恋愛騎士物語4~孤独な騎士のヴァージンロード~

凪瀬夜霧

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3章:温泉ラブラブ大作戦

7話:温泉ラブラブ大作戦・前菜

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 ギルバートとアレクセンに見送られて無事に砦を出たランバートは、その日の夕方に懐かしい温泉地に到着した。
 以前、オリヴァーに宿泊券を貰って宿泊した宿はその後、恋人達にも人気になっている。ランバートが離れを予約した時もギリギリといった感じだった。

「夕食はすぐでよろしいですか?」
「はい、お願いします」

 離れについてすぐにスタッフに問われ、二人で荷を置く。そして、桜ではない屋外温泉を眺めて笑った。

「懐かしいな」
「本当に」

 あの時はまだ、恋人ではなかった。上官と部下という枠を越えないままここに泊まり、偶然にも媚薬のようなチョコを食べて収まりがつかずファウストに慰められた。

 思い出して、ランバートの頭の中はボンッと熱に爆発する。恋人ではなかったが、互いの体に触れて抜き合いをした生々しい記憶は鮮明だ。

「何を思いだした?」
「え? ひぅ!」

 耳元で低く響く声で囁かれ、首筋に唇を押し当てられて舌で舐められる。その刺激だけで体がジンジンと痺れた。

「ちょ、夕食来るから!」

 布越しに前を触られてザワザワする。これからすぐにでも夕食が運び込まれるのに、こんな場所で欲情したら……

「見られるかもな」

 ククッと笑いを含んだ声が意地悪に言うのを聞いて、カッと熱くなる。睨み付けると悪戯な男の瞳が濡れて近い。

「んぅ……」

 顎を取られて捻られて、苦しいままにキスをする。舌を絡める激しいそれは、頭の中を完全に蕩けさせる。

「ファウスト……」
「夕食、届くんだろ?」
「そう、だけど……」

 分かってるなら火をつけるようなキスなんてしないでもらいたい!

「なんか、切ない……」

 向き直り、胸に手を置いて見つめると黒い瞳が近づいてくる。穏やかだが艶のある視線を感じると、どうにも疼いてしまうのだ。

 コンコン

 もう少しで唇が触れる。それを期待しているのに、タイミング悪くノックが響きランバートはビクリと反応してファウストを押し戻す。そして「はい!」と声をかけた。

「お食事をお持ちしました」
「有り難うございます!」

 ドアを開けて中に人を招き入れると美味しそうな料理がテーブルに並ぶ。季節の魚や野菜、肉が並ぶ。それにお酒もついて、頃合いを見計らって皿を下げに来てくれるという。
 スタッフの人が出て行くと、二人で顔を見合わせてどちらともなく破顔した。

「まずは食べようか」
「そうしようか。温かいうちに食べたいしな」
「そうだな」

 欲望はまだ燻っているけれど、食欲も感じている。互いに席について酒を注ぎ合い、乾杯をする。そして、春とは違う味わいの料理に舌鼓を打った。

「やっぱりここの料理は美味しいな。アレックス様の趣味の良さだ」

 満足に食べ、皿を外に設置してある棚に入れて札をかけておく。恋人達の宿がコンセプトの為、夜分の入室はできるだけしないという事らしい。
 綺麗に平らげ、棚の扉には「ご馳走様」の札を。ドアには就寝の札を下げておいた。そうして二人、庭を臨むソファーにゆったりと座って酒を楽しみながらだ。

「あの男は有能だな。経営にも目を配っている投資家はあまりいない」
「広く浅くよりは、狭く深くに切り替えたらしいよ。投資家としては異例だけど」
「医療機器分野への投資で有名だな。あの分野は研究や臨床の成果が出るまで時間がかかるから不人気だとシウスが言っていたが」
「エリオット様や兄上が使ってるのも、アレックス様の投資している医療機器会社のものだって。西の反乱の時に使って、手に馴染む感じが気に入ったらしい」

 無償提供で研究段階の医療機器だがということで騎士団に入れられた機器は窮地を救ってくれた。同時にそこでそれらを手にした医者達に気に入られ、僅かではあるが注目されている。
 結果売り上げや知名度が上がった事で更なる研究や改良にも着手できるようになったと、オリヴァーが言っていた。

「小さい会社だからこそ、医者の意見を取り上げる柔軟性もあると兄上は喜んでるよ。刃が薄くて先端が小ぶりなメスとか、大手じゃ作ってくれないからって」
「解剖マニアが絶賛となれば、他の医者にも広まるだろうな」
「繊細さが要求される外科医には喜ばれるかもね」

 そんな兄ハムレットは数日前に会った時にはもう、杖を付いて歩いていた。側にはチェルルがついていたし、未だ実家での生活ではあるものの顔色などはよく、元気そうだった。

「ここの料理も、季節のコース試食会なんかには足を伸ばしているらしいよ」
「美味いからな」
「冬には鍋料理が出るって、オリヴァー様が言ってた。建国祭のケーキも上品で綺麗なものを出す予定だって」
「それもいいな」

 こんな他愛ない会話をしつつ距離は縮まる。肩に凭れ、ほんの少し身を縮めるとすかさず伸びる腕が温めるように触れてくる。

「風呂、入るか」
「もう少し酒抜こうよ」
「あまり飲んでないだろ?」
「だめ。寒暖差があるんだから、立ちくらみでもしたら危ないって」

 窘めると苦笑されて、お酒ではなく紅茶を淹れる。暖炉の薪も足した室内はホカホカと暖かくなっていく。

「明日は町を見て回って、早めの夕食にするか」
「いいけど、朝起きられるかな?」
「今日はしないぞ」
「え!」

 平然とファウストから言われて驚いたランバートに、彼は苦笑する。そしてスルリと指が頬を撫でた。

「疲れているし、せっかくの旅行を宿に引きこもっているばかりは勿体ない」
「それはそうだけど」
「欲しかったか?」
「我慢、させたし」

 申し訳なく言えばキョトンとして、次には笑われる。そして次には愛しげに、黒い瞳が緩まった。

「これでも、待てが出来る男だぞ」
「その分、溜めに溜めるくせに」
「数日くらいは平気だ」

 指先が髪を遊び、クルクルと絡ませてくる。楽しげな様子を見るとまんざらでもなくて、ランバートもそれに頷いた。

「明日は、その……」
「勿論、そのつもりで早めにするんだ」

 柔らかく楽しげな瞳にほんの少し雄の光を感じる。そしてそのまま誘われて、互いに穏やかにキスをした。


 翌日は朝食を優雅に取った。宿のレストランで提供される焼きたてのパンはどれも小さめに作られ、おかわり自由。味もいくつかあって、ハード系からプレーン、バターたっぷりのクロワッサンに、レーズンを練り込んだレーズンパン、クルミパンなどもあった。
 それにスープと、サラダか果物のボールを選んでの贅沢なものだった。

「食べ過ぎた」
「美味しかったから」

 二人して苦笑し、まずは散歩でもしようと外に出た。
 互いに、デートの時に選んだ服を着ている。ファウストは黒いズボンに白の薄手のセーターは以前から持っていた物。それにランバートが選んだブラウンのロングジャケットを羽織っている。柔らかな秋色の組み合わせは、ファウスト自身を柔らかな雰囲気にしている。
 ランバートはファウストが選んだデコルテの見える白の薄手の服にワインレッドのコート。ズボンは黒だ。

 そうして二人手を繋いで向かったのは、以前も一緒に行った公園だった。
 紅葉で赤や黄色に色付いた木々に、所々の緑。その中をカサカサ音をさせながら歩くのは思いのほか楽しい気分にしてくれる。

「桜の頃とはまた、景色が違うな」

 黄金色の道を進みながら、ファウストもそんな感想を口にする。そうして二人、公園のベンチに座ってしばらくは景色を楽しんでいた。

「なんか、不思議だな」
「ん?」

 ランバートの呟きに反応したファウストが、こちらを見る。明るい世界に落ちる黒は、やっぱりいつ見ても神秘的で綺麗に映る。

「以前ここに来た時はまだ、恋人なんて関係じゃなかった。でも今になって思い返してみたら、あの時既に兆候はあったんだろうなって」
「あぁ」

 思いだしたようにファウストは答える。同じベンチに腰掛け、周囲に人はいなくて、時折吹く風に葉が音を立てるだけの静かな時間。

「ヒュドラに囚われて、戻れない予感もあって、でも戻りたくて苦しかった。貴方に出会う前の俺なら、そもそもこんな感情沸いてこないだろうなって」
「あの時の事はもう思い出したくない」

 綺麗な柳眉が苦しげに寄る。そして体温を確かめるように手を握られた。その手を、握り返している。

「貴方の事ばかり考えていた。既にしっかり落ちた後だったんだな」
「その後も散々、無茶をしやがって」
「性分だったんだよ。それに、自覚がなかったんだ。今でも不思議なくらいだよ。誰かをこんなに、好きになっているなんて」

 思い返してみると全部が不思議。そもそも一番始め、ファウストの拉致事件の時にはもう、何かしらの感情が芽生えていたのかもしれない。この人を傷つけられる事を拒んだ。あの時は強い人が踏みつけられるのを見たくなかったからだと、思っていた。
 ロッカーナの時には、頼られる存在になりたいと思っていた。
 ヒュドラの時にはずっと、この人の側に戻りたい。過ごした日々や、他愛ない約束が心残りで辛かった。
 そして自分が殺し屋だったことを知られた時、絶望した。知られた事じゃなくて、そのせいで側にいられなくなる事に。過去を後悔したのは、あの時だった。

 全部が、ファウストに繋がっている。その時々では分からなかった感情が、今は全部繋がってみえる。大切な人、大好きな人だからこそ、隠したい部分や深い思いがあったんだ。

 隣のファウストは少し複雑そうにして、頭を撫でて肩を抱く。優しい包容は、心ごと全部を包んで温めてくれる。

「俺も不思議だ。誰かを心から愛するなんて想像ができなかったからな。騎士として生きて、騎士として死ぬのが当然で、後に何かを残す事は考えていなかった」
「今は、どうなんだ?」
「死ぬつもりはない。もしもそんな事になれば、死にきれないだろう。お前に泣かれたくはないし、もっと同じ時を過ごしたい。他愛ない約束を重ねて、時間も重ねて……そうして過ごして行きたいんだ」

 素直に心の内を明かしてくれるファウストの肩に寄り添って、ランバートも「うん」と呟く。
 胸の内が、切なさで溢れてくる。温かくて、少し苦しい気持ちがしている。この苦しさは体も心も魂さえも縛りそうなのに、それが嬉しいんだ。

「ずっと、一緒にいたいよ」
「そのつもりだ」
「無理も無茶も、出来るだけしないから」
「俺もきをつける。もうそんなに、戦争というほどの事はないさ」
「体も気を付けないと」
「お互い様だろ」
「ファウスト」
「ん?」
「誕生日、おめでとう」

 今日は十月十日。ファウストの二九歳の誕生日だ。


 ランチは軽めにして、町を回った。以前にも買ったワインを仕入れて楽しみにした。
 そうしていつもよりも早めの夕食を頂いた。

「お前、こんな物まで用意してたのか?」

 運ばれてきた料理は通常メニューじゃない。前菜は綺麗な野菜の飾り切りが入ったジュレ、サーモンのカルパッチョ、テリーヌが乗った綺麗なもの。生ハムのサラダに、海老のビスクスープ、パンは焼きたて、少し厚めのローストビーフも美味しそうで綺麗だ。
 そして、綺麗に飾ったケーキとシャンパンが添えられていた。

「誕生日だろ?」
「ちょっと驚く」

 言ったファウストの耳は、ほんの少し赤くなっていた。
 ここを予約した時に、相手が誕生日である事を伝えると特別ディナーがある事を教えてくれた。メニューを聞いて、それでお願いしたのだ。

「食べよう」
「あぁ」

 ポンと頭に置かれた手が、嬉しそうに頭を撫でている。少し照れるが、まんざらでもないのだ。
 席について美味しく食事を取った。そもそもの料理が美味いのだから、当然こうしたものも美味しい。
 あっという間に食べ終わって、シャンパンを注いでケーキを前に乾杯をする。それぞれの皿にハート型のチョコレートケーキだ。
 表面は艶やかなチョコレートで、苺と飴細工の薔薇が乗り、皿にもベリーのソースが綺麗に飾り付けられている。中はスポンジと甘さ控え目のムースに、ソースにも使われているベリーソースが少しだけ入っていた。

「美味い!」
「チョコに洋酒がしっかりきいてるな」

 それに対してシャンパンは白で味わいが軽くさっぱりとして、ケーキの甘さを適度に中和してくれる。

「うん、美味い」

 機嫌良く食べ進めているファウストに笑いかけて、あっという間に食べ終わってしまった。
 外はまだ時刻的には早いものの、暗くなり始めていた。

「うーん、お腹いっぱい」

 気持ちもお腹も満足でそんな事を言うと、ファウストが笑って隣りにくる。スルリと頬を撫で、とても自然に唇を攫われて。あぁ、いいなと思える間に指先が肌を擽って淫らな気持ちにさせられてしまう。

「んぅ、ふっ……ちょ、待って。流石に今からとなると吐きそう」
「分かってる。だが、少しだけ触りたい」
「あっ、はっ……ったく、少しだけだからな」

 首筋に触れる柔らかく熱い唇が小さく吸い付いて甘い感覚をくれる。幸せと期待を同時に植え付けられて、体の芯が痺れてしまう。

「いい、誕生日だった」
「んっ、よかった」

 優しい声が嬉しそうにしているから、ホッとする。少し前に喧嘩をしたのが嘘みたいだ。

「そうだ、俺プレゼント」
「そこまでしなくても良かったんだぞ」
「いいの、俺がしたいんだから」

 荷物をガサゴソやって、包みを取り出す。少し大きいそれを受け取ったファウストは首を傾げた。

「開けても?」
「どうぞ」

 何だろうという目で包みを開けたファウストは、中を見て目を丸くして、口元に手をやる。
 中に入っていたのはプレゼントを探していて決めた、テディーベアー。とは言っても大きさはなくて、二〇センチくらいだ。クリクリの大きな目に、大きな耳の愛らしいものだった。
 そしてもう一つはランバートが編んだセーターだ。キャラメル色で、首元も温かいものにした。一色で編んだ分、模様編みを派手じゃない程度にしてある。

「この年でテディーベアーは」
「可愛いだろ?」
「可愛いが……変じゃないか?」
「俺だと思えばいいんじゃないか?」

 言えばちょっと目を丸くして、マジマジとぬいぐるみを見る。そして不意に鼻先にキスをした。

「!」

 ちょっと、ドキッとする。意外と恥ずかしいし、とても優しい目をしているから余計にだ。本当にキスをされている気分だ。

「どうした?」
「……なんでもない」

 狙ってやったのが分かるニヤリという笑みが悔しくて、ランバートはそっぽを向いた。

「セーターは、作ったのか?」
「そう」
「忙しかったのに」
「いいの、俺がやりたかったんだから」

 早速自分が着ているものを脱いで着てみたファウストは、嬉しそうにしている。丈もぴったりで、明るく柔らかな色合いが案外似合っている。

「着慣れなくて照れるな」
「着てくれよ」
「分かっている」

 抱きしめられて、耳元で言われる「有り難う」にくすぐったい気持ちがあって、ランバートもクスクス笑う。付き合い始めて三年くらいは経つのに、未だにこんな小さな事がくすぐったかったりした。

「そろそろ、風呂に入ろうか」
「……うん」

 密着している体が熱い。見つめる瞳が濡れている。当然期待もしているランバートの体も、心なしか熱くなっている感じがした。
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