月は夜に抱かれて

凪瀬夜霧

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4章:国賊の巣

18話:愛しい人

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 世界に光が僅かに差す。レヴィンはそれを睨み付けた。真っ暗な世界にランプが一つ、今が昼か夜かも分からない。
 入ってきたブラムは見るからに顔色がおかしい。青を通り越して白くすらある。珍しく目に焦りがあり、ヨタヨタと歩いてくるのだ。

「これが届いた」

 威厳など欠片もない声が呟き、手にしていた手紙をレヴィンに差し出す。大人しくそれを受け取ると、何かが封を切った口から滑り落ちた。

「なっ!」

 白い布は赤く濡れ、その上に耳が一つ置いてある。血濡れた痕がまた新しいそれは、白くなっていた。
 レヴィンは慌てて中を改めた。封蝋はシリルのものだ。王族以外使えないエンブレムなのだから直ぐに分かる。手紙を取り出すと、本当に丁寧な文字で短く認められていた。

『アデルを預かっている。これ以上パーツを失いたくないなら、日が落ちる前にレヴィンさんを連れてトイン領主館へと来い』

 温度も優しさも感じない、これは脅しだった。
 胸が苦しく痛み出す。優しい子が、ここまで落ちたのは自分のせいだ。想いを寄せる彼を受け入れたからだ。依存の強い子だと、どこかで感じていた。そんな子が落ちてしまえば、おかしくなっていくのは想像出来たはずだ。
 手紙を抱きしめ、自分を責めるレヴィンの耳に錠の落ちる音がした。

「出てくれんか」

 憔悴したブラムもまた、親なのだろう。アデルは一人息子だ、失えない。
 レヴィンは何も言わずにそれに従った。レヴィンも守りたいのだ、シリルの心を。このままではあの子の心が壊れてしまう。悲しみと怒りに狂ってしまう。もう、その陰は見えている。

「格好、整える。その方がいいだろ」
「恩にきる」
「……あんたも、親なんだな」

 項垂れて、今にも倒れてしまいそうなブラムの肩を一つ叩いて、レヴィンは素早く身支度を調えた。

 空がまだ明るい間に、レヴィンは馬車でトイン領へと到着した。館の玄関先にシリルの姿がある。綺麗な新緑の瞳は曇って輝きがない。そのくせ、随分綺麗な笑みが口元を飾っていた。
 こんな顔をさせたいんじゃない。レヴィンはすぐさま扉を開けてシリルへと走った。

「シリル!」
「レヴィンさん!」

 最近急激に大人になり始めた少年が胸に飛び込んでくる。強く抱きしめる腕の力は前とは違い逞しい。腕を回し、背を撫でると我慢できずに声を上げて、彼は泣いた。

「ごめん、俺が間抜けで。心配させてごめん」
「レヴィンさん」
「ごめんね、沢山辛かっただろ。泣かないで、シリル」

 胸に顔を埋めてやり、隠すように抱き留めながら、レヴィンは何度も心の中で謝り続けた。

「父上……」

 声に顔を上げれば、ファルハードに連れられたアデルが驚いた顔をしてブラムを見ている。今にも倒れそうなブラムへと歩み寄ったアデルに、ブラムは縋り頭を下げた。

「すまない……」
「……いらない子では、なかったのですね」

 呟くような声でそう言ったアデルは、どこかほっとしたような笑みを浮かべていた。

「まずはどうぞ、お入り下さい」

 ヒューイが言い、中へと促される。レヴィンはシリルを促しながら中へと入っていった。
 まずは話をという流れではあるが、正直シリルがそれに応じられる様子じゃない。未だレヴィンの服を握りしめたまま顔を上げられないのだ。見かねたレヴィンは先に一度休む事を伝えると、快く受け入れられた。
 部屋に入り、一応鍵をかけた。疑うわけじゃないがここにはブラムやアデルがいる。万が一だった。

「レヴィンさん」
「心配かけてごめんね。ちょっと、感情的になってしくじった。俺もさ、苛立ってたみたいだ」

 素直に言って謝る。未だ涙を止められないままのシリルはそっと体を寄せてくる。安心した、新緑の瞳に輝きが戻り感情が見える。あんな苦しい笑みではない。

「怪我はないのですか?」
「ないよ。薬を飲まされて眠ってしまって、気づいたらさ」
「許せません」
「許してよ。俺はシリルのあんな顔をもう見たくない。前に言っただろ? 優しいシリルが好きだよって」

 頬を撫で、涙を拭って口づけた。触れるだけ、そのはずだった。
 離れる事を拒むように艶やかな瞳が少年の色香を漂わせて見上げてくる。僅かに開けたままの唇から、愛らしい舌が見え隠れしている。なんて魅力的な表情なのだろう。瑞々しい果実のように甘い香が、レヴィンを誘い込んでいる。
 ほんの少し硬くなってきた手が頬を包み、伸び上がって重なる。切なげに涙を流しながら求められて、引っ込む男などいるだろうか。腰を、背をかき抱き深く求めて口づける。開いた唇に舌を伸ばし、絡めて求めるままに吸い尽くす。刺激に慣れていない体は直ぐに蕩けるように身を委ね、見つめる新緑は悦に濡れる。手に伝わる熱は増していた。

「はぁ……」

 唇が離れると息苦しそうに短く息を吐いたシリルが、物欲しげな顔をして見つめる。この目に、表情に見つめられると欲望に火がつきそうだ。

「レヴィンさん?」

 レヴィンはシリルの体を押し返した。これ以上はダメだとどこかで訴えている。だがシリルは泣きそうに表情を歪め、苦しそうに睨み付けた。

「僕では、貴方を悦ばせる事は出来ませんか?」
「違う」
「貧相な体かもしれません。女性のような膨らみもない、細いばかりの体では、いけませんか?」
「違う、シリル」
「僕が兄上のように美しく魅力的だったら、レヴィンさんは僕を抱いてくれましたか?」
「違う!」

 ダメだ、このままじゃ。レヴィンは拳を握る。隠し事をしたままでは、シリルに触れる事が怖い。一度触れ、溺れてしまったら離せない。その後で突きつけられる言葉が怖い。
 近づいたシリルの目は、真剣そのものだ。新緑の瞳は責めるように見つめてくる。問い詰めるように、側にある。

「僕は、醜いですか?」
「シリル」
「アデルを取り押さえ、ブラムが応じない時には本当に、僕は彼を傷つけるつもりでした。今回の事、僕はアデルにもブラムにも謝るつもりはありません。こんな僕は、レヴィンさんが好きになった僕とは違いますか?」

 泣きそうな目だった。必死な言葉だった。壊れかけて悲鳴を上げる心が、言葉を求めている。レヴィンは抱きしめ、首を横に振った。

「ごめん、俺が」
「落ちたのは僕の勝手です。レヴィンさんが謝る事なんてない。欲しいものを見つける事もできなかった僕が初めて欲しいと思った人なんです。心から求めた人だから、離れられないんです。たった一つ、貴方を失わない為なら僕はどこまででも落ちていけます」
「うん」

 分かっている。ずっと本気なのは分かっている。ちゃんと知っていたのに逃げ続けた。一緒に旅をして、変わりだしたのは分かってる。力を求めた理由も知っている。全部、レヴィンの側にいるためなんだと。

「……シリル、俺の話を聞いてくれる?」

 レヴィンはそう切り出した。全てを話す事はまだできない。けれどちゃんと話さないと触れる事もできない。認めて、受け入れてくれないと動けない。もうずっとそうだ。自分の罪と穢れに尻込みして、触れる事を躊躇ってその度に苦しませてきた。
 シリルは静かに頷いてくれる。そっと隣に腰を下ろして、レヴィンが話し出すのを待っていた。

◆◇◆

「俺が子供の頃、国は荒れていて大変だった。ラインバールでの戦いに、不作が続いて食べる物がなくて、耐えかねた貧しい人が蜂起したんだ」

 覚えていないくらい幼い記憶を語れるのは、これが転落の始まりだったから。調べて、飲み込んだ事だから。

「俺の両親はこの時に死んで、俺だけが残った。農民の拙い一揆は一ヶ月と続かなくて、残されたのは沢山の孤児だったんだ」

 親の顔も覚えていない。そこが温かかったかも分からない。覚えているのはとてもお腹が空いていて、苦しくて死んでしまいそうだったこと。
 でも、その後の地獄を知っていれば、この時死んだ方がよかった。

「国はこの時の孤児をとある孤児院で引き取った。沢山の孤児が集められて、みんな救われると思っていた。その孤児院の名前が『天使の家』だった」

 子供を指して天使とつけ、最初の日は暖かな布団の中にくるまり、飢えを忘れた。同じように傷ついた仲間と熱を分け合うように眠ったのだ。

「けれど、違った。孤児院なんてのは名ばかりで、本当は暗殺者の養成と人体実験が目的の非合法な施設だった。身体検査をされた翌日、俺は地下にできた巨大な牢獄に入れられた」

 冷たい石造りの壁に窓はない。格子のはまった個室には薄っぺらい布団だけ。遙か頭上にある明かり取りの窓にすら格子がはまり、雨の日には水が流れ落ちてきた。

「俺は五歳で、集められた奴らの中では年が上だった。それに、身体能力も高かったから暗殺者としての教育をされた。武器の使い方は勿論、毒や暗器の使い方、言語や文化の勉強、身のこなしや、人の誘い方、足音を消す方法、油断させる方法、声や姿を真似る技術。一年でこれについてこられなければ、ゴミ箱行きだった」

 そうして消えた子供を何人も見た。使えないと判断されたら即刻、そいつは薬物実験のモルモットになる。そうなれば絶対に助からない。だから必死でくらいついた。こんなに落とされても、生きる事を諦められなかったんだ。

「初めて人を殺したのは、六歳。人のいい資産家の老人で、泣いている俺を心配して連れて帰って、温かい飲み物を飲ませてくれた。怖いと言った俺を心配して側に来てくれたのに、俺はその人を殺した」

 助けを求める事は考えていなかった。全てを話してどうにかなるなんて、思えなかった。逃げたら殺される。話しても殺される。逃げる道なんてないんだと、一年の拷問が縛り付けた。

「これを、見て欲しい」

 服を脱ぎ、背を見せる。忌まわしい罪の証。育った暗殺者につけられる、これは奴らの言うところの『ご褒美』だ。そして、少しずつ施された薬物実験のモルモットの証でもあった。

「これが、天使だよ。優秀な奴につける証だそうだ。六枚、あるだろ? これが最上。俺は、覚えていないくらい殺してきた。感情を捨てて、ただそこにあった」

 持つだけ無駄なものは最初の一年で捨てた。実験で死んだ子供を見ても、いつしか悲しいと思わなくなった。残ったのは恐怖。死にたくないという純粋で強い恐怖だけ。ただそれだけが縛り付けていた。

「いいなりになっていれば殺されない。失敗しなきゃ殺されない。毎日それだけを胸に生きてきた。その為にあらゆるものを身につけてきた。連れてこられた奴の死を見るたびに、同じように転がる自分を想像して吐いてた」

 その頃にはもう、恐怖以外は分からなくなっていた。幸せも、愛情も、許しも、罪悪感もなくなっていた。そう、育ってしまっていた。

「天使の家が火災で焼失したのは、十歳の時。火をつけたのは、俺達だ。俺と、一緒の部屋で寝ていた六枚の羽を持つ仲間二人と一緒に、逃げる為に」

 きっかけはフェリスの言葉。「ここから出よう」という言葉。俺はそこに光を見た。だから、やった。仕事に出る為に外に出された時、俺は受け取った武器で側にいた大人を殺した。そいつが持っていた鍵で俺の部屋の扉を開けて二人を解放し、地下にいた大人を殺し尽くした。
 思えば簡単だったんだ。誰もここまで育った暗殺者を三人も相手にできなかった。教えていた奴すら、瞬殺できた。

「生き残ってる子供を出して、俺達は表の孤児院に火をつけた。こいつらがやってきた非道の数々を暴露する証拠を手にして、逃げたんだ」

 これでもう、自由なはずだった。もう誰も殺さなくていい。もう、感情を捨てる必要はない。自由になったはずだった。でも、自由という残酷さに打ちのめされた。

「生き方がね、分からなかったんだ。人を殺す事しか知らなかったから、どうやって生きていけばいいか分からなかったんだ」

 武器を持ったまま薄汚れて立っている子供なんて不自然だ。身を隠して、飢えて仕方がなかった。でももう、誰かを殺して生きるのは嫌だった。ここで誰かを襲って何かを奪ったら、もう人に戻れない。誰かの命令ではなく自分の意志でそれをしてしまったら、全部が自分の意志だったように思えてしまう。

「隠れていた荒ら屋で死にかけていた俺を見つけてくれたのが、ダレンのじっちゃんだった」

 警戒して、フラフラしながらも威嚇した。そんなレヴィンに、ダレンはほっとした笑みを浮かべてたった一言「よかった」と言ってくれたのだ。

「じっちゃんは俺が何であるか分かってた。それでも、俺の事を受け入れて養子にしてくれた。子供がないからって、奥さんと二人で喜んでくれた。俺は、ずっと泣いてたっけ」

 温かいものに触れるのが怖かった。でも、温かさのほうから触れてくれた。くれる心が嬉しくて、動かなくなっていた気持ちがゆっくりと戻った。苦しいとか、悲しいとか、怖いとか、言えるようになったのは半年後。嬉しいとか、楽しいという気持ちを言えるようになったのは、更に半年後だった。

「人として、じっちゃん達が俺を生き返らせてくれた。七年くらいかかってようやく、俺は人としてまっとうな生き方を考えられるようになった」

 随分かかったと思う。ふとした瞬間に浮かぶ恐怖に叫んだり、罪悪感からくる自傷行為から抜け出せたのは十八歳くらい。惜しみない愛情を注いでくれた初めての家族がいなかったら、今もずっとダメだった。

「それでも仕事にはつけなくて、そんな自分をずっとダメだと思っていた時にじっちゃんが軍の仕事を俺にもってきた。あまり気は進まなかったけれど、じっちゃんを安心させられるならって受けた。それが、二十五歳くらい。その一年後に、シリルに出会った」

 隣のシリルに微笑みかける。ずっと泣いてくれる優しい子に触れる。初めて出来た大切なもの。傷つけたくない、守りたいもの。この子を通して過去の自分を許した。今この子を守る力になるなら、忌まわしい暗殺の能力も構わないと思えた。

「シリルに会って、知っていって、俺は初めて誰かを好きになった。体が熱くなるような、そんな感情を知った。大切な人を得られたんだ」
「レヴィンさん」
「だからこそ、触れるのが怖かった。自分の罪を知っているから、この手が汚れている事を知っているから、触れるのが怖かった。拒絶が怖かったんだ。俺の事を知ったら、なんて言うだろう。大抵は怖がるだろうし、汚らわしいだろうし。俺ですらそう思うんだから、きっと嫌われるだろうって」

 今までも罪の重さは分かっていた。この手で殺した人は悪人じゃなかった。大抵が優しそうな人だった。心配してくれた。それを利用して近づいた穢れは拭えない。
 でもシリルを得て、逃げられない事を知った。怖くなったのだ、拒絶が。誰に知られてもシリルにだけは知られたくなかった。離れて欲しくなくて、近づかないようにした。触れたいけれど触れられない。汚したくないから、距離を保とうとした。

「ごめんね、こんなんで。せっかく好きになってくれたのに、相手がこんな殺人鬼で、ごめんね」

 ごめんね、綺麗な奴じゃなくて。ごめんね、問題ばかりで。ごめんね、嘘つきで。ごめんね、全てを言えなくて。
 謝る言葉が沢山で頭が痛い。どうしようもない人間で、もう自分でも訳が分からない。ただ今は、殺されるかもしれないと怯えていた五歳の時よりずっと、「来ないで」という拒絶のほうが怖いんだ。

「レヴィンさんが謝る事は何もないです」

 そっと頬に触れた手が、いつの間にか流れていた涙を拭った。そして、とても優しく唇が重なった。

「僕こそ、ごめんなさい。何も知らないままで。レヴィンさんこそ、僕のこと許せなかったんじゃないですか? 貴方をこんなに傷つけ、苦しめたのは王族なのでしょ?」
「違うよ。国王は直接この件に関して知らなかった。当時の宰相が行っていた事だったんだ」
「それでも、家臣の勝手を許した罪はあります」

 言い切ったシリルが肌に触れた。様子をみながらそろりと、気遣うように。

「レヴィンさんはいつも、自分が悪いって言います。でも、違います。レヴィンさんが悪いんじゃない。もっと、他人を責めていいんです。僕の事も、責めていいんです。許さないって怒っていいんです。貴方に責任なんてありません」

 涙に濡れた瞳が近づいてくる。呆然とそれを見て、触れる唇を受け入れる。温かくて、優しくて、甘い時間。いつもここで時間が止まればいいと思ってしまう。この気持ちだけをずっと手放さずにいられればと願う。

「僕は、レヴィンさんが好きです。汚いなんて思わないし、怖いなんて思わない。愛しています、心から」

 偽りのない瞳が見据える。引き込まれるような新緑。愛らしいばかりだった少年は羽化するように強く美しくなった。そしてきっとこれからも、美しくなるのだろう。
 レヴィンはやっと、その背を抱いた。強く離さないように抱き寄せて、深く口づけた。貪るように繋げた体は全てを受け入れてくれる。背を撫で、衣服の間から手を滑り込ませて素肌に触れた。ほんの僅か跳ねた体は、本当にまだ細い。そして、何も知らない。

「愛している、シリル。俺の全部をあげるから、シリルの時間を俺に分けて」
「分けるなんて、そんな。レヴィンさんがくれるなら、僕も全部あげます。だから、側にいてください」

 刺激に潤んだ瞳に熱を蓄えながら、シリルはあどけなさも見える笑みを浮かべた。

◆◇◆

▼レヴィン

 抱き合った体は少年を脱していない。細く白魚のような体は華奢で、簡単に壊れてしまいそうだ。
 慎重に触れた肌は、ほんの少しの刺激にも敏感に反応を返してくれる。ヒクリと動く体に手の平で撫でるように触れながら、レヴィンは何度も小さなキスをした。

「ふっ」

 鼻にかかる甘い声。紅潮した頬に潤んだ瞳。何も知らない体はこんなにも簡単に染め上がる。
 どう、感じているのだろう。不安は? 恐怖は? きっと大した知識はないだろう。怖いと思っているなら、無理はしたくない。

「シリル、怖い?」

 問いかけると真っ赤な顔で首を横に振る。そして、「大丈夫です」と言う。それを信じて、レヴィンは進める。寄せるように近づいて、細い首筋に唇で触れた。

「んぅ」

 もぞもぞ動くのはくすぐったいから。脇腹を撫でてもそんな感じだ。幼い性感は、まだこれを快楽と受け取らない。

「シリルって、弱いんだね」
「え?」
「首と脇、くすぐったいんだ」
「だって……」
「でもね、慣れてくると気持ちよくなるんだよ」
「え? んっ」

 首筋に噛みつくようなキスをした。無駄なもののついていない首は柔らかいが筋にすぐ触れる。ほんの僅かな痛みを与えて、その後を舌で舐める。こうすると、ムズムズとした感じがするのを知っている。
 同時に薄い胸に触れた。高めるように可愛い中心には触れず、その周囲を柔らかく撫でる。もどかしい感じが、期待に変わっていくのを知っている。

「レヴィンさん、あの……」
「どうしたの?」
「あの!」

 顔を真っ赤にしながら訴えかけるシリルが可愛くてたまらない。もう少し意地悪をしたいけれど、悲しそうな顔をしたから止めた。
 唇を下へとずらして、ほんの少し主張を始めた乳首にキスをする。まだ柔らかく平面のそれは慎ましくて、主張と言ってもほんのりと色を変える程度だ。

「んぅぅ」

 初めて、快楽と取れる声があがった。少年らしい少し高い声が腰を疼かせる。未開発の体を解いていくのは案外やりがいがある。染め上げるような楽しみがある。
 唇で触れ、柔らかく舌で押し込むように刺激し、少し硬くなった部分を舐め上げる。ビクリと震え、耐えきれず切ない声が断続的に上がっている。片方の手は空いている胸を弄った。指の腹で撫でて刺激し、摘まんでコリコリと促したり、逆に押し込むようにして転がしたり。

「レヴィンさん、それっ」
「気持ちいいでしょ? シリルは敏感なんだね」
「はい、気持ちいいです」

 顔が真っ赤で笑った。恥ずかしくてたまらないという顔をしながらも、シリルは素直に感じる事を教えてくれた。
 弱い部分を柔らかく刺激しながら、レヴィンの手は下へと滑る。腹を、臍の辺りをクルリと撫でながら、ヒクンと動く皮膚の下の筋肉を感じる。そして手は、ゆっくりと下肢に息づくものに触れた。

「ふぁ!」

 驚いたように腰が引けるが、それを引き戻した。若いそこは既に力を持っていて、僅かに芯がある。そして、軽く頭を撫でてやるとよりしっかりと主張を始めた。ぬるりとした先走りが手の平を汚す。

「あの、はぁぁ!」
「気持ちいいでしょ?」

 ぬるり、ぬるりと亀頭を撫でるとよりぬるぬるとした感触が増える。力をもって立ち上がり始めたものを、レヴィンは握ってゆっくりと上下した。
 切ない声が高く上がる。他人に触れさせた事がないだろう反応だ。白い背が跳ね、戸惑う新緑の瞳がレヴィンを見て真っ赤になった。

「あの、これは、その!」
「どうしたの?」
「恥ずかしいです」

 消え入りそうな声が呟く。顔は快楽ではなく羞恥に染まった。それがあまりに愛らしくて、レヴィンは柔らかく笑った。

「可愛いよ、シリル」
「そんなことっ」

 反論の息をシリルは飲む。再びレヴィンがシリルのものを握り上下に動かしたからだ。先端から溢れさせた先走りが震えると溢れ、レヴィンの手と自身を汚していく。ヌチュという小さな音を立てながら、レヴィンは徐々にしっかりと握っていく。快楽を快楽と受け取る彼の体は、断続的に嬌声を上げた。
 そろりともう片方の手を奥まった部分へと這わせる。硬く口を閉ざす蕾は、僅かな緩みもない。柔らかく押してみても、余計に拒まれるだけだ。

「あの……」
「怖い?」
「少し、だけ。でも、レヴィンさんならいいです」

 熱に浮かされた潤んだ瞳が柔らかく笑う。だが、この顔を見るとどうしても躊躇ってしまう。
 別に、今日繋がらなければならないわけじゃない。それほどの焦りはない。レヴィンは知っている。無理矢理開かれる恐怖と絶望を。暗殺者として受けた訓練の中に、こうした事はあった。四肢を縛られ叫びながら、複数の男達に嬲られたのだから。
 あんな思いをさせたくはないし、強いる側にはなりたくない。緩く笑い、シリルの愛らしい唇にキスをした。

「今日は、練習だけだよ」
「練習?」
「そう。ここを柔らかく解して、怖くなくなる練習。最初は気持ちいいだけで終わりたい。今日が怖かったり、痛かったりしたら次も嫌な思いが残るでしょ? それは嫌だから」
「でも……」

 嫌だという表情が見て取れる。だがレヴィンは譲る気はない。本当はまだ怖いのかもしれない。過去に受けた悲しみや拒絶を思い出すから。

「シリル、焦らなくたっていいよ。俺はもう、シリルを離すつもりはないから」

 心は決まった。受け入れてくれるのなら、恐れたりはしない。手を伸ばし、求めていいんだ。全てを彼に預けると決めたのだから、もう平気だ。
 それでも言いつのろうとするシリルに、レヴィンは触れているだけだった指を無理に押し込んだ。指の第一関節にも達していない挿入は、だが拒むように硬い蕾には多少の痛みと大きな違和感を与えただろう。シリルが息を詰め、キュッと目を閉じた。

「ね、痛いでしょ? 無理をしたら硬いここは裂けてしまう。血みどろで抱き合うなんて、俺はしたくないよ」

 指先だけを潜り込ませた部分を拡張するように捻り、内に触れていく。緊張に力が入り、伸びがない。そこを捻りながら円を描くように押していくのだ。ますます綺麗な眉根に辛そうな皺が寄った。

「無理はしない。いい?」
「……はい」

 渋々といった様子でシリルが返事をする。レヴィンはほっとして、潜り込ませた指を抜いた。
 突如受けた仕打ちに、シリルのそこは僅かに力をなくしていた。それを再び握り直し、扱く。明らかな快楽の声を聞きながら、レヴィンは丁寧に蕾を解した。皺の一つ一つを伸ばすように触れ、時々は中心に触れて押してみる。やわやわと触れ続けると直接的な快楽も手伝って徐々に拒まなくなってきた。
 ツプリと指を潜り込ませ、そのまま第一関節まで押し込んでも、今度は拒まない。受け入れた中もそれほどの拒絶はなかった。

「うん、いい子だね」

 円を描くように内壁に触れる。柔らかく拡張させる中は熱く、指を締め付けてくる。その強さに少し驚きながらも、心臓が早くなっていくのをレヴィンは自覚していた。興奮していると、明らかに自覚できるものだった。

「んぅ」

 切ない声が響く。手の中で硬く形を確かにしているシリルのものは、さっきからずっと先走りをこぼしてヌラヌラと手を汚している。そしてレヴィンの指をくわえ込む内壁もまた、誘い込むように動き出している。
 案外淫らな才を持っているのかもしれない。口を窄めながら奥は誘い込む様に動き出す部分を感じながら、レヴィンは苦笑していた。
 奥の方まで指を差し込み、こするようにして抜き差しを開始しても拒まれはしない。切ない喘ぎは違和感や痛みよりも快楽を感じてくれていると確信できる。何度もそうして刺激していると、指先に何かが触れた。

「あっ! はんぅ!」

 クルミくらいの大きさのそれが何かを知っている。シリルの腰が浮いて背がしなる。ここを刺激されるとどうしても弱いのを、レヴィンは知っている。何度も柔らかく触れ、時に叩くようにするとシリルは首を振って強い快楽を逃がそうとしている。
 指を一度ギリギリまで引き抜き、二本目を添わせてねじ込むように入れていく。痛みに悲鳴を上げたが、扱く動きを強くし、カリを引っかけるとそれも有耶無耶になったようだ。躊躇わずに奥まで進み、また弱い部分をこすり上げる。ズブズブと飲み込み、更に強くなった刺激にシリルは翻弄され、そのまま果てた。
 指を引き抜き、汚れた体を水に手ぬぐいを浸して拭った。肩で息をしながら、顔を真っ赤にしたシリルは少し恨めしそうだった。

「酷いです、僕ばかり」
「ん?」
「レヴィンさん一人、涼しい顔なんて」

 文句を言うように言われたレヴィンは苦笑する。本当はそんなに涼しくはない。下肢は確実に熱く反応して、落ち着かない。ただ、まだズボンは履いたままだから多少ごまかせているだけだ。

「さぁ、寝て。俺は汗を拭ってから寝るから、先にね」

 コップに水を注いで手渡してから、レヴィンは部屋を出た。熱くなった自身を鎮めるため、レヴィンは暗い廊下を進んでいった。
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