるものだった。
「陛下?」
「タニス王都に戻る。砦に動きがあった。出兵の兆しがみられるそうだ」
ルーカスは早々に踵を返す。それに、部下達も慌ててついて行くより他になかった。
◆◇◆
▼ユリエル
ユリエルと他五名を乗せた商船は、何の妨害もなく出港した。
「それにしても荷物と一緒に木箱に押し込まれるなんて。刺激的すぎはしないかい?」
この方法に最後まで抵抗したレヴィンが恨みがましく言ってくる。彼は自慢の赤髪についた緩衝材の藁を取りながら、物凄く不満な顔をする。
だが一方のユリエルはけっこう楽しかったと満足している。ただ良くないのは、昨夜の情事で少々体が痛む事。悟られぬようにしているのはプライドだった。
「海というのは初めてだけど、意外と気持ちがいいものだね。まさか俺が海に出る日がくるなんて思ってもみなかったよ」
一つ伸びをして言うのは、生まれて初めて船に乗ったアルクースだった。船酔いもなくピンピンしている。
それに比べて、船底の荷物に潜んでいた他の者はボロボロだ。
「元気だね、アル。俺はもう降りた……うっ」
青い顔で口元を押さえて、船べりへと急ぐレヴィンのかっこ悪い姿を見たユリエルとアルクースは互いに顔を見合わせた後で笑いだす。結局ここで元気なのはこの二人と船員達だけだった。
「それにしても、この状態で大丈夫ですか? なにやら戦う前からお味方は総崩れだけど」
「心配はありませんよ。聞けば彼らは無理に奪うわけではないようです。私は交渉し、必要ならば力を示す。私が負けた時には覚悟してもらわなければなりませんが、そうならないうちは大丈夫でしょう」
「自信過剰が過ぎれば身を亡ぼすんだよ」
アルクースの言葉にユリエルは笑う。そして、腰の剣を指で遊んだ。
「過剰なくらいでなければ王など務まらないものですよ。アルクースは軍師にむいていますね。慎重で狡猾、全体を考えて動く癖がついているようです。広い視野も持っていますし、最低限の力で利益を得ようとするタイプですね」
アルクースが僅かに頬を赤くして、照れたようにそっぽを向く。どうやら褒められ慣れていない様子だった。
「軍において大事なことです。強い者もいれば、弱い者もいる。軍事は常に一番弱い人間でも勝てる方法を取るのが上策です。貴方はそれを見極めようとしている。傭兵にしておくには惜しいかぎりです」
「そう褒めないでください。何やらむず痒くて居心地が悪いです。俺は、逃げてきた奴等でも上手くやっていける方法を模索していただけだよ」
本当に恥ずかしそうにしているから、それが何だか可愛らしくも思えてユリエルは笑う。それでも、ユリエルは彼への評価は過剰だとは思っていなかった。
「俺は殿下こそ、王族なんて似合わないと思うけど」
「ん?」
まだほんのりと赤みの残るは顔で、アルクースは言う。それを、ユリエルは面白く聞いていた。
「王族っていうのは、城でふんぞり返って大きな顔をして生きている奴等だとばかり思っていた。でも殿下を見てると、それは俺の勝手な先入観だったんだと思える」
アルクースの言いようにユリエルは苦笑するしかなかった。そして、いかに自分が型破りかを考えさせられた。
「残念ながら、歴代の王族をみてもそのような者が大半ですよ。私はそもそも王族とは名ばかりの軍人です。政治を行う者の大半が私を拒みましたから。力を持てるとしたら、軍籍以外なかったのです」
「まぁ、分からなくはないかな。俺が政治家でも、殿下に力はつけてもらいたくないって思うよ」
「ほぉ、それは何故です?」
「多分、敵わないから。殿下が力をつけたら自分じゃ太刀打ちできない。それに、殿下の考えが分からないのも不安かな」
まったく恐れもなく言うアルクースは海の先を見る。そしてユリエルは短い付き合いにも関わらず、彼にそのように思わせる自分の気性に自嘲した。
その時、穏やかな船旅を騒がせる客人が現れた。船尾にいた船員が叫ぶように敵襲を伝えたのだ。
「来ました、敵襲です! 船は二隻。青に……エンブレムは薔薇! 『バルカロール』です!」
取り乱した言葉が終わるか終わらないかの間に、激しい揺れが船を襲った。
急ぎ船尾に回ってみれば太い鎖が五本、離れぬように甲板の手すりに絡みついている。それに引っ張られ、転覆を避ける為には止まるより他に方法はなかった。
やがて、接近した船に木の板がかけられ接舷される。ユリエルはそれを堂々と見ていた。はっきり言って、今の戦力はユリエルとアルクースのみ。レヴィンも最悪使えない事はないだろうが、負けるのが目に見えている。
ユリエルはゆったりと相手を待った。その隣で、アルクースも落ち着いている。剣の柄に手はかかるものの、斬りかかるような素振りはない。そして、渡された橋の先頭を歩いてくる青年が目に入った。
短い白髪に、袖の窄まったシャツ。ズボンも裾が窄まっている。青い瞳は澄んだ海のようだ。体は意外と細く鍛えられている。日焼けした感じもあまりない繊細な青年だった。
「船の大きさに比べて、人が少ない? これは、どうして?」
どこか拙い言葉で首を傾げる青年は、真っ直ぐにユリエルを見る。ゾロゾロと屈強な海の男達が船に乗り込んでくるが皆首を傾げて戻ってきて、何かを青年に伝えていった。
「荷も、ないの?」
報告を受けた青年は暫く考えた後、ユリエルへと一歩近づいた。
「貴方は誰? これは、僕達をはめる罠なの?」
「殿下、彼は」
体躯の割に幼い言葉使いはちぐはぐで妙な印象がある。まるで中身だけが、幼いまま成長を止めてしまったように。
ユリエルは一歩前に出て青年をみる。とても真っ直ぐ、逃げる事なく。
「初めまして、海賊『バルカロール』の皆さん。私は、ユリエル・ハーディングと申します」
「……王子様?」
とても丁寧に礼をしたユリエルを、青年は訝しんで見た。その瞳には戸惑いが見られる。眉をしかめ、どうしていいか分からない顔をしている。
その時、背後の海賊たちが道を開けた。そしてそこに、一人の女性が立った。
青年と同じく白い艶やかな髪に大きな青い瞳の美女は、船に乗るには適さない薄紫のドレスを着ている。そして青年の横にきて、裾を持ち上げて丁寧に礼をした。
「このような場所で王太子殿下とお会いできるとは驚きです。私の名はフィノーラ。こちらは弟のヴィトと申します。その様子では、私達に御用かしら? 一国の、場合によっては王となる人が、何用でしょうか?」
彼女の振る舞いはまるで貴族の子女のようだ。堂々と振る舞い、妖艶に笑う。だがその心は決して読ませはしない。
「貴方達と取引がしたくてきたのですよ、フィノーラさん」
「取引?」
彼女の綺麗な眉が僅かに寄る。そして更に一歩、ユリエルへと近づいた。
「何の取引ですの?」
「噂で、グリオンを探しているとか。そこで、こちらが彼を捕えしだい貴方達に引き渡します。その代り、私の私兵として王都奪還に力を貸してもらいたいのです」
また一つ、フィノーラの眉が上がる。そして、冷たい笑みが返ってきた。
「面白い事をおっしゃいますのね。民を守るべき者が、私達のような賊に民を売るだなんて」
「実は一つ、私もそのグリオンという商人を疑っているのですよ。もしや、売国奴ではないかと」
「それは、どういう意味ですの?」
「奴の商船はよく荷や船員の数が合わないまま、役人を買収して見逃してもらっていたようです。それが、今回の王都陥落に関わっているのではと思っています」
「……あいつなら、ありえる話ですわね」
考え込むフィノーラは、それでもユリエルを信じるには足りない様子だった。
「それで? 奴が貴方の疑い通りの男だった時には、私達で私刑にしてもよろしいと?」
「構いませんよ。おそらく叩けばいくらでも埃が出ます。何より、貴方にそれほどまでに恨まれることをしているのは確か。それが罪に問えるなら、私はやはり同じく貴方達に処遇をお任せします」
フィノーラは深く考え込む表情をしている。だが、そんな彼女を背後に庇うようにして隣のヴィトが前に出た。
「姉上、乗りきしないなら受けなくていい。僕が、あの男を姉上の前に引きずり出す」
「ヴィト」
さっきまでの頼りなさが消え、堂々とした言葉が返ってくる。ヴィトはそのまま一歩前に庇い出て、ユリエルを睨み付けた。
「あいつは僕達の仇。それに、横槍なんていれないで。これ以上姉上を悩ませるなら、僕が相手になる」
「ヴィト、止めなさい! 下手に相手などして、万が一があっては大変なのよ! この人に傷でもつけてごらんなさい、国が私達を本気で殲滅しにくるわ!」
フィノーラは慌てて止める。だが、ヴィトはそれでも止まろうとはしなかった。
「平気、姉上。こいつを殺して、他も殺して沈めれば、誰がやったかなんてわからない」
「そんな簡単な事ではないわ! 必ず行き先も、相手も誰かに言ってある。そうなれば同じよ!」
フィノーラはヴィトの腕を掴んで止めた。それでようやく、ヴィトも大人しく下がった。
「殿下、あまり軽々しい問題ではありませんわ。ここに居る者は皆、あの男を恨みに思う者です。殿下の申しでは嬉しい限りです。ですが、私的な恨みで仲間の全てを危険に晒す決断は、私にはできません。一度船に戻り、少し話しをしてもよろしいかしら?」
「えぇ、構いませんよ。急ぐつもりはありませんから」
頷いて了承したユリエルに頭を下げ、フィノーラは納得いかないヴィトを連れて自らの船へと戻っていった。
翌日、ルーカスは泊まっている宿で部下からの報告を聞いていた。
「それらしい人物の乗った船は見当たりません」
「船員に話しを聞いてみましたが、旅芸人の話はありません」
「軍船も停泊していますが、出港に兆しはありません」
やはり、探れる情報には限りがある。ここは敵地、権威を振りかざすわけにはゆかない。大軍であれば町を占拠できるが、今は少数。なにより、あまり戦いを広める事は今後タニスという国に影響力を持つ時に悪影響がある。
「何隻かの商船が出港しましたが、探している人物は見つかりません。宿なども巡ってみましたが」
「変装していたのだろうから解かれると分からないか」
それでも目立つだろうと思っていたが、どうやら上手く出し抜かれたようだ。溜息をつき、次の行動を考えていると不意に扉がノックされ、一人の部下が駆け込んできた。
「どうした」
「ジョシュ将軍からの手紙です」
受け取った手紙を読んだルーカスは更に険しい顔をする。それは、戦況に動きがあった事を伝えるものだった。
「陛下?」
「タニス王都に戻る。砦に動きがあった。出兵の兆しがみられるそうだ」
ルーカスは早々に踵を返す。それに、部下達も慌ててついて行くより他になかった。
◆◇◆
▼ユリエル
ユリエルと他五名を乗せた商船は、何の妨害もなく出港した。
「それにしても荷物と一緒に木箱に押し込まれるなんて。刺激的すぎはしないかい?」
この方法に最後まで抵抗したレヴィンが恨みがましく言ってくる。彼は自慢の赤髪についた緩衝材の藁を取りながら、物凄く不満な顔をする。
だが一方のユリエルはけっこう楽しかったと満足している。ただ良くないのは、昨夜の情事で少々体が痛む事。悟られぬようにしているのはプライドだった。
「海というのは初めてだけど、意外と気持ちがいいものだね。まさか俺が海に出る日がくるなんて思ってもみなかったよ」
一つ伸びをして言うのは、生まれて初めて船に乗ったアルクースだった。船酔いもなくピンピンしている。
それに比べて、船底の荷物に潜んでいた他の者はボロボロだ。
「元気だね、アル。俺はもう降りた……うっ」
青い顔で口元を押さえて、船べりへと急ぐレヴィンのかっこ悪い姿を見たユリエルとアルクースは互いに顔を見合わせた後で笑いだす。結局ここで元気なのはこの二人と船員達だけだった。
「それにしても、この状態で大丈夫ですか? なにやら戦う前からお味方は総崩れだけど」
「心配はありませんよ。聞けば彼らは無理に奪うわけではないようです。私は交渉し、必要ならば力を示す。私が負けた時には覚悟してもらわなければなりませんが、そうならないうちは大丈夫でしょう」
「自信過剰が過ぎれば身を亡ぼすんだよ」
アルクースの言葉にユリエルは笑う。そして、腰の剣を指で遊んだ。
「過剰なくらいでなければ王など務まらないものですよ。アルクースは軍師にむいていますね。慎重で狡猾、全体を考えて動く癖がついているようです。広い視野も持っていますし、最低限の力で利益を得ようとするタイプですね」
アルクースが僅かに頬を赤くして、照れたようにそっぽを向く。どうやら褒められ慣れていない様子だった。
「軍において大事なことです。強い者もいれば、弱い者もいる。軍事は常に一番弱い人間でも勝てる方法を取るのが上策です。貴方はそれを見極めようとしている。傭兵にしておくには惜しいかぎりです」
「そう褒めないでください。何やらむず痒くて居心地が悪いです。俺は、逃げてきた奴等でも上手くやっていける方法を模索していただけだよ」
本当に恥ずかしそうにしているから、それが何だか可愛らしくも思えてユリエルは笑う。それでも、ユリエルは彼への評価は過剰だとは思っていなかった。
「俺は殿下こそ、王族なんて似合わないと思うけど」
「ん?」
まだほんのりと赤みの残るは顔で、アルクースは言う。それを、ユリエルは面白く聞いていた。
「王族っていうのは、城でふんぞり返って大きな顔をして生きている奴等だとばかり思っていた。でも殿下を見てると、それは俺の勝手な先入観だったんだと思える」
アルクースの言いようにユリエルは苦笑するしかなかった。そして、いかに自分が型破りかを考えさせられた。
「残念ながら、歴代の王族をみてもそのような者が大半ですよ。私はそもそも王族とは名ばかりの軍人です。政治を行う者の大半が私を拒みましたから。力を持てるとしたら、軍籍以外なかったのです」
「まぁ、分からなくはないかな。俺が政治家でも、殿下に力はつけてもらいたくないって思うよ」
「ほぉ、それは何故です?」
「多分、敵わないから。殿下が力をつけたら自分じゃ太刀打ちできない。それに、殿下の考えが分からないのも不安かな」
まったく恐れもなく言うアルクースは海の先を見る。そしてユリエルは短い付き合いにも関わらず、彼にそのように思わせる自分の気性に自嘲した。
その時、穏やかな船旅を騒がせる客人が現れた。船尾にいた船員が叫ぶように敵襲を伝えたのだ。
「来ました、敵襲です! 船は二隻。青に……エンブレムは薔薇! 『バルカロール』です!」
取り乱した言葉が終わるか終わらないかの間に、激しい揺れが船を襲った。
急ぎ船尾に回ってみれば太い鎖が五本、離れぬように甲板の手すりに絡みついている。それに引っ張られ、転覆を避ける為には止まるより他に方法はなかった。
やがて、接近した船に木の板がかけられ接舷される。ユリエルはそれを堂々と見ていた。はっきり言って、今の戦力はユリエルとアルクースのみ。レヴィンも最悪使えない事はないだろうが、負けるのが目に見えている。
ユリエルはゆったりと相手を待った。その隣で、アルクースも落ち着いている。剣の柄に手はかかるものの、斬りかかるような素振りはない。そして、渡された橋の先頭を歩いてくる青年が目に入った。
短い白髪に、袖の窄まったシャツ。ズボンも裾が窄まっている。青い瞳は澄んだ海のようだ。体は意外と細く鍛えられている。日焼けした感じもあまりない繊細な青年だった。
「船の大きさに比べて、人が少ない? これは、どうして?」
どこか拙い言葉で首を傾げる青年は、真っ直ぐにユリエルを見る。ゾロゾロと屈強な海の男達が船に乗り込んでくるが皆首を傾げて戻ってきて、何かを青年に伝えていった。
「荷も、ないの?」
報告を受けた青年は暫く考えた後、ユリエルへと一歩近づいた。
「貴方は誰? これは、僕達をはめる罠なの?」
「殿下、彼は」
体躯の割に幼い言葉使いはちぐはぐで妙な印象がある。まるで中身だけが、幼いまま成長を止めてしまったように。
ユリエルは一歩前に出て青年をみる。とても真っ直ぐ、逃げる事なく。
「初めまして、海賊『バルカロール』の皆さん。私は、ユリエル・ハーディングと申します」
「……王子様?」
とても丁寧に礼をしたユリエルを、青年は訝しんで見た。その瞳には戸惑いが見られる。眉をしかめ、どうしていいか分からない顔をしている。
その時、背後の海賊たちが道を開けた。そしてそこに、一人の女性が立った。
青年と同じく白い艶やかな髪に大きな青い瞳の美女は、船に乗るには適さない薄紫のドレスを着ている。そして青年の横にきて、裾を持ち上げて丁寧に礼をした。
「このような場所で王太子殿下とお会いできるとは驚きです。私の名はフィノーラ。こちらは弟のヴィトと申します。その様子では、私達に御用かしら? 一国の、場合によっては王となる人が、何用でしょうか?」
彼女の振る舞いはまるで貴族の子女のようだ。堂々と振る舞い、妖艶に笑う。だがその心は決して読ませはしない。
「貴方達と取引がしたくてきたのですよ、フィノーラさん」
「取引?」
彼女の綺麗な眉が僅かに寄る。そして更に一歩、ユリエルへと近づいた。
「何の取引ですの?」
「噂で、グリオンを探しているとか。そこで、こちらが彼を捕えしだい貴方達に引き渡します。その代り、私の私兵として王都奪還に力を貸してもらいたいのです」
また一つ、フィノーラの眉が上がる。そして、冷たい笑みが返ってきた。
「面白い事をおっしゃいますのね。民を守るべき者が、私達のような賊に民を売るだなんて」
「実は一つ、私もそのグリオンという商人を疑っているのですよ。もしや、売国奴ではないかと」
「それは、どういう意味ですの?」
「奴の商船はよく荷や船員の数が合わないまま、役人を買収して見逃してもらっていたようです。それが、今回の王都陥落に関わっているのではと思っています」
「……あいつなら、ありえる話ですわね」
考え込むフィノーラは、それでもユリエルを信じるには足りない様子だった。
「それで? 奴が貴方の疑い通りの男だった時には、私達で私刑にしてもよろしいと?」
「構いませんよ。おそらく叩けばいくらでも埃が出ます。何より、貴方にそれほどまでに恨まれることをしているのは確か。それが罪に問えるなら、私はやはり同じく貴方達に処遇をお任せします」
フィノーラは深く考え込む表情をしている。だが、そんな彼女を背後に庇うようにして隣のヴィトが前に出た。
「姉上、乗りきしないなら受けなくていい。僕が、あの男を姉上の前に引きずり出す」
「ヴィト」
さっきまでの頼りなさが消え、堂々とした言葉が返ってくる。ヴィトはそのまま一歩前に庇い出て、ユリエルを睨み付けた。
「あいつは僕達の仇。それに、横槍なんていれないで。これ以上姉上を悩ませるなら、僕が相手になる」
「ヴィト、止めなさい! 下手に相手などして、万が一があっては大変なのよ! この人に傷でもつけてごらんなさい、国が私達を本気で殲滅しにくるわ!」
フィノーラは慌てて止める。だが、ヴィトはそれでも止まろうとはしなかった。
「平気、姉上。こいつを殺して、他も殺して沈めれば、誰がやったかなんてわからない」
「そんな簡単な事ではないわ! 必ず行き先も、相手も誰かに言ってある。そうなれば同じよ!」
フィノーラはヴィトの腕を掴んで止めた。それでようやく、ヴィトも大人しく下がった。
「殿下、あまり軽々しい問題ではありませんわ。ここに居る者は皆、あの男を恨みに思う者です。殿下の申しでは嬉しい限りです。ですが、私的な恨みで仲間の全てを危険に晒す決断は、私にはできません。一度船に戻り、少し話しをしてもよろしいかしら?」
「えぇ、構いませんよ。急ぐつもりはありませんから」
頷いて了承したユリエルに頭を下げ、フィノーラは納得いかないヴィトを連れて自らの船へと戻っていった。
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